薄紅の花


 リーゼッテは目の前に差し出された花と、それを差し出している人間の顔を交互に見た。
 数分前、一日の講義も終わり寮の部屋に戻ろうという生徒が多く行きかうなか、通路の端にぽつんと佇む見慣れた外套の背をみたのだ。ああまた一人で思案しているなと思いながら教師の横を通り過ぎようとしたのだが、その教師に名を呼ばれて引き留められた。担当の教師に名を呼ばれてしまえば足を止めないわけにもいかず、リーゼッテは内心溜息をつきながら応じたのだ。表情に変化が少なく口数も少ないために何を考えているか察することが難しい相手はいつも瞳だけは真直ぐにリーゼッテを見てくる。リーゼッテはそれが、少しだけ苦手だった。
 差し出されているのだから一応こちらに渡す意思があるのだろうと思いリーゼッテは花を受け取る。

「で、どうしたんですかこの花は」
「温室で手伝いをしていたら管理人に「良かったら好きなものをどうぞ」と言われて。貰ったはいいがどうするか迷っていた」
「それで通りすがりの生徒に押しつけたんですか。これからは行き場のない花は教室の花瓶にでも挿しておいてください、世話をするので」
「わかった」

 散形花序のその先端、春のあたたかな陽に色をのせたような薄桃色の小ぶりな花が群を成して咲くこの植物をリーゼッテは知っている、ヴァレリアンという花だ、自領にある屋敷の庭にも咲いており見かける機会は多かったように思う。
 可憐という言葉が似合うそれが、先程までこの表情の変わらぬ人の手にあったのかと思うと、あまりにも両者から受ける印象がちぐはぐで少し笑ってしまう。ベレトはどうしてリーゼッテが笑ったのかわからずに小さく首を傾げていたが、ふと中庭に続く道の先に視線を向けた。ベレトが誰かに呼ばれたわけでも、リーゼッテが呼ばれたわけでもないし、喧嘩等の騒ぎが起きているようでもない、今度はリーゼッテが首を傾げる番だった。

「どうかしましたか、先生」
「いや、誰かが見ていたような……」

 おかしなことではない、ベレトは良くも悪くも目立つからだ。
 リーゼッテも通路の先に目をやったが今は生徒も多く、なによりセイロス教の行事が近い関係からか普段みないような修道士たちも見かけるのだ。その中から自分達を見ていた人物を見つけることなどできるはずもなく、妙に早足で去っていった背中はあったがそれは自分達と関係のない事柄が原因かもしれない。……一瞬、誰かと目があったような気はしたが。
 気にしても仕方がない、手の中のヴァレリアンの茎をくるりと回してからリーゼッテは顔を寄せた、仄かに甘い香りがして、小さい頃の自分もこの香りが好きだったなと思い出す。あの頃はこうして対面するのはベレトではなくヒューベルトだった、今よりも背が低くてあそこまで腹に何かを抱えているようには見えなかった幼いころ、懐かしい話だ。
 この花は自室に飾ろう、そう思いながら「先生」と呼びかければ見慣れた無表情がリーゼッテを見る。

「お花、ありがとうございます」

 どうしたしましてと返したベレトの表情が微笑んでいたので、リーゼッテは驚いて花を手放しかけた。



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