【聲物語】(トキヤ落ち/暦贔屓/物語×utpr)

Attention

 物語×utpr長編。一ノ瀬トキヤ落ちutprアニメ沿い。

 バイトで地元ラジオのパーソナリティをしていた阿良々木の幼馴染みが早乙女にスカウトされてナレーター業を熟しなながら早乙女学園に通う話。
 阿良々木への初恋を拗らせてる夢主と、夢主への初恋拗らせてる一ノ瀬と、何も知らせずに姿を消した幼馴染を探す阿良々木の、三角関係と怪異のぐちゃぐちゃな物語。


 連載として書いていたのですがうたプリのアニメ未だにちゃんと観れておらずこのままフォルダの肥やしになるのもと思いとりあえず打ち切りとして掲載。
 うたプリアニメ観たらちゃんと完結させたいです。ここに掲載している話は完結時には前後することもあります。

 断片的な知識で描いているのでutprサイドのキャラの口調等捏造です。
 「第1回おやすみラジオ」からはほぼ未完話が続きます。


▼作中のラジオについて
 基本的にゲストのいない一人ラジオのため長々とした台詞のみになります。
 ラジオ内で登場する曲とアーティスト名は実在のものを使用しておりますが中傷等の目的は一切ございません。
 寧ろ好きな曲しか使っていないので気になった方はぜひ試聴してみてください。


▼メモ
・トキヤがナマエを知ったのはラジオが切っ掛け
・入院していた時に男の子と一緒にアメイジンググレイスを歌っている名前を見かける
・名前はラジオのプロデューサーが入院したと聞き見舞いに来ていた
・そのままトキヤも一緒にアメイジンググレイスを歌う
・歌っているうちの声で彼女がナマエであると確信し、ついに恋心を自覚する

・おはやっほーニュースの映像にナレーションを付ける仕事

・夢主が幼児化しちゃう話、記憶後退系なので暦連呼でutpr勢の誰にも懐かない(もしくはトキヤにしか懐かない)、結局トキヤが暦を呼んで案の定セクハラする、怪異に遭う前なので黒髪黒眼


トキヤメモリー 壹

001


 ラジオ。放送局から電波を使って放送し、多数の聴取者に聞かせるもの。
 地方ラジオ。特定の放送局から特定地域に向けて発信されるラジオ。

 彼がその地方ラジオと出逢ったのは単なる偶然であった。
 自身が演じる仮想アイドルの仕事が軌道に乗り始めた頃にその声を聞いた。

「明日は八時入りだから遅れないように」
「はい」

 地方ロケの前乗りでとある田舎町のビジネスホテルに宿泊した夜。マネージャーとは別に用意された一室。
 普段の自分とは違うキャラクターを演じることへの不安と緊張でなかなか寝付けず、気晴らしにとホテルに備え付けられたラジオのチャンネルを回していた時。ふと耳に入った声色。

「続いて、ラジオネーム『林檎を剥いて歩こう』さんからのお便り」

 たまたま耳に入った地方ラジオ。
 女性のパーソナリティが淡々とメッセージを読んで、それに対して何かを言い、たまに音楽を流す。
 実にありがちな番組内容なのに耳を離せなかった。

「『ナマエさんこんばんは、いつも楽しく聞いています』ありがとうございます」

「『私は最近友達と文房具の使い道についての会話で盛り上がっています。例えばホッチキスなら相手の指や掌を挟むのに便利ですし、鉛筆やボールペンは装備しやすく直ぐに取り出せるので重宝します。友人はGペンがお気に入りです。Gペンはそのまま相手に刺すことも出来るしペン先を変えれば何回でも使えて経済的だという理由です。それを聞いて私も少し感心してしまいました。ナマエさんはどんな文房具が好きですか?』んー、そうですね、ホチキスを口に突っ込んで頬を挟む、というのはどうでしょう。あ、個人的に好きな文房具は付箋ですね。その場ですぐにメモできますし貼り付けたりも出来て便利ですよね。最近は種類も豊富ですから使ってて楽しいですよ」

 お便りの内容は極めて物騒なのにパーソナリティの女性は何のこともないといった様子で淡々と返している。
 その様子が少しおかしくて、強張っていた表情がいつの間にか笑っていた。

「そうそう、この前迷子の子供がいたから声を掛けたんですよ。そうしたら貴女が嫌いですって言われまして……ええ、初対面の子供にいきなり。まぁでも、あのくらいの年頃の子なら何でも否定したくなるものですよね。その後色々と構っていたら何かデレてくれたので全て許しました」

「といった世間話をしていたらお時間がきてしまいました。本日の無責任ラジオはこれでおしまい。みなさん、よい明日を」

 番組のテーマソングが流れ、そのままCMへと移ったので彼はラジオを消す。
 不安と緊張で眠れなかったはずなのに、すっかりといつもの落ち着きを取り戻していて。それどころかうとうとしている。
 ここまで気持ち良く入眠できるのは久し振りだと、重たい瞼を押し上げることなく眠りについた。


 次の日も不思議と緊張することなく、無事に仮想アイドルを演じきり結果として番組プロデューサーにも気に入られることに成功。

「あの人に気に入られるとは良くやった。この調子で次も頑張れよ」
「はい」

 マネージャーが揚々と運転する車内。後部座席で生返事をする彼は流れゆく景色を眺めながら昨日のラジオの事を思い出していた。
 彼が聞いたのはたったの十二分程度だったが、その柔らかく落ち着いた声色は彼を優しく包み込み、安心させる。
 あのラジオの名前は確か。

「無責任ラジオ……」
「ん、何か言ったか?」
「いえ、何でもありません」

 そのラジオとの出会いは単なる偶然であったが、彼、一ノ瀬トキヤにとってはそれが運命の出逢いとなることに未だ気付かない。


第95回無責任ラジオ

 大抵の人間が寝る準備を終え、布団に入る二十三時半。ラジオから聞こえてくるは番組のテーマソングと、柔らかく優しい女性の声。

「みなさんこんばんは。今夜も始まりました“ナマエの無責任ラジオ”。番組パーソナリティのナマエです」

 とある田舎町の深夜に流れる地方ラジオ。たった三十分の枠にも関わらずその番組は高い人気を誇る。

「では早速、本日一枚目のお便り……ラジオネーム『すぶりをするそぶり』さん。『この間、友達三人とトランプで大富豪をしていた時の話です。カードが配られたあとで、そのうちの一人が言い出しました。「あたしの中学校じゃ、4が一番強いカードだっていうルールだったんだけど」』……そういえば私の中学では同じマークで数字が並んだカードならまとめて出して良いってルールがありましたね」

 お便りの内容の真意を分かっているのかいないのか、ナマエは淡々と返す。

「続いてのお便りはラジオネーム『匿名希望』さんから……。『私は元来物静かで真面目な性格なのですが職場ではチャラい、ノリが良い、テンションが高いといった真逆なイメージを持たれてしまい、仕方なくそのキャラを演じています。しかし最近それが辛くて仕方がありません。私はどうすれば良いのでしょうか』……そうですね、職場でのキャラを辞めてしまえば良いんじゃないでしょうか。ただでさえ仕事で疲れるのにやらなくてもいいキャラ作りで更にストレスを溜めるなんてバカげてますよ。それで職場に居辛くなったのなら転職しちゃえばいいことですし。そうして、案外転職先の方が合っている、なんてことよくある話ですよ」

「それに、その仕事は本当に貴方じゃなければいけないのですか? どんな仕事に就いているのか分からないけれど、この世で本当に必要な人材なんてほんの一握りで後はただの歯車に過ぎません。私だってそう、このラジオのパーソナリティを辞めても替えの人間はたくさんいるのです。私じゃなきゃ嫌だって言ってくれる人がいたとしても、数日、数ヶ月、数年経てば他の人でも違和感を感じなくなるもの。人間は慣れる生き物ですから」

「偽りの自分にしか出来ない仕事で辛い思いをし続けるか、本当の自分にしか出来ない仕事を見つけるために苦しむか、決めるのは匿名希望さんです」

「……ああでも、キャラ辞めるのも転職も全て自己責任でやって下さいね。これ無責任ラジオですし、責任は一切取りませんよ」

 無責任ラジオはその名の通り番組側は一切責任を取らないというスタンスを貫いており、だからこそ彼女は思ったことをズバズバと言う。
 そこがこの田舎町の若者にウケて密かに人気となっているのだ。

「ではここで一曲。ゲスの極み乙女で『私以外私じゃないの』」




「次のお便りはラジオネーム『しのぶ』さんから。『どーなつがすきじゃ』……とてつもなくシンプルかつ分かりやすいお葉書ありがとうございます。実を言うと私もドーナツが唯一にして最大の好物なんですよ。朝昼晩毎日ドーナツを食べたいくらいにはドーナツ好きを自負しております。休日は期間限定品を求めドーナツ屋を巡りを欠かさず行っています。ああ、あの一日二十個限定ドーナツをしのぶさんにも食べさせてあげたいです……!」

「……おっと、思わず熱弁してしまいました、すみません。ドーナツはカロリーが高いとか言って避ける人もいると思いますが人間、糖分がなければ生きていけませんからね、必要な糖分はドーナツで摂るといいてすよ。なんて言ってみたり……ではここで一曲、perfumeで『スイートドーナッツ』」




「それでは、ラジオネーム『HAYATO様大好きっ子』さん。『ナマエさんこんばんは。いつも楽しく聞いています』ありがとうございます」

「『早速なのですが、私はあるアイドルに憧れて現在作曲家を目指しています。そこで早乙女学園に通おうと考えているのですが倍率200倍で合格できるか不安です。何かアドバイスがあればお願いします』……HAYATO様大好きっ子さんの腕がどの程度の物か知らないので的確なことは言えないけれど作曲家で食べていきたいと思っているのなら無類の才能か並々ならぬ努力が必要なんですよ。でもそれと同等なくらい必要となるものがあります」

「それは運です。運のない人間は才能乃至努力の結果を見せる機会を失い、最終的に有象無象に埋もれてしまう。ほら、言うでしょう? “運も実力のうち”って。どの業界にもいるんですよね、そういう運の悪い人って。とにかくそういった意味で運の良さは重要になると思います。かくいう私は運の良い方でして、こうしてパーソナリティの仕事を頂けているのは運が良かったからだと思っております。三十分ただ喋ってお給料が頂けるなんて私は幸せです。ああでも、HAYATO様大好きっ子さんは運の良い方かもしれませんね。なにせ山のように届くお便りの中から採用されたのですから。貴女はきっと受かりますよ、自信を持って下さい」

「最後に一曲、HAYATOで『七色のコンパス』」




「そういえば、このHAYATO様って今大人気のアイドルでしたよね。私の住んでいる田舎町でも所謂HAYATO様人気は健在で、毎日のように周りの女子が騒いでいて煩いです。でも……私の記憶が正しければ確かHAYATOって仮想アイドルでしたよね。アイドル成らざるアイドル」

「あー、“かそう”と言ってもコスプレなどの仮装ではなくバーチャル、実際に無い物をある物として扱うという意味の仮想ですよ。音声だけでは全てを伝えるのは難しいですね。でもそこがラジオの面白味だと私は思います」

「……で、何の話でしたっけ。……ああ、HAYATOさんの話でしたね。私の記憶では彼は仮想アイドルとしてHAYATOを演じていただけだった気がするのですが……今ではすっかりHAYATOそのものが独り歩きしていますよね。いや、こと芸能に関しては私の記憶は宛にならないので間違った情報かもしれませんが」

