【小さくなっちゃった涼野】(涼野/inzm)

ちび涼野01

 困った、というのもわたしの体に異変が起きたのだ、その日はいつも通り学校へ行きつまらない授業を受け流し部活で流した汗を拭うべくシャワーを浴び夕飯までの時間を部屋で寛いでいたらその異変は起きた

 いつの間にか寝ていたらしく部屋の時計を見やれば間もなく夕食の時間だった、どうも動きづらく視界が狭く感じる
 どうしたものかと携帯電話に手を伸ばしてやっと違和感を感じた、いつもならすんなりと手が届く位置にあるはずの携帯電話が遠く感じるのだ
 懸命に手を伸ばしても届く気配がなくそこでようやっと気付くことが出来た
 わたしの腕が異様に短い、手のひらを見つめてもいつもより小さくまるで幼稚園児のようだ、動きにくい体を無理やり起こし自らの体を確認する、着ているものはだぼだぼとしており短パンとTシャツで寝ていたはずが手のひらと足の先がちょろりと出ているだけになっていた
 シングルサイズのベッドも広く感じる、視線を上げたところで窓に映った自分の姿を見ることになったのだがそこにいたのは幼いわたしだった


 わたしは幼くなってしまったこの姿を園の誰にも見られたくなかった、特に晴矢とヒロトには死んでも見られたくなかったのでとりあえず名前の家に行くことを決心した
 夕食の時間になりわたしがいなければ誰かが必ず呼びに来る、そう考えたわたしの行動は早かった
 必要なものを持って行くために普段学校へ持っていくカバンに荷物を詰めようとしたのだが今のわたしには予想以上に重くて大きかったため断念
 仕方なく小学校の家庭科の時間に製作したナップサックに携帯電話と下着だけ入れた
 園では子供服は滅多なことがない限りおさがりだ、わたしの着ていた服も例外ではなくて、何が言いたいのかと言うと今のわたしに合うサイズの服を有していないということだ
 わたしが持っているもので一番一番小さいサイズの服をだしてもなお今のわたしには大きかった
 背に腹は代えられぬ、それでよしとしたわたしは机上に名前の家に泊まる旨を書いた紙を残し部屋を出た
 わたしの部屋は広間や食堂からは比較的遠い方なので出て行くのは楽だった、だがいつ誰かに見つかるやもしれないと思うと妙に緊張してしまった

 スニーキングミッションを成功させたわたしは名前の家へと急いだのだがいつもは二十分程度で着く道のりも幼い体ではいつまでも経っても着く気配がない
 それどころか空は段々と暗くなりいつも見ていた景色も違って見えてしまい恐怖心さえ芽生えるほどだ
 あのコンビニを曲がればあとちょっと、そう自分に言い聞かせずり落ちるズボンを引っ張り上げる、足を早めてコンビニを通り過ぎたときだった
 不意に背後から声が聞こえた、その声は誰よりも聞き慣れたソプラノで緊張したわたしの心を和らげてくれる愛しい人のものだった

「あれ、ちっちゃい風介だー」


ちび涼野02

「名前……!」
「やっぱり風介だ、あれ、なんでちっちゃいの?」
「名前、名前っ!」

 名前の姿を見つけた途端に決壊したダムの如く涙が止まらなかった、止め処なく零れる涙を拭っていると彼女は優しく抱いてくれた
 泣かないでー、そう背中を優しく撫でつける彼女は聖母マリアを思わせた、彼女はわたしが苦労して歩いた分と同じくらいの距離をいとも簡単に歩いてみせた
 暫くして泣きやんだわたしを抱えて家に入ったのだが、ただでさえ大きい家が今のわたしにはさらに大きく感じられた

