05.飲んでも飲まれるな



 朝起きたら瑞希の顔が目の前に。なんてことはいつものことだからもう慣れてしまった。慣れとは時に悲しい現象である。

「おはよう瑞希」
「おはよう名前ちゃん」

「……私の寝顔なんて見ていて楽しいかい?」
「うーん。楽しいっていうか……こう、心が暖かくなるんだ」

 そう言って自身の胸に手を当てた瑞希はとても幸せそうで。だから私は瑞希のこの手の言葉にめっぽう弱い。
 瑞希はヨノモリ社がダムに沈んでからの数百年ずっと独りだったため、誰かの寝顔を見ることで安心感を得たいのだ。
 たからといって私の寝顔なんて見ていたところで得なんて……いや、一応神様だからご利益はあるかもしれない。
 嬉しそうな瑞希を見ていると私まで心が暖かくなってきた。

 上半身を起こせば、すかさず私の背後に回って寝癖のついた髪を整え始める。神様の世話をするのも神使の務めだとかで、神様になってから甘やかされっぱなしな気がする。
 それが当たり前だと感じているあたり私と瑞希が共に過ごした時間は長く、その何万倍とも言える時間をこれからも共にするのだと考えると当たり前とすら感じなくなるのかもしれない。

 時折すんすんと鼻を動かし匂いを確認する動作も今では当たり前に行われている。

「……よし、あの狐の臭いはしない」

「ん? 何か言ったかい?」
「ううん。名前ちゃんは今日も可愛いなぁって」
「……それはそうと今日はいつもに増して騒がしいね」

 さらりと吐き出された褒め言葉への気恥ずかしさを誤魔化すように話題を変える。乱れた髪を梳いてもらいながら外の騒がしさに耳を傾けた。

「名前ちゃん昨日梅の花満開にさせたでしょ」
「そうだけど……それがどうしたの?」
「今朝遠征部隊が予定より早く帰ってきて、満開の花を見て……」
「……あ」

 その時ようやく寝起きの頭が働いた。
 時間のかかる遠征だった故にいざという時の戦力にもなる、今いる唯一の大太刀である次郎太刀に遠征部隊の隊長を任せていたのだ。
 そんな彼が満開の花を見れば花見を催すのは必然。酒好きな次郎太刀を始めとする宴会好きが花見の席を用意しているみたいだ。
 何も朝から準備をしなくても、と頭を抑えて溜め息を吐けば、幸せが逃げるよと瑞希が笑う。

 髪を整え終えると瑞希が今日着る服を持ってくるのでそれに着替える。神様に成りたての頃は慣れなかった着物も今では着付けまで一人で出来るまでになった。
 神様といえど人でもある身故に以前は洋服も平気で着ていたのだが、審神者業を始めてからは専ら着物を着るようになった。

「おっ、やっと起きたのかい?」
「大将も早く来いよ!」
「祭りだ祭りだー!」

 勢いよく障子を開けた次郎太刀に続いて短刀たちが彼の後ろから現れるが、次郎太刀を残してそのまま元気の良い声は遠ざかっていく。
 その場に残った次郎太刀はついでにと遠征の報告をしていった。と言っても彼は終始落ち着きがなく至極簡略的な報告になったが。

「遠征は大成功! 資源いっぱい集めてきたよ! 手伝い札も拾ったし! 怪我人はなし! 以上!」

 それだけ言うと私の返事を待たずに部屋を飛び出して行ってしまう。見た目に反して実に男らしい報告に思わず笑ってしまいそうになった。
 部屋を出たすぐで待機していたのは今日の近侍である歌仙、ではなく山姥切国広だった。料理の心得がある刀剣は一人残らず台所に召集されているのだとか。
 ならば瑞希はこんな所でのんびりしている場合じゃないのでは、と思ったが彼曰く私以上に優先させるべきことは無いとのこと。神使の鑑のような男だ。

「それで、今日は何をするんだ?」
「そうだね、花見が始まるまでは社で仕事でもしていようかな」
「……俺はどうすればいい」
「襖前で待機か、何だったら花見の準備を手伝ってきてくれても構わないよ」
「……いや、待機している」

 長谷部の一件以来社と本丸を繋ぐ障子の横に座布団を置くようになった。そこに丸まるように体育座りする山姥切は遠目で見たら宛らまんじゅうだ。そういえば朝餉を食べていない。
 瑞希の用意したおにぎりをぱぱっと食べて社の仕事に取り掛かった。



