よこしまな純粋



休日のショッピングモールは人が多い。普段あまり足を運ばない俺とは対照的に、名前はよく来るようだ。お目当てのショップを目指して迷いなく道を進む彼女は時折道中のショップに寄り道しながら、「これかわいい」だの「高いな〜」だの、一人で百面相をしている。どうやら話を聞く限りではスカートがほしいらしい。俺はスカートよりスキニーの方が似合うと思う。足がすらっとしているので細身のパンツが似合うのだが、本人は尻が気になるとか言っていたな。あまり穿いているところは見たことがない。前に2、3度見たことがあるが、裾の長いコートと合わせて尻を隠していた。気になるほどデカくないし、むしろ小さいほうに思える。そう告げても荒船は分かってないんだとじと目で睨みつけられてしまうのがオチなのだった。

ようやくお目当ての店に入り、しばらく店内を見る。どうやら気になるものがあったらしい。柔らかい色とシックな色のフレアスカートを見比べながら唸っている。俺としてはひらひらしたやつよりぴったりめなやつの方がいいんだが。前に言ったことがあるが、尻が気になるとまた言い出したので尻を撫でたら思いっきり肩を引っ叩かれたのを思い出し、なんとなく肩をさすった。

「ね、哲次、どっちがいいと思う?」
「どっちでもーー」
「いい、は無しね。どっちが好き?」
「…おまえの好みで選べよ」
「ええ〜〜…どっちもかわいいんだもん」

それに、どうせなら荒船も気に入るやつの方がいいし。
ぼそぼそと話す彼女は照れたのかこっちを向かない。「自分で言っといて照れてちゃ世話ねえな」口から可愛くない言葉が飛び出たが、内心では嬉しくないわけがない。俺の好みに合わせたいという可愛らしい女心が俺の男心をくすぐり、自分の口角が緩みそうなのを必死で我慢した。ふと、視界の右側の棚に細身のパンツがいくつも積み上げられていることに気付いた。黒色から明るいデニムまで、サイズも多く取り揃えられているらしい。この間履いてたのはデニムのスキニーだったな。黒も似合いそうだ。以前ショッピングした時の記憶を頼りに、フィットしそうなサイズを適当に手に取る。シンプルで動きやすそう、そして生地の肌触りもなかなか悪くないので俺の好みとしては申し分ない。スカートを手に悩む彼女は俺の動きに気付かない。

「そんなに悩むなら試着してこいよ」
「ん〜それもそうかあ。着たら荒船見てくれる?」
「ああ。ついでにこれも着てこい」

ようやく振り返った彼女に黒のスキニーを押し付ける。反射的に受け取ってしまったのか、目を白黒させてなにこれ?と言う彼女の手を引き、フィッティングルームに向かう。「ちょっとこれスキニーじゃん!」ぎゃんぎゃん噛み付いてくるのは徹底的に無視し、店員に試着の旨を伝えて個室に押し込んだ。

幸い彼女が入った試着室の前には椅子があったので、そこで大人しく座って待つ。ごそごそ中で動く音や「う〜ん」と唸る声をを聞きながら、なんとなくスマホを取り出して通知を確認する。カゲからラインが入っていた。どうやら今日の夕飯に顔見知りの奴らでカゲの家でお好み焼きを食べるらしい。また空閑もいるのか。あいつほんとに気に入ってんな…。今日は名前と夕飯を食べに行くので断りのメッセージを入れる。しばらしくして、中から「…荒船、いる?」と控えめに声がかかった。スマホをポケットに入れ、「おう」と返事をする。ゆっくりカーテンが開かれて、先程俺が選んだスキニーを穿いた彼女が現れた。

「…どう?」

俯きがちにこちらを伺い、恥ずかしいのか足先がむずむずと動いている。どうと聞かれれば、答えは満点だ。黒を選んだのは正解だった。収縮色はすらりとした脚のラインを綺麗に表し、踝がギリギリ見える程度の少し短めな丈から覗く肌色が、正直言ってそそる。思っていた以上に似合っている。素直にそう伝えると、照れたのか目を伏せた。

