37
陽花戸中との試合は両チーム無得点のまま後半へ入り陽花戸中のキックオフで後半戦が始まった
早速攻めあがる陽花戸からボールを奪った一之瀬くんが僕にパスを繋げる、僕はそのまま立向居くんのいるゴール前まで上がっていった
「吹雪、シュートだ!」
「シュートでヤンス!」
「決めてほしいっス!」
「吹雪!」
「吹雪!」
みんなの応援に思わず目を瞑ってしまった、みんながアツヤに期待している、アツヤにならなきゃ……いや違う、僕は、僕は
「士郎!」
そうだ、僕は吹雪士郎だ、名前が僕の名前を呼んでくれたおかげで何とか自分を保つことができた
けれどもボールは戸田くんに奪われてしまい、思わず立ち止まればみんならから非難の声が掛けられる、その言葉一つひとつが恐怖へと変わる
「しっかりしろ吹雪!」
「いつものあんたなら一気にシュートしてたじゃん!」
みんなの声が怖い、アツヤじゃないと駄目なのだろうか、みんなは僕ではなくアツヤに期待していたんだ、そう考えれば考えるほど期待されるのが怖くて堪らない
僕の手は自然と名前に助けを求めていて、でもその手を名前が握り返してくれることはなかった
ベンチにいる名前に僕の思いは届いていてもその距離はあまりにも遠すぎる、僕はピッチでただ独りきりだった
その後キャプテンのマジン・ザ・ハンドを見た立向居くんがゴッドハンドと同じようにマジン・ザ・ハンドも習得しようと奮闘しはじめたのを好機と言わんばかりに点を決めていった
結局その試合は雷門が勝利を収めたのだが、僕は何も出来なかった
試合が終わって盛り上がっているみんなを余所に僕は一人トイレへ向かった
冷水で顔を洗ってから鏡に映る僕を見ればいつもの僕がそこにいるのに、アツヤに見えてきてしまう
今日の試合は何とかアツヤを抑えたけれどももっと完璧じゃないといけない、鏡に映る僕の目は緑で、まだちゃんと僕なんだと理解できた
「そうだ、次の試合は僕がシュートを打とう、アツヤ良い考えだろう……?」
「士郎、ここにいるの?」
不意に聞こえた声に驚いて肩が跳ねる、振り向いてもトイレの入り口あたりを見ても人は居ない、一体誰だ
「士郎、私よ」
僕の心を読んだかのように返事をしたのは名前の声だった、何でここにいるんだろう
士郎がここに歩いていったのを見たから、と心配そうな声が聞こえてくる、名前には何でもお見通しのようだ
もう一度鏡を見ていつもの僕であることを確認して外に出れば名前がいて、いつもの僕だとわかって安心したように微笑んだ
>>戻る >>TOPに戻る