「そんなことを話しているうちにお時間が来てしまったようです」

「本日の無責任ラジオもこれでおしまい。みなさん、良い明日を」


名前ライフ

002


 名字名前。この物語のヒロインであり現役の女子校生。

 計らずとも彼女の人生を変える切っ掛けとなるその人物と出会ったのは彼女がパーソナリティを務める深夜ラジオの収録を終えてすぐのこと。

 予定通り夕刻に収録を終え、次のアルバイト先へ移動しようと地元ラジオ局を出たところをその人物に捕まる。

 眼前に停まった派手な高級車はこの田舎町には似つかわしくなく、乗っている人物が都会から来ていることを物語る。
 何故自分の前に停まったのか彼女が思案していると後部座席のドアが開いた。
 出てきたのは派手なスーツにサングラスを掛けた、いかにも怪しい風貌の男。

「ハーイ! アナタがMs.ナマエですか?」

 見た目通り胡散臭い口調で話しかけてくる男に名前は微かに眉を顰める。

 ナマエ。地方ラジオ“無責任ラジオ”のパーソナリティの名前。
 ナマエ。無責任ラジオで使用している名前の芸名。

 何故この男がその名を知っているのか。そのラジオはこの田舎町とその周辺地域までしか電波が届かないはず。
 彼女が問おうか迷っているまさにその時、男の口から全ての答えが返ってくた。

「私はシャイニング早乙女デース。今日はアナタをスカウトしに来ました」

 シャイニング早乙女。その男は自らをそう名乗った。
 シャイニング早乙女といえば一斉を風靡した伝説のアイドルではないか。芸能関係に疎い彼女でも彼の名は知っている。
 ただしその切っ掛けは彼の往事に大ヒットし伝説と言われる所以となった曲を番組内で流したという、ただの偶然だが。

「ユーのラジオはベリーベリー人気デース」
「はあ……ありがとうございます」
「ユーはこんな地方ラジオで留まっていてはイケナイ人間なので我がシャイニング事務所に来てクダサーイ」
「……あの、とても嬉しいお誘いですがお断りします」

 ラジオで聴かせているような淡々とした返しと、綺麗なお辞儀。
 彼女の言葉に早乙女は元々サングラスでよく伺い知れないその表情を一瞬だけ驚きの色に変え、すぐに元の笑顔を貼りつけた。

「シャイニング事務所に所属するとなると上京しなければいけませんし、流石に高校三年になったばかりのこの時期に転校だなんて面倒くさい、ましてや中退するのは惜しいです」
「何だそんなコトデスカー。高認を取れば問題ナッシング! 今年の出願受付は来週デース」
「高認……」

 高認。高等学校卒業程度認定試験。これに合格すれば高校に進学していなくても高卒と同等の効果を得られる、魔法の試験。

 彼女にとって高等学校に通うことは自立への過程に過ぎず、高校生活に意味はない。高等学校卒業の証があれば、それでもいいのだ。
 その手もあったかと顎に手を当てる彼女に、早乙女から更に押しの一言。
 先ほどまでの胡散臭い口調ではなく、真面目な、早乙女本来の口調。

「お前の声には力がある」

 妙にはっきりと言われた言葉。これほどまでに力強い言葉があっただろうか。
 無責任ラジオのパーソナリティにならないかと番組プロデューサーに誘われた時以来の高揚感が彼女を支配していく。

「わたしの声に……?」
「イエス! アナタは必要な存在デス。その才能を私の下で遺憾なく発揮してくだサーイ!」
「……よろしく、お願いします」

 思わず了承してしまうほど強引であったのは確かだ。
 しかし、これくらい強引な切っ掛けがなければ幼馴染みがいるこの地を離れられなかっただろう。
 将来的にもこの田舎町をいずれ捨てなければいけないと考えていたが、その決断を今日この日にすることになるとは。
 早乙女の強引さにも驚いたが自身の決断の早さにも驚いた。

「お仕事しながら早乙女学園に通ってもらいマース。公認取れば高卒と専門卒の両方ゲットできますからね〜、Ms.ナマエに損はナッシング。学園でボイスレッスンや芸能界のイロハも教わってチョーダイ!」

 聞けば早乙女学園は全寮制。スカウトされた立場として彼女の学費と寮費は全面免除される。
 これほどの好条件、飲まざるを得なかった。

「表向きはアイドルコースで通ってくだサーイ。デモ退学になってはイケマセンよ〜」

 詳しくはこれを読んでくれと分厚い封筒を手渡され、早乙女は颯爽と去っていった。
 時間にして一時間にも満たない今のやり取りが自分の人生のターニングポイントになるなんて。名前は驚きを隠せなかった。
 だからといって後戻りはしたくない。そうと決まれば彼女の行動は早かった。
 現在掛け持っているアルバイト先全てに辞める旨の連絡を入れ、先ほど出てきた放送局に踵を返し番組プロデューサーに事情を説明。
 早乙女が根回ししていたのかプロデューサーたちは既に知っており彼女の後釜も用意されていた。

 根回し。ある目的を実現しやすいように、関係各位にあらかじめ話をつけておくこと。

 つまり早乙女はどんな手を使ってでも彼女を必ず引き入れるため、あの場にいたということ。抜け目の無さも一流だ。
 それから自身の担当するラジオ番組の引き継ぎを早々に済ませ最終回を収録した。時刻は十九時を少し過ぎている。

 現在離婚調停中で両親が帰ってこない自宅に戻り、衣類やアルバム、僅かな娯楽品などの必要なものを段ボールに詰める。
 元々物の少ない部屋だ、三時間弱で荷造りは終わった。これを明朝早乙女学園に送れば、晴れてこの家にいる意味はなくなる。
 生まれてから今に至るまでの十七年、この家で過ごしてきたが思い入れは無いに等しい。寧ろやっと家を出ることが出来てせいせいする気分だった。
 制服のままベッドに横になる。どうせ二度と行かない学校の制服だ、皺になろうが関係ない。

「あー、暦に何て言おう……」

 唯一、彼女に心残りがあるとすれば幼馴染みの彼だけだ。
 つい先日怪異の王を助けたことにより自身も怪異に成ってしまったお人好しな幼馴染み。
 怪異だなんだと他人が聞けば嘘だと決めつけるような話も、彼が話せば信じられる。


 三日に一度程度の頻度で連絡を取り合う彼にどう言い訳をすべきか考えているうちに眠ってしまっていた。


第99回無責任ラジオ

003


「この番組は毎回録音でお送りしているので、この第99回目がみなさんの耳に届いている現在、私はこの世にいないでしょう」

「……嘘ですよ。そんな遺書みたいなラジオ、流石に後味が悪すぎますし。私はちゃんと生きてます」

「なぜそのような事を言うのかと言いますと、私、ナマエは諸事情があってこの番組のパーソナリティを降りることになりました。みなさんのお陰で99回目まで続けられることが出来ました。ありがとうございます。私は辞めますが番組自体は継続となります」

「現在は引き継ぎも済ませております。記念すべき、と言うのでしょうか、100回目を迎えることなく私は番組を降ります。今までありがとうございました」

「本来ならばここでみなさまからのお別れメッセージを読むのでしょうが生憎録音番組なのでそれは叶いません。後日プロデューサーさんに私の下に送って頂きますので私宛のお便りや送りたい方は安心して送って下さい。……別に無理強いしてるわけではないですからね」

「最初はただ割の良いアルバイトとして始めたラジオパーソナリティのお仕事でしたがみなさまのお便りのお陰で結構稼ぐことが……いえ、二年も続けられることが出来ました。本当にありがとうございました」

「では気を取り直してお便りを読んでいきましょうか。と、その前に一曲行きましょう。如月千早で『思い出をありがとう』」




「あざとく曲で泣かせにいってみましたがどうでしたか。泣いてもいいんですよ? ほらほら」

「なんて、こんなことを言っていたら怒られそうなのでお便りを読みます。ラジオネーム『匿名希望』改め『二重生活』さんからのお便り……『いつも楽しく拝聴しています』ありがとうございます」

「『以前職場でのキャラと本来の自分の性格の違いに悩んでいた者です。あの時のナマエさんの言葉に感銘を受け、現在は本来の自分でしか出来ない仕事を模索している最中です。大変ですが自分で決めた道なので貫き通すつもりです。貴女の言葉がなければ今の私はありません。本当にありがとうございました』いえいえ、私の影響力なんてあって無いようなものですよ。それでも役に立てたのならば幸いです。二重生活さん、お体を壊さぬよう気をつけて下さいね」

「ここで一曲、中島みゆきで『ファイト!』」




「続いてのお便りはラジオネーム『大熊猫大好き』さん。『漫画やアニメなんかでは気楽そうにもてはやされていますけれど、メイドっていうのは、意外と大変な仕事なんですよ。萌え萌え言っていればいいってものじゃないんです。本当、休む暇なんて全然ないらしいですから。この間、合コンであった時に聞いたから間違いありません』そうです、メイドって大変なんですよ」

「私も給料が良いという理由でメイド喫茶のアルバイトをしたことがあるのですが、給仕に加えて客の相手もしなくてはいけないので本当、大変でした。客なんて萌え萌え目当てのオタクばかりで、これならファミレスのウエイトレスをしていた方がマシだと思えましたよ。まぁ、その分給料は良かったんですけどね……」


「といったところで本日の無責任ラジオはこれでおしまい。私がパーソナリティを務めるのも今日でおしまい。今までありがとうございました。みなさん、良い明日を」


名前ライフ

004

 寮への宅配や退学届けだ何だと、早乙女学園に到着したのは夕刻のことであった。
 彼女に用意されたのは一人部屋。声の仕事と学生の二重生活を送る上では同室に勘繰られるということがなく都合が良い。
 授業初日を終えた生徒たちからの視線が彼女に刺さるが、己の容姿が人の目を惹いてしまうのは重々承知している。自惚れなどではなく、自覚だ。
 未だにダンボールが片付いていない自室に戻り、夕飯代わりのドーナツを頬張りながら紅茶を淹れる。


 結局幼馴染みには何も言わずに上京してしまった。
 幸い、それぞれ違う高等学校進学からは彼と直接会うことはなく、現在の彼との繋がりはポケットに仕舞われた携帯電話のみ。
 いつも通り電話に出て、いつも通りメールのやり取りをすれば東京にいることは悟られまい。
 現に忍野メメなる人物に対する愚痴を耳にタコが出来るくらい聞かされているが、彼女の変化に気づきもしない。

 忍野メメ。怪異の専門家。可愛い名前に反して本人はただのおっさん。

『……ってな具合で目まぐるしい一週間だったよ。名前は何か変わったことはないか?』
「……特にないよ。いつも通り、アルバイトで忙しい毎日」
『自立するためとはいえバイトも程々にしとけよ』
「うん、ありがと。暦も、お人好しは程々にしとかないといつか死ぬよ」
『ははは、そうならないように気をつけるよ』
「……あっ、一つあったよ、大きな変化。幼馴染みが人間じゃなくなったこと」
『そうか幼馴染みが……ってそれ僕のことだろ! 身を持って知ってるわ!!』
「あはははっ!」
『笑いすぎだー!』

 幼馴染みの単純さに感謝しつつ、近況報告が出来なかったことに対する罪悪感と後ろめたさにより益々打ち明けにくくなる。墓穴。
 けれども、ナレーターになる一環としてアイドル育成専門学校の通っているなど、こっ恥ずかしくて彼には言えない。

『……名前はさ』
「なぁに?」
『……僕が怪異になって怖くはないのか?』
「何で怖がらなきゃいけないの? 暦は暦でしょ。どんな暦でも私は好きよ」
『……ありがとう』

