呪詛師の呪い
※五条→夢主→夏油前提。ヤンデレ気味なので何でも許せる方向け
いつからだったかなんて忘れてしまった。
気付けばお前を目で追っていて、目が合うと笑うお前が俺だけを見ていればいいのにと思うようになったことなんて、いつからだったか覚えていない。
「今度その映画の最新作があるんだって」
「あれアクション系だろ?名前そういうの興味あるの?」
「うん、お兄ちゃんがそういうの好きで、一緒に観てたらハマっちゃって」
「そうか…実は私もその映画気になってたんだ」
「…本当?じゃあもし良かったら…」
聞いていてこっちまで恥ずかしくなる。何でだろうか。まるで自分が意中の相手を誘っているような気分になってしまうからだろうか。
特に用はなく気分転換しようと廊下を歩いていたら、共同スペースから名前の声が聞こえた。ラッキーと思い軽やかになった足取りのまま向かうと、そこには名前と傑がいた。ああ、なんだ、とさっきまで軽かった足が急に床に張り付いて動かないような錯覚に陥る。
名前は傑のことが好きだ。
馬鹿でも分かるほど明白な好意なのに、傑は気付いていない。だから傑は大馬鹿野郎だ。前にそれとなく名前のことを聞いてみたら、可愛い妹のように思っていたようで、名前自身からも兄のように思ってもらえていると言っていた。なんて馬鹿で、なんて残酷な男なんだろう。
まるで盗み聞きをするような状態になっていたが、俺は傑が名前の誘いに乗るかどうかが気になってしまった。
もし傑が名前の誘いに乗ったら、俺は潔く諦めよう。そもそも誰にも言っていないし、俺は名前みたいにこれ見よがしな好意を振りまいていないから、きっと誰にも気付かれていない。だから大丈夫。初めて会った時と同じように、ただのクラスメイト、友人に戻ればいいだけの話だ。
馬鹿みたいだな、こんなところに隠れて、人の話を盗み聞いて。
「…今週とかはどうかな?」
「うん…ぜひ、」
嗚呼、俺の恋が、終わろうとしている。
「…と言いたいところなんだけど、実は週末は任務が入っていてね」
「え、あ…そうだったっけ?」
「急に入れられたんだ。全く参るよ」
任務の話なんてしていたっけ、とここ最近の傑とのやりとりを思い出す。
そうすると俺は最近傑と一緒に任務に行くことがなくなっていたことに気付いた。なんとなく感じてはいたが、確かにここ最近任務はそれぞれ単独のものが多い。
いつからだったかなんて忘れてしまった。
名前は傑にまた誘うね、と声をかけていた。すると傑は「ああ、頼むよ」と返答していた。俺とはない会話がこんなにも羨ましいものなのか、と思った。
結論的にいうと俺の恋は終わらないことになる。
だが、それはそれでどちらにしてもきついものだった。俺の恋が実ることなんておそらくこの先あり得ない。なのに分かっているのに、こんなにも名前のことばかり考えてしまうこの脳味噌を一旦綺麗に洗ってしまいたい。そして記憶も感情も全てリセットして、今度は最初からただのクラスメイトとして、やり直したい。傑や硝子といるように、名前にも仲間として接することができれば、俺はこんな汚い感情を持つこともなかっただろう。
いつの間にか軽やかになった足はそのまま引き返していたらしい。男子寮の方まで来ると背後から声をかけられ、思わず肩が跳ねてしまう。
振り返るとそこにはさっきまで名前と話していた傑がいた。さっきまで俺が好意を寄せている名前と話していた傑がいたのだ。
「盗み聞きは趣味が悪いんじゃないか?」
なんだ、気付かれていたのか。
「別に。邪魔したら悪いかなーと思って」
「邪魔なんかじゃないさ。それより悟、そんなふうに気を遣うことできるんだね?」
「うっざ。マジうっざ」
例え恋敵であったとしても傑との仲が拗れることはなかった。コイツは良い奴だから。
だから余計に俺も下手な真似が出来なかったんだ。名前のことは好きだ。そして傑は良い奴だ。だから友情を壊してまで、恋を選ぶつもりはなかった。これは対人関係に恵まれているからこその、贅沢な悩みというものなのだろう。
「よかったら悟が行ってあげなよ。お前もアクション映画好きだったろ?」
「俺が誘われたんじゃねーし」
