反則の領域 2
三井先輩から10円を借りてから数日。
私は3年3組の教室の前に立っていた。
10円を借りた日の帰り、お昼にあった出来事と先輩の特徴を友人に伝えた所、
「それ、多分3年の三井先輩だよ!」
と教えてくれた。
(短髪で部活のジャージを着ていて背の高いちょっと怖そうな優しい先輩というヒントで導き出してくれた)
三井先輩とは、バスケットボール部に所属しており、最近では結構活躍している女子に人気の先輩らしい。
正解かどうかは分からないが、現段階では友人の推理を頼りにするほかない。
借りた10円を握りしめてドアの前で深呼吸する。
「今日こそ先輩、居るといいな…。」
数日間、毎日のように時間をずらしながら教室へ足を
運んではいるものの、未だ再会できずにいた。
ふうと一息つき、意を決してドアを開ける。
向けられた好奇の視線を受けながら見渡すもやはりいなかった。
(また今日も返せなかったな…。もう1週間経つかな…。)
このまま戻ってくるまで待とうかとも思ったが、3年の
教室に1年の人間が居続けるのはどこか居心地が悪く、
一旦退散することにした。
その日の放課後。
私は借りた本を返却しに図書館へ寄った後、喉の渇きを潤すため中庭を通って帰ることにした。
「あぁ寒い。暖かい飲み物でも買うか。」
ブレザーへ入れっぱなしにしていた小銭を入れ込む。
目当てのホットレモンティーのボタンを押すも、
微動だにしない自販機を不審に思う。
「あれ、」
投入口に記された金額を見やると、
入れた小銭が20円足りないことに気づく。
またしても小銭が足りないまま購入しようとした自分の間抜けさにもはや笑いしか出なかった。
「おい、何にやにやしながら立ってやがる。」
1週間ほど前、同じ場所で聞いた同じ声にはっと振り向く。
「まさか、また足りないのかよ」
呆れたように笑うのはこの1週間、
毎日のように探し続けた三井先輩だった。
「あ、えと…あはは……。」
気恥ずかしくなり下を向いて笑っていると三井先輩は近づいてきた。
「たく、しかたねぇな。次は奢れよ。」
冗談めかしく言いながら、足りない分の小銭をジャージのポケットから取り出していた。
「ありがとうございます!あの、本当すみません…。」
頭を下げながらちらりと三井先輩に視線を送ると此方を見て笑っていた。
それから三井先輩は自販機へ向かい、流れるしぐさで
自分のスポーツドリンクを買うと、じゃあな、と片手を上げ、
背を向けた。
「あ、あの!この前の10円、お返しします!」
去ってしまう三井先輩を何故か引き留めたくて咄嗟に出た言葉にすぐさま後悔した。
「返すって、おいおい、
足りなくて買えなかったんじゃねーのかよ?」
「あっ………、」
頬から広がった熱は足の指先まで伝わった。
「お前、面白いやつだな。」
三井先輩はひとしきり笑い終えたあと、唇をゆがめながら呼吸を整えていた。
恥ずかしさを耐えながらもきらきら笑う三井先輩を
つい見つめていると、急にまっすぐ視線を合わせてきた。
「明日の放課後、暇?」
「え、と、明日、ですか?」
質問の意図が読み取れず、おたおたしている私に、三井先輩はさらに続けた。
「俺、バスケ部なんだ。」
体育館の方角をちらりと見ながら言う三井先輩に私は勢いよく答えた。
「あ、はいっ!知ってます!
(友人から聞いたんだけど)」
三井先輩が再び私へ視線を向ける。
「明日、練習試合があるんだ。
暇なら観に来いよ。」
「えっ! いいんですか!観に行っても!」
「あたりめーだろ!
俺様のカッコイイ3Pシュート見せてやるからよ!」
自信ありげに力強く笑う三井先輩から目が離せなかった。
(前に会ったときもこんな感じだったな。)
「よし、そろそろ戻るか。」
休憩時間が終わるころらしく、三井先輩は今度こそ体育館へ戻らなくてはならなかった。
まだお話ししたい気持ちもあったが、練習が始まるのでは
仕方がないと思い、
「がんばってくださいね」と伝えるため口を開いた瞬間、
三井先輩はおもむろに私へ近づいてきた。
すぐ目の前で止まり、指先で軽く私の肩を叩きながら
「ぜってぇ、観に来いよな。」
と言うと笑顔のまま背を向け小走りで去っていった。
「………はい………。」
遠ざかっていく背中に小さく返事し、見えなくなってもなお、
三井先輩が去っていった方をただ見つけていた。
(借りた30円、ちゃんと返さないと。)
小さなときめきに気づかぬよう、
心の中でひたすら「30円」をリピートし続けるのであった。
(あのボディタッチは反則だよ………。)
(ところであいつ、何でおれがバスケ部だって知ってたんだ?)
end....
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