09.それぞれの悩み
仕事があるという鞍馬を見送って、再び部屋に戻った頃には巴衛の熱もだいぶ引いており寝顔も穏やかなそれになっていた。
事のあらましを聞けば奈々生はミカゲ社の新しい土地神らしく、父親の散財癖のせいでアパートを追い出され路頭に迷っていた時にミカゲさんに出会ったそうだ。先ほどの屋根云々の言葉の意味がやっと分かった。
「ミカゲ社の神が変わったと風の噂で聞いていたが、まさか現役の女子校生とはね」
「とは言っても土地神の印は奪われちゃいましたし……」
そう言って眉尻を下げる奈々生。確かに、微かに気配はあれど今の彼女に神としての印は存在していない。
巴衛を欲しがっている雷神殿に当の巴衛を小さくさせられた挙句印も奪われてしまったと。打ち出の小槌まで持ち出して、いやはや癇癪持ちの神様はやることが幼くて困る。
「私は嬉しいよ。……ミカゲさんが家出をしてから巴衛はすっかり塞ぎ込んでしまってね。もう二十年もあの社でいつとも分からない彼の帰りを待っていたんだ」
だから奈々生という新しい神様が見つかり、紆余曲折はあるようだけどこうして新たに歩み始めている。
ミカゲさんは私がまだ現人神となるずっと前にお世話になった人で、彼が認めた奈々生なら社のことも巴衛のことも安心できるだろう。
使えるべき主のいない神使とは本当に寂しいもので、瑞希の第一印象もそれだった。
「だから奈々生が来てくれたことで巴衛の時間がやっと動きだしたんだ。私が言うのは違うかもしれないけど、これからも巴衛をよろしくお願いするよ」
巴衛の呪いを解くのにぐんと近づいたのだと、ミカゲさんが嬉々として話してくれたのはまだ彼が家出していなかった頃。
そんな懐かしい記憶を思い出したのはきっと奈々生がその方法に関係しているからだろう。
神様の勘と言いたいところだが、まぁ、そうでもなければミカゲさんが彼女に土地神の印を渡すはずがないというある種の信頼だ。
「でも私……何も出来てないです。巴衛にも嫌われてるっぽいし、神様らしいことなんて何も出来てないし、挙句の果てに神様としての印も奪われちゃうし……!」
「ううん、それは違うよ。言葉は悪いが巴衛は例え主でも嫌いな奴の腕に抱かれるような善い奴ではないからね」
それに神様らしいことはこれからしていけばいいし、印は取り返せば良い。
何事も直ぐに熟せる人間なんてそう居ないのだから、奈々生は奈々生のペースでやっていけばいいのだ。
少し冷たくなった彼女の手を取り、しっかりと握る。
「奈々生なら大丈夫だよ。きっと素敵な神様になれる」
「……そう言ってもらえると心強いです」
「そうそう、これから敬語は無しでお願いするよ。お互い女同士の現人神同士、仲良くしてほしいからね」
「……ええっ!? 現人神だったの!?」
「ふふ、そうは見えないかい?」
てっきり鞍馬が私のことを話しているものだとばかり思っていたから結果的に奈々生は知らない女からあれこれ聞かれていた状況になっていたのか。
「自己紹介がまだだったね。私は夜ノ森名前。このヨノモリ社の祭神をしている、奈々生と同じ現人神さ。祭神となる前は普通の女子大生だったよ。それでこっちは瑞希。私の神使だ」
「よろしくねー奈々生ちゃん!」
瑞希がにこにこと人当たりの良い笑顔で挨拶をする。
「そ、そうだったんだ……何かもう立派すぎて由緒ある神様かと……」
「立派だなんて嬉しいなぁ。ありがとう」
初対面の人に立派だと言ってもらえるまでに成長したということはとても励みになる。
今までやってきたことは正しかったのだと肯定してもらえているようで、安心する。
「私だって最初は奈々生のように右往左往していては瑞希に助けられていたものだよ。……だから奈々生もいつか誰かに立派だと言ってもらえる神様になれるよ」
「……」
「だからほら、神様が不安がっていると神使も不安になってしまう」
「そうだよね、私がしっかりしなきゃよね。……うん! 私、自分の出来る限りのこと頑張る。名前さん、聞いてくれてありがとう!」
「ふふ、どういたしまして」
先ほどまでの落ち込んだ雰囲気はどこへやら。一転、笑顔の似合う前向きな明るい少女になった。
あれが奈々生の元来の姿なのだろう。握っていた手はすっかり温かさを取り戻していた。
「んん……」
不意に横から聞こえてきた小さな声。
それにすぐ様反応した奈々生は、声の主である巴衛が気だるそうに上半身を起こすや否やその小さな体を力一杯抱きしめた。
突然の事で驚くその顔色は、薬研の解熱剤が効いたようですっかりと良くなっている。
「巴衛! 本当に良かったぁ……!」
「おいっ、抱き付くな! うっとおしいぞ!」
それでも奈々生は抱きしめる力を弱めようとはせず、むしろその力は強さを増しているようで巴衛の眉間にしわが増える。それだけ彼が心配で、心の底から安心したのだ。
もがいてようやっと奈々生の腕から顔を出した巴衛と目が合う。
「名前か? 名前がいるということはここはヨノモリ社なのか。……にしては心なしか広い気がするな。それに妙に獣臭いし鉄臭いぞ……」
小さくなっても頭脳は同じ、なんてフレーズが頭を過る。さすが妖狐の嗅覚と言うべきか、ここには獣も居れば鉄の塊である刀も居る。
現に私の後ろに控えている薬研に怪訝そうな視線を向けている。まぁ彼に隠し事は無理だろう。
