三条派とお饅頭
その日は出陣と遠征で殆どの刀剣が出払っており本丸にいる刀剣は数えるくらいだったため、私は日がな社の仕事をしようと境内の掃除をしていた。境内の掃除から町内会の寄り合いまで、社の外での仕事は意外と多いのだ。
お陰様でそれなりの広さを持っている我が境内でも、瑞希と交代でこまめに掃除をしてる成果もあり差程時間は掛からなかったが、丁度参拝に来ていた氏子に菓子折りを頂いてしまった。
今日のように氏子から菓子折りなどを頂くことはよくあって、前は消費が大変だったが今は食欲旺盛な者が大勢いるので有り難い。
見覚えのある包み紙は社から少し歩いた所にある老舗和菓子屋のもので。十中八九生ものだろうと開けてみれば案の定大福の詰め合わせであった。
「ひぃふぅみぃ……八つ入りだから喧嘩になっちゃうね」
眉尻を下げるも優しい笑みを浮かべている瑞希。
私と瑞希しかいなかった頃は数日に分けて食べねば余ってしまう数でも、今は取り合うくらい少ないのだ。
しかしそれは残念なことではなくそれだけ賑やかになったという証。
「あ、でも向こうは今ほとんど出払ってるんだっけ? じゃあ僕はここで仕事してるから名前ちゃんはこれ持って本丸で誰か適当な子たち見つけて食べといでよ」
「……いいの?」
「他の子たちが戻って来たら取り合いになるからね。ここは僕がやっておくから、今のうちに行っておいで」
「ふふ、ありがとう。……っと、そうだった。はい、瑞希の分」
そう言って彼の口に大福を一つ詰め込んでやる。氏子からの頂きものは個数に関わらず私と瑞希は必ず食べると決めているのだ。
本丸に残っている刀剣の数がなるべく七振り以内であることを願いつつ本丸へ続く戸を開け、一応辺りを確認する。別に隠れる必要などないのだけれど、なんとなく。
それから誰もいないのを目視し、誰が本丸に残っているのかを確認すべく広間の予定表を見に行こうと丁字の角を曲がった時だった。
「あっ! あーるじーさまー!」
「ん?」
声のする方へ振り返れば小狐丸と今剣が向こうから走って来るではないか。内番終わりだろう、泥の付いた頬をこれでもかと緩ませている。
「ぬしさま、馬当番終わりました」
「二人ともご苦労様」
「きいてください、こぎつねまるってば、うまにむしされてておもしろかったです!」
「あなやっ、それは言わぬ約束であろう!」
「そうでしたっけ?」
「あー、ぬしさまの前で恥をかけせおって……!」
「ふふふっ」
二人のやり取りが微笑ましく思わず笑ってしまい、それに返すように二人も顔を合わせて小さく笑い合った。
和やかな雰囲気が場を包むも数十秒、はっと何かに気づいた小狐丸が顔を近づけてすんすんと鼻を鳴らす。腹を空かせた狐の嗅覚の鋭さに感心してしまった。
「今日のぬしさまは一段と良い匂いです」
「そういえばたしかに……ほんのりとあまいかおりがしますね」
「そうだった。氏子から大福を貰ったんだ」
「!」
「だいふくですか!?」
きらきらと眼を輝かせる姿は元が大太刀とは思えぬ愛らしさだ。今剣の手前あまり大きなリアクションはしていないが小狐丸の眼も輝いて見える。
人の形を成してから様々なものを食べている彼らは中でも甘いものが好きなようだ。まぁ私も幸せな気分になるから甘いものは大好きだが。
そっと人指し指を口元に添えて、口を開く。
「ふふ。全員の分はないから私達だけで食べてしまおうか」
「いいですねぇ。さんせいです!」
「それじゃあ手を洗ってから執務室にこっそり集合だよ」
「りょーかいです!」
「ではぬしさま、また後ほど」
二人と別れてから、あとは誰を誘おうかと思案しながら執務室へ向かう。数人しか残っていない本丸はいつもの騒がしさが嘘のように静まり返っていて、新鮮だ。
執務室へ繋がる障子を開けたその時、私は自分の目を疑った。
「……何故ここに」
「大福を食べるというのでな。ああ、茶なら用意してあるぞ」
「……」
この自称爺はどこまで強かなんだ。
誰もいないはずの執務室の障子を開ければ誘った覚えのない三日月がさも当たり前のように茶を啜っているではないか。
思わず折箱を落としそうになったが何とか持ち直し、彼が用意したのだろう隣に置かれた座布団に促されるがままに座った。
まぁ、三日月がいたところで大福の数は足りる。
しばらくするとわいわいと賑やかな声が近づいてきた。二人以外の声も混ざっており、そこから察するに今剣か小狐丸のどちらかが誰か他の刀剣も誘ったのだろう。
大福は足りるだろうかと、ちらりと大福の入った箱に視線をやる。