「そ、かな。お尻とか目立たない?大丈夫?」
「だからいつも言ってんだろ。気にするほどじゃねえよ」
「う〜〜、なんか落ち着かない…」

尻のあたりで手をそわそわさせている名前の顔は、赤い。尻のラインが見えることと俺に褒められたことが恥ずかしいのだろう、顔を赤くしながらもじもじしている姿は、情事中の脱がした直後の表情と似ていた。それに気付いたらもう最後で、頭がくらりとした。脱がしたい。俺は率直にそう思った。脚のラインをぴったりと飾るその布を、少しずつ下げてその下に眠る柔らかい肌を暴きたい。気付けば掌にじんわりと汗をかいていた。「とりあえず着替えるね」その声で我に帰る。一度深呼吸をしてフィッティングルームから出て、目的もなく近くのメンズ服を見る。黒のスウェットが目に入り、なぜか俺ではなく名前が着ている姿が頭に思い浮かんだ。彼スウェットとでも言うのだろうか。煩悩よろしくご丁寧に下は何も身につけていない姿は例え妄想であってもよろしくない。慌てて思考をかき消すようにもう一度深呼吸をする。これでは、ただの煩悩の塊だ。
「おまたせ」と声がかかり、顔を上げれば、元の服に着替えた名前が立っていた。

「スカートね、こっちにすることにした」
「そうか」
「哲次はなんか買うの?」
「いや、俺はいい。スキニーどうだった?」
「けっこう穿きやすかったよ。サイズもぴったりでびっくりした〜」
「…そうか。じゃあちょっと貸せ」

はにかむ彼女から、買うと決めた方のスカートと黒のスキニーを奪い取る。驚く彼女を置いてレジの方に歩き出すと、「ちょ、ちょっと!」と言いながらパタパタと俺の後を追いかけてきた。

「自分で持つってば!そんな大した距離でもないし」
「これくらい買ってやる」
「……は!?いやいやいやいいって!」
「すんません、これとこれ、お願いします」

かしこまりました〜、服のサイズはお間違い無いですか?と店員の高い声に、さすがに名前は黙ったようだ。ただ、その目には不満がありありと浮かんでいる。財布から金を出していると、後ろから背中を叩かれた。地味にいてえ。ありがとうございました〜と間延びした声を背に、名前の手を掴んで店を出る。手を繋いでおかないともう1発殴られそうだ。

「…も〜〜!!!なんで!買うの!」
「別にいいだろ、俺が選んだんだし」
「じゃあせめてスカートくらい自分で払わせてよ!」
「うるせえな、久しぶりのデートなんだからいいだろ。たまには格好つけさせろよ」
「…いつでも格好いいわ!あほ!」

手が塞がっているので今度は脚で蹴られてしまった。だから地味にいてえんだよ、それ。しかしそれよりも聞き逃してはならない言葉が聞こえたような。珍しく素直な名前に驚いて顔を見ると、案の定耳まで赤く染まっていた。…これはよろしくない。先程無理に押さえつけた欲がむくむくと大きくなっていくのを感じる。未だにぶつくさ文句を言っている彼女の手を引いて急に歩き出すと、急に歩き出すなと文句を言われた。

「なあ、ちょっと付き合ってほしい所があるんだが」
「…え?別にいいけど。買ってもらっちゃったし。どこ行くの?」
「俺んち」

顔は赤くて、目を見開いて、ついでに口も半開きにして、なんとも間抜けな顔だ。服を買ってもらったからなのか、下手に出るしかない彼女はあ、だのう、だの頼りない母音しか紡げなくなっていた。

「…せっかくのデートなのに」
「安心しろ。家族誰もいねえから」
「よけい安心できない!」

今日こいつぎゃんぎゃん噛み付いてばっかだな。それが照れ隠しなのは長い付き合いで手に取るようにわかっている。手を絡めて握る力を込めれば、黙ることも。

そうだ、折角だから先程買ったスキニーも穿いてもらうかな。
俺の足取りは軽く、その反面名前の足取りは重い。しかし俺の手を離さず、それどころかきゅ、と握り返す手から察するに、どうやら満更でもないらしい。