03.束の間の休息
出陣も遠征もない日はその殆どをヨノモリ社で過ごし昼餉もここで済ませるため本丸にいる時間は極めて少ない。
勿論社にいる間は近侍をつけず、身の安全を全て瑞希に委ねている。彼は世間知らずだが神使としても神獣としても無類だ。
これは本丸にいる刀剣たちも承知のことで、大半が戦事を忘れて各々の休日を楽しんでいるみたいだ。たまには主のいない日があった方が気分もリフレッシュ出来るだろう。
私も刀剣たちを戦場に送らずに済むこの日だけは心穏やかに過ごせる。
「はーい、名前ちゃんお昼ご飯持ってきたよー。お仕事は一旦中断して食べよう」
「ありがとう」
二人分の懸盤を器用に持ってきた瑞希に礼を言い、二人で向かい合って手を合わせる。いただきます。
審神者業を始めてからは調理を買って出てくれる刀剣男士がいて、瑞希一人で作った食事は本当に久しぶりだ。
私の好みを把握しきった丁度良い味付けが腹を満たしてゆく。
「……うん、美味しい」
私と瑞希しかいない食事中は本丸でのそれとは打って変わって粛然たるもので、この静けさが心地良い。
最後にこうして瑞希と二人きりになったのは何日前のことだったか。審神者業を始めてから常に誰かが側にいて、日がな社にいることなどなかった。
思えば私が神様になる前から、瑞希には色々と世話になっている。
昔は好き嫌いの多かった私も今では何でも食べられるようになったし、少なかった彼の料理レパートリーも倍以上に増えた。
「うん、やっぱり名前ちゃんには社が似合うね」
「そうなのかな……?」
「ええ。とってもお似合いですよ、僕のご主人様」
急に真剣な顔つきと畏まった口調になったと思ったら次の瞬間にはにこにこといつもの笑みを浮かべる。
出会った頃の瑞希は表情が乏しく、どこか遠くを見つめてはため息を吐くばかりだった。それを思うと笑顔をいつもの表情だと言える今はとても幸福だ。
彼が居なければ今の私はなかったし、私が居なければ今の彼もなかった。神と神使としても、名前と瑞希としても。
普段あまり言葉にしないが本当に感謝ている。
「瑞希、いつもそばにいてくれてありがとうね」
「!……急にどうしちゃったのさ」
「瑞希がいて、今は清光たちもいて、こうして一緒に食事をできるのはとても幸せだなぁってね」
「ふふ、そうだね。……名前ちゃん、僕を見つけてくれてありがとう」
それから二人で笑い合って、ご馳走様をして、午後の仕事にとりかかった。
暖かい午後の日差しは睡眠を促すのでいまいち仕事に身が入らない事が多く、それは人の子も神様も神使であろうと変わりはない。
口元を隠してこっそりあくびを噛み殺そうとすれば、隣でも同じようにあくびをする瑞希。
同じタイミングであくびをしていたのが可笑しくて、お互い目尻に涙を浮かべてくすくすと笑い合った。神と神使は似るってことかな。
そういえば神様に成りたての頃も一度だけこういったことがあったなぁと、随分懐かしい記憶が思い出された。
あの時はあくびじゃなくて春の陽気に誘われて出たくしゃみがちょうど重なったのだっけ。
「あはは、何だか懐かしいねぇ、前もこんなことあったよね」
「ふ、ふふっ、」
「? 何笑ってるのー?」
「いや、私も今それを思い出していた所でね、何か可笑しくって……ふふっ」
「あははっ。僕たちって似た者同士だね」
そう言ってお互い顔を見合わせて再び笑い合う。戦神が見たら平和ボケだ何だと怒ってきそうなくらい本当に穏やかな日。
午後の決まった時間に参拝に来るお婆さんが、今日は小さな男の子を連れていた。お孫さんであろう彼は熱心に手を合わせるお婆さんとは対象的に少し退屈そうだ。
お婆さんが最後に一礼し男の子に向き直る。これからどこかへ出かけるのだろう、男の子の顔は忽ち満面の笑みに。そのまま手と繋いで社を後にする二人の安全を願いつつ社の中から見送る。
とても微笑ましいものを見せてもらい心が暖かかくなる。最近は血生臭いことばかり考えさせられていたから、こういった何気ない日常が愛おしい。
「ねぇ、名前ちゃん」
瑞希が私の名前を呼ぶので、私は文字を書く手を止める。彼を見やれば先ほどまでの談笑するやわらかい表情とは打って変わって真剣な眼差しで、反射的に姿勢を正す。
彼は見つめながらゆっくりと距離を詰めて、私の手を取る。
その手はひやりと冷たく、彼の本質が蛇であることを思い出させる。
「僕心配だよ……神様としてこんなにも頑張っているのにさらに審神者なんてさぁ」
「成り行きとは言え引き受けてしまったからには最後までやらないと……」
「引き受けてしまったから、か……そういう名前ちゃんの責任感強いところも好きだけど……」
そこまで言いかけて私の手を自分の頬に押し当てた。手と同様に頬も少しだけ体温が低い。
「僕は名前ちゃんの体が心配だよ。僕は神使で神獣だから多少の無理は平気だけど、名前ちゃんは神様と言えど体は未だ人間なんだから」
「私なら大丈夫だよ。ちゃんと睡眠もとっているし……」
「それに男所帯すぎて名前ちゃんの貞操も心配!」
「は……?」
「僕だって大切にしてるんだから、どこぞの鉄くずに無理やり……なんて考えただけでも恐ろしい!」
先ほどまでの厳かな雰囲気はどこへやら。本人は真剣なんだろうが私は呆気に取られてしまって実に間抜けな顔をしていることだろう。
