倒れた黒獣は、やはり溶けて消えた。今までに見たことの無い消滅方法に、オールマイトは僅かに呻いた。恐らく、再生しない。先程彼が言っていた「コア」が関係しているのかと思われた。

「キミ!」
「え?なに?」

ずんずんと近寄ってみれば、少年は逃げこそしないものの、たじろいだ様子だった。
すぐ横に立った時に「でかっ」と小さく呟いたのが聞こえた。確かにオールマイトの体躯は大きい。

「キミ!どこから来た!?」
「え、どこ…て、地域のこと?所属のこと?」
「ンンンッ!両方教えてくれると助かる!ちなみに私はオールマイト!東京都が管轄だ!」
「と、トウキョート…?極東支部、クレイドル部隊所属のゴッドイーター。…俺亡都にいると思ってたけど」

キミはここから来たよ、とオールマイトがゲートを指すと、少年は「はあ?」と半信半疑の様子でゲートを見た。異変はもう見られないそのゲートは、オールマイトらが以前も見たその姿と変わらない。
ゆっくりとした足取りで近付いた少年は、「フラン」と短く声を発した。恐らくインカムに向けて発せられた。

「トウキョートっていう名前の地域もしくは拠点を探して。…ねぇ、おじさん」

少年が振り返った。

「トウキョートって通称名?」
「……そうだな、地名であり、都市の名前でもある」

ニッと笑ってぐっと親指を突き立てた。たいていの人はこれで安心感を得るが、果たして少年はどうだろうか。少年は「…そう」と小さく呟いてオールマイトの言葉をインカムに復唱した。
その後、彼はゲートに手を当てた。力を加えているのか、ふにふにと手がくい込んでいるが、その向こう側へ渡る様子はない。
ガシャンと彼の大剣が音を立てた。スっと赤紫の光が剣に充満する。大きく振りかぶり、見るからに強烈な一撃がゲートに突き立てられた。

「あ…!?」

どぷん、と重い水音がして、彼の大剣が一瞬にして取り込まれた。対して少年はゲートに入れない様子で、ゲートをバンバンと叩き続けていた。全身を使って大剣を取り返そうとするが、帰ってきやしない。見かねてオールマイトも手伝おうと大剣に手を伸ばした。

「は!?馬鹿か死にたいわけ!?適合者でもないのに軽率に神機に触んな!…っ固!」
「えええ!?で、でも君の武器…!」
「そーだよやべーけどもっ!」

ぎょっとしたようにオールマイトを睨み付けた少年に、オールマイトはおろおろと見守るしかなった。その間にもずぶすぶと彼の大剣はゲートに飲み込まれていく。やがて持ち手まで沈み込んだとき、ついに諦めたように少年は転がって悪態をついた。

「ふっざけんな俺の神機ぃ!」
「あー…ああーー。君」
「なに!?今忙しいんだけど!」
「(今は寝そべってるだけだよね)とりあえず話し合わない?僕らと君では、何だかとても状況に食い違いがありそうだ」

少年はじっとオールマイトを見つめると、僅かに息を吐くと跳ね起きてオールマイトを見上げた。それから、周りを見渡す。おもむろに近寄ってきたのはシンリンカムイであった。

「ゴッドイーター、それが君の名前かい?」
「あーー、それは俺の職種。名前はキョーヤ」
「とんでもない名前の職種だな」
「………世界各地に配属されてるはずだけれど。ところで、さっきのディアウス・ピター、第2種接触禁忌種だけど…そもそもディアウス・ピターわかる?」
「さっぱりだな」

そのディアウスなんとかが狼の方なのか、黒獣の方なのかすら分からない。
その回答を聞いたキョーヤは僅かに顔を顰めた。

「…フラン、今の会話聞いてたよね。今すぐ支部長に報告して」

支部長、という単語にオールマイトは僅かに好色を示した。

「支部長…ということは、君の所属するという極東支部の最高権力者…だね?」
「そ。本人が出てくるかは分かんないけど、俺よりそういうのと話した方があんたらも話が早いでしょ」
「助かるよ」

彼の存在は異質であった。同じように、少年──キョーヤにとっても、今の状況は異常であろう。まだ中高生くらいの年代の子供だというのに、この状況判断能力は素晴らしかった。
オールマイトらにも警察から状況確認の連絡があったので、ひとまずの鎮圧を伝えた。キョーヤに関しては未だ伏せておくこととする。最後には伝えねばならないが、あまりにも未確定情報が多すぎる。

「ねぇ」

キョーヤがオールマイトのマントを引いた。
彼は自身のインカムを指さした。

「支部長。出てくるってさ。ここで偉いのって、あなた?」

オールマイトは周りを見渡した。安全確保のため、警察すら近くにはいない。見渡す限り、ヒーローと相棒しかいないこの場の代表は、間違いなくオールマイトであった。

「…私だねっ!!」
「おーけー」

インカムを外してガチャリといじると、唐突に音声が広がった。電子音と、慌ただしい声が時たま入り込んできている。しかし、それらを背景音として、凛とした女性の話し声がながれていた。

『……開きましたか?』
「うん」
『間もなくペイラー・榊支部長が参ります。…ああ、支部長、マイクはこちらです』

ガタガタ、ガサガサと音と話し声がしたあと、快活な声が入り込んだ。

『やあやあ!キョーヤくん!怪我はないかい?』
「生体反応見りゃ分かんでしょ。最悪なのは状況だけッスね。神機だけそっちに帰ったかも。回収お願いします」
『いやー、君の生体反応がこちらで取れないんだ。困ったね!神機については了承した。さて、話は変わるがそこに僕の話相手はいるかい?』
「ああ、うん」

キョーヤがオールマイトを見上げたので、答えるように頷いたオールマイトはキョーヤが手に持つインカム向けて声を上げた。

「私はオールマイト。ここ東京を守護する者だ。ちょっと君たちと現状のすり合わせがしたいと思っていてね」
『僕も同じ考えだ、ミスターオールマイト。私の名はペイラー・榊。極東支部の支部長だ。そこにいるキョーヤ・イブキの責任及び権限は僕にある』

物腰の柔らかな印象を受けた。しかし、その実このペイラーという人間は抜け目がない。
真っ先にキョーヤの安全保障を仕掛けてきているのだから。悪い人間ではないことは察せられたが、どうにも…。

『こんな即席で申し訳ないがね。いい対談にしよう』

底知れぬ知性がみなぎる声に、オールマイトは笑顔の裏で冷や汗を流した。

「(めッッッちゃ苦手なやつゥゥウ!!!)」