【よばれてますよ、誰かさん】(基山/微嫌われ/よんアザ×inzm3期沿い)
説明しますよ、
※随分と昔に書いたものです。
この物語は「よんでますよアザゼルさん」と「イナズマイレブン」の混合夢小説で、微嫌われイナイレ3期沿いです。
ヒロインは悪魔使いであり、使役する悪魔はオリジナルの設定です。
愛され願望のあるオリジナルキャラクターが出てきます、オリジナルの悪魔も出てきます。
また微嫌われということですが、ヒロインのポジションや設定的に露骨な嫌われ言動は少ないかと思われます。それでもイナイレキャラの一部が夢主に対して嫌がらせ等をしています。キャラを貶める目的ではございません、ご容赦下さい。
イナイレ三期沿いではありますが試合の描写はほとんど無く、内容を容赦なく変更したりオリジナルの話も含まれます。
よんアザとの混合ということで過度な下ネタが飛び交う場合がございます。ご注意下さい。
物語の進行としては一話は三人称視点でその他はヒロイン視点が基本となりますが、稀に他のキャラ視点の話もありますので、誰視点であるかはお察し下さい。
上記のことを踏まえた上でお読みくださると幸いです。
夢主さん
登場人物の紹介です、激しいネタバレを含みます。
オリジナルキャラクターの紹介も載っていますのでネタバレ等に注意してください。
芥辺名前
お日さま園にいた孤児だったがグリモアを所持していることや悪魔の扱いに慣れていることから芥辺に引き取られ、義妹として芥辺探偵事務所に住んでいる。
芥辺とは互いに信頼関係を築いており本当の兄妹のように仲がよい。芥辺は名前に対して少々甘い所がある。料理などの家事全般を担当。
両親の遺品から出てきたグリモアにより召喚したアスタロスとか深い絆で結ばれている。また、丸米から佐隈へ譲渡され更に芥辺から名前へと渡ったエウリノームとも契約している。
事務所以外では肩掛けトートバッグを常に持ち歩きその中にグリモアや筆記具等を収納。
普段は穏やかで大人びた少女だが何かを企んでいるときや憤怒しているときなどは恐ろしく、アザゼルたちはアクタベモードと呼び畏怖している。
アスタロス涼
40の悪魔の軍団を率いる強壮な大公爵。獄立大卒のエリート。ベルゼブブの同級生かつ友人でベルゼブブやルシファーと対等の地位。
見かけは金髪碧眼ショートヘアの外国の美少年。小さな黒い羽を現し自在に飛ぶことも可能。魔界では大学生くらいの美丈夫に羽が生えた姿で、ペットのドラゴンと毒蛇を飼っている。
ずる賢く自分に利益の無いものに対しての興味は一切持たない。少々ナルシストな面もある。
名前に召喚された際に運命なるものを感じたらしく彼女以外に召喚されることを強く嫌うほど懐いている。
イケニエは能力施行後名前に頭を撫でて貰うことで、同時に誉めてあげると尚良し。
職能は成就。試験や恋愛など対象者の願い実現させる能力。勝負事や賭事に必ず勝利させることも可能。
実現可能な物に限る。現実味のないものは叶えられないがその辺の境界線は曖昧。その人が成就後のビジョンを明確に想像出来ているほど叶いやすい。
※以下オリジナルキャラクター等の設定です
早河楓(はやかわ かえで)
FFの予選あたりで雷門中サッカー部に入部しマネージャーになる。
容姿は可愛らしいが性格はそれなりに悪い。面食いでサッカー部員の大半を自分のものにしたいと考えている。
イケメン男子以外に興味はなく冷たい言動を取るため、女子などからは嫌われている。典型的なぶりっ子。
宇宙人襲来編の最中にベリアルのグリモアを見つけ、契約。今まで楓を好いていたサッカー部員の大半は更にその思いを強くした。
※名前は一応固定ですが要望があれば一部変換可能にしたいと思います。
ネタバレ:幼い頃から可愛い外見しか見てもらえなかったため性格が歪んでしまった。唯一この捻くれてしまった性格を受け入れてくれたベリアルに多大な信頼を寄せている。
ベリアル栄子
見かけはオウムの悪魔。本来の姿は腕が翼のハーピーな美女。高飛車で男を侍らせるのが趣味の面食いだが、泣いている子供を放っておけない優しい一面もある。
高校時代の同級生であるアンダイン恵とはことあるごとに対立し互いをライバル視している。
職能は多情。その人間が抱いている思いや感情を強制的に増減させる能力。
そのため対象が感情を少しでも抱かなければ能力が使えない。また、ベリアルは相手の考えていることやその人の性格等をある程度読み取ることもできる。
契約者は早河楓。
1.依頼主さんいらっしゃい
とある依頼で海外に数週間ほど滞在していた名前は自宅である芥辺探偵事務所に戻りのんびりと毎日を過ごしていた。
名前の義兄である芥辺と彼の助手である佐隈も数週間ぶりに食べる彼女の手料理に舌鼓を打ち、アザゼルも名前へのセクハラを再開した。後者はもちろんきつい制裁を受けたが。
平穏な日々に戻って三ヶ月ほどがたったある昼下がり。彼女の元に依頼者が来訪した。
佐隈に案内されるがままに事務所の来客用ソファーに腰を下ろした依頼主は顎鬚を蓄えた男性で、どこかやる気の見えないような眼が特徴的だ。
どうやら名前に依頼を頼みたいらしく、テーブルを挟んだ彼の前のソファーには名前と芥辺が並んで座った。
芥辺はただ黙ったまま二人の会話を聞いている。以前彼女に来た依頼にとやかく言った際に自分に来た依頼なのだから私に決定権があるのだと叱られたからである。
「……それで依頼内容は何ですか?」
「芥辺名前さんに、私の監督するチームのマネジメントと、ある少女の素行調査をしてもらいたい」
話を聞くと少年サッカーの世界一を決めるフットボールフロンティアインターナショナル、通称FFIが執り行われるそうで、その日本代表チームのマネジメントをして欲しいという。
どうやら依頼主であるこの男性はそのチームの監督を務めるらしく、彼らを優勝に導くために彼女の力が必要なのだと、真っ直ぐに彼女の眼を見た。
確かに三ヶ月ほど前まで外国にいたのはとあるサッカーチームのマネジメントを行っていたためであり、彼女のマネジメント能力は悪魔の力を抜きにしても光るものがある。
その能力を買われサッカー以外のスポーツにおいても彼女のマネジメントを希望しているチームは少なくなく、名前はその界隈ではちょっとした有名人になってしまったのだ。
今回もそれにあたる依頼内容だろうと思っていたのだが素行調査という単語が気にかかり、詳しい話を聞くことにした。もしかしたらこの依頼は受けるべきものなのかもしれないと考えながら。
「その少女について詳しくお聞かせください」
「ああ。……名前は早河楓」
「紅茶です。どうぞ」
久遠が問題の少女の名を口にしたところで給湯室から出てきた佐隈が三人の前にそれぞれ淹れたての紅茶を差出し、下がっていく。
当然として彼女の足元にはアザゼルやベルゼブブといったおなじみの悪魔がいたのだが久遠はそれに気づくことなく紅茶の入ったカップに手を伸ばした。
『おっさん髭くらい剃らなアカンやろー』
『アザゼルくん、止めておいた方がいいと思いますよ』
『へーきやへーき! ジョリジョリやー』
久遠に見えていないのを良いことにアザゼルが彼の顎髭を触っていると何かを感じ取ったのか久遠が紅茶を少しこぼした。
飲もうと口元まで持ってきていた紅茶は当然その真下にいるアザゼルにかかった。淹れたての紅茶は少量とは言えどとても熱い。
『うあっちゃあああっ! こ、このおっさん絶対わざとやろ!』
『そんなわけありませんよ。彼に我々の姿は見えていないのですから』
「ごちゃごちゃうるせーよ」
『くぎゅげぶはっ!』
『ほら言わんこっちゃない』
久遠の下でコントを繰り返す二匹をうっとおしく思ったのか芥辺の回し蹴りがアザゼルのみに見事に決まり、そのまま部屋の隅へと飛んでいく。
突然の行動に久遠は一瞬だけ眼を丸くするもすぐに元の仏頂面へと戻す。
アザゼルを追いかけるように飛んで行くベルゼブブを横目に、名前はすぐさま芥辺のフォローに入った。
「五月蝿いハエがいたもので。兄が失礼しました……それで早河楓についてですが」
「ああ、そうだったな」
彼の話によるとフットボールフロンティアの優勝校である雷門中サッカー部の選手を中心として日本代表のほとんどが選考される予定で、マネージャーも雷門中サッカー部に所属している四人と彼の娘が担うのだと。
しかし彼は先に名前を出した早河楓という少女のことが気がかりで仕方が無かった。もちろん悪い意味で。
早河は元々雷門中サッカー部のマネージャーであり可愛らしい容姿と気の付く性格から男子生徒からの人気は高く、サッカー部の一部の選手たちからも信頼されている。
それだけ聞けば気立ての良い少女のように聞こえるが実際はそうではなく、マネージャー業は表向きだけでまったくと言って良いほど仕事をしていないそうだ。
しかも美少年限定の八方美人だそうで女生徒からの人気はほぼ皆無。選手たちのメンタル面においては彼女は必要なのだろうが結果をして彼女が選手たちに必ずしも良い影響を与えるとは言いがたいのだ。
今すぐにでも解雇したいが表向きはしっかり仕事をしているので急に行動に出ては怪しまれてしまう。そこで名前の出番というわけだ。
「……という訳で、選手たちのマネジメントをするついでに早河の素行調査をしていただきたい」
そしてあわよくば早河を更生もしくは反省させてもらいたく、最悪の場合日本代表チームから彼女を追い出してもらいたいのだと。
それから何かを言いたげに名前と芥辺を交互に見やってから紅茶を飲んでのどの渇きを潤す。
しかしまあ、ここまでの情報をどうやって手に入れたのやら。彼の名誉のためそこは聞かないことにして、久遠の次の言葉を待った。
「……そしてなにより」
「何より……?」
「そんな女のいる所に冬花を連れて行きたくないんだ」
「(それが本音なのね!)」
今までの話から察するに冬花というのは彼の娘だろう。確かに自分の娘を早河を同じ場所で働かせたくないというのは分からないでもない。
なので早河楓に関する噂の真偽を確かめるべく選手たちのマネジメントをするついでに早河の素行調査も依頼内容に含まれているというわけだ。
「……では依頼の契約を致しましょう」
名前の隣で静かに聞いていた芥辺は新しい玩具を発見したと言わんばかりに口角を上げ久遠に書類とペンを渡し、依頼の契約を進めた。
こういう汚い人間の素性を明かすなどといったドロドロとした依頼は芥辺にとっては玩具のようなものであるが、今回はあくまで名前に対する依頼なので芥辺は最後まで楽しむことは出来ないだろう。
それでも依頼完了後に名前から内容を聞く分のは酒の肴には十二分であるはすだ。悪魔の能力を駆使すれば赤子の手をひねるも同然の依頼。
名前に同意を得ずに依頼の契約を進めているが義理とはいえ彼女も芥辺の妹だ。ここまで面白い依頼を断る必要は無い。
書類を書き終えた久遠が再び名前を見やれば彼女は綺麗な笑みを浮かべ紅茶を飲んでいた。久遠が本当に自分の娘と同い年なのかを疑いたくなるほど優美な画だった。
2.この子が私の悪魔です
「代表の選考会は明日、これが選手名簿だ」
昨日久遠監督に手渡された名簿に目を通しながらアスタロスと共に雷門中へと向かう、どうやら久遠監督は今日の選考会で私にも選手の選考をして貰いたいようだ
昨夜は準備で忙しく目を通す暇が無かったので雷門中へ向かう道すがら読み込んでいる、そのためアスタロスを召喚し名簿に集中している私が無事目的地へ着けるように案内させているのだ
羽を出していないアスタロスはさながら外国籍の男の子で、人間たちの前に姿を現しているが悪魔だとは誰も気づかないから丁度いい
私は名簿を読みながら無事に目的地に着けて、アスタロスは心酔している私の役に立てて、まさに一石二鳥だなんて言ってみる
そうこうしているうちに目的地である雷門中へ到着したようだ、腕時計を見れば言われていた時間ぴったりだ
「名前着いたよ。さあ褒めて!」
「うん、よしよし。アスタロス偉いわね」
この子のイケニエは能力などを使ったら頭を撫でてあげること。アザゼルなどのほかの悪魔と違って物を欲しない、確か恵も同じタイプだったはず。
自分からこれが好いと言ったので、頭を撫でてあげるとき一緒に褒めてあげることにしている。するとより一層嬉しそうな顔をするのだ。それを見ると私も心がほかほかする。
雷門中は公立中学校にしてはそこそこ大きい方だった。しかし私の通っている学校の方が馬鹿ほどに大きいのであまり驚くことは無かった。
「人がいっぱいだ」
「はぐれないように手繋ぐよ」
「うん!」
肩にかけたトートバッグに名簿を仕舞い、アスタロスの手を取って中に入れば、この日を待ち望んでいたかのように沢山のギャラリーが集まっていた。
それもそうか、今日この場で日本の代表が決まってしまうのだから。私たちはいかにも一般人を装って校門をくぐった。
より試合の見やすい場所を探していると木の陰で娘さんと一緒に試合を見ようとしている久遠監督がいた。久遠さんが私を見つけると軽く会釈をし、視線を遠くにやる。
その視線の先を追えばどうやら選手たちのベンチで。ドリンクやタオルを準備している女の子たちがいるではないか。
まさか変な目で見ているのでは、と今すぐにでも110番しうかと本気で悩むのも束の間、彼の視線の意図に気付いた。
ストレッチをしている選手たちに対して必要以上に声をかけている煩い子がいて、それが件の早河楓であることはすぐに分かった。
「あの女が例の……まあ顔はそこそこ良いみたいだけど名前ほどではないね!」
「わかってるじゃない。さすがね」
もちろんボクほどでもないけど、と自信たっぷりに言い放つアスタロスを尻目に私はグラウンドの選手たちに目をやった。
ここに来るまで名簿に大体目を通したし、どの選手も髪の色などが個性的なので気になった人はすぐにチェックすることが出来そうだ。
ストレッチやアップの仕方一つでも普段の練習が見えてくるものだ。誰がどのポジションかはもちろん誰が素人かなんてのはすぐに分かっちゃうのだ。
念入りなウォーミングアップが終わり、図体が大きくサングラスをかけたバンダナの男性が始まりを告げ、日本代表選手の選考会が始まった。