「そんな拗ねたように言うなよ」
そりゃ拗ねるだろ、と出かかった言葉を押し殺す。いつもの飄々とした様子を作るのに、今はとても苦労した。
「名前には私なんかより君がついていた方がいいと思うんだ」
「は?」
突然訳の分からないことを言われて、驚きと怒りが混ざり合った声が出る。傑は俺の気持ちに気付いている訳はないし、だとしたら何故そんなことを急に言い出すのかが分からなかった。まるで自分じゃ名前に釣り合わないとでも言いたいようだ。
俺から見たら名前と傑はお似合いで、俺は本当にただのお邪魔虫だとすら思っているのに。
「何言ってんだよ急に、意味分かんねー」
「………そうだな、すまなかった」
この時は本当に意味が分からなかったんだ。だから適当に聞き流してしまった。
今になって俺はそれを死ぬほど後悔している。
***
傑が例の任務に行って数日後、俺たちにはとんでもない事実が知らされた。
夏油傑が派遣された村民の百数名の死亡が確認された。呪霊によるものと判断されたが、その残穢から夏油傑の呪霊操術と断定。
傑は、呪詛師として処刑対象となった。
俺はそれを聞かされた時、すぐに名前のことを考えた。部屋に向かいノックをしても出ないので「入るぞ」と一言伝えてからドアを開ける。
名前はベッドに腰掛け、ぼうっと一点を見つめていた。
「名前、…しっかりしろ」
「………なんで?」
「え」
「ねえなんで傑は私たちのこと裏切ったの」
笑った顔が好きだった。俺を呼ぶ優しい声も、俺にはない人当たりの良さも好きだったが、一番はやはり笑顔だった。今目の前で泣きじゃくっている名前が別人に思えるくらい、名前はよく笑う奴だったっていうのに。
「傑…なんで…?私たち、すぐ近くにいたのに、何も気付いてあげられなかった」
嗚呼そうだ、俺たちはこんなに近くにいたのに、互いのことを意外と何も知らない。
傑の考えていることなんて分からない。でもおそらく突発的な思想でとった行動ではないだろう。傑はそこまで馬鹿じゃない。あれ、俺この前まで大馬鹿野郎とか言ってたっけ。
「…悟は裏切らないよね?」
ダメだ、これは絶対に駄目だ。分かってはいても目を潤ませて俺を見上げる名前は、既に機能停止している俺の脳を刺激する。良いことと悪いことの判断がつかない。自分がどうしたいか、それだけを考えていた。
「裏切るわけねえだろ」
こんなにお前のこと好きなのに。言えるはずのない本音を飲み込んで、濡れた頬を拭う。頬がこんなに柔らかいと思わず、両手で包む。どんどん溢れてくる涙が唇まで到達すると、親指の腹で拭うよりなぞった。
駄目だ、これは俺が望んだものじゃない。こんなの俺が欲しかった状況じゃない。それなのに、一度踏み込んだ底無し沼は、絶対に返してはくれなかった。
「…好き、好きだったの…傑…傑っ」
譫言のように泣く名前の唇を塞いでしまった。嫌がられる前に後頭部を押さえ逃げ道をなくす。しかし意外にも名前の抵抗は無く、むしろ名前は受け入れてくれた。
嗚呼、だったらもう、堕ちるしかないだろう。
今名前の瞳はきっと俺を見ながらその向こうにいる傑を見ている。今まで俺は傑を見ている名前をずっと見てきた。こんなご褒美なら要らねえんだよ。
傑がああ言った意味が、今になって漸く分かった。お前はその時から生き方を決めてたのか、なあ教えてくれよ。
いつだったかなんて忘れてしまった。
名前のことを好きだと意識したのも、俺と傑が任務を一緒にこなさなくなったことも、俺たちが二人で最強だと名乗らなくなったことも。
いつだったかなんて忘れてしまった。
「名前、もう何も見なくていい。俺のことだけを見ろ」
「…悟?」
「俺だけはお前を裏切らないから」
優しいお前はきっと受け入れる。俺たちはもう後戻りできない。望んだ状況ではない。だが、俺たちはこうでもしないと救われない。こんなことになったのは全て傑、お前のせいだ。そう、傑のせいだ。だから俺は何も悪くない。
「うん、悟のことだけ、見てるね」
そうは言っていたが、きっと名前は俺越しに傑を見ているんだろう。
だが、空っぽになった心を埋め合うように貪る愛じゃ、俺たちは全然救われないのだ。