「おい、花見の準備が出来たみたいだぞ」

 障子越しに山姥切が言う。時刻はとうに昼を過ぎており、それを認識した途端にお腹が鳴ってしまった。随分と現金な胃だ。

「ふふ。それじゃあ僕もとっておきのお酒を持ってこようかな〜」

 自作の酒を取りに行った瑞希を待つことなく、私と山姥切は庭へと向かう。瑞希の酒は全て美味しいので飲めるのが楽しみだ。最近は酒好きに狙われているとかで結界付きの蔵で保管しているそうな。
 花見会場となる庭には何処から出したのか大量の茣蓙が敷いてあり中心に置かれた大量の食事と大量の酒類を囲むように刀剣たちが座っていた。

「あーるーじぃー。せっかくの料理が冷めちゃうよー!」

 早く早くと清光に急かされる。私と瑞希には例の如く縁側からは遠い梅の木の近くに席が用意されていた。
 いつも通り清光の横に腰を降ろせば少し遅れて瑞希もやって来た、とっておきのヨノモリ酒を持って。

「はい名前ちゃん、お猪口出して」
「ん、ありがとう」
「あー! その酒は!!」
「……しょうがない。全員最初の一杯だけだよ」

 瑞希手製の酒は美味しくて量が少ないため人気が高く、本丸内でも希少価値が高い。全員の猪口に注げば最初の一本はもう殆ど残らなかった。
 ここぞとばかりに仕切ってくれている次郎太刀が全員に酒が行き渡ったのを確認すし、私に乾杯の音頭をとるよう促す。

「そういうのは得意ではないのだけれど……みんな、いつもありがとう。私は神の身の上だから戦事には明るくなく任せきりで審神者としてもまだまだ未熟者だ。これからも迷惑をかけるがこれからもよろしく頼むよ」

 乾杯。私が猪口を少し上に掲げれば彼らもそれに続けてそれぞれの猪口を上へ。ぐいと飲み干せば度数の高いアルコールは空きっ腹によく効く。
 二杯目を飲みつつ歌仙たちが作ってくれた昼餉を食べようと取皿を持ち上げればそれを横から取られてしまう。
 誰かは確認せずとも分かる。よく気の利く神使は私が食べたいと思っていた物をピンポイントで取皿に乗せていく。

「はーい、どうぞ」
「ありがとう」
「お酒もどうぞ。……って、あれ? もう空になっちゃった? 僕、二本目取ってくるね」
「ああ、足元に気を付けていくんだよ」
「分かってるよ〜」

 みんなに振る舞ったヨノモリ酒は私の三杯目を注いだ時点で空になってしまったようで。それなりに飲んでいる瑞希に取りに行かせるのは忍びないが、私が一緒に行くことを彼は良しとしないだろう。
 瑞希が二本目の酒を取りに行っている間、他の酒をを注ごうと思ったら清光に制止され、酒瓶を取り上げられる。 

「俺に注がせて」

 目上の人に酌をするという風習を特に強いているつもりはなく、彼は自主的に酌をしにくる。誰かに使われていた刀剣だからこそ主従事に敏感なのかもしれない。
 中でも清光は初めて酒を酌み交わした日より今日に至るまで酒の席では必ず酌をするようになった。
 今も慣れた手つきで私の猪口に酒を注ぐ注いていく。

「いつもありがとう清光」
「ううん。主に喜んでもらえるだけで俺は嬉しいから……」

 酒瓶を持ってうっそりと微笑む清光はどこぞのコンパニオンを彷彿とさせる。

「ぬしさまぬしさま、次はこの小狐に注がせてください」
「いや、ここに来た順的に言って次は俺っちだろう」

 清光、薬研、小狐丸に続いて他の刀剣たちも我先にと私の酌をしようと遂には一列に並んでしまった。

 断る理由もないので私は大人しく酒を注がれてはそれを飲む。

「え! みんな何で名前ちゃんの前に並んでるの!?」




 酒とは時として人の本音を出させる。
 陸奥守と山伏が余興を披露してみんなの注意がそちらに向いている中、自分より低い私の肩に器用に頭を乗せた瑞希はぽつりぽつりと本心を吐露し始めた。