3.五年越しの再会
名簿でも見た懐かしい顔が二人ほどいたのだけど私は気づいていない振りをして、自己と娘の紹介をする久遠監督を尻目に静観した。
久遠監督の視線が娘さんから私へと移動したので私はゆっくりと瞼を下ろし、どんな紹介をしてくれるのかただ黙って待つ。
「それから、今日からお前らのコーチとなる芥辺だ」
マネジメントが主な仕事だからてっきりマネージャーになるもんだと思っていたのだけどびっくり。コーチですか。
しかしこれも私が自由に行動が出来るようにという久遠監督なりの配慮だろう。
おもむろに瞼を上げ選手たちを一瞥する。ついでにマネージャーたちも見やり、再び選手たちに目線を向ける。
それなりの実績はあるけれど同年代の女がコーチだなんて選手たちは納得いかないようで、案の定ピンク坊主の染岡くんなどは怪訝そうにこちらを見ている。
「芥辺名前です。容赦するつもりは微塵も無いので覚悟してくださいね」
微笑んで見せれば何かが伝わったのだろう、選手たちに緊張が走るのが手に取るように分かった。
監督に抱えていたバインダーを手渡せば代表選手の名前が読み上げられていく。私と久遠監督で選び抜いた選手たちは、国内では強いかもしれないけれど一度国から出てしまえば勝つのは厳しいだろう。
その分鍛え甲斐もあるし、これからの伸びしろも楽しみなのかもしれない。
あるいは笑い、あるいは悔し泣き、またあるいは嬉し涙を見せる結果となった選考会は最後に円堂守の名前を呼び上げられ終わりを告げた。
早河さんが円堂や風丸に近づいているのを横目に彼らが私の元へと来て、懐かしい笑顔を向けてくれる。
「名前ってあの名前だよね?」
「そうだよヒロト。それともヒロちゃんの方が良かった?」
「もう、その呼び方はやめてよ」
久しぶりの再会にちょっと意地悪を言って悪戯っぽく笑えばヒロトも一緒になって笑ってくれる。
「名前ちゃん! 俺も覚えてる?」
「……どちら様でしたっけ?」
「ひどっ!」
「嘘うそ。覚えてるよリュウジ」
二人で笑い合っていると更に緑色が加わって。みんなで遊んで喧嘩して笑い合っていたあの頃を思い出した。
本当に騒がしくて懐かしい大家族だった頃の思い出。今はお兄ちゃんとりん子ちゃんにアスタロス、それにたくさんのペットたちに囲まれ慌しくも落ち着く生活を送っている。
二人に合うのは何年ぶりだろうか。引き取られてからはお日さま園にも連絡をして遊びにも行っていた。でも急にぱったりと連絡が取れなくなってしまい、そのまま誰とも会っていなかったので大体五年ぶりくらいだろうか。
そのことを二人に言うと三ヶ月くらい前テレビ見てなかったのかと問われたので素直に海外にいたことを伝えると何だか複雑な顔をされた。気になる。
4.第一接触難航中
なんやかんや三人で思い出に耽っていると向こうから派手な頭の女の子が走ってきた。もちろん早河楓だ。
女子には無関心という話だったので当然のごとく私は無視されヒロトたちに話しかけるものだと思っていた。
「芥辺コーチはじめまして、マネージャーをやってる早河楓です! これからよろしくお願いしまぁす」
そう思っていたからこそ彼女の行動は意外だった。私が上の立場だから媚びを売っているのか、それとも根はよい子なのか。
頭の中で考えを巡らせながら私の方こそよろしくね、と手を差し出せばその手は空を掴んだ。
挨拶はしてくれたのに握手は拒否されてしまった。つくづく噂どおりの子なのかもしれないと溜め息を吐く。
「そんなことよりヒロトとリュウジもあっちでみんなと一緒にお話しよ?」
「……ごめん。俺たち今は名前と話してるんだ」
「そっか……。ううん気にしないで! コーチさんとお話済んだらアタシとお喋りしようね!」
そんなことより呼ばわりされた私が木の陰から出てきたアスタロスを呼びつければ笑顔で私の元へ駆け寄ってくる。
この子は子供の演技がとても上手い。一般人に姿が見えるようにしている時は徹底的に子供を演じているのだ。
「可愛い! コーチの弟ですかぁ?」
「ええまあ」
「こんにちはお姉さん」
アスタロスがぺこりとお辞儀をして早河さんに笑顔を向ければ彼女はますます黄色い声を上げる。ちょっとうるさい。
満面の笑みでアスタロスの頭を撫でていると豪炎寺に呼ばれるがままに駆けて行った。まったく忙しい限りだこと。
早河さんが去っていったのを見計らってリュウジに本当に弟なのか聞かれた。今は一般人にも見えるようにしているとはいえこの子が悪魔であることは二人には言えない。
考え抜いた結果曖昧な笑顔を返すという答えに出た。普通の人ならば分からないだろうが二人は育ってきた境遇が違う、それ以上聞いてはこなかった。
「名前、この人たちは……?」
「私の幼馴染よ。覚えてない?」
「うーん、名前以外に興味ないから」
「それもそっか」
「? 名前ちゃん何の話してるの?」
「ううん、何でもない」
最後にお日さま園にいたときの私やヒロトたちは五歳くらいだったからなぁ、まあ覚えて無くても仕方ない。
アスタロスの手を握って、思い出したように私が気になっていたことを聞いてみることにした。
「それより、二人はあの子のことどう思う?」
「どうって……この間初めて会ったんだけど。何と言うかお日さま園にはいないタイプだよね」
「俺あの子苦手! 何か怖い……」
本性の見えない女の子ほど怖いものはないよね、とリュウジが眉間にしわを寄せた。
確かに見た目は可愛くて性格がきつい子は私も好きになれないや。どうやらヒロトも同意見のようで裏のありそうな子は苦手らしい。
もう大体察しているだろうけど一応早河楓について話しておくことにした。幼馴染がぶりっ子にデレデレしている様は見るに耐えない。
まあ早河さんの全て否定する訳ではないけれど、一応気をつけてという事と彼女に何かしらの変化があれば言ってほしいという事を伝えたかっただけ。
私の話を聞き終えて、リュウジはこれから大変だと眉尻を垂れ下げ、ヒロトは何も言わずただ頷くだけだった。
「……そういえばまだ言ってなかったっけ、二人とも日本代表おめでとう」
「ありがとう、名前コーチ」
「コーチお手柔らかにね!」
5.練習開始の日
アジア予選に向けての練習初日。選手たちがグラウンドに集まり久遠監督とコーチである私が前へ出て選手たちを一瞥する。
「今の貴方たちでは世界に通用しない」
私の言葉に選手たち全員が目を見開き疑問の声を上げる。その上久遠監督からは吹けば飛んでいく紙切れ呼ばわり。
日本の代表としてこの場に立っているにも関わらず、ぼろくそに言われていることに苛立ちを覚えている選手もいる。
けれども粉うことなき事実なのだ。ゴーグルで若干分かりにくいが、多分腑に落ちないといった表情の鬼道くんが声を荒げた。
「なぜそんなことがわかるんですか!」
「芥辺は今まで世界のサッカーを見てきた。その芥辺がそう言っているんだ」
確かに今のイナズマジャパンが世界に出ても通用しないとは私が言ったことだし、久遠監督も重々承知のことだった。
私は今までマネジメントの依頼を受けてきた。それは様々なスポーツチームからの依頼でありもちろんサッカーも含まれている。
その仕事は海外が多く数カ国ほどマネジメントをしてきたがどのチームもレベルが高く、技術力も協調性も全てにおいて問題なし。
日本だと帝国学園も私が介入していたけれど、イナズマジャパンはサッカーのレベルで言えば今まで見てきた中でダントツの最下位。
技術力もまだまだ荒いし基礎体力も負けている。何より協調性のかけらも無い。このままでは初戦敗退は目に見えている。
このことを言うと選手たちの士気に関わるので喉の奥に押し込んで、ただ監督の次の言葉を待つ選手たちを静観した。
「私たちはそんなお前達を一から鍛え直すよう頼まれたの」
我々のやり方に納得できない者もいるだろうけれど口答えは許されないこと。過去の実績に関係なく、試合に出たければ実力でレギュラーの座を勝ち取れと告げる。
私たちの言う通りに実行することだけを考えていればそれだけでいい、と自ら憎まれ役を買って出る久遠監督。そんな監督を見ながら溜め息を吐いたら軽く睨まれてしまった。おっと失礼、気を取り直して選手たちの方へ歩いて行き口を開く。
「これが今日の練習メニューよ。意見のある子は後で私の所へ来なさい」
本日分のメニューが書かれた紙の束を鬼道くんに手渡し踵を返す。選手たちは気にくわない様子でも一応練習を開始した。
タオルやドリンクの用意をする他のマネージャーを他所に一人黄色い声援を飛ばしている早河さんに声を掛ける。
「みんながんばれぇー!」
「早河さんさん、応援するのはいいけれどマネージャー業もしっかりね」
「アタシちゃんと仕事してますよぅ!」
どうだかね、声には出さずに視線を元に戻して私は一人マネージャーたちのいるベンチへと足を運ぶ。外の水道で作ったドリンクをクーラーボックスに入れていた春奈ちゃんがこちらに気付いた。冬花さんに仕事を教えていた秋さんも手を止めて私に声をかけてくれる。
「あ、芥辺コーチ。どうしました?」
「名前でいいよ。年齢も秋さんと同じだから敬語もいらない」
三人に笑いかければ秋さんたちも可愛らしい笑顔で返してくれる。早河さんを含めマネージャーは可愛らしい子が多い。
今後私もマネージャー業の手伝いをすることと、何かあったらすぐ私に言ってほしいということを三人に伝える。
そういえば目金くんもマネージャーの仕事をしているそうで、グラウンド全体がよく見える位置でビデオを回していた。彼は今私の目の届かない所を記録するという重要な仕事をしているので話しかけず、私は本題に入る。
「食事の献立を考えたいから誰か手伝ってくれない?」
「じゃあ私がお手伝いします!」
「春奈ちゃんありがとう。助かるわ」
久遠監督が選手たちに細かく指示を出す声をバックに、気合十分といった春奈ちゃんを連れて宿舎へ入っていく。
6.献立会議は順調です
宿舎の食堂で私と春奈ちゃんは今後の食事メニューについての小さな会議を開いていた。
とりあえず向こう一週間の献立を、選手たちの好物等を配慮しつつ和洋中の偏りの無いように立てた。さらには旬な食材を取り入れたりデザートも用意して調理する側にも予算的にも問題の無いような献立が出来たと思う。
後はこれを私がパソコンに入力し選手たちの練習量を考慮しながら栄養のバランスとカロリーが見合うよう食材を変えたり量を決めるだけ。まあ一週間分なのでまた春奈ちゃんか他のマネージャーたちと一週間分ずつ食事内容を決めていきましょう。
「よし。お昼ご飯作るまでまだ時間もあるし、少しお茶でもしてお話しよっか」
「じゃあ私紅茶入れますね!」
「ありがとう」
ひと段落着いたところで食堂の窓からグラウンドに目をやれば、私の渡した練習メニューをこなしている選手たち。
紅茶を用意してくれた春奈ちゃんに再びお礼を言って二人で一息ついた。紅茶おいしい。
「そういえば名前さんってお兄ちゃんと面識があるんですか?」
「お兄ちゃん……ああ、鬼道くんね、あるわよ」
確かあれは去年のフットボールフロンティアの時期、影山さんの依頼で帝国学園へ行った時だった。
いつものようにマネジメントの依頼で、四十年間無敗を誇っている帝国学園サッカー部だったがより確実なものにするために私のマネジメントを必要としていたらしい。
その際にキャプテンである鬼道くんを始めとする帝国イレブンと出会ったのだ。FFの結果はもちろん帝国の優勝で幕を収めた。
でも何故そのことを春奈ちゃんが知っているのかと疑問に思ったが私がコーチとして現れたのは昨日。なんら可笑しな点はなかった。
「昨日お兄ちゃんに名前さんのことを聞いたんです! 同い年なのに賢くて誰よりも大人な人だって」
「ふふ、そんな大人じゃないよ」
皮肉なものだ。悪魔を使役するようになって考え方も言動さえも歳不相応になってしまった気がする。
まあこれも私自身なのだから仕方無いことだけど、事務所にいるであろう面々の顔を思い出している私は相当変な顔をしていたのか春奈ちゃんが小さく笑った。
「そんなに変な顔してた?」
「いえっ、可愛らしい顔でした!」
「もー、嘘ばっかり」
「嘘じゃないですよー」
どうだか。わざとらしく頬を膨らませれば春奈ちゃんが再び笑う。釣られるように私も笑った。
時間もいい頃合いなので出来上がった献立を元に、春奈ちゃんと二人で昼食作りを開始することにした。
代表選手とマネージャーと私、監督は大人なので量は多めに、おかわりのことも考えると人数分より多めに作っておこうということで、昼食作りは大忙しね。
調理中も私たちの会話は途切れることがなく主に春奈ちゃんが話題を振ってくれる。年頃の女の子は話題も可愛らしい。最初はヒロトとリュウジとの関係を聞かれた。昨日私と親しげに話しているのが気になったみたい。それから話はころころと変わっていき、最終的に早河楓の話になっていた。
「名前さんは早河先輩のこと、どう思いますか?」
「早河さんね……あの子仕事してないでしょ」
「そうなんですよ! 私たちが一生懸命仕事しているのに自分は応援しかしてなくて、なのに自分が用意しましたって顔してドリンクとかタオルとか配るんですよ!」
まさに爆発したという風に春奈ちゃんの中に溜まっていた早河さんへの鬱憤が口から次々と出てくる。
選手の中でもかっこいい人しか応援はしないし声もかけない、女生徒への態度も悪いし、そのことを言っても誰も信じようとしない。
むしろ早河さんを非難した人が悪者であるように仕向ける。意地の悪い性格をしているのだとため息を吐いた。
春奈ちゃん自身、初めて会った時は可愛らしく態度も愛想も良かったので良い先輩だと思っていた分、本性を見たときの裏切られた感じが未だに忘れられないのだと、泣きそうな顔で私に訴えた。
「大丈夫よ、私は春奈ちゃんたちの味方だから、何があっても私は貴女を裏切らない」
「……っ、名前さん!」
とたんに春奈ちゃんの大きな瞳から涙が溢れ、私に勢いよく抱きついた。
それだけなら良かったのだけど生憎今は調理中、私の右手には包丁、春奈ちゃんの傍らには火にかけた寸胴なべ、この状態で抱きつくのは危ないから!
