はじまり_E

 一週間後。講義終わりに友人達からいきなり呼び出された私は、学食の端で何故か目を輝かせている友人達に囲まれていた。
「な、なんのご用でしょうか……」
「お前、最近彼氏くんと夜の方でうまくいっていないんだろう」
「なにその口調」
「誰ぶってんの?」
「史学の鍾離先生だよ、わかるでしょ」
 私の正面に座った友人が得意げに腕を組む。ほんとに何なんだその口調、鍾離様の喋り方は確かに真似しやすいけど私に振らないでほしい。反応に困る。この子とは取っている講義が丸かぶりなためよく相談しているので、魈さんとの性生活に私が一方的にそう思っているのは何も間違ってはいないが……。そんなに改まって言われると普通に恥ずかしい。というかこの前のお泊まりのくだりとかちゃんと聞いてたんだな。面白がってるだけだと思ってた。
「それはそうですが……なにか……」
「ああ。学部のオリエンで知り合って三年、お前にはよくしてもらっているから礼をしようと思ってな」
「はい……?」
「鍾離先生はもっとかっこいいから!」
「そこそこ似てない?」
「というわけで、コレをやろう」
 受け取り給え! と最後だけ雑になった喋り口調につっこまずに、小さな紙袋を学食の使い込まれた机に出された。特になんの模様も入っていないそれは中を覗くと手のひらより少し大きいぐらいの箱が入っている。なにこれ。不審がっていると開けて開けて! と隣から言われて紙袋から箱を取り出してそっと中身を確認する。平ための丸い入れ物に半透明のジェルっぽいものがたっぷり入っている。なにこれ。
「みんなでお金出し合って買ったんだよ、はい」
 隣から説明書のような薄い冊子を渡されて、蓋を閉めてそれを確認する。えーと、……避妊……? ざっくり文章がたくさん書いてある場所に目を通して、もしかして、と箱の注意書きやロゴを見る。え、これ。
「これ、これって」
「うん、最近流行りのアレ」
「割ったら意外と買えたから次私にもプレゼントして〜!」
「え……! ほんとに!? ありがとう!!」
「これでもっと仲良く♡できるといいね」
「先週もダメみたいだったから、これで頑張って」
 うわ、どうしようまさかコレを手に入れられるなんて思ってもみなかった。ほんとにありがとう! と緩む頬をそのままに友人達に顔を向けると口々におじさんみたいな事を言って応援してくれる。ううう、いい友人に恵まれた……! 大事に使うね、といって落としたり取られたりしないように鞄の奥底に仕舞い込む。感謝の気持ちを返すべく、お昼ご飯奢るよと言えば学食で食べると思っていたのに普通に大学の近くのファミレスに連れて行かれて思わぬ出費をしてしまったが、全く心にきていない。それどころかどうやって魈さんにコレを理由にナマでしてもらおうか、と頭の片隅で思考を巡らせていた。
 そうだな……初めてナマでするなら、前世での私と魈さんの仲を深めるきっかけにもなった異国のあの行為がいいかもしれない。うきうきと浮かれる心を表すように足取りは軽く、いつ魈さんに言おうかな、とスマホの画面に映されたスケジュールを眺めるのだった。
 
 ◇◇◇
 
 大事な話があるんです。隣を歩く魈さんに、少しだけ緊張しながらそう言えば「なんだ」と言って足を止めてくれた。夕方の人通りの少ない公園の前で、深呼吸してから魈さんと向かい合う。話を切り出したはいいものの、どう話せば許しがでるか考えてうまく喋り出せないでいると、魈さんは話が長くなりそうなことを察したのか私の手を引いて小さな公園のベンチに連れていった。二人並んで座って、やけにゆっくりと時間が流れる。魈さんは何も言わずに私が喋り出すのを待っていてくれているみたいだ。優しい。
「ええと、あの……」
「なにかあったのか」
「いや! そういうことではないんですけど……」
「ならいい」
「えーっと、魈さんにお願いしたいことがあって」
 なんだ。と魈さんはいつも通り答える。私はどう言えばいいのか分からないままで、もうこれは現物を見せた方がいいと思って鞄の中からがさごそ友人たちから貰ったものを取り出す。はい! と四角い箱を魈さんに押し付ければ、眉間にシワを寄せながらも受け取ってくれた。
「こ、これで私としてくれませんか、あの……前にした、異国の」
「お前、これは……」
「友達から貰ったんです! 上手くいくといいねって……」
「…………」
「ぁ、……だ、だめ……ですか……」
 魈さんからダメと言われたわけではないのに、そんなに複雑そうな顔をされると泣きそうになる。やっぱり卒業までダメなのかな……でも友人達になんて言おう、私の立ち回りが下手くそなばかりに申し訳ない。魈さんに箱を渡して空になった両手を俯きながら見て返事を待っていると、両手に箱を戻される。うう、やっぱりダメなのかな。
「それはお前が持っていろ」
「え、えと、それはどういう……」
「……しっかり管理するなら、してやらんこともない」
「え……!」
 本当ですか!? と思わず大声で言ってしまうも魈さんは気にしていない様子で「嘘を言ってどうする」とスカジャンのポケットに手を突っ込む。ありがとうございます! と嬉しい感情のまま魈さんにがばっと抱き付けば、「分かったから泣くな」と目尻をそっと撫でられる。別に泣いてはないけど、断られると思ってちょっと目が潤んでいただけだ。魈さんと前世で別れてからやけに涙もろくなった気がするけど、こうやってすぐ魈さんが気にしてくれるから正直役得だと思う。ここが公園な事を思い出して名残惜しく思いながらも魈さんから離れて例の薬をしっかり鞄に仕舞い込む。
 いつから始めますか? とベンチから軽い足取りで立ち上がって魈さんの前に立てば、「いつでもいい」と魈さんも立ち上がりながら返されたので、じゃあ今日からとかはどうですか? と冗談で言えば「わかった」と何の迷いもなく返された。え、いいの? 黒色の艶やかな素材に、アクセントで緑色が使われたスカジャンを風になびかせながら公園を出ようとする魈さんの後を追いかける。ウェンティに買わされたと言っていたそれは、ガラはちょっと悪いけど魈さんによく似合っている。
「本当に今日からでいいんですか? 確かに今週は連休がありますけど……」
「構わん。我のところでいいか」
「……! はい、お邪魔します!」
 まさかこんなにあっさり決行できるとは思っていなかった。あともう少し押せばいけそうだったとは言え、魈さんの首を縦に振らせるなんてこの薬はすごいなあ。お高いだけある。後で友人達にはさらなるお礼をしよう。
 魈さん〜! と、つい緩む頬から出た声は自分でもわかるほど機嫌が良くて、返事がないのも気にせず魈さんの逞しい腕に自分の腕を巻きつけた。

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