 彼女の両親は忙しい人たちで家を空けることは日常茶飯事のことだった、なので彼女は自ずと自炊を覚え半一人暮らしの生活を余儀なくされていた
 わたしは一度だけ彼女の両親と会ったことがある、それは一ヶ月ぶりに彼女の両親が帰ってくる日で家族団らんの夕食に誘われたのだ
 わたしのような者がそんな大切な日にお邪魔してはいけないと思ってはいたが名前の輝きに満ちた笑顔を目の当たりにすればそんな考えは何処かへと消え去っていた
 そして当日、豪華な夕食の並んだ食卓にわたしはいた、彼女は隣に座ったわたしを恋人であると紹介した、それを聞いたご両親は何の戸惑いもなくわたしを受け入れてくれたのだ
 どうやら名前がわたしのことをご両親に話していたらしく彼女を幸せに出来るのはわたししかいないと考えたのだそうで、この食事会もご両親が提案したそうだ
 のんびりとした性格をしている名前のご両親は案の定のんびりとしていた、本当にこの人たちが一会社の社長であるとは信じがたいが人柄が良いのは確かだ、ちなみにわたしの父さんには名前を紹介済みだ

 ふかふかとしたソファーにわたしを降ろした名前は手に持っていたコンビニの袋からプリンを二つ取り出した

「風介プリン食べる?」
「ああ、二つも買ったのか?」
「うん、明日の分もと思って買ったんだけど風介にあげる」
「ありがとう……美味いな」
「でしょ、あのコンビニのオリジナルプリンなんだよ」
「コンビニもあなどれないな」
「うんうん」

 などと和んでいる暇はない、わたしの現状について話し合うべきなのではないだろうか、そう思いつつも夕食前のこの体は歩き詰めたせいもあってか腹が減っていたためプリンを食する手が止まらない
 腹にプリンを収めたわたしは疲労と安心感からかいつの間にか寝てしまっていた


ちび涼野03

「風介起きて、晩御飯できたよ」
「ん……」

 何やら悪い夢を見ていたようだ、わたしの体が縮んでしまうなんてただの悪い夢だったのだ、きっとそうに違いない
 心地よいソプラノと鼻をくすぐる良い香りに目が覚めたわたしは目の前の愛おしい存在に口付けをしようと手を伸ばした、のだが届かない
 顔の距離から考えていつものわたしならば彼女の頬に手を添えることなど容易いはず、なのになぜ
 自分の姿を確認したら答えはすぐに出てきた、わたしが縮んだのは悪夢などではなくただの現実だったのだ
 テーブルの上にはドリアを中心とした洋食が並んでおり椅子に座るよう促された、しかしいざ座ったら顔がやっとでる程度しかなく、それを見た名前が小さく笑った

「笑うな」
「風介が可愛いからつい、おいで、膝貸してあげる」
「……」

 このままでは食事がとれないので仕方なく名前の膝の上で食事をすることにした、あくまでも仕方なくであって下心はないのだからな
 名前の手料理は相変わらずどれも美味かった、彼女と将来を約束したわたしは世界で一番の果報者だ
 黙々とドリアを口に運んでいると名前に笑われた、どうやらわたしの口元が汚かったらしくナフキンで丁寧に拭ってくれた
 わたしが気恥ずかしさを紛らわせるために牛乳を飲めばまたもや口元を汚してしまい可愛いとすら言われてしまった

「わ、わたしにかまうなっ」
「ふふふー」

 へらりと笑う彼女に愛おしさを感じつつも食事を終わらせたわたしは食器を片付けるべくキッチンへと運ぶが流し台に手が届かなかった、小さい体がこんなにも不自由だったとは思わなんだ
 背後からまたも笑い声が聞こえ名前を力いっぱい睨みつけてやった、しかしそんなものは彼女に効くはずもなくわたしが持っていた食器を取り上げられてしまい、そのまま洗浄を始めてしまったのでわたしは布巾を引っ張り出し洗った食器を拭く作業をすることに


 拭いた食器を棚に戻すのも一苦労だった、溜め息を吐いてソファーに沈めば隣に名前が座る、わたしの頭を撫でつける手が心地よい

「風介お疲れ様」
「本当に疲れた……」
「ところで風介、何でちっちゃいの?」
「……名前、聞くの遅いよ」


ちび涼野04

 とりあえずこんな体になってしまった経緯と原因が不明であると説明したが名前は終始笑顔を絶やさなかった、大事な恋人が縮んでしまったのに笑顔とはどういう了見だ

「だってちっちゃい風介が可愛くて」
「園に戻れない上、学校にも行けないのだぞ」
「だったらずっとうちにいなよ、風介と一緒にいたい」
「どうにかして元に戻る方法を……っ!」