「あっ、ちょっと待って、危ないって! 包丁!」
7.誰が作った?
初日の午前練習の終わる時間を見計らい出来上がった昼食を皿に盛り付けカウンターに乗せていくと丁度タイミング良く選手たちが次々と食堂に入ってきて、トレーにそれぞれを乗せてテーブルに着いた。
早河さんは風丸くんたちに囲まれ楽しげに会話をしながら入ってきて他の選手たちと同じように昼食を持って行く。
秋さんと冬花さんと目金くんは少しだけ後片付けをしていたらしく選手たちとは遅れて食堂に来た。
「うんめー!」
「美味いッスー! おかわりあるッスかね!」
「おかわりはあるから、ゆっくり落ち着いて食べなさい」
練習で疲れたのか消費した分を補うよう勢い良く掻き込む子たちにゆっくり沢山噛むよう促す。みんな私の言葉に頷いて沢山噛むことを意識して実行している。ただそこまでは良かったのだ。
壁山くんがお代わりの催促をしてきた頃、今まで侍らせていた選手と和やかに食事をしていた早河さんが口を開いた。
「みんなお昼ごはんおいしい? みんなのことを思いながらアタシが作ったんだよぉ!」
「そっか。楓は料理が上手いな!」
語尾にハートが付きそうなくらい甘ったるい早河さんの発言に、円堂くんだけではなく他の選手たちも彼女が昼食を作ったのだと信じてしまっていた。
私の隣で文句を言いたそうに眉間にしわを作る春奈ちゃん。今日の昼食は私と春奈ちゃんの二人だけで作ったのだから当然だ。
なるほどこれが彼女の手口というわけか。春奈ちゃんはそのことを知っているのか耐えるように下唇をかみ締めている。
秋さんたちも私たちが作ったものだと分かっていたのだけど男たちがあまりにも早河さんを擁護するので何も言えなくなり、困ったように私を見つめている。
「……はあ、この昼食は私と春奈ちゃんが作ったのよ、早河さんは何一つ手伝っていない」
「コーチ、何を言い出すんですか!」
「そうですよ! 楓さんが嘘付くわけないじゃないですか!」
事実を告げているだけなのにそれを欠片も信じようともしない子たち。その目には早河さんしか見ておらず他の何にも目を向けていなかった。
これ以上言っても無駄であることを感じ、私は説明も何もせず春奈ちゃんを庇うよう立てば鬼道くんが立ち上がった。みんなの注目を浴びながら食べ終えた食器をカウンターに置き、春奈ちゃんに近づく。
「春奈、コーチの言っていることは本当なのか?」
「お兄ちゃん……本当だよ。私と名前さんで作ったの」
「……そうか。美味かったぞ」
選手たちには見えない角度で早河さんに睨まれている春奈ちゃんが眉尻を下げて私を見た。大丈夫だよという意味をこめて彼女に笑みを向ければ安堵の表情を浮かべる。
そして鬼道くんの質問にはっきりと答えた。春奈ちゃんの自信に溢れた言葉に鬼道くんは口角を上げ、彼女の頭を撫でた。その光景があまりにも微笑ましく、同時に事務所にいるであろうお兄ちゃんを思い出した。
鬼道くんが食堂から出て行ったのを見送って、待ってましたと言わんばかりに早河さんが口を開く。
「ぐすっ、コーチも春奈ちゃんもどうして嘘吐くの? アタシを困らせてそんなに楽しい?」
「嘘じゃありません!」
手で顔を覆いながら泣いているような声色で、まるで私たちが嘘を突き通しているような物言い。
今までは秋さんたちと同様に何も言えなかったであろう春奈ちゃんが強く言い返してくれるがそれも無駄。選手の半数は私たちが嘘を吐いていると信じて止まないようで、特に風丸くん豪炎寺くん虎丸くんは彼女を囲み私たちを睨みつける。
「そういえばコーチ、何で楓さん以外のマネージャーはコーチとタメ口なんですか、楓さんは差別ですか」
「私は差別をしているつもりはないわ、挨拶をしているとき早河さんがいなかっただけで」
「楓はマネージャーとしての仕事をしていたんだから仕方ないだろう!」
ええ、選手たちに黄色い声援を送ることがマネージャーとしての仕事と言うならばね、と喉まで出掛かった言葉を飲み込む。その代わりに早河さんや選手たちも私に敬語を使いたくなければ要らないのよと微笑み返せば明らかに機嫌が悪くなった。
別に彼らの機嫌取りをするためにここにいる訳ではないので彼らに嫌われようと恨まれようと気にしない。悪魔使いがただの人間に負けるはずもない。
私に何を言っても埒が明かないとようやく理解したのか、豪炎寺くんが首を振る。
「楓行こう。こいつらは話にならない」
「……うん。ごめんね」
あからさまに泣く演技をする早河さんを連れて早河擁護班は食堂から去っていった。ちなみに昼食は綺麗に平らげられている。
擁護班がいなくなり食堂には私と、早河さん以外のマネージャー、それと選手が数名残されており私を含めてみんな呆れた顔をしていた。選手で残っているのはヒロトとリュウジを始めとして、一年生では栗松くんに壁山くんと木暮くん、意外なところで不動くんも残っている。
「貴方たちは早河さんに付いていかなくて良かったの?」
「名前は知ってるでしょ、俺があの子苦手なの!」
「俺も緑川と同じだよ」
リュウジとヒロトの言葉に同意するように立向居くんを除く一年生組が強く頷いた。
「それにしても不動くんが残ってるって何か不思議」
「別に。俺はただ飯のお代わりもらいてーだけだよ。それにあいつが昼飯作る時間なんて無かっただろ」
「そうなの?」
「確かにそうでヤンス!」
私は春奈ちゃんと宿舎にいたので外での様子は知らない。みんなの話によれば常に選手たちの目の届く場所におり、仕事らしい仕事もタオルやドリンクを配る程度。
そんなことも解らないなんて、早河さんを擁護している人はどれだけ盲目なのかしら。しかし恋は盲目では片付けられない点がいくつかある、あまりに周りが見えていなさすぎだ。何か裏がありそうね。
8.練習で流す汗は美しい
あの一件以来一部の選手たちはあからさまに私を敵視するようになったのだが、立場上コーチである私に公な文句を言うことが出来ずにいた。本当にコーチという立場を用意してくれた久遠監督に感謝せねばいけない。こんなに面白いポジション他にはない。
早河さん以外のマネージャーは常に私が状況を把握できるようにしているがそんな心配もなく、今まで通りといったところだろう。昨日早河さんに立ち向かった春奈ちゃんにでさえ、選手たちから敵視されてはいない。あくまでも早河擁護班の敵は私一人らしい。
しかし早河さん以外のマネージャーと一部の選手たちは私の味方であると昨日強く宣言された。特にヒロトは執拗以上に言われ少しうざったかった。
マネージャーに危害を加える様子もないので、彼女たちと一緒にいることもない。私のために用意された簡素な部屋で事務所の書類に目を通していたら、夕刻に春奈ちゃんと選手たち数名が訪ねてきた。
「名前さんは知っていたんですか? 久遠監督のこと」
「ええ、知ってるわ」
春奈ちゃんの質問にただ端的に答える。監督のことというのは十中八九彼の経歴のことだろう。
一緒に選手たちを育てていく立場として監督の経歴は知らないより知っておいた方が良い。私はただ興味本位で彼の事情を知った。
彼が過去にサッカー部部を潰したという話には真相があり、彼らがそれにたどり着けるかどうかで今後のイナズマジャパンが決まる。まあ私は助言するつもりもなければ彼への不信感を取り払うつもりも毛頭ない。
それで私が彼の表向きの経歴の事柄に荷担していると疑われてもそれまでのこと。これ以上この子たちの騒ぎに巻き込まれるのは面倒くさい。
「それじゃ、私は家に帰るわ。貴方たちは私がいない方が良いでしょう?」
一部の子たちに向けて言った言葉に春奈ちゃんの表情が曇る。彼女も自分に言われているのではないと解ってはいるが、私が警戒せざるを得ない現状がやるせないのだろう。不可解な違和感が拭えぬ限り出来るだけ隙を作りたくない、ただそれだけの理由だ。
選手とマネージャーはこの宿舎で寝泊まりをしているので、早河さんやその擁護者たちと同じ屋根の下で寝るのはなるたけ避けたい。私が悪魔使いとはいえ元は単なる女子中学生だ。警戒するに越したことはない。
書類をバッグに仕舞い、帰路に着くべく彼らの間を通った際誰かに足を引っ掛けられ転びそうになった。
何とか体勢を持ち直し眉間にしわを作りながら振り返れば、犯人と思われる人物自ら口を開いた。
「あっ、ごめんね。僕足が長いからさ」
言葉とは裏腹に全く悪びれる様子のない吹雪くん。口元には薄く笑みを浮かべている。
「別に気にしていないわ。そんなに足が長いのならば走り込みの距離を倍にしましょうか」
他の選手と歩幅に不公平が生じるものね、そう笑顔で返したのが気に食わなかったのか、彼はむっすりと不機嫌になった。文句を言いたげな吹雪くんを横目に、宿舎を出て帰路に着いた。
事務所へと戻る道中、今日は気晴らしを含めて河川敷の堤防を歩いていた。というのは半分冗談で本当は気晴らしではなくある人物に会うために堤防を歩いていたのだ。
「いたいた」
試合前であれば選手の入れ替えは自由に出来るので代表落ちした選手でもチャンスは十二分にある。現に染岡くんのように特訓している選手は他にもいる。ならば私はその選手たちがいつイナズマジャパンに入っても他の選手たちに付いていけるよう特訓のサポートをするだけ。
諦めている子は別として、諦めず代表入りの特訓をしている子には私お手製の特訓メニューを渡している。今日もそれを渡すためにここを通っていたのだ。堤防の階段を降りて河川敷のサッカーコートで特訓をしている染岡くんに近づく。
「……何の用だよ」
「そんなに警戒しなくてもこれを渡しに来ただけよ」
数枚の紙の束を受け取り内容を読むや否や表情が変わった。驚いたような、それでいて希望に溢れた少年の顔。余計なお世話だと突き返される可能性も考えてはいたが、どうやらその心配は杞憂に終わったみたい。
ただがむしゃらに特訓をするだけでは身につく物も身につかないということで、効率の良い練習方法や休憩の取り方、サッカー選手としての長所と短所も大まかにだが書いてあるので参考にして貰えればいい。
きっと彼ならば有効利用してくれるだろう、彼が日本代表に加わる日が楽しみだ。もう用はないし早く帰って晩御飯を作らなければと踵を返した時だった。彼に引き留められる。
「何で俺にそこまでしてくれるんだよ」
「私は努力する者の味方だからよ。イナズマジャパンのコーチとして貴方がどれだけ成長出来るか期待しているわ。頑張ってね」
「……おう。サンキュな!」
染岡くんが気合いを込めてボールを蹴る音を聞きながら私は河川敷を後にした。
9.初戦に向けて
アジア予選一回戦目の相手がオーストラリア代表ビッグウェイブスに決まった。彼らはボックスロックディフェンスというボールを持った選手を四人で取り囲むタクティクスを持っている。それを打ち破るには広いグラウンドで練習をするより個室で個人技を磨き、文字通り箱からの脱出法を見出した方が良い。
しかしその練習方法だと基礎体力の維持及び向上に問題が生じるのだが、久遠監督は頑として部屋での個人練習をさせたいらしい。せめて基礎体力の維持を目的とした部屋で出来るトレーニングメニューを一人ひとりに与えるということで私は妥協した。
「れ、練習禁止!?」
ビッグウェイブス戦までの期間合宿所から出てはいけないという久遠監督の言葉に、選手たちはその意図が分からず困惑していた。練習禁止なんて私たちは一言も言っていないのに、そう捉えてしまっていた彼らに私は冷ややかな視線を送る。
集団心理とは恐ろしいもので、誰か一人がそう言えばそれが伝染しみんなそう思い込んでしまうのだ。今まさにその状態である。
チームとして完成していないので連携を高めるために使うべきだと言う鬼道くんの意見も一理あるがメンバーの八割は各々顔見知りであり、かつて同じチームに所属していたとも聞く。ならば今優先すべきことはチームの連携を高めることではなく一人ひとりの実力を高めていくことなのだ。
集団で生活をしていればチームワークなんて嫌でも身につくが実力や体力なんかは特訓しない限り身に付かない。
「これは基礎体力を維持するためのメニューとなっているので各自部屋でやっておくこと」
一人ひとり内容が異なっているので名前ごとに渡していくのだがやはりと言うべきか、私を敵視している人は素直に受け取る気はないらしい。風丸くんはさりげなく私の足を蹴ろうとしたのでしっかり避け、豪炎寺くんは受け取る気配がなかったので髪に刺してあげた。
