01.とある兼業社の慣例
本日も我が社兼本丸は騒がしい。
どたどたと廊下を走っている不届き者が二人、執務室へ向かって来ているのが分かる。
誰と聞かずとも、こんな小競り合いをするのは希と小狐丸しかいない。
走らせていた筆を置き、廊下からの振動が止まるのを待つ。時の政府に提出する書類なのに、このままでは文字が歪んでしまう。
すぱーん。小気味いい音がして障子が左右同時に開かれた。
午後の陽気が気持ち良い桜舞う庭を背景に、向かって右には小狐丸、左には瑞希が、息を荒くして立っている。
四つの眼は真っ直ぐに私を見詰めており、若干血走っているところから相当興奮していることが伺える。
「名前ちゃん!」
「ぬしさま!」
そんなに叫ばなくても聞こえてるよと返しつつ、午後の執務はまたまだ終わりそうにないなと、ため息を一つ。
「二人共どうしたの」
「小奴より私の方が好きでございましょう!?」
「こいつより僕の方が好きでしょ!?」
二人の声が重なると同時に私に詰め寄る。
鼻先数十センチという所に端正な顔が二つ並んでおり花咲く乙女ならば黄色い悲鳴を上げていることだが、生憎私は花咲く頃を過ぎている。あとは慣れだ。
どうもこの本丸にいる奴らは私のことが好き過ぎるらしく、特にこの二人は顕著である。自惚れなどではなく、自覚だ。
別段迷惑ということもなく、寧ろ好かれるのは良いことだと思っている。度を超えた好意はある意味狂気ではあるが、まぁそれはそれで面白いので良しとする。
普段は特に仲違いする様子もなく、むしろ仲間意識が強くチームワークも良いと言えるのに、私の事となると途端に敵対意識を持つのだ。
中でも瑞希と小狐丸はいつも何かしらの理由をつけては喧嘩をしている。犬猿の仲よろしく蛇と狐も仲が悪いのかと思えば瑞希と鳴狐へむしろ仲が良い方だから、きっとこの二人が特別仲が悪いのであろう。
「僕の方が過ごした時間長いし、何より名前ちゃんとは一心同体も同然だもんね〜!」
「蛇ごときが何を吐かす。共に過ごした時間が長くとも愛がなければ無も同然じゃ」
「一介の狐が、生意気なこと言うじゃないか」
「蛇ごとき食い千切ってくれるわ」
「その前に君の首を絞めてあげるよ」
「あーもう! 二人共喧嘩しない!」
終いには主である私の目の前であるにも拘わらず口喧嘩を始める始末。
手が出ていないのは良いが、瑞希の背後には悠々と舌を出し入れする大蛇、小狐丸は己の象徴である太刀を抜刀する構え。いつ流血沙汰の喧嘩に発展してもおかしくはない。
言霊縛りで止めさせるのは容易いが、本人たちが和解しなければ意味を為さない。
とどの詰まりこの二人の喧嘩は日常なのである。
「あーるじ! 今日の俺も可愛い?……って、何でお前らがいるわけ?」
開きっぱなしの障子から顔を覗かせたのは初期刀である加州清光。彼もまた私のことが好きらしく、常に私好みであろうと努力を怠らない健気な子だ。
故に斯様な状況においてはその秀麗な顔を歪ませ、睨み合う二人に対する嫌悪を顕にする。
その視線に二人の怒りの矛先は加州へと移る。
「清光君何の用? 今取り込んでるんだよね」
「初期刀だからとぬしさまに馴れ馴れしくしおって……!」
「うっざ。毎回毎回主の目の前で醜態晒して恥ずかしくないわけ?」
「清光」
それ以上煽るなという意味を込めて名前を呼べば理解したのかしていないのか、それまでの表情が嘘であったみたいに満面な笑みを浮かべる。花が咲いたかと見紛うほどに溢れる笑顔で懐に飛び込んでくる。
そこまで勢いのついていない清光を軽く受け止め、綺麗にセットされた頭を撫でてやれば目尻を垂らして頬を擦り寄せてくる。まるで猫だ。
そんな清光にぎゃーぎゃーと文句をぶつける瑞希と小狐丸、当の清光はどこ吹く風。
「はぁ……瑞希、小狐丸」
「はぁい! 何なに?」
「はい! ぬしさま!」
またも二人の声が重なり、同時に四つの目がこちらを向く。
もうこの二人仲良いだろと言いたいくらい息がぴったりすぎる。喧嘩するほど仲が良いとはこのことか。
「私は二人とも同じ程好いているからね、優劣なぞ付けられないよ」
「名前ちゃぁん……!」
「ぬしさまぁ……!」
感嘆の声を漏らし頬を染め、薄っすらと涙を溜める二人を近くまで呼び寄せ、頭を撫でてやる。
とまぁ、ここまでがテンプレートだ。一体このやり取りを何回すれば気が済むのだろうか。
実際この本丸にいる刀剣たちは大切な仲間でありそれぞれが私の愛刀だ。
瑞希に至っては私の聖神使であり、傍にいるのが当たり前になっている。故に彼の様ような神使は今後数千年現れないだろうと言い切れる程の絶対的信頼を置いている。
刀剣と神使、立場や過ごした時間の長さは違えど私の大切な者であることには変わりはない。
なので先ほどの言葉もテンプレートと化してるはいえ本音なのだ。
「主も毎回毎回大変だね」
そう言って私に抱きつく清光もテンプレートに組み込まれていることを、彼は気付いていない。
こんな感じでやっていきます