impactに接近して
筆先に絵の具のついたままの筆を右手に立ち上がり、小走りで美術室を出た。
「もー!これ、落ちるかなぁ?」
ただいま、私は廊下を全力で走っている。
美術部員である私は文化祭で飾る絵を描いている途中、うっかりブレザーに油絵具を付けてしまった。
Yシャツならまだしもブレザーに絵の具を付けてしまうなんて、なんて私はマヌケなんだろう。
そもそもブレザー着たまま絵を描こう何て、何処まで私は抜けているんだろう。
ジャージに着替えようとしてトートバッグのなかを探すも上着は見つからず、
必死に考えを巡らせていると「体育館じゃない?」と隣にいた友人が声をかけた。
授業中、暑くなってステージ横に置いておいたことをすっかり忘れていたのだ。
そんなわけでジャージを回収するべく体育館を目指して走っている。
現在時刻は7時を回っていた。
もしかしたら体育館は誰も居なく真っ暗かもしれない。
体育館の電気のスイッチって何処にあるんだろう?
変なカップルが居たらどうしよう〜
とどうでも良いことに考えを巡らせているといつの間にか体育館は目の前だった。
「あ、良かった。扉の隙間から光が漏れてる。
ってことはまだ誰か居るんだね。」
重い扉に手をかけゆっくりと横へ引く。
薄暗い廊下の床に、扉の隙間から漏れ出す光の線がすこしずつ幅を広げていく。
眩しさに目が慣れた視界の中には一人の男子がちょうど、
自分の少し前にある頭上のバスケットゴールをめがけドリブルをしながら走ってきた。
「ッ!」
その人物が誰であるか認識したと同時にその男子は物凄い高さまで飛び上がり、
そのまま勢いよくボールをバスケットゴールへ叩き入れた。
「ッ……………。」
一瞬の出来事に頭がついて行かなくて呆然としていると、目の前の男子は今私の存在に気付いたようで此方へ向かってきた。
「何してる。」
鋭い目つきを向けて訊ねてきた。
彼は同じクラスではあるが名前を知っているくらいで会話をしたことはほとんどない、流川楓だった。
「……あ、えと…。そ、その、忘れ物を。」
どもりながら目的を告げる。
ふーん、と興味なさそうに言うと転がっているボールを拾いに行ってしまった。
「流川君、こんな遅い時間まで練習しているんだね。
というか、今の凄いね!」
間近で初めて見るダンクシュートに思わず興奮気味に声をかける。
「…どーも。」
素っ気なくも返事をしながら再び此方に顔を向けた。
意外。
話しかけたら返事、してくれるんだ。
なんてとんでもなく失礼際まりない感想を胸に、ずうずうしくも一つお願いをしてみる。
「ね、今の!
もう一回やってくれない?」
「別にいーけど……。」
眉をひそめながらも定位置までドリブルをしながら戻っていく。
後姿を見つめながら胸を躍らせた。
再び、私の頭上にあるリングの方へ振り返り、ドリブルしながら徐々に此方へ近づいてくる。
狂いのない綺麗なドリブルのフォームからジャンプシュートの体勢へ移り、
そのまま先ほどの迫力あるダンクシュートをさらに上回る華麗で豪快なダンクを決めて見せた。
人気のない静かな学校の体育館にはボールを叩きつけた鈍い音だけが響き渡っていた。
「す、っごい……ッ!」
いつの間にか握りしめていた拳からじんわりと痛みが広がっていく。
「凄い、すごいよ!流川君!」
自分が体育館へ来た目的もすっかり忘れ、ただただ目の前で繰り広げられた光景に興奮していた。
「今までスポーツとか興味なかったけど、
流川君のダンクシュートみてなんか、こう、内側から熱が全身を駆け巡ったというか。」
自分でももはや何を言っているかわからなかったがとにかく想いを必死で告げたかった。
とにかく感動した!