それから終始睨みつけている飛鷹くんにはちゃんと睨み返してあげた。せっかく馬鹿でもサルでも分かるサッカールールも書き足しておいてあげたのに。他は吹雪くんと虎丸くんも攻撃を仕掛けてきたのだが先ほどの三人同様小学生レベルの嫌がらせだったので割愛。
あとはみんな素直に受け取ってくれた。まあ受け取ったところでやるかやらないかは本人次第なのだけど。
その後私と監督を除くメンバーは軽くミーティングを済ませ、指示通り各々部屋に戻った。マネージャーはそれぞれ洗濯や調理などの仕事があるのだが早河さんは選手と一緒に宿舎の二階へ行ったので誰かの部屋にいるのだろう。
触らぬ神にたたりなし。面倒事に自ら首を突っ込むのは私の性分に合わないということで放っておくことにしよう。
私は宿舎の玄関に置かれた椅子に座って待機。同じく一階の階段付近に久遠監督が待機し選手を監視している。
オーストラリア戦までの間ずっとこの状態が続くのだと思うとうんざりする。
ただ座っているだけなんてアホらしいのでコーチング作業をすることにした。サポート役としてアスタロスを召喚しよう。
誰かに見られては厄介なので、監督には必要なものを取りに行くと言い魔法陣の書かれた布を部屋に広げた。
『名前ー!』
「よしよし」
召喚するなり抱きついてきたアスタロスを抱き留めて、布をトートバッグに仕舞い玄関へ戻った。
円堂くんたちがどうにか練習をしたいと騒いでいる音声を聞き流しながら今後の練習メニューについて考える。
しかし話はいつの間にやら今日の晩御飯のメニューに逸れていき、最終的にハンバーグに落ち着いた。りん子ちゃんも食べていくかな。
「監督、帰らせてください!」
「……分かった。今日はもういい」
ふと気付いたら虎丸君と久遠監督の声がした。家の定食屋を手伝いに戻るのだろう。私は玄関にいるので必然的に宿舎から出るべく靴を履き替えている虎丸くんと目が合うと途端に彼は不機嫌になる。
「……何ですか? ちゃんと監督の許可はもらいました」
「何も言ってないわ。親孝行頑張りなさいね」
「! 言われなくてもわかってますよ。ふんっ」
知った口をきくなと言いたごにそっぽを向いて足早に帰って行った。小学生はこれぐらい生意気な方が子供っぽくて可愛げがあると思う。小さくなってゆく小学生の後ろを眺めていると今度は綱海くんの声がした。とうとう動いたか。
ビッグウェイブスは海の男たちと言われており、サッカー選手以前に海をこよなく愛するサーファーである彼はビッグウェイブスを快く思っていないはず。それに加えて狭い空間での練習は彼の性格には合わないので、どこかで隙を見て抜け出すことが予想されていた。
我々はそれを見越して、久遠監督はトイレかどこかへ行き彼が逃げ出す隙を与え私は彼に近場の海までの地図を渡す手筈となっている。案の定綱海くんは久遠監督から逃げ出すことに成功し、玄関まで走ってきた。
「げっ。芥辺……コーチ」
「芥辺で構わないわ。それとこれ」
「地図?……って引き止めねえのかよ?」
「ここで引き止めても、貴方また脱走を企てるでしょう?」
私の言葉に図星だったのか照れたように頭を掻く。彼は確か早河さん側の人間のはずなのに私であっても分け隔てのない。
竹を割ったような性格とはよく言ったもので、彼ほど当てはまる人を見たことがない。無意識に笑みを浮かべていたらしい。彼が目を丸くして私を見つめていた。
「どうかした……?」
「い、いや何でもない。芥辺って何か思ってたのと違うのな!」
「そう……本当の海の男がどちらか、証明してみせなさい」
「おう!」
にかりと笑った彼を見送って私は今度こそコーチングの作業に戻る。オーストラリア代表ビッグウェイブス戦で彼はキーマンとなるでしょう。
10.一難去ってまた
我々の予想通りオーストラリア戦は綱海くんの活躍もあって、無事勝利を収めた。
一見理解しがたい特訓方法だったがイナズマジャパンの選手たちにはあれが適していたらしい。これは良いデータがとれた、今後の練習メニュー作成に利用しましょう。
再び通常の練習メニューに戻ったイナズマジャパンの選手たちは、初戦を勝ち抜いたことで次の試合に向けて気合十分といったところ。
次の対戦相手はカタール代表デザートライオン。カタール国がよく分からない人にはドーハの悲劇と言えば少しは伝わるかもしれない。
「このチームの特徴は疲れ知らずの体力と、当たり負けしない足腰の強さを備えていることだそうです!」
春奈ちゃんの情報にみんなが耳を傾ける。私と監督は事前にそれ以上の情報を入手していたが敢えて私たちからは伝えない。
彼女の情報収集能力の高さを知っていたし彼らも信頼している人間から聞いた方がすんなり頭に入るだろう。
デザートライオンのデザートとは食後に食べるスイーツのことではなく砂という意味のdesert、国内の半分が砂漠の平野であるだけあって体力と持久力は今大会でも随一と言えるだろう。
「彼らと戦うには基礎体力と身体能力の強化が必要だ。カタール戦までにこの2点を徹底的に鍛えること。いいな」
監督はそれだけ言うと後は芥辺に任せたと言わんばかりにさっさとグラウンドから出て行った。まあ私に丸投げしたとしか思えないが、そこは信頼されていると思い込むしかない。監督に言われた言葉の通り基礎体力と身体能力の強化をするべくどんな練習が良いのか考え始めた選手たち。
「とは言っても、どんな練習をすればいいんだろう?」
「そんなもん走り込むしかねえだろ。走って走って走りまくって強い足腰を身につけりゃいいんだ」
悩む円堂くんにビシリと綱海くんが言い切ったのでみんなもそれが正しいのだと思いこんでしまった。
確かに走り込みは手っ取り早く足腰を鍛えられるが、仮にも日本を代表している人間たちがそんな小学生のチームみたいな真似しないでほしい。日本代表のコーチである私の名にも傷が付くってもの。
「みんな待ちなさい」
「どうしたんだ? 芥辺」
「円堂、あいつに構うことはない。走り込みに行くぞ」
「いいから。コーチの話を聞きなさい」
「豪炎寺もみんなも、コーチの話を聞いた方がいい」
鬼道くんの制止は仏頂面の豪炎寺くんも黙らせる効果があるらしい。それほど彼はこのチームのメンバーに信頼されている証拠ね。
やはり鬼道くんは他の選手たちとは違う、己の感情だけで動かず物事を客観的に捉えることが出来る数少ない人材。どのスポーツのどんなチームへ行っても主将を任されるタイプ。
鬼道くんの言うとおりコーチの話を聞くのが選手の役目。私に注目したのを見計らって口を開く。
「ただがむしゃらに走り込まないで、どこを鍛え何を伸ばすのかを意識しながら走って」
話をしながら各選手ごとに作成したデータを渡していく。今までの練習メニューとは違って今回渡したデータは各個人の足の速さや持久力、走る際のフォームの改善点など、デザートライオン対策のヒントになるであろうポイントを私独自の方法でデータ化したものだ。まあオーストラリア戦時点でのデータなので多少誤差はあるがそこら辺はご愛嬌。
この中では風丸くんが速さフォーム共に素晴らしい、さすが元陸上部といったところだろう。ただ持久力とメンタル面はあまり良いとは言い難いが。走ることに関してのみのデータで、ポジションごとのデータはまだ纏めていないので私はそれを纏める作業をしなくてはいけない。
「私は部屋にいるから、何かあったら呼びに来て」
たぶん呼びに来ることはないでしょうけど一応形式的に言っておくことにした。
宇都宮くんあたりは今日も家の定食屋の準備などがあるだろうから早い内に帰るでしょうね、今度りん子ちゃんと一緒に行ってみようかな。
どうせ誰も来ないのだからとアスタロスを召喚し、書類の整理を手伝ってもらうことに。相変わらずアスタロスは素直で良い子、と言ってもソロモンリングを外したら私なんかよりもっと大人なのだけどね。
11.阿呆の浅知恵
先日初戦を観ながら紙に走り書きしておいたデータをアスタロスが読み上げ、私がパソコン画面と向き合いひたすらに入力していくだけの作業を延々としていると不意に扉がノックされた。
マネージャーの誰かが昼食の時間を知らせに来たのかとも思ったが時計を見やればまだ十一時をちょっと過ぎた頃。
「名前ちゃんいるんでしょ? 入るよ」
私の返事も待たずに早河さんが部屋に入ってくる。私を快く思っていないはずの彼女が一人でここに来るなんて珍しい。
悪魔は意図的にしない限り一般人には見えないからアスタロスが何かしない限り大丈夫でしょう。ソロモンリングを施していてもアスタロスは聡明だ。すぐに邪魔にならない場所へ避難しただじっと私たちを見ているだけ。
これで彼女にアスタロスの気配すら感じることは出来ないだろうと思っていたのに、彼女はすぐさまアスタロスの方を見た。
「あ、弟くんも来てたんだね、ってそうじゃなくって!」
彼女は今アスタロスを見て私の弟と言った。初めて会った時に弟と紹介していたので彼女の言動はなんら可笑しくない。何が可笑しいのかと言うと彼女は、早河楓はアスタロスが見えているのだ。
基本情報として悪魔を見ることができるのは、悪魔使いやその才能を持つ者だけでである。唯一の例外として悪魔自身がその気になって一般人にも、任意的に姿を見せるようにすることは可能である。現に選考会のときは任意的に姿を見せていたしその場にいたヒロトやリュウジ、他の選手たちも見えていた。
しかし今は悪魔使いである私にしか見えていないはず、なのに早河さんも見えているということは彼女は悪魔使いかその才能を持っているということ。
「ちょっと無視しないでよ!」
「ああ、ごめんね。それで用件は?」
「あたしの邪魔しないでって、一応言いに来たの」
邪魔というのは早河さんがスムーズに男を侍らせられるよう私も他の女子同様出しゃばらず地味に活動しろということか。
目の前で笑う早河さんは性格の悪い女というより悪戯を企てる子供みたい、と同い年の子供である私が言ってみたり。生憎私は他人のために自分を殺すような人間ではない、あのお兄ちゃんの妹ですから。
「はいわかりました、って言うとでも思ってるの?」
「ふーん。まあそうなるのは分かってたけどね。名前ちゃんがその気ならあたしにだって考えはあるんだから!」
どんなことをしてくれるのか楽しみにしているとおもむろに自分の頬を強く叩いた。
一瞬気でも狂ったのかとも思ったがすぐにその意図を理解した。勝ち誇った笑みを浮かべると彼女は力いっぱいに腹から声を出して叫んだ。
「きゃあああっ!」
甲高い彼女の声は宿舎中に響き渡ると同時に私の耳を劈く。アスタロスも私と同じように耳が痛いのだろう、顔をしかめている。泣き崩れる彼女の演技が余りにも幼稚で私はただ呆れるばかり、デスクに肘をついて頬杖をついた格好でこの三流小説のような展開がどうなるのかを見ていた。
暫くするとまだ午前練習の終わる時間じゃないのにぞろぞろと集まってくる選手たち。練習をサボるとは何事か。
赤く腫らした右頬を押さえて泣き崩れている早河さんと椅子に座ったまま眉間にしわを寄せ呆れた顔をしている私。一般人にアスタロスは見えないので現状を見れば私の部屋に二人きり、現状証拠だけならば私が犯人なのは火を見るより明らかだ。
部屋の入り口で泣いている早河さんを目の当たりにした円堂くんは声を荒げて彼女に駆け寄った。
「楓!?」
「ほっぺたが真っ赤じゃないですか!」
円堂くんを筆頭に早河擁護班が続々と部屋に入ってきて、豪炎寺くんは泣いている彼女の肩をそっと抱いた。
「……楓、何があった?」
優しい言葉を掛けているが豪炎寺くんはすでに私がやったのだと決め込み、睨みを利かせている。宇都宮くんや風丸くんに至っては今にも殴りかからんばかりに握った拳を震わせる。
皆一様に、ゆっくりと紡がれていく早河さんの言葉に耳を傾けた。私は戯れ言を聞く義理はないので膝の上に乗ってきたアスタロスに手首の疲れを癒やして貰った。
「お昼ご飯が出来たから名前ちゃんを呼びに来たの。そしっ、たら、あたしが気に入らないって、急に叩かれて……」
「楓もういい。手当てするから行こう」
「芥辺! コーチなら何をやっても良いのか!」
逆上した風丸くんが私に殴りかかろうと拳を上げた瞬間誰かが小さく悲鳴を上げた。そしてそのまま私の顔目掛けて振り降ろされた。
12.正しいは疑わしい
怒りで我を忘れている風丸の拳を止めたのは円堂だった。
「止めろ風丸!」
「どうして止めるんだ円堂! あいつが楓にやったことに比べれば……!」