 こういう時でしか言えないなんて、我ながら狡い女だと名前は嘲笑する。
 それからまた他愛のない会話は続き、日付が変わる頃に通話が終了した。

 深い溜め息を吐き、投げ出した携帯電話と共に自身もベッドに横になる。
 急遽入学することになった彼女の部屋は他の部屋と違い何の改装も施されていないシンプルなデザインのままだがそれが寧ろ落ち着く。
 明日から彼女も授業に参加することになるし、仕事の打ち合わせも入っている。目まぐるしい日々になることは間違いない。

 アイドルになることにも作曲家になることにも興味がない彼女が、この学園で上手くやっていけるのだろうか。


名前ライフ

005

 白。雪のような色。光を一様に反射し、見る人に明るく感ぜられる色。
 白。彼女の色を表現するのに最も適切な色。白。


 授業二日目の朝、ホームルームが始まる少し前。前日には誰も座っていなかった席に一人の少女が座っていた。
 入学式にも授業初日にも欠席していた彼女を見て、教室内がざわつくのも無理はない。二つの意味で、無理もない。

 腰まで伸びる藍白色の髪に灰汁色の瞳。眉目麗しい容姿をより一層引き立たせる色素の薄さ。
 誰もが息を呑む美しさ。艶麗さ。儚さ。


 騒がしい教室内が静まるのはそれから暫くして。担任かつ現役アイドルの日向が扉を開けたことにより静けさを取り戻し、大人しく自分の席に座る。

「授業の前に、諸事情で入学が遅れてた奴が一人いるからそいつの挨拶からだ。名字」

 日向の言葉に名前が立ち上がり、クラスメイトの視線が全て彼女に集まる。

「名字名前。一応アイドルコースということで、よろしく」

 本当にアイドルを目指す人間なのかと疑いたくなるような愛想のない挨拶。
 美しい容姿とは正反対の淡白さを見せられたクラスメイトは彼女に対してあまり良い印象を持てなかった。

 そんな中一人だけ別の感情を抱く人物が、彼女の三つ隣の席の一つ前に座っている一ノ瀬トキヤだ。
 己が愛聴していたラジオのパーソナリティと酷似した彼女の透き通るような声に、トキヤは心拍数を上げる。
 彼女がラジオを降板したのはここに通うためだったのかと納得すると同時に彼女の変容ぶりに困惑していた。

 何故彼女はこんなに変わってしまったのか。

 何が。

 色が。

 数年前に邂逅した時とは容貌が随分と変わってしまっているのだ。
 朧気な記憶だが彼女についてははっきりと覚えている。あの時の彼女は確かに黒髪黒目だったのに今は見る影もなく真っ白そのものではないか。
 背中まで伸ばされた長く艶のあった黒髪が今は白くなっており、それでもケアはされているようで光に当たるときらきらと美しい。

「何か得意なことはあるか?」
「得意なこと……そうですね、早口言葉とか、あとは長台詞の速読暗記とか?」

 前日、皆が歌や楽器を披露していたのでそういった特技を尋ねたつもりが、まさかの滑舌系特技。
 何かおかしいことでも言ったのかと首を傾げる名前に、日向は面白そうに一般教養の教科書を適当に開きそのページを見せた。

「じゃあこのページでやってみろ」
「はーい」

 日向から教科書を受け取り数十秒間黙読し、再び彼へ戻す。
 たった数十秒で暗記したというのか。クラスメイトたちの訝し気な視線を浴びながら、彼女は口を開いた。

「『牧場のうしろはゆるい丘になって、その黒い平らな頂上は、北の大熊星の下に、ぼんやりふだんよりも低く連って見えました。ジョバンニは、もう露の降りかかった小さな林のこみちを、どんどんのぼって行きました。まっくらな草や、いろいろな形に見えるやぶのしげみの間を、その小さなみちが、一すじ白く星あかりに照らしだされてあったのです。草の中には、ぴかぴか青びかりを出す小さな虫もいて、ある葉は青くすかし出され、ジョバンニは、さっきみんなの持って行った烏瓜のあかりのようだとも思いました。そのまっ黒な……』」

 読み聞かせているのかと錯覚してしまいそうになるくらい穏やかに発せられた物語の一節に、全員の耳が集中する。

「……一字一句間違いない」

 長々とそのページに印刷されている長文を噛むことなく一字一句間違わず言い切ったことを日向が確認すると次の瞬間には割れんばかりの拍手が教室を包む。
 当然その場にいる全員が感心し、その記憶力の良さに脱帽した。
 彼女は得意気になる様子もなく静かに席に着く。それから日向も何事も無かったかのように授業を開始した。


 その後に始まった授業。本日の一限は週に三回程設けられた一般教養の記念すべき一回目。

 一般教養。専門的、職業的教養に対して、広く人間として共通に持つべき教養。

 ここは芸能関係を目指す者たちが集う学び舎だ。一般高等学校などで学べる知識を蓄えに来たのではないと言いたげに授業に集中していない者が多数いるのも無理からぬこと。
 しかし入れ替わりの激しい芸能界へと身を投じる場合一般教養の類は必ず必要となってくる。挨拶の仕方や敬語の使い方一つで生存確率が上下する不安定な世界。
 お馬鹿タレントが流行っていた時代もあったが本物の馬鹿は生きていけないのが芸能界だ。
 作詞作業においても知識というものはあって損のない物で、そのためこの学園ではレコーディングテストなどの他に一般教養の定期考査もあり、補習も存在する。

 定期考査。学校で、それぞれの教科、科目の学習成果、教育効果を評価するため定期的に行われる試験のこと。この場合一般教養の考査。

 二年と二日間高等学校に通っていた名前にとっては失笑したくなるレベルの低さだ。欠伸混じりに日向の言葉を聞き流しながら手帳を開いて今日の予定を確認する。
 放課後には日向に呼び出されておりその後は仕事の打ち合わせ。打ち合わせ内容は十中八九、事前に聞かされていた全国区ラジオの話だろう。

 どんな番組になるのだろうかと考えていると隣の席に座る男子が小声で話しかけた。

「お前すげーな。あんな長い文章よく一瞬で覚えられたな」
「記憶力だけは良いんだよねー。十分もしないうちに忘れちゃうんだけどさ」
「俺様は来栖翔。隣同士だし仲良くしてくれよな」
「こちらこそよろしくねー」

 太陽のように笑う来栖に対して名前は室内で帽子を被っていても注意されないとは流石アイドル育成専門学校だ、という少しズレたことを考える。
 トキヤがちらちらと名前を見ていることにも気づかず、彼女の思考は放課後の事に戻っていた。


 宮沢賢治「銀河鉄道の夜」青空文庫より引用。


名前ライフ

006

 全ての授業が終了した放課後、担任の日向に生徒として、社長である早乙女にナマエとして呼ばれている名前はそれなりに急いでいた。
 だからといって走る訳でもなく、地元の高校に通っていた時と同様マイペースを貫いている。それが名字名前なのだ。

 教室を出て職員室に続く廊下を歩いていた時、誰かが名前の腕をつかんで制止した。
 突然の事に驚く様子もなく振り返った名前はその人物を見上げて首を傾げる。

「なぁに?」

 色素の薄い瞳が彼、一ノ瀬トキヤを真っ直ぐに見つめる。
 見つめられた本人は引き留めたのは良いものの、何から話していいかわ分からずにいた。
 いつもならば頭が回転し直ぐに言葉が出てくるというのに、彼女の前だと思考が上手くまとまらない。
 胸にもやもやとしたもどかしさを感じつつも、何か言葉を発せなければと必死に思考を巡らせる。
 聞きたいことは沢山あったが余り聴き過ぎると怪しまれてしまうと判断し、結局口から出せた言葉は自分が散々聞かれてうんざりしてた物と同じで。

「あの、ナマエという人を知っていますか」
「……ナマエって人は知らないなぁ」
「そう、ですか……」
「あはは、新手のナンパかな?」

 誰もが見惚れる名前の微笑みに彼の脳は冷静さを取り戻してゆく。と同時に自分がしていることの重大さに一気に顔が熱くなっていくのが分かる。

「ナン……! すみませんでした、忘れてください」

 それまで掴んでいた手を離し平静を装ってはいるが顔は真っ赤だ。

「あはは、君って面白いね」
「……一ノ瀬トキヤです」

 あの地方ロケの夜以降毎日聞いていた声を聞き間違えなんてことはないはずなのに。
 聞きたいことは山程あるが身分を偽って学園に通っている自分に追窮する権利はないのだと諦める。

 彼にとっては思い出深い出会いであったが彼女にとっては取るに足らない些細なことなのだと、頭では分かっていたが現実として思い知らされると軽いショックを覚えるものである。
 あの日ほんの数分間を共有しただけで、トキヤは彼女のことを何一つ知らない。その事実を再認識させられているようで、胸が苦しい。

「そう、一ノ瀬くん。わたし、先生に呼び出されてるからまたね」

 そう言って軽く手を振る名前は踵を返し職員室へと歩を進めた。
 残されたトキヤは何をするでもなくただその場に立ち尽くしていた。




「失礼しまーす」

 どこか気の抜けた言葉で職員室に入った名前は目的の人物を見つけ。

「おー、来たか。お前入学式に居なかったからこの学校のことよく分ってないだろ」
「はい、分ってないです」
「素直でよろしい。じゃあこの学園のシステムについて軽く説明するからとりあえず座れ」

 そう言って隣のデスクの椅子を指差した日向に従いその椅子に腰を下ろし彼の話を聞く体制に入った。
 それからいくつかのプリントを受け取り、入学式の日に聞けなった早乙女学園の設備等の説明を軽く受ける。
 シャイニング事務所に所属する自分も卒業オーディションを受けなければいけないのだろうかと年間行事予定表を見ながら考える。

「その卒業オーディションのパートナー決めがある夏休みまでの期間、月一単位でレコーディングテストを行う。一回目のレコーディングテストのペアはこちらが決めた。お前のペアは……」

 彼女の最初にペアとなったのは取るにならない単なるモブの男子であるため名前は割愛しよう。

 それから説明は十分も掛からずに終わりを迎え、これで説明は終わりだと言う日向の言葉に名前がプリントを持って立ち上がったところで職員室に女性が入ってくる。
 女性、というのは語弊があるが見た目は完璧に女性である。彼、月宮林檎は現役の女装アイドルでありAクラスの担任である。
 職員室に入るや否や名前を見つけた月宮は目を輝かせて彼女に近づく。

「あらあらあら、アナタ入学式いなかったわよね?」
「こいつは諸事情で入学が遅れたんだ」
「じゃあシャイニーがスカウトした子ってこの子かぁ! アタシ月宮林檎、気軽に林檎ちゃんって呼んでね!」
「名字名前です。よろしくお願いします」

 可愛らしく自己紹介をする月宮はアイドル然としていて、名前は思わず圧倒されてしまう。

「……この後用事があるので、これで失礼します」

 あの日の早乙女を思い出させる彼の勢いに飲まれる前に職員室を後にする。

 それから逃げ込むように学園長室へ入ったが誰もいない。呼び出した本人不在とはこれ如何に。
 誰が見ているわけでもなく名前が首を傾げた瞬間、凄まじい音を立てて窓ガラスが割りながら早乙女が登場した。
 派手な車から出てくるのとは訳が違う、二度目の邂逅の衝撃的さに先ほどとは別の意味で圧倒される。彼女の故郷である田舎町にはこんな素っ頓狂な人間はいなかったからか、田舎者には少々きつい。
 最早窓とは呼べない壁の穴から入り込んだ風が彼女の長い髪を揺らす。

