真っ赤になって


 統一されたアドラステア帝国の中央、旧王国領や旧同盟領への足の運びやすさから、ガルグ=マクはいまだ黒鷲遊撃隊の拠点として利用されている。
 自領での仕事が増えたため以前のように皆が揃うことはなかなか無いが(そもそもエーデルガルトやヒューベルトはアンヴァルに腰を据えており、よっぽどのことがなければガルグマクには訪れない)、顔を出せば見知った顔がある。
 昼時、普段であれば食事を共にしない二人が並んで食堂の席についていた。対面の席には、見知った顔がふたつあったから誘いましたといわんばかりの顔でベレトが三人前はありそうな食事を目の前にしている。

「いやぁ、先生がちょうど帰ってきてくれてて助かりましたよ。俺達だけじゃあ不安でしたからね」

 明るい調子で言うのはシルヴァンだ。
 帝国領になってからもゴーティエ家は領地を任されている。当主である父親が生きているため、シルヴァンは黒鷲遊撃隊としての活動を優先しているようだった。……出奔し祖国に槍を向けた身であることも、なかなか旧王国領に帰らない理由のひとつのようだった。

「不安なのは貴方の力不足のせいではないかしら。……でも、先生が同行してくれて本当に助かりました」

 隣のシルヴァンに刺々しい視線を送ってからベレトに微笑んだリーゼッテは、先の戦い――帝国に叛意のある集団の殲滅を指揮するためにアンヴァルからガルグ=マクへ出向いていた。ガルグ=マクに滞在していることが珍しい人物のひとりだ。

「皆が無事でよかった」

 作戦を無事に終え、戦後処理も滞りなく進んだため今こうして余裕を持って食事をしているわけだが……同席の相手をちらと横目で見やってから、シルヴァンとリーゼッテは内心ため息をついた。満足気に頷いて食事に手を伸ばしているベレトは、シルヴァンとリーゼッテの仲がそれほど良くないことは把握しているはずだ。互いの事情や考えに触れてから以前ほどの滲み出るような険悪さはないものの、居心地が悪いことは変わらない。

「まぁ、なんだ……とりあえずいただきますか」
「ええ、そうですね」

 食事をはじめてしまえば、空気も和やかなものに変わる。
 元々人と話すことが好きなシルヴァンは時折手を止めながら最近のガルグ=マクや黒鷲遊撃隊の皆のことを話し、リーゼッテも宮城で過ごすエーデルガルトやヒューベルトのことを話し、ベレトは二人の話に相槌をうった。
 普段それ程仲が良くないわりに次は先生の番ですよと言いたげに視線を送るタイミングは揃っていて、その事に口元を緩めながらベレトは口を開いた。

「シルヴァン、指輪を贈る時はどうしたらいいと思う」

 突然のベレトな言葉にシルヴァンは目を瞬かせ、リーゼッテは飲んでいた水が気管にはいったのか噎せこんだ。真っ赤になって口元を抑えているリーゼッテを見、シルヴァンはなるほどと頷く。
 ベレトがリーゼッテに指輪を渡す場面を見たとガルグ=マクでも数人が口にしていた。リーゼッテからベレトへの好意はともかくその逆については半信半疑だったシルヴァンも、真っ赤になったリーゼッテを見るベレトの柔らかな眼差しを見れば八割は噂を信じる気になった。

「い、いま聞くことじゃないでしょう!」
「へえ、先生。指輪を渡したい人がいるんだな」

 話に乗ってきたシルヴァンをリーゼッテは睨みつけるが、気にした様子もなく面白がっていますと書かれた笑顔でシルヴァンはベレトに先を促した。「シルヴァン!」と呼んだ声が思ったより食堂に通ったのか、周りの視線が一斉に自分を見たのでリーゼッテはさらに赤くなって口を閉じる。

「前は……今は忙しいからと断られてしまった」
「あらら、そりゃお気の毒に。ちなみにその時は相手はどんな感じだったんです? 嫌がってました? うんざりしてた?」
「真っ赤になっていた」

 ふ〜んとシルヴァンは隣のリーゼッテをチラと見やる。髪と同じように顔を真っ赤にしたリーゼッテはぎゅっと膝の上で拳を握って二人の会話に耐えていた。その様子を見てベレトも小さく笑ったので、シルヴァンは師の意外な一面を見た気になる。真顔で人をからかうことも確かにあるが、こうして確信犯的なこともするのだなと振り回されている級友を少しだけ可哀想に思った。

「雰囲気うんぬんよりも、さっさと相手の仕事を取り上げたほうが早いんじゃないですかねぇ。あとは……先に手を出すとか」
「はっ……!? さ、最低ですね貴方、よくいまそんなことを……」
「そりゃあ、誰のことか知らないからな、適当なことも言うさ。いやー先生は優しいから聞けば相手も教えてくれそうだけど、ねえ先生」
「先に手を出すのは流石にな……」
「ええ……じゃあ、口付けのひとつでもしてみたらどうです?」
「それは、」

 もうした、というベレトの声に被せるように「お先に失礼します!」とリーゼッテが勢いよく席を立った。
 周りの視線も気にせずに食堂を走って出ていく背中を見送ってから、シルヴァンはからかいすぎましたねとベレトに軽く肩を竦めてみせる。からかいすぎたと思いはしても、反省はしていないことはベレトには丸わかりようで、程ほどにしてやってくれとの言葉にシルヴァンは声を出して笑った。
 



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