取り押さえられてもなお風丸は芥辺に殴りかかろうと必死で円堂一人では持たないと考え、風丸が落ち着くまで壁山に押さえてもらうことにした。壁山は昼食の件でも芥辺を支持していたと聞くし、少なくとも争いごとが苦手な奴だから大丈夫だろう。
そんな光景を見ながら俺はひたすらに頭を冷やしていた。こういう状況に陥ってしまったら一番に必要となるのは物事を客観的に見ることだ。
ちらりと芥辺に目を配れば、殴られる寸前だったというのに当の本人はまるで他人事のようにそ知らぬ顔をしている。自分が犯人であることへの開き直りか。それとも。まあどちらにせよ芥辺名前は本当に不思議な女だ。
「とりあえず虎丸たちは早河の手当てを。それ以外の人たちは食堂で待機していてくれ」
早河の手当てを虎丸と吹雪に任せ、後はどうしても残りたい人だけ残ってもらうことにした。風丸もこのままここに居ては良くないと壁山たちと一緒に食堂で待機しておくように言う。マネージャーたちも昼食作りの途中だということで作業に戻ってもらったのだが、春奈だけがこの場に残った。
「どうした春奈、何かあったのか?」
「お兄ちゃん、名前さんは絶対にやってない」
私は名前さんを信じてるから、それだけ言うといつもの笑顔を浮かべて走っていった。俺の妹は相変わらず可愛いな。しかしそんな春奈の言葉とはいえ、一概に芥辺の無実を信じるわけにはいかない。俺はあくまで中立的な立場で居る。
部屋には俺と円堂と豪炎寺、ヒロトに緑川そして芥辺の五人だけが残った。芥辺は相変わらず詰まらなそうに肘をついており、その態度がさらに豪炎寺を煽る。ふつふつと湧き上がる怒りを必死で押さえているのがよく分かる。
「芥辺、本当にお前がやったのか?」
「名前はやってない」
円堂の問いかけに答えたのは芥辺ではなくヒロトだった。そのヒロトに同意するよう緑川が芥辺の弁護に回る。確かヒロトと緑川は彼女と顔見知りのようだったし、ここにいる誰よりも彼女のことを知っているから敢えてここに残ったのだろう。
しかし監視カメラがあるわけでもないし現状証拠では確実に芥辺が犯人だ。芥辺が弁解したところで豪炎寺には伝わらない。案の定早河を好いている豪炎寺はヒロトたちを睨みつける。
「楓は芥辺とこの部屋に二人きりだったんだ。そして楓が怪我を負っている。決定的だろう」
「二人きり……?」
豪炎寺の言葉にヒロトが何かに引っかかったよう首をかしげた。二人きりと言う言葉に疑問を抱いているようだが俺たちが駆けつけたときは確かにこの部屋には泣き崩れた早河と呆れ顔の芥辺しかいなかった。
その呆れ顔が何を意図するのかはわからないが、今回の事件には何らかの謎が孕んでいるような気がしてならない。
ここまで一言も発しない芥辺に対してとうとう豪炎寺が怒りをむき出しにした。
「芥辺! 何か言ったらどうなんだ!」
豪炎寺が壁を殴りつける鈍い音が響く。芥辺以外の女子だったらきっと泣き出してしまうのではないかという雰囲気に俺たちは何を言っていいのか分からない。
今の今まで沈黙を続けていた芥辺が溜め息を漏らす。自分の犯行を肯定するのか否定するのか口を開いたが出てきた言葉はどちらでもなかった。
「ここで私がやってませんって言ったら信じてくれるの?」
彼女の言葉にはただ俺たちに対する疑心しかなかった。誰も信用していない、そんな言葉。
芥辺の厳しい視線に俺も豪炎寺もたじろぐ。俺も中立な立場と言いつつ心のどこかで芥辺を疑っていたのが彼女には伝わっていたのだろう。
そんな重苦しい雰囲気で真っ先に言葉を発したのは円堂だった。
「俺は信じる」
「円堂……?」
「楓も信じてるけど名前がやってないって言うんなら俺は名前も信じる!」
キャプテンがどちらかを疑えば、疑っていなかった奴らもその人を疑ってしまうと言うことを円堂は分かっているのかもしれない。もしくは早河も芥辺も仲間だと思っているからどちらも疑いたくないといったところだろう。
どちらにせよ円堂らしい答えに俺はほっとしたが、豪炎寺はそうは思っていないのか舌打ちをして部屋から出て行った。
「みんなには俺から言っとく。だから名前も食堂来いよな!」
「俺はもう少しここにいるよ」
「あっ、俺も!」
「わかった。午後練習には間に合うようにな!」
円堂に続くよう部屋を出ようとした俺を呼び止めた芥辺、首をかしげる俺に対して芥辺が笑みを浮かべる。
「鬼道くん、貴方なら気付けるはずよ」
その意味深な笑みに俺はただ頷くことしか出来なかった。今回の事件、最初から見直す必要が有りそうだ。
13.ようこそ、あちら側
円堂くんたちがいなくなって先ほどまでの騒がしさが嘘みたいに、名前の部屋は静寂で包まれた。
悲鳴を聞いて駆けつけたときは本当にびっくりした、名前が早河さんを叩くわけないのにみんなが名前を疑い始めたから。
俺と名前はお日さま園に入る時期が殆ど同じで、文字通り幼馴染みのような関係だった。毎日一緒にいたし名前が芥辺さんに引き取られても毎週遊びに来てくれた、きっと誰よりも名前のことを知っているだろう。
エイリア学園として始動し始めて終焉を迎える五年くらいはお互い音信不通だったけど、たぶん俺が一番理解している。だから一番に名前が犯人じゃないと否定したし、今でもその考えは変わらない。
「円堂くんってお人好しね。あんなに人を疑わない人初めてかも」
だからみんなが付いて行くのかもね、そう呟く名前の表情がどこか儚げで抱きしめたい衝動に駆られるがここは我慢だ。
良い意味で空気を読めてない緑川が名前に話を振ってくれたので俺的には本当に助かった。
「それにしても焦ったよー。急に悲鳴が聞こえたもんだから」
「ヒロトとリュウジも、私を信じてくれてありがとう」
「名前はどんなに気に入らない相手でも女の子には手を上げないからね」
「男には容赦ないけどね!」
「リュウジ、殴られたい?」
「ひぃーっ」
「ふふ、冗談よ」
いつも大人びていると思われているけど俺たちに対してはちゃんと年相応の女の子だ。ふわりと微笑む名前は何年経っても変わらずに可愛い。
ベッドに腰掛けて二人の会話を聞いていると何だか昔に戻ったみたいで思わず笑みを浮かべる。そして暫くして名前の膝の上に座っていた弟くんと目が合った。
そうだった。みんなが居たときもそうだったけど、何でみんなは名前と早河さんが二人きりだと言ったのだろう。
俺たちが来たときにも弟くんはいたのだから、弟くんが全てを見ていたかもしれないのに。まあ名前の弟として通っているから信用出来なかったのだろうけど。それでも無視するのはよくないよね、うん。と一人で考えていると不意に弟くんが名前に何かを呟いて、名前が俺を見た。
「どうしたの? 俺の顔に何か付いてる?」
「ううん、ヒロトも見えるんだなって思って」
「見えるって何が?」
「……そう言えば今日の昼食はリュウジの好きなものばっかりだったはず」
「まじで!? ヒロト、俺先に食堂行ってるから!」
疾風の如く部屋から出て行った緑川。今の名前の発言は明らかに緑川を部屋から追い出すようなものだった。緑川がいると何か都合の悪いことでもあるのだろうか。まあ俺も緑川に関してちょっとした相談があったから都合が良かったんだけど。
それにしても名前の言う見えてるって何のことだろう。弟くんを見やればにこにこと笑顔を向けられる。そこで俺の脳裏にある一つの考えが浮かんだ、でもそれはあまりに非科学的でありえないこと。
みんな弟くんが居たのに二人きりだったと言っていたし誰も弟くんに話を振らなかった。ちょっと待って。俺の考えていることが事実だとしたら大変なことになる。で、でも選考会の時は緑川も他のみんなも弟くんが見えていたよね。うん、そうだよ。
「まさか、ないない。弟くんが幽霊だなんてこと、まさかね」
「さすがヒロト、察しがいいね。でもこの子は幽霊じゃないよ」
『ボクは悪魔だよ。名前はアスタロス、よろしくね』
「……えっ?」
俺の脳みそは考えることを止めた。自称神様や自称宇宙人なら痛いほど知っているけど悪魔だなんて非科学的なもの見たことも聞いたことも無い。
でもまあ身体能力を飛躍的に上昇される石が存在するのだから悪魔だって存在しても可笑しくない、のか。
「ってないない、ありえないよ」
「でも実際見えてるんでしょ? この子が」
「見えるけど、えっ、本当に悪魔なの? え?」
どうにも煮え切らない様子の俺に腹を立てたのか、名前が溜め息を漏らしてとどめの一言。
「今まで私がヒロトに嘘吐いたことがあった?」
「負けました」
名前の話によると基本的に魔界という所に住んでいてグリモアという本で召喚して使役するんだとか。悪魔にはそれぞれ職能という能力があって、それを上手く使うことで正義も悪事も何でも出来るみたいだ。
名前の引き取られた先は探偵事務所だと聞いていたが、どうやら悪魔の能力を駆使して事件などを解決する悪魔探偵が本業らしい。さらに悪魔を見ることが出来るのは悪魔使いとその素質がある人間だけらしくて、俺は悪魔使いとしての素質があるみたいだ。
手短にかつ分かりやすく教えてくれたから何とか理解することが出来た。緑川風に言うと事実は小説よりも奇なりってとこかな。
「それでね、どうやら早河さんも悪魔が見えるみたいなの」
「悪魔使いかもしれないってこと?」
「可能性はあるわ。だからヒロトも気をつけて」
そうは言うが具体的にどうすればいいのか分からない。そのことを話せば変な動物を連れていたらそいつが悪魔なんだとか。
アスタロスは人間の少年のような姿をしているから、悪魔はみんな人間の形をしているものじゃないんだなと思っていたら名前の張っている結界の効果だとアスタロスに言われた。
他にも制約など色々あるらしいけど今全部聞いたら頭がパンクしてしまうから、詳しいことはまた今度聞くことにした。
今日一日で名前の新しい一面を知ることが出来て俺は嬉しいのだけど、そんな重要なことを俺に教えても良かったのかな。
「普通の人にならこんなこと言わない。ヒロトだから教えたの」
俺だから。名前に信頼されているという事実だけで俺は幸せいっぱいだ。俺ってこんな単純な人間だったっけ。
ほくほくと心が温かくなるのを感じながらデータ纏めの続きをすると言う名前を残して、俺は食堂へ向かった。
「あ、緑川のこと相談するの忘れてた」
書けてるところだけ1
・天使軍団・悪魔軍団編1
『安心して名前。あいつらはグリモアに選ばれてすらいない雑魚だよ』
デモンズゲートに着いて魔界軍団と名乗る奴らを見るや否やアスタロスのこの言葉である。
アスタロスの言うとおりならば職能も持たない彼らは脅威ではないはず。ただ一人、魔界軍団Zのキャプテンのデスタと名乗る少年を除いて。
彼は他の子と同じくグリモアに選ばれていない者だろうけど雰囲気が周りと各段に違う。何と表現したら良いのか分からないけれど、あえて言葉で表すならば厨二病と言うのがしっくりくる。
考えを巡らせているとしたり顔になったアザゼルが魔界軍団の面々を一瞥してから得意げに話し始めた。
『自分ら中学生やな? まあ確かに中坊の頃っちゅーんは軍団の一つや二つ作りたなんねんなぁ』
『そういえばアザゼルくんも中学生のとき同じようなことをしてましたよね。魔王軍団だか何だか』
『いやんっ。べーやんそれは言わん約束やんかー!』
やはりそういうものなのか、考えすぎて損をした気分だ。ならばこちらのチームは鬼道くんに任せておいて大丈夫だろう。
蝿と犬のコントを無視していると軍団の中から男の子が一人、声を上げた。
「ゆ、優一様だ!」
『ああベルゼブくんですか。久しぶりですね』
ベルゼブと呼ばれた男の子はベルゼブブを見るや否や飛びつかん勢いで詰め寄った。糞の王が人気とは何だか複雑な気分だ。
それと鬼道くんたちに悪魔は見えないので空気と握手をするベルゼブくんは頭の可笑しい子に見えるのだろう。皆一様に眉を寄せている。
どうやらこの悪魔軍団の子たちと私の使役する悪魔たちは知り合いらしく、ベルゼブブいわく各々の一族の末の子らしい。
ゴールキーパーの子もアスタロスの一族の末の子らしく憧れの眼差しで私のアスタロスを見つめている。
アスタロス自身も笑顔で手を振り返しているくらい、何だか平和な場面だ。しかしこちらは春奈ちゃんという人質を捕られているのに変わりはない。
あちらも子供と言えど悪魔であることにも変わりなく、人間の魂なぞその気になればぺろりと食べられてしまうだろう。
「デスタ、春奈ちゃんを返しなさい」
