花冠の思惑
屋敷の中から眺めることは多々あれど、初めて足を踏み入れる庭にユーリスはふぅんと声を漏らす。
かつて庭師見習いとして生活したこともあるユーリスは、園芸のなんたるかというものは分からずとも、整備されている、されていない位の見分けはついた。……屋敷の主の趣味からして庭が手入れされていないということは考え難くはあったが、隅々まで手入れの行き届いた様子には主不在の間にも綺麗に保とうという家の者の心が見えるようだ。
南からの温い風に思考を散らして、ユーリスは本来の目的であるリーゼッテの姿を探す。屋内にはおらず、通りかかった使用人に聞けば「庭でお休みです」と返されたので庭に足を運んだのだ。リーゼッテの使用人達はユーリスの突然の来訪にもうすっかり慣れていて、また貴方ですかくらいの視線をよこされる。
東屋に姿はなく、さあこれは困ったぞと宛もなくフラフラと色とりどりの花で溢れた庭を歩いてしばらく、大きく葉を広げる樹の下に目的の姿を見つけた。布を敷いて座っているその人は木陰の中から眩しそうにユーリスを見つめ、近付く姿が夢でも幻でもないと分かると驚きの表情をみせた。
「ユーリス?」
「やっと見つけた、家の中いろよ」
「知らせもなく突然やってきた人間の言葉とは思えませんね」
盛大にため息をついたリーゼッテの隣に座ったユーリスは彼女の近くに置かれた篭に目をやる。
篭いっぱいの白薔薇は庭で育ったものなのだろう。丁寧に棘が取り除かれたそれを、リーゼッテは白い飾紐を使いながら器用に冠にしていく。白魚のような手の動きと、手元を見て伏せられた瞳を縁取る紅い睫毛を眺めながら、花を編む姿の似合う女だとユーリスは心の底から思った。
「ユーリス、何が用事があったのではないですか?」
「ん、後でいいわ」
「なんですかもう……」
訝しげにしながらも止めていた手を動かし始めるリーゼッテの横で、ユーリスは平穏そのもののような庭を眺めてぼんやりとする。随分と気の抜けた時間だった。
ユーリス、と聞きなれた呼び声に顔をあげれば、頭に花冠がのせられる。
「なんだ、貢物か?」
「貴方への貢物なら金銭を渡しますよ。……今節は花冠の節でしょう?」
白薔薇の冠を想い人や親しい人に贈る。節の名前の通り花冠に関係する伝統はユーリスにとっては久しく触れる伝統だった。
自身のことをまったく意識していない彼女は「親しい人」の枠としてこの花冠を贈ったのだろうなと思うと、その鈍感具合に少しの苛立ちすら覚える。しかし直接的な金銭よりも、いま頭に戴く白薔薇の冠こそユーリスの欲しいものなのかもしれない。
厚い花弁のつややかな表面をなぞり、先程見た白色を思い出す。棘のない美しい薔薇はこの花冠を編んだ本人のようだ。
帝国貴族として何不自由なく(貴族なりに家の事情はあれど、少なくとも経済面では)育って暮らし。信頼出来る人物がおり、それ以外の人間の縁にも恵まれたこのリーゼッテという女は手をかけ育てられた花のように美しいが、気が抜けるほど害意という言葉に縁がなく、そして不安になるほど自己防衛のための他傷も似合わない。白とは反対の紅い髪を持つリーゼッテだったが、ユーリスにとっては汚し難い白の似合う人間だ。
「似合いますね」
そう言って柔らかく微笑むリーゼッテに手を伸ばし、珍しくどこに触れるか迷った末に頭をぐしゃぐしゃと撫でたユーリスは、聞こえてくる講義の声を受け流して篭のなかの白薔薇を手に取った。
「貰うだけなのも落ち着かねえ、俺も作るか」
「編み方はわかるのですか?」
「知らん、教えろ」
「えぇ……まあ貴方は器用ですし、すぐ編めるようになりますよ」
そうしたら来年も編んでみてくださいね、なんて呑気なことをいう目の前の女は、本当に自分の気持ちに欠片も気付いていないのだろうなと溢れる溜息を飲み込み、ユーリスは教えを受けるために少しだけリーゼッテに身を寄せた。
今年は『親しい人』への花冠を作ろう、それがリーゼッテのためになるのなら。
柄じゃねえなと小さく笑って、少し強く吹いた南風に目を閉じた。