曖昧な境界の向こう


 彼はわたしなのだと思う。いや、わたしではない、それは当然だ。
 別人、それも血の繋がりも何もない赤の他人なのだから。性別が違う、目の色の髪の色も違う、生まれも何もかもが違う。でも、あれはたしかにわたしだった、「紋章を持つ貴族の子」という枠の中で、あれとわたしは最も近いのだと感じた。
 それはあちらも同じだったようで、互いに言葉にできない感情を視線に込めた。交わらないように、そのひとの後ろの景色を見るように。
 紋章が嫌いだ、しかし紋章があったから生きている。
 憧れている自由というものがない未来が嫌いだ、でもそこから逃げる勇気もなかった。
 粘つく視線に己の価値だけを値踏みされている。だから、自分の価値をよくよく理解している。
 わたし達は男と女、胤と胎。
 だから、わたしは嫌だった。己の性別が男であればもっと違う生き方ができたのはというそのどうしようもない考えを、あの夕日のような髪をした男で失った。身勝手な幻滅を浴びせかけて、軽薄な態度を嫌った。
 わたし達は割れた鏡にうつる像だった。
 だから、わたしは理解できた。彼が言葉にしない言葉を、少しだけ。彼が嫌うものの多くを、彼が好きなものを、爪の先から肘程度には。
 わたしとシルヴァンは友人にはなれない。どこか自分に近すぎて、友のような親しみは持てない。級友になって数年経っても自分達の間には好意的な情が無かった。わたし達が対面する時、そこにあるのは己が疎むものでできた人間と自己嫌悪だ。
 曖昧な境界で、わたし達は別の人間でいた。互いの視線を受けて、それでわたし達は他人になった。
 時折思う。この関係を、この感情を理解できるのも、きっとあの男だけなのだと。
 酷く憎らしくて、悲しいくらいに理解者だ。



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