わかってない。
「受け取って欲しい」
差し出された手のひらにのっている指輪とベレトの顔を交互に見た。
ベレトは初めて会った時のような感情の読みとれない表情で、じっとリーゼッテを見ている。正しく人間の心臓が動き始めたことにより髪も目の色も戻ったというのに、表情筋まで五年前に戻ってしまったのだろうかとリーゼッテは思った。
指輪を渡すという行為がそこそこ大きな意味を持つことを彼は知らないのかもしれないし。もしかしたらただ装飾品を贈られているだけかもしれない、生徒達に贈り物をするのが好きなのかというほどよく物を渡していたから。
指輪は軽率に贈るべきではないと教えておかなければ。小さく溜息を吐いてからリーゼッテはベレトの青い瞳を見た。
「先生、指輪を贈るということは世間では少し……特別で。ですから、軽々しくに指輪を人に渡そうとしないほうがいいですよ」
それに、とリーゼッテは指輪に目を向ける。青とも紫ともいえる色をした石の嵌め込まれた指輪は裏側に薄らと模様が彫られている。
「受け取ってほしい、だけではいまいち意図が分かりませんし。どういう理由で贈るにも、もう少し言葉は必要だと思いますよ」
言葉も少ない人だから難しいかもしれないが、一応付け加えておく。
こんな風に指輪を贈って、その相手に勘違いをされて面倒事になったらベレトではなくまわりが大変なことになってしまう。教え子達はみんなベレトにとても好意的な感情を抱いているから、この人に何かあれば騒ぐに決まっている。自分もそのひとりだとリーゼッテは自覚がある。
先程だって、差し出された指輪と言葉に心臓が跳ねたのだ。憎からず……いや、恋慕の情を抱いている相手からそういうことをされたら、誰だって心臓くらい跳ねる。自分が理性のある人間で本当によかったとリーゼッテは内心頷いていた、なにも考えずに頷いて受け取っていたらそれこそ面倒事になっていただろう。
指輪から視線をあげれば何やら思案しているベレトの顔。数秒の沈黙の後、まっすぐにリーゼッテを見てベレトが口を開いた。
「好きだから指輪を受け取って欲しいと思ったんだが」
伝わらないものだなと目元を緩めたベレトに、今度こそ黙る。
言われた言葉を頭で繰り返して噛み砕き、ようやく意味が正しく理解された時、リーゼッテは数歩遠ざかる。自分が退いたことにより朝焼けが照らしたベレトの顔は、いやになるくらい綺麗に見えた。
「何を……いえ、受け取れません」
「どうして?」
「どうしてって……これから忙しくなるのに、人間関係で面倒なことを増やしたくないだけです」
嘘だ。突然すぎて受け取る覚悟がない。そもそもベレトからそういった好意をむけられた記憶がリーゼッテにはないのだから、あまりにも寝耳に水な話。もちろん嬉しくないわけではないが、公私で主の横に立ってその安息の場であってほしいという思いもある。それに、先程リーゼッテ自身が考えたように、ベレトに恋人が出来たとなれば周りが黙っていないだろう。
これから自分達に何があるか。統一された国を平穏に導くとか、復興に手をかすとか。そうでなくてもいまだ暗躍する闇に蠢くもの達を処理したり、帝国に抗する者達を抑えたり。リーゼッテは己の領地のこともある。
煩わしいことは避けたい、その気持ちが勝った。
「わかった」
ひとつ頷いて、ベレトが指輪を握りこんだ。それを安心したような少し残念なような、複雑な気持ちで見て、リーゼッテは息を吐く。納得してくれたならそれでいいではないか。よかったですという顔を繕って笑うと、ベレトも少し微笑んだ。人の気も知らないでと一瞬思いはしたが、目の前の人物はわりとそういうところがあるので仕方がないなと諦めがつく。
「忙しくなくなったら、また頼む」