反則の領域 1
お昼の時間。
体育館の近くの小さな中庭で、陽を浴びながらお弁当を
食べる時間が一番好きだった。
遠くに聞こえる賑やかな声と大きな木から漏れる淡い光が心地良い。
今日も特等席へ向かうべく廊下を歩いていると、
あることに気づく。
いつも一緒に持ち歩いている水筒を今日は忘れてきてしまったらしい。
そういや朝、母親が玄関先で何か叫んでいたが
あれはきっと水筒を忘れているという忠告だったのだろう。
「仕方ない、自販機でジュースでも買おっと。」
中庭に続く廊下の端に設置されている自動販売機に近寄り、お財布を取り出す。
「何飲もうかな…。ん〜、よし。リンゴジュース!」
サンプル缶の下に掛かれた160円を横目に財布の中から適当に小銭を取り出し入れていく。
150円ほど入れた所で財布の中身に視線を移すと、
お札はおろか小銭は一枚も無く、
取り溜めたレシートばかりが律儀に並んでいた。
「………足りない………。」
買う前に確認しておかなかったことに後悔し、おつり返却のレバーを引くも小銭は戻ってこなかった。
「え、壊れてるッ?」
ブレザーのポケットやお弁当入れの中を念入りに探すも、都合よく10円玉は入っていなかった。
自動販売機の下に落ちてはないだろうか、などと思い始めた矢先、ちゃりんと言う音が近くで聞こえた。
「ほらよ。」
右方向から聞こえた声にどきりと胸が鳴る。
10円のことで頭がいっぱいで、人が居ることに気づかなかった。
恐る恐る声の方を振り向くとそこには黒髪で短髪の見たことのある男子生徒が立っていた。
「早く買えよ。待ってるんだからよ。」
催促するように顎で自販機を指す彼に慌てて返事をする。
「あ、はいッ!あの、あ、すみません!」
目当てのボタンを押し、急いでジュースを取り出してから横にずれる。
「ど、どうぞ……ッ!」
勢いよく退くと、慌てふためく姿が可笑しかったのか、彼はふわっと笑った。
それからスポーツドリンクのボタンを押し、取り出し口から飲み物を取る彼を後ろから眺めていた。
「あの、ありがとうございます」
忘れかけていた御礼を口にすると彼が此方を振り向いた。
「おう。次は忘れんなよ」
そういって視線をこちらに向けたあと一瞬目を合わせ、
すれ違いざまに頭をぽんぽんと柔らかく撫でてから私の横を通り過ぎて行った。
小さくなっていく彼の後姿が見えなくなったころ、ようやく私の頬は熱を帯び始めた。
(10円玉探すため自販機の下覗いたりしていなくてよかった……。)
end....
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