そんな私の力を込めた言葉に流川君は「どーも」と短く答える。
先程のような素っ気なさは無かった。
「ところで、何で筆なんか持っている。」
「あ、」
「忘れ物を取りに来たんだろ。
探さなくて良いのかよ。」
「……何を探してたんだっけ。」
「……。」
あきれた顔のまま流川君は私の顔から少し視線を下へ向けた。
筆を持っている右手とは逆の方向だった。
不思議に思って自分の左腕を見る。
「!」
忘れ去られた目的を思い出す。
「ジャージ!探しに来たんだ!」
「それ、絵の具で汚したのか。」
「そう!ジャージ、トートバッグに入っていると思ったんだけど、見当たらなくて。
多分、体育の時脱いでそのまま体育館に忘れてきちゃったんだと思う。
それを探しに来たんだった。
持って帰るために入れたと思ってたんだけどね…。」
「マヌケなんだな。」
「ぐッ」
自分でも気にしていることをスパッと言い当てられて言葉に詰まる。
「で、何処に置いたか思い出せるのか?」
「あ、うん。多分ステージの近くだと思う。」
そういうと流川君は壁際まで転がっていたボールを拾うと私に背を向け、ステージまで歩いて行った。
「え、流川君?」
顔を少しだけ此方へ振り返らせ、小さく答える。
「俺はもう帰る。
ボールを片付けるついでだ。」
どうやら一緒に探してくれるらしい。
慌てて小走りで流川君の背中を追う。
「あ、待っ……て、わっ!!」
足がもつれて体育館の床へ思い切りダイブした。
「いたた、」
「……何やってやがる。」
足を止めて再びこちらへ振り返る流川君を余所に私は声を上げた。
「あぁあッ!!!
床に絵の具がついちゃった!!!」
何度目かわからないあきれ顔の流川君が此方へ歩いてきた。
「ったく。世話が焼ける」
「うぅ。ご、ごめんね。」
ブレザーのポケットからタオルを出すより早く、流川君は先程まで片側の肩へかけていたタオルで床を拭き始めた。
「え、汚れちゃうよ!」
油絵具って中々落ちないんだよ、
と言いながら慌てて流川君の腕をつかみ止めようとするも軽く振り払われる。
「別に、これくらい構わない。
それにあんただって同じだろう」
チラリと私の左腕に不器用に広がっている絵の具を見やる。
「そ、そうだけど……。でも、」
「それより、あんたは早くジャージ探してくれば。」
ここに居ても役に立たない私は諦めて一刻も早くジャージを手に入れようと、
観念して立ち上がった。
「うん、ありがと!」
「おいっ」
素早く立ち上がり駆けだそうとした私に少し強めの口調で呼び止める流川君。
なに?と視線を下げて流川君に目を合わせれば、私を見上げながら
「走るな。」
と一言言い放ち、また床を拭き始めた。
心配されている、と情けなくなりながら「はい」と小さく呟いてステージへゆっくり歩きだした。
それから私のジャージは無事に見つかり、流川君の元へ戻ると床は拭き終えており、
暇をもてあそぶように人差し指でバスケットボールをくるくると操ってた。
「そんなこともできるんだ……。」
感心している私に「見つかったのか」と声をかける流川君。
「あ、ジャージあったよ。待たせちゃってごめんね。
あと、ありがとう。色々と。」
御礼を告げると小さく返事をしながらボールを仕舞に背を向けた。
ついて行こうと歩き出したら「そこで待ってろ」何ていわれてしまった。
完全に私はドジでマヌケな奴と思われてしまっている。
戻ってきた流川君と並んで体育館から出る。
会話のない2人に余計静けさを感じた。
「あの、本当にごめんね。タオル」
「別に。気にしなくていい。」
「でも……。」
顔を少し俯かせると、流川君はぴたりと足を止めた。
遅れて足をとめ、流川君を振り返る。
「えっと…………、?」
「今週の土曜日、練習試合がある。」
「あ、そうなんだ!」
「来れば」
「えっ」
「応援しに」
ボソリとつぶやくと流川君は再び歩き出した。
「……………あっ。ま、待って!」
慌てて流川君の隣に追い付く。
「応援しに行くね!タオルと蜂蜜檸檬持って!
頑張ってね!」
「うす。」
先程の初めて見る豪快なダンクシュートにまだ冷めやらぬ興奮と、
挨拶すらまともにしたことがなかったクラスメイトとちょっぴり距離が縮まったことに
冷える夜とは裏腹にじんわり身体が温まっていくのであった。
―――――――――――――――――――――---
(そうだ!私も流川親衛隊に入ろうかな)
(どあほう)
end....
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