「ぬしさま戻りました」
「くるとちゅうでふたりをみつけたので、さそっておきました!」
「手合わせの後で丁度腹が減っていたところでな!」
「個数が少ないと聞いたけど、私たちも頂いて大丈夫かな?」
二人が誘ったのは本日手合わせの予定が入っていた石切丸と岩融のようだ。特に普段社の仕事を手伝ってくれている石切丸にこの大福を食べて貰えるなら氏子も本望だろう。
奇しくも三条派刀剣が集まり、私を含めても大福が全員に行きわたる人数である。
「うん。ちょうど良い人数かな」
「それは良かった」
どかりと胡坐をかく岩融と、その隣に徐ろに正座する石切丸。きっと汗を流した後だろう、二人とも髪が濡れているがこざっぱりとしている。
小さな円に三日月が煎れてくれたお茶が人数分行き渡ったところで中央に大福の入った折箱を置いてそっと蓋を開けてみせる。
「おおっ。中々デカくて腹持ちが良さそうだなぁ!」
「うむ、実に美味そうだ。どれ……」
「ではぬしさま、頂きます」
「ぼくもいただきます!」
「それじゃあ私も、有り難く頂くとするよ」
「ふふっ。いただきます」
他のみんなには内緒なので取り皿も、揃っての頂きますもなしだ。各々のタイミングで食べ始め、静かにお茶会が始まった。
もちもちとした食感と、甘すぎずでもそこまで控えめではない糖度に仕上げられた粒あんが口の中いっぱいに広がる。
私は何度か食べているがやはりあの店の大福は皮と餡のバランスが絶妙でいて、三日月の煎れてくれたお茶とよく合っていて美味しい。
「あまくておいしいですね、あるじさま」
「うん、そうだね」
「良い腹の足しになった!」
「岩融たちは今日手合わせだったね。どうだった?」
「おや、珍しいね。主が戦事に興味を持つなんて」
「興味が無いわけではなくてね、清光に任せっきりも悪いと思って、少しずつ勉強していこうかと……」
ひっそりと行われているとはいえやはり会話がないというのは寂しく、華を添えるのは今日の内番のことや最近の生活のことなど。内容は普段とさして変わらないが状況が変わるだけで特別な物に感じられるから不思議だ。
「そういうことでしたらこの小狐が手とり足取り教え……あなやっ! いきなり殴るとは何じゃ三日月!」
「いやなに。躾のなっていない犬がいたのでな」
「したごころまるみえでした。けーべつします」
「……?」
小狐丸の発言の途中から岩融に耳を塞がれてしまい彼らが何の話をしているのか聞き取れず、それとなく石切丸を見やれば有無を言わさぬ笑顔を向けられたので詳しくは聞かないでおこう。
瑞希もそうだがここの者たちは皆過保護すぎではないだろうか。私だって祭神である前に立派な成人女性なのだ。
岩融の大きな手が離れてようやく聴覚がクリアになったところで、やはり何の話か尋ねようかと口を開いたが寸出で三日月の方が早かった。
わざとにしろわざとじゃないにしろ、これ以上は深入りするなという天からの示しだろう。私はもう諦めたよ。
「ところで主、大福が一つ余っているのだが……」
「……ああ、それなら私はいいから誰か食べていいよ」
この“最後の一つ”を誰が食べるかで揉め事になったのは言うまでもない。
「最後の一つは渡さぬぞ!」
「俺は体がデカいから大福も二倍ないと釣り合わんのだ!」
「ぼうろんです! ぼくだっておなかぺこぺこなんですから!!」
「それにその理論でいくなら私も体が大きいから最後の一つを食べる権利はあるはずだよ」
「……喧嘩するのはいいけど刀を振り回すのは駄目だからね」
それまでの穏やかな空気が一変。このままでは掴み合いに発展しそうな勢いだったので思わず声が出た。
今までにないくらい本丸にいる刀剣の数が少ない日だというのに、いつもと同じくらい騒々しい。
事の発端となった三日月をちらりと見やると、彼は眉尻を少しだけ下げて、ふう、と小さく息を吐いた。
「うむ……大変なことになったな。よし、ここは言い出した俺が責任をもって食べてやろう」
三日月の白く骨張った手が箱に残った大福を掴み上げるとそのまま一口で食べてしまった。結構大きかったのでリスのように頬が膨らんでいる。
「あ……」
全員の声が重なった瞬間であった。
殺気立つどころか寧ろ呆れ返ってしまった他三条派刀剣が見ている前で三日月は大福を飲み込んで満足げに茶を啜り始めた。やはりこの自称爺はかなり強かな性格をしている。
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