「こいつは魔王様復活のイケニエになるんだよ!」
『ま、魔王様復活やてー!?……はいはい、こんな感じええやろ。遊びに乗ってやっとんねんからその子返しーや』
「黙れ犬面淫奔中年。俺たちはこいつらの魂を喰らう!」
『な、なんやとー!? 中坊風情が舐めとったら痛い目見んぞゴラァ!』
デスタの悪態に憤慨するアザゼルを無視して、アスタロスたちに指示をして一般人にも目視できるようにする。
唐突に姿を現したベルゼブブたちに、鬼道くんたちは驚きを隠せないようだったが佐久間くんだけは違った。
ペンギンだ、と目を輝かせている彼にこいつの正体が蝿であることを告げれば明らかに落ち込んでしまったので何だか悪いことをした気分だ。
「芥辺、こいつらは一体……?」
「我々は彼らと同じ悪魔です。ただ少しだけ仕様が違うと言いますか」
「僕は名前と契約したアスタロス涼」
「この子たちは確かに悪魔だけど私が使役しているからとりあえず害はないわ」
今は時間があまりないので処々を省きつつ悪魔の説明等をすれば、さすがというべきか鬼道くんの理解力は優れていた。
しかし豪炎寺くんや虎丸くんなどといった早河擁護班には理解しがたかったらしく、私が悪魔を使役し春奈ちゃんをさらったのでは疑い始めた。
こんな状況でも私を悪役にしたいらしい、確かに私が使役している悪魔たちと魔界軍団の子たちは知り合いで疑わしい点はいくつもある。
「何を言ってるんだ! 名前がそんなことするわけないだろう!」
「そーだヨ! ユーたちより名前を知っているミーたちが言うんだから間違いないネ!」
「やはり彼らの許に名前さんを置いておくべきではなかった」
「前みたいに名前が笑わなくなったのはお前らと一緒にいるからだな」
どうやって反論しようか考えていたらマークとディラン、エドガーやテレスまでもが私を庇ってくれた。というかあのテレスが私の笑顔云々を言っているのが何だか歯がゆい。というか、正直照れる。
普段からセクハラを受けたり大人っぽいだとか言われていたのでこうやって改めて女の子扱いを受けるとどう反応していいのか分からなく、若干顔が熱い。
無言のままアスタロスの手を握った私の様子に気づいたテレスは別に変な意味はねーからな、と照れたように頬を掻いた。その場にラブコメムードが漂っているとアザゼルがそれに気づいたらしくテレスへ近づく。
「な、何だよ……?」
「おいケツアゴ、名前にセクハラしてええのはワシだけやぞ!」
「うざいっ」
「ひでぶっ!」
アザゼルのお陰と言うべきか、あのラブコメムードはどこかへ吹き飛んでいってしまい、私もいつも通りに戻った。
とりあえずアザゼルの頭部をインサイドキックで遠くへ飛ばして、話を元に戻す。選手たちが若干引いているが気にしない。
ついでに、捕まっている身にもかかわらず、貴重な照れ顔がどうとかカメラがあればとか言っている春奈ちゃんの言葉も気にしない。気にしたら負けだ。
書けてるところだけ2
・天使軍団・悪魔軍団編2
マークたち三人に鬼道くんや佐久間くんも加わっての説得に、私を悪役に仕立てようとしていた豪炎寺くんたちも結果として押し黙るしかなくなった。
魔界軍団が悪魔の子供たちで形成されたチームということも説明し、あの子たちは私にはどうしようも出来ないとも告げる。
どうしようも出来ないというのは真っ赤な嘘だが、下手に行動に出れば春奈ちゃんの魂を喰われてしまうのは事実。
そして私のアスタロスたちが魔界軍団の子たちに人気なのも事実であって、取れた首をくっ付けたアザゼルもパンダのタイヤの如く転がされている。
「……人気者なのね」
「そりゃワシらはグリモアに選ばれた一族の代表やさかい、自ずとちびっ子の憧れになってまうんですわ」
やれやれ、といった風に両手を挙げているアザゼルのしたり顔がムカついたのでもう一回思い切り蹴り飛ばしておいた。
ぼろ雑巾のように転がっているアザゼルを放っておいて私は彼らのキャプテンであるデスタに取引を持ちかける。
「彼らとサッカーで勝負しない? そして彼らが勝ったら春奈ちゃんを返しなさい」
デスタは少し考えた様子を見せ口角を釣り上げる。交渉成立ね。
申し出を受ける代わりに魔界軍団が勝った場合は鬼道くんたちの魂を寄越せと言い出した。人質を捕られている立場でこれ以上の要求は好ましくない。最悪の場合最初の条件すら危うくなってしまうので私はその条件を飲んだ。
「おいっ。悪魔相手に勝算あんのかよ」
「そんなのあるわけ無いじゃない」
不動くんの問いかけに素直に答えればみんな不満の声を漏らす。それもそうだ、サッカーで勝たなければ殺されてしまうのだから。
「……でも貴方たちなら勝てるでしょう?」
「!」
「……ああ、そうだったな。俺たちはあんたの指導を受けてるんだ。負けるわけがねぇ」
「ああ。春奈は俺たちの手で取り戻す!」
「ミーたちは強いからネ!」
私の言葉に先ほどまで困惑していた彼らの表情が明るく、自信に満ちあふれていった。
豪炎寺くんたちも若干不満は残っているが大切なマネージャーを取り返すという点においては鬼道くんや佐久間くんと同じ気持ちだろう。それに彼らは私に不満があってもサッカーに対してだけは真摯に向き合い本気でプレーをしてきたから大丈夫
今の彼らに足りなかったものは勝てるという気概。それが備わった今、彼らは絶対に勝てる。
奴らはただ単に遊んで欲しいだけなのだから、鬼道くんたちとサッカーでもすれば気が済んで帰るだろう。デスタはどうかわからないけれど。まあその時はその時で私が手を下せばいいだけの話。というわけで私は円堂くんたちを追ってヘブンズガーデンへ行こう。
「今僕たちが対処すべきは天空の使徒と名乗る奴らだね」
アスタロスが言う通り天空の使徒と名乗る奴らの方が厄介だ。何だか嫌な予感がしてならない。
「鬼道くん、私は円堂くんたちのところへ行くから、貴方は何が何でも妹を取り戻しなさい」
「言われなくても分かっている」
「あんたたちは私がコーチングした選手なんだから自信を持ちなさい。絶対勝つわ」
アスタロスの能力を使わずとも彼らの勝利は分かっている。私の選手たちが負けるはず無い、コーチが信じないで誰が信じるんだ。
書けてるところだけ3
・天使軍団・悪魔軍団編3
ヘブンズガーデンへと到着した私と悪魔たちの目の前には異様な光景が広がっていた。
「名前ちゃん!」
「っ、ちょっとあいつにグリモア奪われちゃったんだけど! どういうことなの!?」
捕らわれの身になったリカちゃんが妙にくつろいでいたり、今にも泣き出しそうな早河さんがいるわで。もうわけがわからないよ。
しかもなぜか早河さんのグリモアは天空の使徒のキャプテンであるセインの手に収められていて。当の本人は私を怒鳴りつけるし。
ワンテンポ遅れたようにヒロトが私に自体を説明してくれた。リカが魔王を封印するための花嫁になるという話らしい。
更に早河さんがグリモアを堂々と持っていたためセインがそれを奪い取ってしまったのだと、ヒロトの話を聞いて彼からが本物の天使である確証が生まれた。
早河さんについては、グリモアを常に持ち歩いていたところは評価してあげるけど、それ以外はアホとしか言いようが無い。
この子は悪魔とグリモアと天使の関係を知らないのか。仕方ないので私がかいつまんで説明してあげると早河さんは大きい瞳から涙を零した。
「じゃ、あ、ベリアルは……」
「このままあいつが天界に持っていけば確実に消えていなくなるわね」
「!」
もう二度とね、そう続ければ早河さんは膝から崩れ落ちた。今まで能力を使って男たちを侍らせてきたのだから、それが無くなるのは嫌よね。
マネージャーの仕事もせず男を侍らせることに能力を行使していたのだから、当然の報いといえば当然かもしれない。
私にも色々としてくれていたしこれで私も清々したわ。ただあのグリモアを私のものに出来なかったのが唯一の不満だけど。
「っ、あんたも悪魔使いなんでしょ!? だったらあいつからグリモア取り返しなさいよぉ!」
「貴女のためにそこまでする義理はないわ。今まで貴女がしてきたことを考えたら妥当でしょ」
『自業自得ということだね』
「っ!」
私の言葉に否定する要素は一切存在しない。だからこそ早河さんは何も言えなくなってしまった。
選手たちは早河さんが劣勢に立たされているにも関わらず彼女の擁護に回らず私たちのやり取りをただ静観していた。
話が見えない上に早河さんが確信を突かれているという点だけはみんなにも伝わっているのだ。
そして私が纏っている悪魔使いとしての異様な空気に、触れるのを本能が拒否しているのだろう。
天空の使徒たちは私の腕に抱きついているアスタロスと、足に隠れているつもりのアザゼルと、睨みを利かせているベルゼブブを見て口元に笑みを浮かべる。
「ほう、その女も悪魔使いか」
「ついでもお前のグリモアもいただこう」
「はあ? 誰があんたなんかに私のアスタロスと下僕を渡すもんですか」
『名前……!』
『げげげ下僕ってなんやねん!』
『抗議します断固抗議します! ピギャース!』
アスタロスの頭を撫でながらうるさい下僕たちを後ろへ蹴り飛ばす。ヒロトが感歎の声を上げてるけど別に見世物じゃないからね。
悪魔を見ることが出来るのは私と早河さんと天使たちを抜かすとヒロトのみ。他の子たちは悪魔だなんだと訳の分からないことを聞かされていることになる。
仕方ない、この場を手っ取り早く収拾させるにはデモンズゲートと同じく彼らにも見えるようにするしかない。
「アスタロス、ベルゼブブ」
『はーい』
『わかりました』
『俺の名前も呼べや』
すう、アスタロスを含める悪魔たち三人が意図的に姿を現せばやはり、デモンズゲートと同じ状態となり再び悪魔についての説明をすることとなった。
皆渋々ではあるが現状を各々理解納得させることに成功した。バカでも猿でも解るように説明したつもりなので付いてこられない子は捨て置く。
何というか、フィディオは全面的に私を信頼しているせいか妙に信じ切っていて、私は彼の将来が心配で仕方ない。
書けてるところだけ4
・天使軍団・悪魔軍団編4(彼女のほんのちょっと本音)
彼らに悪魔の説明をしたのはいいが、あまりにも泣き止まない早河さんが少し気になった。
ただ悪魔を使って男を侍らせていただけの関係ではないのかもしれない。そう私の第六感が告げたのだ。
というかこのままでは埒が明かないのでとりあえずベリアルが居なくなってはいけない理由を聞くことにした。私ってばお人好し。
私の問いかけに、早河さんは嗚咽混じりだが少しずつ言葉を吐き出す。今にも消えてしまいそうなか細い声に静かに耳を傾ける。
「……初めてだったの。本当の私を理解して、受け入れてくれたっ、悪魔でも、友達なのっ」
「……本当に?」
「うんっ、あの子が戻ってくるなら今までのこと全部謝るから! いい子になるからぁ!」
「……はぁ。その言葉は嘘じゃないのね?」
「嘘じゃない、もう、うそつかない、からぁ……!」
そこまで言うのならば仕方ない助けてあげますか。その代わり今までのことを洗いざらい白状させて猛省させ更生させる。まあこの言葉が嘘だったらベルゼブブを使って白状させれば良いだけのこと。最悪エウリノームであの子の希望を刈り取るまで。
思っていたことが顔に出ていたのか、アクタベモードだとアザゼルたちに騒がれた。うざい。
この場合サッカーで勝負することが決まっているが我々が勝っても返してくれるのはリカだけであるのは確実。あちらは譲歩をしてリカの解放なのだからそれ以上を望んではいけない、奪われたグリモアはたぶん戻ってこない。
「ねえ、私たちが勝ったらそのグリモア返してくれない?」
「ダメだ。花嫁を返すだけだ」
まあ想定していた返答なので私は動じることはなかったが早河さんは違った。怒鳴り散らすでも更に泣き崩れるでもなく、顔面蒼白。試合で勝っても負けても友の運命は変わらない、どうあがいても絶望だという事実が重くのしかかっていた。
お兄ちゃんなら直接天使を殴りつけてでも自分の物にしてしまうんだろうな、と義妹ながら酷い考えである。でも九割くらい当たってる気がする。
今まで散々酷いことをされてきた彼女を助ける義理など本当はないのだけれど、彼女を更生させるのも依頼の一部。万が一彼女が嘘を吐いていて更生する気がさらさら無かったとしても、ベリアルという人質が出来るわけだ。まあそのまま頂いてしまうという手もあるし、少なからず私にも利がある。こういう打算的なところは血が繋がっていなくとも兄妹なんだなぁ。