 探さなければいけないな、そう続くはずだった言葉は名前の表情を見ればのどの奥へと戻っていった、恋人の切なげな顔を見せられて平然としていられる奴は阿呆でしかない
 わたしみたいに身寄りがない子供でも園に戻れば家族がいるのに対し名前は常に独りだった
 家族がいても一緒にいなければ意味なぞ成さない、そういった意味で名前は孤独なのだ、わたしが泊まる日もあるが毎日ではない
 一人の夜を過ごしているのだと考えると胸が締め付けられた、これ以上名前の悲しい顔は見たくない

 もしわたしがこのまま元のサイズに戻れなければ名前の家に世話になるのだろうか
 それも良いかもしれないがやはりそうなるとこの体では色々と不便だ、色々と

「やはり元の体でないと……」
「あ、だったら元に戻るまでうちにいなよ!」
「そうだな、元々そのつもりでここに向かっていた訳だし」
「わーい、じゃさっそく一緒にお風呂入ろ」
「っ、ひ、一人で入れるからいい!」
「照れちゃって可愛いなあ、今更なのに」

 名前の言うとおりわたしたちは幾度と無く体を重ねてきてはいるがそれとこれとは話が別である
 わたしも自分の体を色々と確認していない故この状態で見られでもしたらわたしの男としての自信が崩れ落ちるだろう

「と、とにかく、今日は一人で入る」
「はいはい、じゃ先に浴びてくるね」
「ああ」


ちび涼野05

 次の日、この体では学校へは行けないのでとりあえず今日は風邪で休むということにした、幸い明日は土曜日、部活を休めば日曜日に部活はないので何とかしのぐことができる、それでも戻らなければそのとき考えるとしよう
 学校へ行く名前を見送ってからソファーに座りテレビをつける、朝方ともあってかあまり面白い番組はやっていない
 唯一アニメを流しているチャンネルがあった、自称高校生探偵の男が薬を飲まされて小さくなってしまうアニメの再放送だった

 改めてこのアニメを見て思ったがわたしの境遇そのもののようだと感じる
 それこそ名前は幼なじみではないがわたしが名前のいる中学校に転入したころから高校二年の今に至までずっと一緒のクラスだった
 なにより彼女は空手部に所属している、あののんびりとした性格からは到底連想されない単語ではあるが彼女は都大会でも優勝している強者なのだ
 わたしたちが付き合い始めた頃に名前が呼び出しをされたことがある、しかし呼び出した女子数人をたった一人でのしてしまったという武勇伝を持っているほどだ、ちなみにその女子たちは彼女のファンになっていた
 そう考えるとますます境遇が似ている、これで殺人事件なんぞが起きた日にはわたしはどうすればいいのだ




「それにあいつ……孤児、だしよ」
「そうそう、親いないし施設育ちだし……」
「!」

 事実なのだから今さら何を言われようと動じずにいられると思っていたが、改めて聞かされると彼女とわたしの生い立ちには天と地ほどの差があるのだ
 片や裕福な家庭に生まれ育った彼女、片や両親を亡くし孤児院で暮らすわたし、これほどまでに違うのに彼女はわたしを選んでわたしの側にいてくれる
 重くのしかかる事実という逃れられぬ過去、わたしは全身の毛穴から汗が吹き出そうな感覚に陥り不安の色を宿した目を彼女へと移す
 彼女はいつもの柔らかい笑みでもなければ怒っている様子も見せずただ無表情で男子生徒二名を見ている

「親がいないことは悪いことなの? ねえ、親がいることがそんなに偉くて立派なの?」
「えっと、」
「相手のいないところで悪態をつくあなた達よりも風介は数百倍強くて偉いわ」


力尽きました



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