優しく腕を掴まれる


 とくん、とくんと聞こえるのはベレトの心音。
 神祖としての力を失ったかわりに普通の人間と同じように音を奏でるようになった心臓が、あたたかい体の中にある。
 寝台の上でベレトの体に耳を当て、この人はここにいて、自分と同じように生きているのだと確認するのがリーゼッテは好きだ。嬉しくて、落ち着いて、安心する。
 今夜もまた、装備を外して軽装のベレトの腕の中にいる。心音を聞くだけならばリーゼッテが寄ればよいだけなのだが、ベレトの腕は居場所なく彷徨ったあとリーゼッテの背に回ることが大半だった。抱き枕ではないのだからと思いはするが、あたたかい体温を拒否する理由は特になかった。
 心音と体温と緩やかな息遣いでだんだんと眠気がやってきた頃、名前を呼ばれた。起きているかを確認するような、囁くような声。リーゼッテがゆるゆると瞼を開けるより先にベレトの手が頬を撫で、耳に触れてから髪を梳く。その動きで少し遠ざかった眠気がまた舞い戻り、リーゼッテはまぁいいかと瞼を上げずにベレトに擦り寄った。
 ふ、と笑う気配がしたあとそっと肩を掴まれ、次いで唇に何かが当たる感触。先生の唇だ、と今までの経験からぼんやりとした頭で考えて、そのまま頬に、瞼に、額に落ちるものを受け入れる。

「リーゼッテ」

 肩にあった手が首筋を辿る。
 その指先に言いようもない感覚がはしり、ようやくリーゼッテは目を開けた。顔を上げベレトの深い青の瞳をみて心臓がはねる。瞬時に眠気を忘れ去ってリーゼッテはベレトと距離をとった。みっともなく転がってしまったが、それを気にする余裕はない。

「せ、んせい、あの」

 自分の顔は赤いだろうなとリーゼッテは思う。事実、ベレトから見たリーゼッテはエーデルガルトの戦装束もかくやというほど赤い。
 心臓の高鳴りの原因の大半はベレトへの恋情だが。完全に綺麗な水がないように、そこには男性というものへの恐れと嫌悪が少なからず存在している。リーゼッテ自身そのことをわかっているから、少しの罪悪感を覚えながらベレトから視線を逸らして鼓動を落ち着かせるしかなかった。開けられた距離をつめようとはしないのはベレトの優しさだろう。
 数回口をぱくぱくさせたあと、ぎゅっと己の寝間着を握ってリーゼッテは口を開いた。

「……外で寝ます」
 
 寝台から降りようとしたリーゼッテの腕を、ベレトが優しく掴むまで、あと――。
 



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