「……じゃあ貴方たちが勝ったら私のグリモアも差し出すわ」
その代わり私たちが勝ったら、そこまで言えばあちらも馬鹿ではないらしい、私の言いたいことを理解していた。ちらりと手持ちの悪魔たちを見やればどこぞのコントよろしく誰が犠牲になるかを譲り合っている最中だった。
ここでアザゼルを選ぶのが混合夢として妥当な判断なのだけど、生憎アザゼルもベルゼブブもりん子ちゃんが契約している悪魔。一時的に借りている立場の私がどうこう出来る訳はないし、エウリノームはりん子ちゃんに貸しているのでアスタロスしか賭けれる子はいない。
「いい? アスタロス」
「……いいよ。僕は名前を信じてる」
両親の形見であり人生を共に歩んできた家族でもあるアスタロス。強い絆で結ばれた家族と同等の存在。その関係性は早河さんとベリアルですらちっぽけな程。そのアスタロスのグリモアを、彼らが勝ったら差し出すという条件を追加した。
私たちとサッカーで勝負をすればリカとベリアルのグリモアを返してもらえる。その代わり私たちが負ければリカとベリアルだけではなくアスタロスのグリモアも奴らの手に渡ってしまう。さらに試合中は悪魔の能力は一切使用しないという条件で、取引は成立した。
「……というわけだから絶対勝ちなさいね」
「おう!」
「リカは必ず救うよ!」
気合十分といった円堂くんと塔子の声に他のメンバーたちの士気が上がる。彼らに悪魔云々はよく解っていないので彼らの闘志はリカ救出にのみに燃えているのが、どこかやるせない。
円堂くんたちを信用していない訳ではない、むしろ勝ってくれると信じている。しかし、自ら申し出たとは言えアスタロスの運命もかかっていると思うと少しばかり気が重い。
「大丈夫だよ名前。彼らにアスタロスを渡させない」
「ヒロト……」
ヒロトが私の手を握ってくれ、不安で仕方がなかった私の心が少しましになる。
彼らはリカの為に戦うけれどヒロトだけはアスタロスのために戦ってくれる、その思いだけで私は十二分に心強かった。
書けてるところだけ5
・天使軍団・悪魔軍団編5
勝負は私たちの勝利で終わった。
まあ結果は見えていたようなものだったけれども私はアスタロスを失わずに済んでほっとする。リカも無事に解放された。
緊張の糸が切れたのか早河さんが地面にへたり込んで胸を撫で下ろしている。私はふうと一息吐いてからセインの元まで歩いていく。
「約束通りグリモアも返そう」
「ありがとう。良い試合だったわ」
清々しい顔をしたセインからベリアルのグリモアを受け取り、そのついでに握手をする。これで魔界軍団のちびっこたちと天使の使徒たちとの騒動も終わった。長いようで短かった。
私がこれからすべきことは今回のデータをまとめて今後のマネジメントに活かすことと早河楓を更生させることだけ。
ベリアルのグリモアが戻ってきたことに安堵した早河さんが私の手からそれを奪い取ろうとするのを華麗に避ける。
「ちょっと、返しなさいよ!」
「何を言ってるのかしら?」
「っ! 一郎太っ、竜吾! こいつからアタシのグリモア取り返して!」
自分の思い通りにいかなければすぐストック男子に助けを求める。まだまだ改心してはいないようだからいっぱい叱る必要がありそうね。
このチームの中での彼女の味方といえば円堂と風丸と染岡くらいだから形勢的には完璧に不利だろう。
「止めておいた方がいいわよ。悪魔を持たない貴女たちに勝ち目は無いから」
「ひっ」
まだ自分の立場を理解していないようなのでアスタロスを使って威圧をかける。悪魔を持たない人間など恐るるに足らず。アスタロスのグリモアを構える私は悪魔たちの間で言うアクタベモードなのだろうと、ちょっと楽しんでいるの自分がいる。
それでもなお風丸くんたちに縋る早河さんには溜め息しか出てこない。その気になればここでベリアルを召喚して風丸くんたちの洗脳を解くことだって可能なのに。
「どうやら自分の立場が理解できていないようね」
私は別にベリアルのグリモアがどうなっても良かったのだけど、両親の形見でもあり相棒でもある大事な大事なアスタロスのグリモアを賭けたのだ。もしも円堂くんたちが負けていたら私のアスタロスが消滅していたという危険を伴っていたのだから、このグリモアの所有権は私にあると考えるのが妥当じゃないかしら。それにグリモアが戻ってきた暁には今までのことを全て謝罪して善い子になると言っていたのは誰かしら。もう嘘も吐かないとも言っていたわよね。
ゆっくりしっかりとアホにも理解できるように言ってあげれば、またも彼女はぐうの音も出なくなりその様子が可笑しくて思わず笑ってしまった。
まあ私も鬼じゃない。早河さんが今までの行いをきちんと猛省し、しっかりと誠意を見せてくれればちゃんと返してあげてもいい。
「その誠意が私にちゃんと届いたらグリモアは返してあげる」
「あんた悪魔や……!」
「うるさい」
「南無三ッ!」
手に持っていたベリアルのグリモアをくっつければアザゼルの脳みそが飛び散る。早河さんは小さく悲鳴を上げ、避けるように私の背中に隠れた。
そういえば悪魔がグリモアに触れたときのことを知らなかったっけ。悪魔やグリモアのことについてもしっかり教えていかないと。
まあこんな光景を見せられたら私からグリモアを無理やり奪い返す気は失せるでしょう。
「とりあえず鬼道くんたちと合流してジャパンの宿舎へ戻りましょ」
それからいっぱいいっぱい叱ってあげるから覚悟しときなさいね。そう付け足したときの早川楓の顔はいつかの木暮くんのそれに似ていた。
書けてるところだけ6
・天使軍団・悪魔軍団編6
マグニート山を下山している私たちの前に現れたのは先ほどまで2チームに分かれて戦っていた悪魔と天使たちだった。
先ほどまでと違うのは人数とユニフォームだろう、悪魔と天使合わせて十一人になっておりユニフォームもオレンジと緑を基調としたものになっている。
私と手持ち悪魔どもは半ば飽きれたように、円堂くんたちは心底驚いたように彼らを見つめる。
「俺たちが魔王だったんだよ!」
訳のわからないことをほざき始めた彼らの相手をするのはあまりにも面倒くさい。ただでさえ練習時間が削られているというのに、これ以上無駄な労力を使わせられて堪るか。
ざわざわと五月蝿くなる周りを無視して私は一人おもむろに目を瞑る。隣にいたヒロトが私の名前を呼ぶ声がしたがそれも無視して口を開く
「アスタロス」
『うん、わかったよ』
基本的に試合の描写はしていないのだけどこれ以上話をややこしくされるのは本当に面倒くさいのでアスタロスの能力を利用してこいつらを帰すことにした。
この子達全員が私の言うことに素直に従うよう願いをかけて、それをアスタロスの職能で成就させるのだけの簡単な作業。
ゆっくりと肺に空気を入れてから同じようにゆっくりと吐き出す。そして目を開けてなる丈全員に聞こえるように声を張る。
「貴方たちいい加減家に帰りなさい!」
思った以上声が出たのは気にせず、私の願いが成就されダークエンジェルの子たちは素直に踵を返して行った。
早河さんに惑わされたくないと言った選手たちのためにちょくちょくこの能力を使っていたのだが、この人数を一気に相手にしたのは初めてかもしれない。
私の言葉に従うダークエンジェルを見た選手たちの中には私を見る目が畏怖の念に塗られている人もいるが無理もない。
こういった目で見られるのは悪魔使いには付き物なので私はもう諦めているし、いつの間にか慣れてしまった。
大人数を相手にして少し疲れた様子のアスタロスを抱きしめていつも以上に誉めてあげる。
嬉しそうに眼を細めるアスタロスの頭を撫でていると一連を見ていた早河さんが怖いと呟く。悪魔使いの先輩としてちょっとだけ先輩風吹いてもいいわよね。
「これが悪魔の力よ。使い方次第で善にも悪にもなる」
貴女がベリアルの使い方を間違えてしまったら人を殺してしまうことだってあるのよ。彼女にのみ聞こえるよう呟く。
今まで自分のしてきたことがどんなことだったのかを思い出し、またどんなことが起こり得たのかを想像したのだろう、彼女の唇が震え始めた。
悪魔を使役するということはそれ相応の人間性を失うということになるのだ。その点で言えば私の兄は人間性のほとんどを失っているとも言える。もちろん良い意味で。
そう考えたら最初の頃に比べてりん子ちゃんも良い感じに人間性が失われてきてるよね、面白い意味で。
「名前笑ってる」
「今の家族のことを思い出したの、いつかヒロトにも会わせたいわ」
「うん、会ってみたいな」
書けてるところだけ7
・悪女更生編1(あたしと彼女のはじめて物語)
マグニート山での出来事があった翌日。名前ちゃんは急に数日の間日本へ帰ると言いだしベリアルのグリモアを持ったまま帰国してしまった。
グリモアを持って行かれたのは別に良いんだけど、名前ちゃんに帰ってくるまでの間しっかりとマネージャーの仕事をしなさいって言われたのはムカつく。しかも監視役としてアスタロスを残してて、一々名前ちゃんにメールで報告してるからウザいったらない。
今まで仕事をサボっていたから全然やり方が分からないし秋ちゃんたちに聞くのも何かやだ。かといってアスタロスがいるからサボろうにもサボれない。でも仕事をしなきゃベリアルは返してもらえないから、仕方なくマネージャーの仕事をすることにした。
「秋ちゃん、あたしドリンク作ってくるね」
「えっ、早河さんが作ってくれるの?」
「何か文句ある?」
「う、ううん。じゃあお願いしようかな、作り方はわかる?」
「そ、そのくらいわかるわよっ」
「そっか。他に分からないことがあったら何でも聞いてね」
嫌味のない笑顔で言われたら余計に聞きづらくなっちゃったじゃない。それからしばらく食堂の台所で空のボトルとにらめっこしていた。
もういくら考えたってだめだ、こんなの水と粉をてきとうに混ぜればいいのよ。そう思って一本目のボトルに水を入れようとしたときだった。
呆れたようにアスタロスがあたしに紙を渡してきた。折り畳まれたそれを広げればドリンクの作り方が書かれていて、練習メニュー表とかでいっぱい見たからわかるけど、それは名前ちゃんの字だった。
『名前に、君が困っていたら渡すようにと言われたんだよ』
「……ふんっ、余計なお世話よ! で、でもせっかくだから貰っといてあげる」
ちょっと生意気なことを言ったけど感謝はしていた、マネージャーなら知っているべき選手一人ひとりの味の好みに合わせた粉の量なんかも書いてあって、マネージャーの大変さを知った気がする。
今思えば名前ちゃんには散々酷いことをしてきたと思う。なのにベリアルのグリモアを奪い返すために自分のグリモアを賭けたり、今もこうして色々と助けてくれる。わけわかんない。
あたしだったら自分のグリモアを賭けてまで取り返してやろうとか思わないし、ましてや手助けなんか絶対してやらない。今まで嫌がらせされたんだからいい気味だって思っちゃう。
「……ねえ、あんたはさ、名前ちゃんが何であたしを色々と助けてくれるかわかる?」
『……明確な答えは分からないけど大体なら。……聞きたいかい?』
「聞く」
『仕事を続けながら聞いてね……名前と君は似てるんだよ』
(ここに夢主の過去話を挿入)
『そういうわけさ』
「……」
あたしは物心がついたときから両親に愛され、周りからも可愛い可愛いと誉められ可愛がられて育った。
鏡を覗けば見た目も可愛いらしい女の子。ちやほやされるのは当然だったし可愛がられて当たり前なんだって思っていた。
だからこそ誰もあたしの中身を見ていないことに気づいてしまった。
可愛い可愛いとまるで置物を可愛がるみたいに接しられてあたしの性格はどんどん腐っていった。それに誰も気づいてくれず、さらけ出しても性格ブスとまで言われてしまう始末。
小学生のときクラスの女の子たちからはいじめられてもいたがそれを理由に男の子に泣きついたらすぐあたしの味方をしてくれた。
男の子って可愛い女の子が泣きついてきたらすぐに信じちゃうんだから、幼心に男ってバカだなぁと思ったのを今でも覚えている。
女の子に受け入れてもらえないのなら男の子に受け入れてもらえばいい。男の子だけに媚びを売ればいいんだと気付いた頃には完全にぶりっこをしていた。
よりかっこいい男の子に可愛い女の子を演じてはちやほやしてもらい、女の子に対しては嫌われる前にあたしから嫌ってやる。そうやって自分を守っていた。