「……ちょっとした副業を始めてね。彼らは皆従業員みたいなものさ」
「副業……」
「簡単に言うなら日本の平和を守っているのさ。なんてね」
「何だそれは……。日本の平和とそいつらがどう関係あるんだ」
「彼らは言うなれば名前ちゃんや奈々生ちゃんに近い存在って感じかな」
瑞希のその言葉だけで巴衛は理解してくれようで一応納得し、それ以上言及はしてこなかった。
刀剣男士の存在を友人とはいえ審神者以外の者に話して良いのかも分からず、例え同じベクトルの存在であっても政府の許可なく話すのは憚られたので彼が聡明で助かった。
未だに抱きついている奈々生を無理やり剥がし、その双眼をしっかりと見詰める。
「……奈々生、オレは笹餅が食べたい」
訴えかけるようなその瞳は暗に作ってこいと言っている。
そのいたいけな訴えに奈々生は考える間もなく立ち上がった。
「名前さん台所借して!」
「勿論。薬研、案内してあげておくれ」
「ああ、任された」
「じゃあ僕も。そろそろ夕餉が出来る頃だろうし」
まんまと人払いをされたとも知らず奈々生と薬研は部屋を出ていき、瑞希も空気を読んで部屋を出ていく。
部屋には私と巴衛の二人きり。
「……なぁ名前」
私の名前を呼ぶ声は普段の彼からは想像もつかないほど弱々しく、不安をありありと伝えてくる。
ここ数日で様々な変化が訪れ、更に体を小さくさせられ精神的にも参っているのだろう。
彼の不安を和らげるよう、俯いた彼の頭を優しく撫でながらなる丈優しい声で応える。
「大丈夫。言ってごらん」
「……ミカゲはオレのことなんてどうでもよくなったのだろうか……二十年も姿を晦ましていたと思えばあんな小娘に土地神の印を渡すなんて……」
「……それは違う。何の考えもなく土地神の印を渡すほどミカゲさんは軽薄な人間じゃないっていうのは巴衛がよく知っているはずだよ。そもそも嫌いな奴をいつまでも自分の社に置いておくわけがないさ」
「……」
「それに、巴衛を抱いて助けを求める奈々生の姿はとても必死で、薬を飲ませた後も巴衛が目覚めるまでずっと気にかけていた。奈々生はそれだけ巴衛が大切に思っているんだ」
そんな奈々生だから、ミカゲさんは新たな土地神として彼女を選んだのだ。
巴衛を変えることが出来る彼女だからこそ、私も出来る限り彼女の助けになりたいと思った。
少し説教じみてしまったが、それもこれも彼の背中を押してやりたいがため。私なりの感謝の気持ちだ。
私の話を静かに聞いていた巴衛はゆっくりと顔を上げる。彼の顔に迷いの類はもう無かった。
「変な話をしてすまなかった」
「人の話を聞くのも私の仕事だからね」
「ありがとう」
「ふふ、それを言うのは私じゃないよ」
それもそうだな。巴衛が優しげに微笑む。
この笑顔はこの場にいる私ではなく、台所で彼の好物を作っている人物に向けられているだろう。
それから彼女らが戻ってくるまでの間、和やかな雰囲気は続いた。
とはならないのが現実の世知辛いところだ。
「それはそうとその貼り付けたような笑みとミカゲのような変な口調は何だ?」
「え、変かな……? 私なりの努力のつもりなのだけど……」
「誰に何を言われてそんな策に出たのか知らんが無駄な努力だな。全てが気持ち悪い。即刻止めろ」
「そんな、全否定しなくても……。はぁ、この口調、瑞希にも不評なんだよね……」
神様らしくを追及した結果なのだが、神に成る前の私を知る者にはどうも不評だ。
知り合いの風神には努力の方向音痴とさえ言われてしまった程だ。しばらくは続けるつもりだが、この口調を辞める時は近いかもしれない。
「昔みたくお前はお前らしくいれば良いんだよ」
中身が大人とはいえ小さい子供に説教をされている大人の姿は実に惨めなことだろう。この場に私と彼以外誰も居なくて良かったと心から思う。
しばらくして笹餅を持った奈々生と、夕餉を持ってきた瑞希と鯰尾に何故か清光が加わっており、室内が一気に賑やかになった。
「おや、清光も来たのかい?」
「主がここで食べるって聞いたから。主の隣は俺って決まりだからね〜」
「はい名前ちゃんの分! 病み上がりの巴衛君にはお粥だよー、っとその前に……」
「巴衛、はい笹餅」
髪を後ろで一つに束ねた奈々生が笹餅の乗った皿を巴衛に差し出す。大きさも形も揃っており奈々生の料理スキルの高さが伺える。
巴衛が笹の葉で包まれた餅を一つ手に取り、頬張る。
「どう?」
「普通だな」
「……」
普通、と評され少しショックを受ける奈々生だが、それくらいでへこたれるほど軟じゃないのが彼女の長所。
不意に笹餅を食べる手が止まり、巴衛が彼女を見やる。
「奈々生、ありがとう」
巴衛の言葉に奈々生の顔が綻ぶ。
「どういたしまして」
翌朝、早々に自分の社に戻ることを決めた奈々生たちを瑞希と二人で見送る。
「高校生活との両立は大変だろう。出来る限り力になるから、何かあればここを訪ねてくるといい」
「色々とありがとう! また来るね!」
二人とも昨日まであった不安や迷いなど一切なく、晴れ晴れとした良い顔をしていた。
この先に訪れる困難もあの二人ならば大丈夫だろう。
「何か奈々生ちゃんを見てると神様に成りたての頃の名前ちゃんを思い出すね」
「……やめてくれ瑞希。その話題は私に効く」
書きたいこと多すぎてなかなか上手くまとまらなかった。最後のはナルトスネタです、はい。笑