愛されている自覚はあるがそこまで心配されているとなると少々過保護ではないだろうか。仮りにも神籍である身なのだ、神相手といえども付喪神程度ならば難なく去なせる。
そう言い聞かせてもやっぱり危機感が足りてないの一点張り。あれ、いつの間にか説教になっているのは気のせいかな。
「あとさぁ、いつまでそんな堅苦しい喋り方するの?」
「喋り方? うーむ、こればっかりは……」
「そんなミカゲ様みたいな変な喋り方辞めて、昔みたいにもっと可愛らしい喋り方にしなよ。その方が絶対に良いって!」
「……考えておくよ」
そんなやり取りをしながら仕事をこなしていると日は傾き時刻は夕刻へ。
元々社にあった寝室は何故か本丸の方へ移動されているためこのまま社で夜を明かす訳にもいかず、本丸へ戻ることにした。
この間乱と鍛刀していた時に思いついた、夜間の仕事を式神を任せる策を実行に移すべく、白札に通力を込め役割を書いて鍛刀場にいるような式神に変化させる。
念のためにもう二体程出現させ、今一度仕事内容を伝えよろしく頼めば彼らは筆を構えて力強く頷いた。
大丈夫かなぁと心配そうに彼らを見やる瑞希に、私の式なのだから大丈夫だと言い聞かせる。他の社だって式神を使っているとかいないとか聞いたことがあるから大丈夫だ。仮に何かあっても私にすぐ伝わるので、まぁ、ね。
いつも働いてばかりだから夜間くらい瑞希にも休んでほしい。
「それはそうと今日の夕餉は何だろう。確か歌仙と燭台切が作ってくれるのだったね」
「あの二人なら何でも美味しいよ〜。お腹減ったねぇ」
話を逸らすように夕餉の話題を振りながら社と本丸を隔てている戸を開ければ、足元に誰かが座っていて。
その人物は戸に寄りかかって居眠りしているでも、暇を持て余して惚けているでもない。
自身である打刀を傍に置き膝の上で握られた拳は微動だにさせず、模範的な姿勢でただ静かに正座している様は“待機している”と表現するのが正しいだろう。
しかし今日は調理番以外誰にも何も役割を与えていないため、彼は自主的にここに座っていたこととなる。
そんな忠誠心の塊のような刀剣、私は一人しか知らない。
「長谷部、ずっとここに座っていたのかい?」
「はい。いついかなる時にも主を守れるよう待機しておりました」
すっと立ち上がり恭しく頭を下げる長谷部の忠誠心には正直驚かされた。
つい数日前に顕現したばかりだというのに、聞けば今日一日中待機していたそうだ。
「うわー、長谷部くん忠誠通り越してもはやストーカーだよそれ」
「いくら主が信頼していようと神使とやらだけでは心配だからな」
「……人の姿を貰ったばっかりの奴に名前ちゃんの護衛は務まらないと思うけどなー」
売り言葉に買い言葉。これ以上の口論に発展しないよう二人を諫め、広間へ向かう。
途中、飛び掛かってきた今剣を受け止めて、私に抱きつこうとした小狐丸を瑞希が阻止し、私を驚かせようとして失敗した鶴丸を長谷部が捕まえ、縁側で夕陽を眺めていた鶯丸と部屋の隅で丸まっていた山姥切を忘れずに連れて。
すると随分と賑やかな列が出来上がってしまいちょっとしたパレード気分を味わえた。
広間には既に半数以上の刀剣たちが集まっており、積極的に手伝いを申し出る短刀を中心に料理を配膳しているところだった。
「主、社のお務めお疲れ様」
「ありがとう安定」
「今日もこっちでは特に問題はなかったよ〜」
「清光もご苦労様。休みだというのに気を回させてしまってすまないね」
「いーのいーの。俺がしたくしてしてるんだから気にしないで」
真っ先に話し掛けてきた大和守と清光と軽くお喋りをしているうちに他の刀剣たちも集まってきて其々から労いの言葉をもらった。
それから食事のため席に座るのだが、我が本丸は大所帯であるが故に特別なことがない限り上座や下座といった堅苦しいことは取り払っている。
但し皆の主である私はその限りではなく席が決まっており、右隣には瑞希が、左隣には清光が座るのも常だ。これはまだ私と瑞希と清光の三人だけだった頃に取り決めたこと。
後はその都度席順が変わっている。
「瑞希さんは仕方ないとして何でお前が主の隣なのさ」
「ふふん。主の左はずーっと俺のものなの」
「なんかムカつく」
「この小狐もぬしさまの隣に座りたいです……」
「こぎつねまるはちいさいおとこですね。ぼくはあるじさまのとなりでなくてもへーきですよ」
「あっはっは! 今剣の方が大人のようだな!」
「ふんっ。鶴は黙っておれ」
「はいはい。私語は慎んで、座るんだ」
「みんな自分の分のご飯と味噌汁行き渡ったね?」
厨房から歌仙と燭台切が出てきて声をかけると立っていた者は空いている席へと座りそれまで騒がしかった広間が静まる。
最後に全員に食事が行き渡ったことを確認した燭台切が席に座れば夕餉の準備は完了だ。あとは私が例の言葉を発するだけ。
瑞希から清光までぐるりと刀剣男士を一瞥し、しっかりと手を合わせる。全員が手を合わせたのを確認して、一言。
「いただきます」
私の言葉に一拍おいて全員が声を揃える。本日の大皿は肉じゃがと天ぷらの盛り合わせだ。
書き終わってから私的に理想の最終話っぽくなってしまったことに気づいた……まだまだ終わらんよ!笑