「ヘーイ、Ms.ナマエ! よく来てくれましたー」
「はあ……」
「ユーには今後シャイニング事務所所属のナレーターとして仕事してもらいマース」
「……頑張ります」


 入る事務所を間違えたのでは、と若干不安を抱えても後戻りは出来ない。そもそも今の名前に後悔している暇などないのだ。

「じゃ、例のラジオ、今晩から始まるのでヨロシクデース」
「……んん?」

 早乙女の言葉に思わず間抜けな声を出してしまったが仕方のないことだろう。ラジオ番組が始まることは聞いていたかがその初回が今晩とは聞かされていなかったし、思ってもみなかったのだ。
 彼女が呆気にとられていると学園長室の扉がノックされ、入ってマースという早乙女が返答する。

「シャイニーおまたせ〜」
「社長、急に呼び出したりして何なんだよ」

「オー! 龍也サン林檎サン待ちくたびれマシター!」

 扉を開けて入ってきたのは先ほど職員室で会ったばかりの日向と月宮だった。二人も早乙女に呼ばれていたらしく若干の呆れ顔をしていたが、次の瞬間日向の顔がさっと蒼くなる。

「……って窓!」
「もう! シャイニーが窓割るのなんていつものことでしょ」
「経費で落とすの誰だと思ってんだ!」

 アイドルに教師に事務所の経理も兼任しているなんて大変だなぁと、またもやズレたことを考える。
 そんなことお構い無しで早乙女は名前の肩に手を置き、話を進める。

「彼女、Ms.ナマエデース。今日からシャイニング事務所に所属するので契約書書いてもらってクダサーイ!」

 それだけ言い残すと早乙女は割れた窓から飛び出してしまった。残された名前は唖然とし、日向は未だ経費について嘆いている。
 唯一思考回路がまともに作動しているのは月宮だけで、振り返り名前に満面の笑みを向ける。

「よし、名前ちゃん事務所行きましょ! ほーら、龍也も気を取り直して!」

 それから名前はシャイニング事務所で契約書にサインをし、正式に所属タレントとなる。
 事務所の机上には早乙女からの指示書が置かれておりそこにはナマエはナレーターとして仕事をしていく事と、詳細不明顔出しNGの謎多きキャラクターでいく旨が書かれていた。

「ナマエ……名字の芸名か?」
「はい、その名前で地方ラジオやってまして、その関係でスカウトされたんです」
「そうか。社長の人を見る目だけは確かだからな」
「うんうん! 同じ事務所の所属タレントとして、学校では教師と生徒としてこれからよろしくね!」
「よろしくお願いしまーす」
「うふふ、名前ちゃんこれから忙しくなるわよ!」

 月宮の言葉通り、ナレーターとして大成し活躍していくこととなるのだが、この時の名前はまだ知らない。

「あ、そうだった。ラジオ局ってどこですか?」


第1回おやすみラジオ

006

 大抵の人間が寝る準備を終え、布団に入る二十三時。ラジオから聞こえてくるのは心地良い番組のテーマソングと、柔らかく優しい女性の声。


「みなさんこんばんは。今夜から始まりました“ナマエのおやすみラジオ”。番組パーソナリティのナマエです」

「この番組はパーソナリティであるわたくしナマエがリスナーのみなさんからのお便りを読んだり音楽を流したりするだけの何ともゆるーい番組となっております。就寝準備にでも使って頂けると幸いです」

「生放送でお送りしておりますので放送中でもお便りをお待ちしています。メールアドレスは“おやすみアットマーク、シャイニングドットシーオードットジェーピー”です。お間違えの無いようにお願いします」


「元々は地方ラジオで似たような番組をやっていまして、現在の事務所の社長にスカウトされ全国区でのこのラジオ番組をやることになった次第です。ですのでもしかしたらその地方ラジオを聞いて下さっていたリスナーさんもいるかと思われます。こちらの番組でもよろしくお願いしますね」


「ああ、言い忘れてました。この番組は基本的に無責任でやっていきますので、私の発言等々真に受けるのは構いませんが一切責任を持ちませんので、あしからず」


名前ライフ

006

 来栖に連れてこられた食堂は思いの外賑わっており、あまり人込みを好まない名前にとっては少し億劫な空間だ。
 だからといって今更断れる状況でもなく、なるべく静かな席で在ることを祈った。

「おーい、面白い奴連れてきたぜ」


「ナマエさん!?」

「……何のことかな? ナマエ?」

「いえ、あの、私の聞いていたラジオのパーソナリティの方に声がよく似ていたので……すみません」
「謝らないでいいよ。この前も一ノ瀬くんに同じこと聞かれたし……そんなに似てるの?」
「似てるってものじゃないです! ナマエさんそのものです!」

 名前に詰め寄りナマエが如何に素晴らしいパーソナリティであったかを熱弁する春歌。いっそ白状してしまえばこの羞恥から解放され楽になれるのに、と心内で溜め息を吐くがそれが出来ないのも全て早乙女のせいである。
 それにしてもマイクを通し電波を経てラジオから流れてくる声と素の声がそんなにも一致しているだなんて最近の電化製品は侮れないなぁと感心する名前であった。

「(それともこの子の耳が良いのかな?)」

 そうなると彼女は良い音楽家になるだろうなぁとまた感心してしまう名前。

 どこまで誤魔化しが効くかは分からないが出来るところまでやるしかないのが現状だ。

「おばあちゃんの家にいた時の夜はそのラジオを聞くのが毎週の楽しみで……」
「それって“無責任ラジオ”ですか?」

 サンドウィッチと野菜ジュースの乗ったトレイを持って戻ってきたトキヤが話に入ってくる。
 自身の愛聴していたラジオの話が聞こえてしまったのだから無理からぬこと。

「はい! 一ノ瀬さんも知っているんですか?」
「ええ。ポッドキャストで聞いてました」
「そのラジオなら俺様もポッドキャストで聞いてたぜ。クラスで流行ってたから試しに聞いたらこれがまた面白くてさ」
「ボクも翔ちゃんと一緒に聞いてます!」

 どうやら春歌、トキヤ、来栖、四ノ宮は無責任ラジオの愛聴者だったらしくどの回のどのナマエが素晴らしかったなどを嬉々として語らい始めた。
 一方で一十木、神宮寺、渋谷、聖川の四人は初めて聞く名に首をかしげている。

 アルバイト感覚でやっていた一地方ラジオがここまで人気だとは思っていなかった名前は内心驚いていた。

「私、早乙女学園を受験するって言った時、先生には無理だって言われてて、両親とお祖母ちゃんしか応援してくれる人がいなくて……そんな時たまたま無責任ラジオで私のハガキを読んで頂いて、ナマエさんが大丈夫だって、絶対受かるって言ってくれて、わた、私……」
「わわっ。春歌ちゃん、泣かないで」
「ごめ、んなさい……でも、ナマエさんの言葉が凄く嬉しくて……」

 当時のことを思い出したのかぽろぽろと涙を零す春歌に、名前は慌ててハンカチを差し出す。
 初めて身内以外で進路を応援してくれる人がいたこと。それが例えリップサービスだとしても当時の春歌には心の支えとなっていたのだ。
 本人に大したことを言った自覚はなくても彼女の影響力は大きかった。無責任と銘打ってはいたが彼女の言葉に一喜一憂している人がいるという事実は重い。
 当の本人はアルバイト感覚でやっていたラジオなのに、ここまで愛してくれる人がいるのだと実感すると有り難みが違う

「七海がそこまで言うなんてそのナマエって人凄いんだね! 俺も聞きたくなっちゃった!」
「あのイッチーがわざわざネットから落としてまで聞くくらいだからねぇ。オレも興味が湧いたよ」
「アタシもポッドキャスト聞いてみようかしら」
「そうだな。」

 ポッドキャストの平均ダウンロード数ランキング地方ラジオ部門の一位を取るくらいには有名だったのだが、名前は知らない。

「もう一度ナマエさんの声が聞きたいです……」

「七海さん知らないのですか? ナマエさん、今は全国区でラジオ番組をされてますよ」
「ええっ! そうなんですか!?」
「毎週火曜と金曜の十一時から、“おやすみラジオ”という番組タイトルで、概ね無責任ラジオと似たような感じです」
「そうだったんですか……絶対に聞かなければ……! 教えて下さってありがとうございます!」
「いえ。同じナマエさんのファンですから」



「名字さんも今度一緒に聞きましょう」
「……考えておくね」

 自分が出演している生放送のラジオ番組を自分で聞くなんて出来るわけがない。



「現在は別の方がパーソナリティを引き継いではいますがやはりナマエさんではないと今一つ楽しめませんでしたね」

「ナマエの無責任ラジオ、面白かったのに何で辞めちまったんだろうな」


名前ライフ

・第一回レコーディングテストのペアとの打ち合わせ


「名字さん、今日の放課後レコーディングテストの打ち合わせしないか?」
「うん。いいよ」


 その儚さから高嶺の花と噂されることも多い。
 初回のレコーディングテストのペアとなった男子との打ち合わせは恙なく進行する。
 作曲コースの彼が好きなように曲を作り、それに名前が作詞するという段取りで落ち着いた。


「あ、そうだ。君に一つ言っておくことがあるんだけど」
「何だい? 改まって」
「わたし作詞が苦手だから期待はしないでね」
「そんなことか。最初は誰でも素人さ。気にせず名字さんの言葉を書くと良い」

 この男子は何を勘違いしているのか

 都合よく勘違いしている事に気づいた名前は敢えて訂正しないことで保身に走った。
 そもそも作詞だなんてポエマーのような真似は名前にとって恥ずかしいこと極まりない作業である。

 二日後、出来上がった楽譜のコピーに書かれた歌詞を見た彼はどう反応すべきか考えあぐねた。
 それもそのはず、彼女の書いた詞は歌詞と呼ぶにはあまりに幼稚すぎ、ドーナツ屋のCMソングと言われれば妙にしっくりくる。

 オールドファッション、エンゼルフレンチ、チョコファッション、フレンチクルーラー、ポン・デ・リング。

 五線譜の下には某ドーナツチェーン店で販売しているドーナツの種類が網羅されていた。とどのつまり、ひたすらドーナツの名前を羅列する曲が完成したのである。
 これがまたポップな曲調に妙にマッチングしているので、ある種の才能を感じざるを得ない。
 元々は彼女のイメージに合わせてバラードなどの大人し目の曲を作るつもりだったが、作詞に自信がないと言っていたのを思い出し、作詞しやすい明るめの曲を書いていたのが功を奏した。
 入学したてで素人に毛が生えた程度の人間に人の心を動かす詞を書けと言う方が難しいので、初回のテストはこんなものだろうと、無理やり自分を納得させる男子生徒であった。

「ドーナツ、好きなんだね」
「うん、大好き」

 ふわりと微笑む名前はまるで天使のようで、自分に言われていないと分っていても作曲担当の彼は頬が熱くなるのを自覚する。

「じゃあちょっと歌ってみようか」

 歌詞が付いて初めての歌唱。
 ドーナツの名前を読み上げていくその声は実に楽しそうで、本当にドーナツが好きなのだと聞く方も楽しくなっていく。

「(ドーナツ食べたい……)」
「名字さん涎よだれ!」

 彼の中の名前が、儚いイメージから食いしん坊のイメージに移行しつつあった。


 その数日後に行われた初回のレコーディングテスト。
 他の生徒たちが恋愛ソングや応援曲を歌う中、名前はあのドーナツソングを歌ってみせた。
 歌唱力は群を抜いていたがその曲とのギャップに当然他の生徒たちは拍子抜けてしまう。