我ながら良い考えだと思った反面あたしの心は益々腐っていった。本当は女の子と一緒に遊びに行ったりしたいけど、あの頃の思い出が邪魔をして壁を作っていた。
中学を転校した先でもそうしていてサッカー部にはイケメンもそこそこいたし夏未ちゃん以外のマネージャーはあたしに反抗してこないので居心地は最高だった。
でもエイリア学園との戦いの最中、ふと、もう一生誰にも本当のあたしを見てもらえないんだと思ったら泣けてきて、誰にも見られない所で泣こうとしたときにベリアルのグリモアを見つけたの。
地面から少しだけ出ていたから気になって掘り出してみたら変な文字が書かれた本で、でも何となくその文字が読めたから書いてある通りに魔法陣を書いて呪文を唱えたら両腕が翼の、綺麗な女の人が出てきて自分を悪魔だと紹介した。
『あんたのことはアタシが一番理解してあげられる。アタシと契約すればあんたをもう独りにはしないわ』
悪魔の囁きとはよく言った物で、あたしは言われるがままにベリアルと契約していたの。
ベリアルと契約してからはあたしに気がある程度だった男子たちが益々あたしを好きになって前以上に告白されるようにもなった。でもあたしはみんなのものだからお付き合いは出来ませんってしおらしくお断りした。
なんでもベリアルは人の感情を増減させることが出来るみたいでその能力を使って楓のことが好きって気持ちを大きくしたみたい。しかも彼女はあたし以外には見えていないらしい。
彼女はあたしの考えや性格を理解しているみたいで、それでもあたしを受け入れてくれたことが何よりも嬉しくて心強かった。
あたしという汚い人間を理解してもなおあたしを見捨てないで家族のように接してくれる。あたしの愚痴を聞いてくれるし悩みの相談だって親身になってくれたし。
悪魔だなんて関係なくベリアルに対して友達以上の、それこそ本当の家族より大切な存在になっていたの。
だからベリアルのグリモアを取られた時は本当に焦ったしみんなが見ている前なのに、あんなに本音をさらけ出して泣き叫んで怒鳴り散らして醜態を晒してしまった。正直恥ずかしかった。
でもそれと同じくらい、自分を偽らないのって気が楽だと感じた。だから悪魔のことも知っている名前ちゃんの前でだけは本当の早河楓でいられたのかもしれない。
だから名前ちゃんの言うことを素直に聞けるのかもしれない。同年代の女の子との会話ってこんなに楽しんだって思っちゃったら止まらなかった。
男の子の前では可愛くて守りたくなるようなか弱い女の子を演じ、女の子の前では性格の悪い嫌な子を演じて典型的なぶりっこをしながら壁を作っていた。
本当のあたしが嫌われるくらいなら表面を取り繕って内面にまで目が行かないように、必死に自分を守った。
だからベリアルのグリモアを取り返してくれた名前ちゃんには感謝しているし早くグリモアを返してもらうために今こうしてマネージャーの仕事を頑張ってるのだ。
書けてるところだけ8
・悪女更生編2
あの日以来早河さんはすっかり丸くなった、というより私がベリアルのグリモアを預かっている以上丸くならざるを得ないじょうきょうになっていた。私の相棒であるアスタロスの職能を間近で見たというのも、丸くなった理由の一つだろう。
あの時言っていた通り少しずつではあるが素直な善い子になっていくのがわかった。
イナズマジャパンがザ・キングダム戦に向けて一丸となっている今。
悪魔の力で早河さん至上主義となっていた選手たちの洗脳をどうやって解こうかと考えたが答えは至ってシンプルに落ち着いた
ベリアルを召喚して直接呪いを解かせればいいのだ、そのためにはまずイケニエを用意せねばいけない、というより気になったことが一つある
「早河さんはベリアルにイケニエを渡していたの?」
「イケニエ? ああ、シュシュが欲しいって言ってたから召喚する度に渡してたけど、あれかな」
「なるほど」
アンダインに写メを見せてもらったことがあったが確かベリアルは髪が長かったものね、悪魔と言えど女には変わりないということか、まあ今は私が結界を張っているから常にオウムの姿なのだけど。
再び相も変わらず彼らのマネジメントをする。
「こんちはー」
「来たわね」
イナズマジャパンの宿舎に訪れた一人の少年、堂珍光太郎を呼び寄せたのには理由があった。
彼は祖父を亡くし祖父の知り合いだったお兄ちゃんの計らい的な何かで今は芥辺探偵事務所に住んでいる、言わば私の手駒。
日頃下品なことしか考えていない彼にも悪魔を使役する能力はあるもので、私は彼の契約している悪魔を借りるために彼をわざわざ呼び寄せたのだ。
淫猥なことにしか興味のない彼でも一応男子中学生。世界サッカーの祭典FFIが行われているライオコット島までの旅費を私が負担すると言えば二つ返事で引き受けた。単純で助かる。
「ここがイナズマジャパンの宿舎かぁ。感慨深いものがあるな、うん」
「いいからグリモア貸して、あんたは観光でもしてきなさい」
「えーっ。選手に会わせてくれよ!」
「面倒くさいから駄目」
「何だよそれ!」
イナズマジャパンの人間関係がややこしい今、部外者を入れて変にかき回されても困る。
そこまでサッカーが好きではないくせに選手に会わせろとしつこい光太郎に、その場で書いたメモを渡す。私の知り合いだから適当に相手してくれという内容と私のサイン。これを見せれば大抵のチームで選手と握手くらいならしてもらえるだろう、それくらいに顔は広いつもりでいる。
それを聞いた光太郎は意気揚々とグリモアを手渡してどこかへ行った。ほんと扱いやすくて良い。
「ねえねえ名前ちゃん、さっきバカっぽい顔の男の子と一緒にいたけど、あの子誰? もしかして彼氏ぃ?」
「あいつはただの下僕よ。あんまり変なこと言ってると名誉毀損で訴えて勝訴するわよ」
「ちょっと冗談じゃないっ。そんなに怒らないでよー!」
校舎に入るなり早河さんが話しかけてきた。あんなのを恋人にするくらいなら生きたまま内蔵えぐり出される方がましよ。
早河さんは今みたいにぶりっこなんて辞めて素直なままでみんなにも接すればきっと良い方向へと進むのに。さっさと前を歩く私の手にあるグリモアに気付いたらしく、名前ちゃん一体悪魔何匹飼ってるの、と言われた。
本棚にいっぱい、と答えてあげれば趣味悪ーいと笑われたのでグリモアで軽く頭を叩いて誰もいないミーティングルームで魔法陣の書かれた布を広げた。
早河さんが見ている中グリモアを開き呪文を唱えれば猿のような悪魔が召喚される。忘却の職能を持つ悪魔グシオンだ。
「あんまり可愛くなーい」
「早河さん少し黙ろうか。グシオン、イケニエを食べなさい」
「これも名前ちゃんの悪魔なの? この間抜け面グシオンって言うんだぁ。ベリアルより階級は下でしょきっと!」
差し出されたバナナを素直に食べているグシオンを横目に、広げられた布を畳んでトートバッグに仕舞い、ながらお喋りを止めない早河さんを一瞥する。
別に私と一緒にいる必要なんてないのだから他のマネージャーを手伝ってくればいいのに、と思いつつも口には出さない。
悪魔使いの色々を教えていかないといけないからこれはこれで好都合だし、何より早河さんが自分から歩み寄って行かねば意味がない。
早河さんは料理も出来ないしマネージャー業務もあんまり得意じゃないのに秋ちゃんたちには出来ると言っていたみたいだし、嘘が真になるまで私の手伝いをさせることにした。
腕時計を見やれば選手たちが午前練習を切り上げている時間、もう三十分もすれば昼食の時間になる。
その前にミーティングルームの準備をしよう、明日は との試合が控えているのだ。
「早河さん、午後のミーティングの準備するから手伝って」
「えー、めんどくさーい」
「はいはい。じゃあこの資料を各テーブルに置いて」
渋々ではあるが私の指示に従いホチキスで留めた資料を一部ずつ選手が座るであろうテーブルに並べ始めた。その間に私はノートパソコンの準備をする。
「グシオン、この場にいる全員から魔界軍団と天空の使徒以外の悪魔に関する記憶を消してちょうだい。ついでにダークエンジェルの記憶も」
記憶に新しいやつね、と言えばさっそく染岡くんの頭に飛び移りその記憶をゆっくり食べていく。
「そこまでするの!?」
私たちが悪魔使いということを知っている人間が多ければ多いほど、私たちの危険性が増すということになる。
天使はいつも堂々と存在している訳ではなく普段は人間に成りすましている場合が多く、影から私たち悪魔使いのグリモアを狙っている。
彼らが口の軽い人間だと言っているのではなく、何かの拍子についうっかり喋ってしまうことだってあるということ。そこから漏れた情報が、伝わり歩き人間のフリをしている天使たちにたどり着いたりしては大変なことになるのだ。
ベリアルが消えたら嫌でしょう、と問えばあの時のことを思い出したのか早河さんはただ静かに頷いた。
「彼らに説明をした時にはもう決めていたことだから」
「……仕方のないこと、なんだね」
「そういうこと。私たちの身を守るためでもあるのよ」
物分かりのよい子で良かった。これだけ言って聞かない子だったらどうにかしちゃうところよ。
グシオンが一人ひとりの頭に張り付いて記憶を食べているのを見ながら夕食の準備に取りかかることにした。
選手たちには夕食が出来上がるまでミーティングルームで次の試合に向けて話し合いをしてもらうとして、データ班の春奈ちゃんと目金くん、それとまとめ役の秋さんを残しておけば大丈夫。
「冬花さん早河さん、夕食作り手伝ってくれる?」
「ええ、もちろん」
「えー、あたしもミーティングがいいっ!」
「素直な善い子になるんじゃなかったの?」
「……ちぇっ、わかったわよ」
「ふふ、素直が一番」
「……」
「な、何よ?」
「早河さんは今の方が可愛いと思うな」
「なっ!」
冬花さんの言葉に頬を赤らめ狼狽する早河さん。
「ななななな何言ってるのよ!?」
彼女はもとお同い年の女友達を作るべきだ。
「ああ、グシオン。ヒロトはいいわ」
「え、俺はいいの?」
「だって何もしなくても悪魔が見えるじゃない」
悪魔を見ることが出来るヒロトの記憶を消したところで意味がない。いずれ再び悪魔の存在に行き着いてしまう。
それに私は日常的にアスタロスを出していることも少なくないのだからいずれ見られてしまう。
ならば記憶は消さずにおいた方が後々説明をする手間が省ける、と言うのは建前で、本音は、本当の私を知っていて欲しいと思ったからだ。
書けてるところだけ9
・ベリアルと面談
「イケニエはこれで良かったかしら?」
『ふざけないで。アタシはそんな安っぽい女じゃないわよ』
イケニエとして用意したシュシュを投げ捨てられるがこれは想定の範囲内なので代わりに用意していた最新の化粧品を差し出せば一変、上機嫌で受け取った。
『アタシこれ欲しかったのよね。人間の割にはあんた上出来』
「ベリアル、私の質問にいくつか答えて」
『……そんなことのためにアタシを喚び出したわけ? イケニエ貰ったから答えてあげるけど』
欲しかった化粧品を手に入れて上機嫌な悪魔に私は早速質問をする。
「何で早河楓と契約しようと思ったの」
「あの子そこそこ可愛いしアタシら悪魔が見える貴重な人間だからね。それにあの子がアタシを必要としていたのよ」
「……。じゃあ誰に能力を使ったの。覚えている範囲でいいから教えて」
「覚えてないわね。あの子に好意を持っていた男のほぼ全員に使ってるから。細かいことは気にしない主義なのよ」
「そう……なら能力で増減させた感情を元に戻すことは可能?」
「ま、出来なくはないわね。するかどうかは別だけど!」
「バツ8って本当なの?」
「!! あんたその情報どこから……!」
「アンダイン恵。高校の同級生なんだってね」
「あんの魚女ぁ〜!!」
「で、本当なの?」
「まだバツ7よ!!!」
細かいことは気にしない主義なんじゃなかったのか。
「因みに子供は」
「一人もいないわよ!! 悪い!?」
「これが最後の質問」
「はいはい」
「貴女は早河楓が好き?」
「……人間の、ましてや女なんて好きにならないわ。あの子は色々と都合が良かっただけよ」
「そう……素直じゃないのね。迷子の子供を放っておけないタイプだって聞いたわよ」
「はあ!? 誰から!?」
「アンダイン恵」
「あんの魚女ァッッ!!! 今度会ったら焼き魚にしてやる!!!!」
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