「僕、彼らが嫌いだよ……」

 まるでここだけが別の空間になったように静まって、瑞希の言葉だけがより鮮明に聞こえてくる。

「名前ちゃんと二人きりで良かったのに急に審神者をやれだなんて言われて、彼らが来て、名前ちゃんを取られるんじゃないかって不安でたまらない……」
「……」
「歴史修正なんて知ったこっちゃないよ。名前ちゃんは僕の名前ちゃんなのに……」
「瑞希……」

 瑞希は何が気に入らないのかよく刀剣たちと口喧嘩紛いの言い合いをしていたのだがそんな理由だったのか。
 私を取られたくない一心で憎まれ口を叩いていたのだと思うと一気に愛おしく感じてしまう。どんなに人が増えようと瑞希を捨てるわけがない、私の唯一の家族。

「でも最近ね、大勢で食べるご飯とか、こうやって賑やかなのも悪くないって思ってる僕もいてさ……」
「うん」
「少しだけ彼らのことが好きになれそうかも」
「そう……」

 彼らへの印象が少しずつでも良い物へと変わっているのなら私は嬉しい。目尻をとろんと下げた彼の頭を優しく撫でてやる。
 緩む口元を自覚しつつ、瑞希が注いでくれた何十杯目かを飲み干した。




 そして、程よい飲酒は人間関係を円滑にさせ、時には睡眠を促す。

「主さまぁ〜むにゃむにゃ」
「たいしょーは俺が守るぜー……」
「なんだ、このきおく、は……ぐぅ」
「虎さんまって……」

 現に少ししか飲んでいない短刀たちと骨喰鯰尾はすぐそばの部屋で固まって寝ている。
 しかし度を過ぎて飲み過ぎれば忽ち自身のキャラクターを見失わせる危険なものだ。

「そしたら大包平がな……それで俺は大包平に言ってやったんだ。大包平ときたら……」
「カッカッカ! 拙僧のこの筋肉を見よ!」
「誰だー、俺のことびっくりジジイって呼んだ奴……良いネーミングセンスしてるじゃないかぁ……うひっ」
「まっはっはっは! こそばいっちゃ〜! ガハハハ!!」
「君たちは本当に雅じゃない。この際だから僕が雅とは何かを教えてだな……ひっく」
「酔っ払ってくだを巻くなんてかっこ悪いよぉ……アハ、アハ、アハハハッ」
「大将、たまには甘えさせてくれよ……なぁ良いだろ?」
「俺にはあんたしか居ないっていうのにあんたはこんなに大勢を取っ替え引っ替え……俺が写しだからか? なぁ……?」
「ぬしさまぬしさま〜。小狐めの毛並みを整えて下さいませ〜」
「主ぃ俺可愛い? ね、可愛い? も〜主好きぃ〜」
「メンヘラうっぜ。ねぇねぇ主、僕のこと愛してくれてるよね? ね?」
「はあ!? メンヘラはお前の方だし!」
「んだと……殺るかオラァ!」
「えへへ、名前ちゃん好き〜」

 一言で表せば混沌、カオスだ。
 彼らのあられもない姿を見て飲み過ぎは良くないと改めて思いました。

「……え、あれ、動けない……?」

 気付けば複数人に抱きつかれ見動きが取れなくなってしまっていて、唯一意識のはっきりしている次郎太刀に助けを求める。

「もー、何やってんのアンタはー」
「いや、私のせいじゃないんだけど……」

 一人ひとり剥がしては部屋に転がしていき息苦しさがなくなった頃には部屋の様子はまるで死屍累々。
 最終的に私と次郎のみが残るという結果になってしまったが、気を取り直して彼と程よく酌み交わした。

「はぁ、助かったよありがとう」
「あっはっはっは! 見事にみんな潰れたねぇ」
「うーん。やっぱり次郎はお酒強いね……」
「まあね〜。伊達に毎日飲んでる訳じゃないってね!」
「ふふ……ふふふ、はは、あは、あっははは!!」
「うおっ!? え、ちょっと、何、どうしちゃったのさ!?」
「こんなに楽しい酒盛りは久々だよ〜! すっごい楽しい〜!」
「……そっか。ん、そっかそっか! アンタが楽しそうでアタシも楽しい!!」

 翌日、私と次郎を含めて悪酔いした殆どが見事に二日酔いになりましたとさ。めでたくないめでたくない。


 最後の方は酔っているせいか夢主の素の口調が出てます。