 初回のレコーディングテストは曲と歌唱力の評価は良かったものの作詞の評価は著しく低い結果となってしまった。

「こういう曲歌うアイドルだって中にはいるよ」
「ただドーナツの名前羅列してるだけ」


名前ゴート 其ノ壹

(メモ:怪異回に入るのはutpr学園生活後半以降、トキヤとの仲も結構進展してから)


 三時間特番のナレーション録りの仕事帰り。いつものようにドーナツ屋に寄ってから寮に戻ろうとした矢先の事であった。

 東京には多種多様な外見の人間が溢れているがその中でもその人物だけは妙にはっきりと目立っていて、強烈な印象を与えてきた。

「……」

 あまりにも聞いていた情報と一致し過ぎるその風貌に彼女の足が止まる。

「忍野、メメ……」

 思わず呟いてしまったその名に、彼女は即座に後悔する。
 その声が本人の耳に届かぬように願うも虚しく、彼女の良く通る声はその人物、忍野メメの耳にしっかり届いていた。

「おや、君とはどこかで会っていたかなぁ。君みたいな美人だったら忘れるはずがないんだけど」

 聞けばナンパの様なセリフだが、今の忍野にそんな気はないだろう。ただ本当の事を言ったまでだ。

「ん?……ああ。聞いていた話と色が違うけど君は確か阿良々木君の幼馴染みの……」
「名字名前です」

 そこまで知っているのならば誤魔化しは利かないと判断し、潔く名乗る。と同時に色という単語に眉を顰める。
 同様に幼馴染みとの回顧録をそれとなく聞かされていた忍野でも今の名前を名前だと判断する材料は無いに等しいはず。
 一体どんな話の解釈をしていれば変容してしまった彼女を名字名前であると断定できるのか。
 訝しげな視線を忍野にぶつける名前。

「そうそう、確かそんな名前だったね。はっはー、会ったことないとはいえ流石は阿良々木君の幼馴染みだ。僕の名前を知っていたことにも納得だよ」
「暦から嫌というほど聞きました」

 暦がどういう経緯で彼に会って如何様に世話になったかを逐一聞かされていた彼女にとって、今置かれている状況は非常に拙いものであった。
 暦が彼の居住する廃墟に定期的に訪ねなければならない理由があるのを名前は知っていた。その際に万が一にでも自分の現在地を伝えられると非常に困る。まだ気持ちの整理がついていないのだ。

「お嬢ちゃんは」
「……」
「ふぅん」
「何ですか……」
「そういえば阿良々木君が嘆いていたぜ。君との連絡が取れなくなってしまったって。怪異の仕業なんじゃないかと僕の所に訪ねられて、いやー、あの時は困った困った」
「そんなことが……暦が迷惑をかけてしまって申し訳ありません」

 まったく困った様子の無い忍野は、彼女をまじまじと、上から下まで舐めるように見やる。その姿はもはやセクハラの域だ。
 しかし、見つめられている本人は居心地の悪さはあれど不思議と不快には感じていない。
 医者が患者の病状をチェックしている、そんな感覚だった。

「うん。君はもう少し我が儘になった方が良い」
「? それってどういう……」

 納得した様子の忍野は用事があると言いそのまま人混みの中に消えて行った。
 結局、自身の現状を黙っておいてくれなんて自分勝手な言葉を言えるはずもなく、遠ざかるアロハシャツを見つめるだけ。
 こんな都会にわざわざ何の用があるのだろうと考えもしたが彼女の知り得る情報だけで忍野メメという男を図ることなど到底不可能だ。早々に考えることを止めた。

 これは確実に暦にバレてしまうだろう。
 アロハシャツが完全に見えなくなった頃にはもうドーナツ屋に行く気分ではなくなってしまった。
 彼にどう言い訳をすれば良いのか思い悩みながら寮に帰ろうとした時。

「名字さん?」
「……一ノ瀬くん?」

 背後から掛けられた声に、振り返るとトキヤが心配そうに名前を見つめていた。
 HAYATOと同じ顔をしているからか帽子と眼鏡で変装をしていたので彼が一ノ瀬トキヤであることに気付くのに少々時間がかかってしまった。

「どうしたんですか? こんな所に立ち止まって」
「ちょっと知り合いに会って……知り合いって言えるかは曖昧だけど」
「曖昧って何ですか……。それはそうと今から寮に帰るんですか?」
「うん、そのつもり」
「でしたら、まだ夕食を済ませていないのであればどこかでご一緒しませんか?」

 名前は夕食がてらドーナツ屋に行く予定だったのを取り止めたばかりだったのでその申し出に素直に頷いた。
 とにかくこの形容し難い不穏な気分を紛れさせたかった。
 彼女の返答に気を良くしたトキヤは知り得る店の中で一番適している場所を思考する。



「幼馴染みに恋人が出来たの」

もやもやは苛立ちへと


「嬉々として語ってくれるの。そうれはもう嬉しそうに。他の女の子との出会いから何から何までずっぽりしっぽり、嫌になるくらい。それこそ暦の体験を文章にすれば一篇の小説が出来上がると思うよ。きっと読み応えあるんだろうな……まぁ私は読まないけど。だって、内容は全部知ってるもん……」

 誰が好き好んで慕情を募らせた相手の恋愛話を読もうとするか。そう心の中でひとりごつ。
 暦からすれば単なる怪異退治ファンタジー小説なのかもしれないが、名前からすればただの恋愛小説にしか聞こえない。特に戦場ヶ原とやらに告白されているページは火をつけて跡形もなく消し去ってしまいたいくらい、彼女の恋心は重かった。

「名字さんはその幼馴染みのことが好きなのですね」
「……うん。そうだね」

「正確には好き“だった”だけどね。もう失恋しちゃったから」


「番号もアドレスも変えちゃったよ」
「そんなはっきり忘れられるものなんですか」
「忘れなきゃいけないの。わたしのためにも、暦のためにも」


第n回おやすみラジオ

「ラジオネーム『イケメン吸血鬼』さん。如何にも中二臭いネーミングですね。嫌いではないですけど。『ナマエさん聞いてください、僕の幼馴染みが失踪してました』……結構深刻ですね」

「『その幼馴染みとは幼稚園の頃から一緒にいて、高校は別々になってしまったのだけど、そもそも高校だって同じ所に行く予定だったのに僕に内緒でそいつは違う高校を受験していて、滑り止めの私立ですら違う所ってありえないじゃないですか。酷いと思いませんか!? とまぁそれは置いておいて、仕方なく別々の高校に進学したのですが、それでも三日に一日くらいの頻度でメールや電話のやりとりをするくらい仲が良いと自負していたのにここ数週間連絡がパタリと途絶えてしまったんです。メールを送ってもデーモンなる悪魔からの返信しか来ないし電話は現在使われておりませんの一点張り。挙句の果てにそいつの実家に行ってみたらそこは売り物件になっていて手掛かりすら無い始末。これらはどういう意図なのでしょう。考えたくはないのですが僕は嫌われてしまったのでしょうか』」

「……もしかしたらイケメン吸血鬼さんには恋人がいたりするんじゃないですか? もしくは最近できたことをその幼馴染みさんに知らせていたり……。イケメンって自称するくらいですから彼女の一人や二人いてもおかしくはないでしょう、という前提で話を進めますが兎に角その幼馴染みさんは貴方の恋人に遠慮して姿を晦ましたんです……よ、きっと。自分の恋人が幼馴染みに三日に一度のペースで連絡をしていると知れば良い顔はしないでしょうし、それに気づいた幼馴染みさんが気を使った結果だと思います」

「それが彼女なりのケジメのつもりなのでしょう。一切の連絡を断つことが結果的にイケメン吸血鬼さんを困らせると分かっていてもそうせざるを得なかったのでしょう」


「……あ、イケメン吸血鬼さんが男で幼馴染みさんが女という体で話してしまいましたね。もしかしたら両方男性の可能性だってあるのに、私としたことが……失礼しました」


名前ゴート

(メモ:怪異退治回に入る前にトキヤからの告白回を挟む)


「山羊は新約聖書おいて悪しきものの象徴として扱われていてね、日本じゃマイナーかもしれないけどヨーロッパだと山羊の怪異って結構ポピュラーな存在なんだよ。七つの大罪だと色欲に比肩する動物とされていてその大半が色欲関係っていうね」

 山羊は人間の生活とかかわりが深い家畜で、特にヨーロッパの神話伝承では山羊の登場率はそこそこ高い。
 ギリシア神話では山羊の下半身を持つパーンやサテュロスという精霊もおり、赤子のゼウスを養ったのも山羊だと言われている。

「……で、肝心の名前に憑いている怪異は何なんだ。勿体ぶらずにさっさと教えろ」
「安心しなよ阿良々木君。幼馴染みちゃんに憑いてるのは色欲とは関係ない。それどころかもっと単純な怪異さ」

 忍野は続ける。

「“リグレットゴート”。贄山羊やスケープゴートなんて呼ばれ方もしているがこの怪異の本質は人の後悔によるものだからリグレットゴートが正式だね」

 リグレット。regret。後悔。してしまった事について、後から悔やむこと。

「“スケープゴート”っていう言葉くらいは聞いたことがあるだろう? “身代わり”とか“生贄”なんて意味合いがある言葉なんだけど、実際、この怪異はある意味ではスケープゴートそのものなんだよ」

 原義としてはヘブライ聖書において、贖罪の日に人々の苦難や行ってきた罪を負わせて荒野に放した山羊を指す。
 古代ユダヤ教では年に一度、二匹の牝山羊を選びくじを引いて一匹を生贄とし、もう一匹を“アザゼルのヤギ(贖罪山羊)”と呼んで荒野に放った。
 贖罪山羊は礼拝者の全ての罪を背負わされ、生きたまま捨てられる時点で生け贄とは異なる。転じて、特定の人間に問題の責任を負わせて犠牲とすることを“スケープゴート(生け贄の山羊)”と言うようになった。
 名前に憑く怪異の起源。

「こいつはね阿良々木君。自業自得の怪異でもあるんだぜ」
「自業、自得……」
「後悔っていうのは自分のしてきた事に対しての悔いであり、罪だ。その罰を受けるのは当然自分自身であり、それが後悔となる」

 誰にも裁けぬ罪が自分自身に罰として現れ、後悔する。
 負のスパイラル。無限ループ。終わることのない悪循環を無理やり終わらせる山羊の怪異。

 本来ならばきちんと自分の中でゆっくりと分解していかねばならない感情を無かったことにする怪異。


 怪異を呼び寄せる程の強い後悔をしたということ。


「願いを聞き入れてくれるツンデレちゃんの蟹が“神様”なら、幼馴染みちゃんの山羊はさしずめ“悪魔”だ」
「悪魔って……!?」
「願ってもいないのに無理やり人の想いを奪って、更に対価だ何だと言って勝手に色まで奪っていく奴を悪魔と呼ばず何と呼ぶ?」
「それは確かに……悪魔かもしれない。……でも、怪異を呼んでしまうくらい強い後悔なら、少なからず心の何処かで消してほしいと願っていたんじゃないか?」
「後悔ってのは取り消したい程の悔いだから、その考えも強ち間違っちゃあいないね。でも、怪異は俗物的だ。例外中の例外だ。本来ならば在ってはいけない存在なんだ」


「神様が無条件で願いを叶えてくれるのに対して悪魔はそれ相応の対価を要求するからさ」

 そして対価として持っていかれたものは二度と戻ってこない。

「彼女の色が無くなったのは対価として持っていかれたんだよ」

 色。光の波長の違いにより生ずる視覚効果。
 色。男女間の情欲。人の顔の表情。顔色、顔つき。

 この場合対価として最初に奪われたのは彼女の色素。髪も、眉毛も、睫毛も、顔色も、全てが真っ白になった。

「さっきも言っただろう? 山羊は色欲を比肩するって」
「だからって髪の色を対価に持っていくなんて、駄洒落かよ……」
「怪異なんてそんなものさ」

 思いと共に重さを。色欲を比肩するから色を。
 怪異のいい加減さを文字通り身を持って知っている暦はそれ以上の追及を止めた。

「やり方はツンデレちゃんの時とそう変わらないぜ」

 いくら強がっていようとまだ十七の子供なのだ。

「面倒な準備なんかしなくて良い分こっちの方が楽だね。格好はそのままで大丈夫だし」
「? 戦場ヶ原の時は体清めてただろ、いいのかよ?」
「体を清めたりしたのは神の御前だったからであって、山羊にそんな必要はないさ」

 蟹は神様で、山羊は悪魔。悪魔に礼儀は必要ない。

「それに、せっかく寝かせたのをわざわざ起こす必要なんてないよ。起きたら起きたで、それこそ何しでかすか分ったもんじゃない」

 確かに、一理どころか百理ある。

 今は催眠状態にあるが起きたら逃げるに違いない。

「この怪異の退治法は一つ。“罪を自覚させる”ただそれだけさ。だから煩わしい準備も何も必要なし」

 蟹の対処法が想いを思い出させるのならば、山羊もまた然り。
 山羊が肩代わりするとその罪に対する自覚がなくなる。罪悪感が綺麗さっぱりなくなるのだ。
 それを本人に自覚させることで山羊は役目を果たせなくなり出て行かざるを得なくなる。但し対価として持っていかれたものは戻ってこない可能性が高いが。

 導入も蟹の時とほぼ同じであった。
 睡眠状態の名前を教室の中央にある机を並べるだけの簡素なベッドに移動させ、彼女の目元を覆うように忍野の手が乗せられる。
 それから空いた手で彼女の肩を優しく、ゆっくり何回か叩くと段々と彼女の意識が浮上していく。
 そうして寝起きとも睡眠とも言えないちょうどよい頃合いまで意識を起こしてやれば準備は完了だ。
 忍野の力か、怪異がそうさせているのか自然とトランス状態に入る。


名前ゴート

 蟹の時と同様に、トランス状態の名前に忍野が質問をする形で始まった。


「名前は?」
「名字名前」
「好きな作家は?」
「宮沢賢治」
「初恋の相手は?」
「……言いたくない」

 ちょうどお腹の上あたりで指を絡ませるように手を組んでいる名前と、彼女の目元を覆ったまま質問をする忍野。
 その光景は宛ら儀式のようで、山羊の怪異が悪魔であると言った忍野の言葉に信憑性が増す。

「通っている学校は?」
「早乙女学園」
「一番仲の良いクラスメートは?」
「一ノ瀬くん」

 君付けされている時点でそれが男の名前であると気付いた暦は眉を寄せるが、忍野は気にすることなく問いを続ける。

「最近あった嫌なことは?」
「食べたかったドーナツが目の前で売り切れた」
「最近あった嬉しかったことは?」
「……暦とまた会えたこと」

「……じゃあ、“今までで一番の後悔”は?」
「っ……」

 核心に迫る質問。
 今まですんなりと答えていた名前が返答に詰まる。蟹の時と同じだがその表情は忍野の手で隠れているため分からない。
 やがて、戸惑いがちに、でもはっきりと言葉を紡ぐ。

「……りょ、両親が……離婚、したこと」

 それは、暦にとっては初耳となる事実であった。

 暦自身、過去に数度名前の両親を見かけたことがあったが特に仲が悪い様にも見えなかったし、そんな気配すらなかった。寧ろ誰が見ても微笑ましいおしどり夫婦であったと記憶している。
 それもそのはず、彼女の両親は世間体を異常に気にするタイプだったのだ。表向きは良い夫婦を演じていても水面下では険悪、なんてよくある話だ。
 ちなみに、本物のおしどりは繁殖期のみペアを作りそれが過ぎるとペアを解消し離れていく、これっぽっちもおしどり夫婦でないのだ。その本能は仔が孵化しても変わることはない。
 そう考えると名前の両親は本当の意味で“おしどり夫婦”だった訳だ。

「僕は“後悔したこと”を聞いているんだ。辛かった思い出なんて聞いちゃいないよ」
「それは……」
「それとも何かい。ご両親が離婚するきっかけを作ってしまったとか?」
「ち、違う、わた、しは……」
「それとも“何もしなかった”のかい?」
「っ……!」

 この場合の無言は肯定を意味した。
 図星。核心を突かれ、名前は必死に言い訳を考える。

「りょ、両親は、わたしを愛してなんかいなかったし、何をしても、もう無駄だったから……」
「一度でも愛して欲しいって伝えたのかい?」

 忍野の言葉は針のように鋭く名前の胸に深く、痛い所を刺してゆく。
 責めるように、咎めるように紡がれる言葉に彼女は動かない。否、動けずにいた。

「ご両親とは直接話し合ったのかい?」
「……いいえ」
「ふぅん……君は本当にご両親に離婚してほしくなかったのかな」

 気付いた時にはもう遅カッタんダヨ。

「心の中ではいつか元に戻ってほしいと願っていながら自分では何にも行動をしなかった」
「だって……」

 其々ニハ新シヰ家族ガ居テ。ワタシノ入ル隙ナンテ無クテ。

「だって、何だい? そうやってもっともらしい理由を付けて諦めたふりをして行動せず、離婚という君にとって最悪の結果を生み出したのは紛れもなく君自身だよ」

 ソノ通リダ。何モ間違ッテイナヰ。
 グウノ音モ出ナヰ。

「それで現状に目を背けて逃げ出したんだろう?」
「忍野……!」

 暦が声を荒げるも忍野はそれを無視して続ける。

「何もしなかったのは自分なのにそれを棚に上げて自分は被害者面かい? そいつぁちょっと自分勝手すぎやしないかなあ?」

 自分勝手ナノハ自分ガ壹番ヨク解ッテヰル。

「?」
「忍野やめろっ!!」
「暦」

 名前が彼の名を呼び、諫める。彼女の催眠状態は既に解けており、上半身を徐ろに起き上がらせた。

「暦、もういいよ。ありがとう」
「名前……」
「……全て、忍野さんの言う通りです」

 名字名前は自覚した。自分が必死に忘れたがって山羊に消してもらった罪を、事実を。


名前ゴート

 元々両親に愛されていない自覚はあった。

 彼女の両親はひどく世間体を気にする人間で子供が出来たから仕方なく結婚して仕方なく子供を産んで仕方なく育てていた。
 故に表面上は良い夫婦を演じていて其々に浮気相手がいたことを知っていた名前は高校入学と同時に銀行口座を開設し、更にはアルバイトを掛け持ちして“その日”の為の準備を着実に進めた。
 そうやって自分を誤魔化して全て諦めたつもりだった。両親から愛されていなかったのだと自覚したあの日、全てを諦めたはずだった。

 けれど諦めきれていなかった。

 諦めたつもりでいても心のどこかで願っていた。望まずにはいられなかった。
 いつかはこの偽物の家族に愛情が生まれると心のどこかで願っていたのに、終ぞ叶うことはなかった。

 高校二年生の夏、崩壊の知らせが入る。

『離婚することにしたわ。私にもあの人にももう別の家庭があって親権は放棄するから、そのつもりでね』

 青天の霹靂とはまさにこのことだった。否、こうなることは最初から分っていたのかもしれない。
 偽物の家族に愛なんて生まれるわけもなく、偽物は偽物らしく、終焉を迎えるだけ。

「そんなの、あまりに横暴すぎる……!」

 話を聞いていた暦が苛立ちを顕にする。
 とある理由により友人というものを作ろうとしなかった彼にとって幼馴染みの名字名前は唯一無二の存在だというのに何一つ気付いてやれなかった悔しさ。自責の念。

「……その時なの。わたしの目の前に突然山羊が現れたのは」

 もう自分以外が帰ってこないアパートの一室で、彼女は酷く後悔していた。
 何も行動していなかった彼女に、後悔する資格なんてないのは彼女自身がよく分かっている。
 何もしなかったことに対しての後悔。悔い。懺悔。

 高校卒業までの学費と生活費、アパートの家賃だけは保証されたが、別にそんなものが欲しかったわけじゃない。

 真っ暗な部屋の中でその山羊だけが淡く浮かび上がっており、真っ白な全容と、二本の立派な角がはっきりと見えていた。
 それが何なのかなんて当時の名前に考える余裕はなく、ただ不思議と恐怖感は無く寧ろ見ているとどこか安心すらした。
 真っ白な山羊は彼女に静かに近づくとその身をひっそりと寄せるようにして彼女の中に消えていった。それと同時に彼女の罪も山羊によって消され、何に対して罪悪感を抱いていたかすら意識出来なくなっていた。

「……そっか。その時に山羊は……」

 私の罪を消してくれたんだ。ようやく名前は自分が忘れていた罪を思い出し、自覚する。

 欲しがったくせに何もせず、何も得られなかった事に対する後悔。
 その山羊はそういう者の前に現れて“色”と引き換えに後悔という“罪”を消してくれる、優しき悪魔なのだ。

 するとどうだろうか、名前が罪を自覚した途端、彼女の眼前にはあの時と同じ山羊が姿を現していた。
 蟹の時とは違い山羊は忍野や暦にも目視可能な存在のようで、名前の色を吸って全身が黒い毛で覆われていた。

「こいつが、“山羊”……」
「お嬢ちゃんの色を吸って見事に真っ黒になっているねぇ」

「……そう」


 一度消された罪は自覚は出来ても実感が湧くことはない。漠然とその事実が存在するだけだ。

 二度目に山羊が現れたのはつい先日。阿良々木暦に恋人が出来たという知らせを本人の口から聞いた時だ。


「わたしの罪はわたしが背負うから、もう大丈夫」

 何もしなかったのが彼女の罪。
 一人で抱え込み全てを我慢していたのが彼女の罪。

「今までありがとう」

 全てを失ったのが彼女の罰。何も得られないのが彼女の罰。


 失った対価(もの)は戻ってこない。表情は普通の生活をしていれば何れ回復するが色素そのものを奪われた髪は一生このままだろう。


名前ゴート

 全てが終わり、文字通り憑き物が落ちた名前の表情は心なしか少しだけすっきりして見えた。


「そうだ。お礼はどうすれば……」
「今回僕はほぼ何もしてないよ。さっきドーナツも貰ったし、あれで十分さ」

 忍野が言うには“僕は助けていない、君が一人で勝手に助かっただけさ”といったところだろう。
 実際、今回忍野がしたことと言えばいくつかの質問をしてそこから考え得る憶測を喋ったくらいだ。
 蟹の時のように面倒な準備や儀式を施したわけではない。本当に謝礼を受け取る気はないようだ。

「いえ、わたしも一応社会人ですのでこういうことはきっちりしておかないと」
「そうかい。そういうことならそうだなぁ……サインを貰えるかい?」
「サイン?」

 暦のアホ毛がくるりと丸まりクエスチョンマークを描く。

「一介の女子高生のサインを欲しがるなんてどういう特殊性癖だよ」
「……阿良々木君はそれでも本当に幼馴染みちゃんの幼馴染みなのかい?」
「はあ!? 何でそんなことお前に言われなきゃならないんだよ!?」

「そういえば暦には言ってなかったっけ。わたしナマエって名前でラジオのパーソナリティしてるの」

 間。次の瞬間、驚愕。

「な、ななな何でそんな重要な情報今まで黙ってた! ナマエと言えば羽川や戦場ヶ原だちが軒並み聞いている人気ラジオのパーソナリティじゃないか! 僕だけ流行に乗り遅れた事実を知って初めて聞いたらパーソナリティ交代してて、しかもそのせいで人気低迷してて残念だった記憶しかなかったよ!! っていうかナマエってお前だったのか! ポッドキャスト聞いてどことなく似てる声だなぁって思ってたら本人だったのかよぉ!!」
「黙っていたのは当時はアルバイト感覚だったから身内に聞かれるのは恥ずかしいなぁって思って」
「それでも僕はお前の全てが知りたいよ!」
「彼女がいるのに他の女を口説くなんて最低だね」
「誤解だ! 僕は幼馴染みとして純粋な気持ちでだな……!」
「ふーん……下心は?」
「ありましたごめんなさい」

 それはそれは見事な土下座だった。

「その素直さに免じてラジオのネタにするのは止めてあげよう」
「危うく全国中の晒し者になるところだったぜ……」
「あ、そうそう、今は全国区で毎週火曜と金曜の夜十一時から『おやすみラジオ』やってるから聞いてね」
「知ってるよ! 僕もお便り送ってるからな! っていうかナマエの正体がお前って気づいたことで全ての点が繋がったよ!」
「続いてのお便りはラジオネーム『イケメン吸血鬼』さん。……自分でイケメンって、ぷぷっ」
「笑うなーっ!!」

 暦は今まで自分の送っていたお便りの内容を思い出して羞恥に身を焼かれそうだ。
 彼の場合実際に焼かれてもどうせ一日も経たず元通りになるのだが。

「そういえば、忍野ってラジオとか聞くんだな。せこせこハガキ職人してる姿が想像つかねぇ」
「寧ろここにはラジオくらいしか娯楽性のある物はないからねぇ。はっはー。僕自身、ラジオのチャンネルを変えることができなくてね、まぁ、たまたま付けっぱなしだったから幼馴染みちゃんのラジオを聞けたんだと思うと運命感じちゃうよね。そして生憎僕は聞くの専門さ、忍ちゃんはたまに葉書を送っているみたいだけど」
「それは運命ではなく偶然だ!……そうか、度々ハガキを要求されていたがそういうことだったのか……。まぁラジオネームがそのまんまだから気づいていたけどな」
「……なるほど。そういうことでしたら忍野さんには特別にこれを差し上げましょう」
「こ、これは……」

 そう言って名前がサイフから取り出した物を見て、暦は生唾を飲む。

「毎回ナマエが何となく気に入ったお便りを送ってくれたリスナーにプレゼントするという番組特製ステッカーじゃないか!」
「そのとーり! 今回のお礼に足るかはわかりませんが、どうぞ」

 彼女がとりだしたのはポップな番組ロゴと共に名前をモチーフにしたのであろう番組のイメージキャラクターの女の子が可愛らしいパジャマを着て寝ているイラストが添えられた特製ステッカーだった。
 手慣れない様子で署名の様なサインを書くとそれを忍野に手渡す。

「はっはー。いいねぇ、ラジオにでも貼っておこう」

 どこか満足気に頷いだ忍野は教室を出て階段を下りていくので二人もその後ろを付いて行く。

「いざという時のために入れておいたこれが役に立って良かったー」
「顔出しNGでバレる可能性低いくせにどんないざという時が来るんだよ」
「でも、今、役に立ったでしょ?」
「ぐぬぬ、言い返せない……。あ、そうだ、そのステッカー余ってるのならぜひ僕にも……」
「まだ一枚残ってるけどこれはダメ」
「何でだよー」
「これはラジオネーム『しのぶ』さんにあげる用に持ち歩いてるの。丁度しのぶさんの居場所が分かったし、やっぱりわたしって運が良い。……欲しかったらわたしが気に入るような面白いお便り書いてね、イケメン吸血鬼さん」
「その名前で呼ぶなぁっ!!」

 忍がいるいつもの教室へと戻ってきた三人は忍の視線に刺されながら扉をくぐる。
 幼女に視線を向けられていることに気付いた名前はそのまま彼女に近づき持っていた残りのステッカーを差し出した。

「……」
「ラジオネームしのぶさん。いつもお葉書ありがとうございます。どうぞ、番組特製ステッカーをプレゼントです」

 差し出された物を確認すると何も言わずそれを受け取り、いつもと変わらぬジト目を向ける。
 決して表情には出ていないがこのプレゼントに対して大変満足しているのは確かで。後に幼女の愛用するヘルメットに貼られることとなる。
 そのままステッカーを抱えるようにして寝てしまった幼女に、名前は満足げに微笑んだ。


「忍野さん、本当にありがとうございました」
「僕は何もしていないさ。君が勝手に助かっただけだよ」
「あはは、そうでしたね」

 ここに来た時にはまだ日があったというのに外に出た頃にはすっかり日は落ちていて。現在は綺麗な三日月と共に田舎特有の眩い星空が広がっていた。
 東京は夜も人工的な光が絶えることなく、こんなに美しい夜空を見るのは久しぶりだった。

「名前、東京に戻るのか?」
「ううん。今からじゃ交通機関がないし、駅前のビジネスホテルにでも泊まって明日の朝戻ろうかな」
「だったら僕の家に泊まらないか?」
「……彼女いるのにそういうこと言っていいのかなぁ?」
「あ、いや。これは単純に積もる話も山ほどあるし妹たちもきっと喜ぶだろうと思ってさ」

 今まで友達らしい友達は名前しかおらず、彼女すらつい最近出来たばかりの暦にとって幼馴染みが自宅に泊まることへの下心は特にないようだ。
 中学の頃と何ら変わらぬ距離に安心していいのか心配するべきなのか、名前は複雑な心境である。

「はぁ……暦はもう少し人との距離感を考えた方がいいよ」
「えっ……?」
「この際だから言うけど、実家住まいで相手が幼馴染みだからとはいえ、異性を自宅に泊まらせるのはどうかと思う。あと三日に一回の電話ははっきり言って異常だよ」
「そ、そうなのか……?」
「これだからぼっちは……」
「言い返せないのが非常に悔しい!」
「とにかく、今度羽川さんに人との距離感教えてもらいなよ?」
「あ、ああ。そうする」

 話を聞く限りでは彼の恋人は大変嫉妬深くアブノーマルな思考の持ち主だと名前は考えている。彼女がここで心を鬼にしないと後で大変なことになるのは暦なのだ。親心ならぬ幼馴染み心というやつだ。
 とはいえ、色々と疲弊しきっているので今日のところは彼の厚意に甘え阿良々木家に一泊することにした名前だったのだが、実を言うと泊まるのはこれが初めてである。
 今までどちらかがどちらかの家に泊まるという行為をしたことがなかった二人にとっては幼稚園のお泊り会を想起させる楽しい夜となろう。


名前ゴート

 数えるくらいしか遊んだ記憶のない彼の妹たちは意外にも名前のことをしっかりと覚えており、それはもう歓迎された。
 妹たちに引っ張られるがままに風呂に入り、寝る前は暦と二人で星を見ながらロマンチックな雰囲気に、とはいかず、両親のこと、現在通っている学校のこと、芸能活動についてなど諸々に至るまで根掘り葉掘り問いただされること数時間。
 むしろビジネスホテルに泊まるよりどっと疲れが溜まってしまったが、こういう疲れならばたまには良いだろう。

「お前、今アイドルの専門学校に通ってるのか……」
「別に通わなくても良かったんだけどね、事務所の社長が通えって言ってるからで通ってる感じ。そもそも、わたしアイドルって柄じゃなしい変な感じするよねー」
「そうか? 名前って結構クラスでも人気ある方だったろ」
「……んん? 何言ってるのかな。わたしそんなに人気なんてなかったでしょ」
「自覚なしか……中学の時とか特に男子からモテてて僕は随分と肩身が狭かったんだぞ」
「そうだったんだ……初耳」
「お前なぁ……もっと自分のことに頓着を持てよ」
「心掛けます」

 そもそもこの十数年、家族の事と暦の事以外を考えている余裕なんて無かった名前に、自分に向けられている好意に気付けと言う方が無理がある。
 最も、それも今日で終わりだ。明日からは自分のこと、周りのこと、これからのことを考える時間に充てられる。

「……そうえいば、中学の時にこうやって二人で星を見に行ったの覚えてる?」
「あー、あったな」

 中学三年の夏休み。受験に備えて最後の思い出作りだと、二人で星を見に行ったあの日。
 もう覚えていないだろうと思っていたが、意外にも彼はちゃんと覚えており、それだけでも名前は嬉しかった。
 そもそも彼に思い出を上書き出来るような友達はいない。

 暦が夜空で一際輝く三角形を指差す。

「“あれがデネブ、アルタイル、ベガ”だっけ」
「……うん、そう。よく覚えてたね、三年も前のこと」
「名前との大切な思い出だからな。忘れられるわけがない」

 あの日、こうして二人並んで星を眺めながら名前が夏の大三角形を形成するそれらを差してそう言ったのを暦ははっきりと覚えていた。
 それだけで十分に幸せだ。


「これからは何かあったら、些細なことでも良いからきちんと言うこと。わかったか?」
「……まさか暦に諭される日が来るとは思わなかったなぁ」
「とういう意味だよ!……ったく、お前は昔からそうだ。もう少し我が儘になったほうが良いぞ」

「そういえば忍野さんにも同じようなこと言われたなぁ」


「もう少し我が儘に、かぁ……」
「ああ。お前はそれくらいが丁度いい」
「じゃあ正直に言うよ」

 名字名前の、最初で最後の我が儘。
 手を伸ばして自分より少しだけ座高の高い彼の頬を包む。

 ああ、暦が今は自分だけを見てくれている。

 数か月前の彼女ならばそれだけで満ち足りていたことだろう。でも今はもうダメだ。阿良々木暦では、足りない。
 それでも、一握りの罪悪感と十四年間恋い焦がれていたそこに、そっと唇を重ねる。
 彼はこれでもかと眼を見開く。が、拒否はしなかった。


 ネタ晴らしをしてしまうと阿良々木暦も当時、この場合小学校高学年から高校三年の春頃に至るまで、名字名前に対して淡い恋心を抱いていた。
 詰まるところ初恋同士の両想いであった二人はその想いを互いに告げることなくここまで来てしまっていたのだ。
 だから、もし、この十四年の内のどこかでどちらかがその言葉を口にしていたら、現状は変わっていたのかもしれない。

 そんな“たられば”を考えている間に名前の唇が離れていく。少し、名残惜しい。

「暦、好きだったよ」

 幼馴染みとは実に損な関係である。その関係性に甘んじて変化することを恐れてしまう、一番近くに居れるのに一番遠い存在。
 幼馴染みの女の子は負けヒロインだとは、よく言ったものだ。

 彼が彼女を好きでなければ別々の高校に進学した時点で疎遠となり彼女は一生怪異に苦しめられていただろう。
 彼女が彼を好きでいなければ怪異の発見は遅くなり、彼の罪悪感が晴れることはなかった。

 もう彼には恋人がいて、初恋よりもその娘への想いの方が今は大きい。
 彼女もその想いに区切りをつけたので、自分を好きだと言ってくれる人とちゃんと向き合わなければならない。

「僕も、名前が好きだったよ」

 たからこそ彼らの初恋はこれで良かったのだ。淡く、激しく、切ない。

 ようやく前へ進むことが出来るのだ。


第n回おやすみラジオ

「私事ではございますがこの度失恋致しました」

「十四年間拗らせてきた初恋を、この度無事終わらせることが出来ました」

「安心して下さい。私は今とても恥ずかしい報告しているという自覚はちゃんとあります。その証拠に現状、火が出そうなくらい顔が熱いです。でも……それでも、誰かに聞いて欲しかったんです。本当に終わらせるため、私がこれから前を向いて歩いていくために……。
十四年間私を苦しめてきた彼は本当にひどい男なんですよ。つい最近まで友達と呼べる人間は私くらいしかいなかったのに急に沢山の女性と関係を持って、そのうちの一人とあろうことか恋人関係になるなんて……! 幼馴染みという関係に甘んじて進展を恐れていた臆病な私を殴ってやりたい……」

「えー、ここで送られてきたメールでも読みましょうか。……ラジオネーム『イケメン吸血鬼』さん。『十四年間も彼を想っていたという事実、きっと彼も今知って驚いていることでしょう。そして、もっと早く告白していればと彼は後悔していることでしょう。それと“関係を持った”という表現はリスナーに多大な誤解を与えると思うので沢山の女性と“知り合った”と訂正すべきです』誤解を与えるような表現をしていましたか。すみません、わざとです」

「私以外の女を選んだ時点で彼は稀代の愚か者なので、彼の名誉を守ることはしません。私の細やかな仕返しです。彼がぼっちであることを良いことに告白を延期し続け自分より付き合いの短い女に彼を取られた私も、彼と同じくらい愚かしいのですが……」

「きっと彼も聞いてくれていることでしょうから私はこの場を借りて彼に言いたいことがあります」

「私と出逢ってくれて、好きでいさせてくれてありがとう。あの時、私に会いに来てくれて嬉しかった。……何も言わずに逃げた私を許してくれて、ありがとう」

「私を振ってまで選んだ彼女さん泣かせたら許さないんだから! あっ、でも貴方の幼馴染みというポジションはこれからも譲る気はないから、そのつもりでね」

 はたして幼馴染みは譲ることの出来る立場なのかという疑問は置いておいて。

「ラジオネーム『イケメン吸血鬼』さん。さっきからこの人ばかりですね、あはは……。『きっと彼もナマエさんに感謝しています。そして同じように出逢ってくれたこと、好きでいてくれたこと、ずっと一緒にいてくれたこと、他愛のない話を楽しそうに聞いてくれてたこと、それから貴女を好きでいさせてくれたこと、全てに感謝しています』」

「何かここまで来たら公開処刑されている気分です……イケメン吸血鬼さんはこれ以上メールを送らないで下さい」

「ラジオネーム『林檎を剥いて歩こう』さん。『きっと彼と付き合い始めた彼女さんも貴女に感謝していると思います。貴女がいなければ今の彼はいないのですから。嫉妬深い彼女も貴女だったら今まで通りでも許してくれると思いますよ』……大変心強いお言葉ありがとうございます。でも流石に今まで通りはまずいのでちゃんと適切な距離を保って接していきたいと思います。林檎を剥いて歩こうさんのお陰で失恋のショックから立ち直る期間が少し短くなりそうです。ありがとう」


「ラジオネーム『HAYATO様大好きっ子』さん。『失恋したと聞き急いでメールを送らせて頂きました』私なんかのために、わざわざありがとうございます……『私は恋愛経験がほぼないのでナマエさんの辛さを分かってあげられないのがとても悔しいです。でもナマエさんほど素敵な方ならばきっと素晴らしい男性が現れると信じています! これからも応援していますので仕事と恋、頑張って下さい!』……HAYATO様大好きっ子さん本当にありがとございます」




「『ナマエさんはアイドルの恋愛についてどう思いませか?』……恋愛くらいすれば良いんじゃないですか? ファンに擬似恋愛感情を抱かせるアイドルが恋愛経験なしだなんてちょっと……言葉は悪いですが子供過ぎだと思います。寧ろ女性アイドルの場合は売れてるうちにさっさと結婚して引退して幸せな家庭を築くなり、子供を産んでママタレントとか主婦タレントに転向すると良いかと」

「あー、でも男性アイドルの場合は大変ですよね。四十路を過ぎてもアイドルとして持て囃されるケースも多いですしそうなったらいつまで経っても結婚は難しいでしょうね……。あ、でもママドルとかパパドルとか、案外受けがいいかもしれないですよ」

「まぁでも、アイドルだって人間なんですから、一度きりの人生を偶像崇拝のため棒に振ることにならないよう見極めていくことをお勧めします」

「自分の人生を決められるのは自分だけです」


聲物語ネタメモ

・ラジオネタ

「ラジオネーム『林檎をむいて歩こう』さん。『先日、友達と二人でレンタルビデオ店に行きました。わたしは三年ほどまえに放映された某連続ドラマのDVDを借りようとしたのですが、全十三巻のそのドラマ、八巻が他の人に借りられていたので、七巻までしか借りることができませんでした。最終回近くが面白いと聞くドラマだったので、とても残念でした。ないのは八巻だけで、九巻から十三巻まではちゃんと揃っているのに。「七並べで八を止められている気分だよー」と言うと、友達は言いました。「今頃、八巻を借りてる人はほくそ笑んでるんだろうね」』……八巻を借りている人は今頃ドラマを楽しんでいると思いますよ。私は纏まった休みがなかなか取れない立場なので休みを利用して一気に見るということが出来ず仕方なく一巻ずつ借りて長期スパンで視聴するタイプなのですが、その某連続ドラマの八巻を借りた人もそういうタイプかもしれませんね』


「ラジオネーム『大熊猫大好き』さん。『片想いをずっと続けられたら……それは両想いよりも幸せだと思いませんか?』……私はそうは思いませんね。それはただ恋に恋していると自分を騙しているのであって、本当の幸せではありません。永久に恋で良いと言うのならばそれて十分かもしれませんが、人間はとても利己的な生き物なのです。恋だけじゃ足りなくなる。そのうち愛を求めるようになり、両思いを求めてしまう、我儘な生き物なんですよ」

「幸せの価値観なんて人それぞれですから、あまり言いすぎるのは良くないですね。でも、私の幸せを勝手に決めつけないで下さい。私は片想いのままなんて真っ平です。終わり方が失恋であっても、次の恋に移行できますからね」



・暦に彼氏自慢しに行く

「名前ちゃーん!」
「やんっ……!」

 背後から何者かに胸を揉みしだかれ、名前の口からは艶やかな吐息と喘ぎ声。
 声を我慢しようとしているところも意地らしく、可愛らしく、いやらしい。

「!」

「もう。こんなことするのは暦しかいないよ。中学生の時のノリをずーっとやるなんて、変わらないなぁ」

「わざわざ要件も言わずにこっち来るなんて、里帰りか?」

「彼氏を自慢しに来ただけだよ」

 そう言って繋いでいる手を見せつけるように上げ、笑う。

「……彼氏!?」
「うん。だからもうセクハラは禁止ね。そもそも彼女いるくせに他の女の子にセクハラってヤバいよ。万死に値する」


「それとこれ」
「ん、何だこれ……」
「早乙女学園の文化祭案内。暇なら彼女さんと来てよ、未来のアイドルがいっぱいできっと楽しいよ」



・母親が会いに来る。再婚相手がギャンブルで破産。名前の素顔が雑誌で報道されたしまったことにより母親が会いに来て金をせびる。

「私だって恥を忍んで来てやってるのよ」

「分かった。今あるだけ渡すよ」

「だから、もう、わたしに関わらないでください」



・もう一回怪異の被害に遭い最終的に怪異に成ってしまう話も書きたい(願望)

「さて、阿良々木君や委員長ちゃんと同じ怪異に成った感想は?」



・トキヤとの恋愛が発覚。解雇されそうになる

「良いんですか? 稼ぎ頭を解雇しちゃっても」


「わたしは勿論、彼は確実に売れっ子アイドルになりますよ? そんな彼を退学させても良いんですか?」

「解雇されてこの業界にいられなくされてもわたしは構いませんよ。生きていく術はありますから。そもそも契約書には“恋愛禁止”なんて書かれていませんでしたから不当解雇になるんじゃないですか?」

「恋愛禁止だなんて古いですよ。社長だって若い頃は色んな女の子を取っ替え引っ替え遊んでたんじゃないですか?」

「社長の年齢から計算すると隠し子は大体わたしと同じくらい……まだ見ぬ父親を追いかけアイドルを目指していてもおかしくない年齢ですよね?」

「例えば隠し子の母親が飛行機事故で記憶をなくして他国の王と恋に落ちて王妃になっていてその王位継承権を持つ子供がシャイニング事務所にいて社長の隠し子と同じグループになってたとか……」

「だったら面白いと思いません?」
「お前、どこでその情報を……」
「現地で噂を聞いた友人に教えてもらったんです。彼女、何でも知ってるんですよ」

 何でもは知らない、知ってることだけ。そんな幻聴が聞こえてきそうだが、今はそんな冗談を言っている場合ではない。

(ネタバレメモ:音也とセシルは異父兄弟


「面白い。このオレを脅そうというのか?」
「脅すだなんて人聞きの悪い。ただちょっとわたしたちの仲を黙認して頂ければそれで」

「……わかった」

「その代わり不祥事は起こすなよ」

「大丈夫ですよ。わたし、こう見えても貞操観念強いですから」


「すげーよ! あの学園長を言い包めるなんて!」
「もう我慢して失うのは懲り懲りだもの」



・マスターコース中(ドラマCDネタ/付き合ってるのバレる前)


 温泉紹介番組の前乗りと称してその旅館に一泊することになったST☆RISHのメンバー。
 それは良いのだが、なぜか番組ナレーションを担当する名前まで宿泊することに。
 早乙女曰く実際に体験した方がナレーションにも力が入ると言うもの、らしい。というのは建前で、最近仕事が建て続けな彼女に慰労してもらおうという真意だ。
 そんな早乙女の気遣いに気付いているのかいないのか、いつもと変わらぬ様子の彼女は束の間の休息を楽しむことにした。

「はぁ〜、癒される〜」


「レディ、そこにいるんだろう?」

 壁の向こうからレンの声が聞こえてきた。

「いるよー」

 彼女の特有のよく通る声が返ってくる。
 手練れのレンと、よく分っていないセシル以外の思春期の男子にはこの状況で発せられる名前の声というのは最早毒だ。
 温泉という場もあってか思春期特有の妄想力が向こう側の様子を勝手に妄想してしまい途端に心臓が早く脈打つ。

「今初恋の話をしなければ温泉から出られないというゲームをしているんだけど、レディもどうかな?」
「あはは。いいねぇ、面白そう」


 トキヤは彼女の声に耳を集中させる。

「初恋の相手はね、幼馴染みの男の子だよ」

 十四年間誰にも言えず

「幼稚園で初めて会った時から中学を卒業するまでずーっと一緒のクラスでね、好きだって自覚したのは幼稚園の年長に成った時。……今思えば出逢ったあの時から好きだったのかもしれないね。あはは」

「ずーっと言えずにいたらその人にはもう恋人が出来てたの。もっと早く伝えていたらあの人の隣にいるのは私だったのかなって考えたこともある」

「……でも今はもっと好きって想える相手がいるからいいの。私の十四年を上書きするくらい素敵な想い出を作っていこうって言ってくれて、嬉しかった」


「トキヤ顔真っ赤だけど大丈夫!? のぼせた!?」
「何でもないです。大丈夫です。のぼせてません……」


・ラジオドラマ

「イチコの旦那役……」

「わたし男声なんて出ないよー」


「そもそもこのドラマ何なんだろう……?」

 感想。ある物事に対して心に生じた、まとまりのある感じや考え。所感。
 この場合はラジオドラマの完成品を見た名前の口から出てきた心からの言葉。

「……色々ときつい」



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