夕焼けの告白
ぬるい下ネタを匂わせる発言があります
その日はエマちゃんとヒナちゃんと一緒にお出かけに来ていた。フードコートでご飯を食べて、文房具を見てみたり、雑貨屋さんに入ってみたり、洋服を見てみたり、ととにかく休日を満喫していた。
たくさん歩き回ったので、飲み物を飲みながら休憩しようと入ったカフェで、私たちの話題はそれぞれが想いを寄せる人たちのことになった。
「なんかさタケミチくんってすっごい子どもっぽい時と、大人っぽい時とあるくない?」
そうヒナちゃんに尋ねるとヒナちゃんも思うところがあったらしく「そうなんだよね」と頷いていた。
「ヒナにもよく分からなくって。なんか別人格いるんじゃないかなって思っちゃう」
まず話はヒナちゃんの恋人のタケミチくん。この三人の中では唯一恋人がいるのが日向ちゃんだ。二人はとってもお似合いだし、お祭りも一緒に行っていたみたいだし羨ましいなぁって思っていた。
「大人っぽいでいうとドラケンくんも大人びてるよね」
「確かに。背も高いもんね」
「フフン、そうでしょ?あの中学生とは思えない色気がいいんだよねー」
「エマちゃんベタ惚れだね」
「当たり前でしょ」
頬を少し赤らめた様子は、きっとドラケンくんのことを思い出したからだろう。うっとりしているようにも見えるエマちゃんの表情はとっても可愛かった。エマちゃん、がんばれ。
「でもあの色気は一体どこから来るんだろう?」
「うーん、なんだろうね」
素朴な疑問に対して一緒に考えてくれたのはヒナちゃんだった。
「やっぱり女性慣れしてるとか、経験豊富とかなのかな」
「経験豊富?」
「ほら、だからさ、」
「エッチしたことあるかってこと?」
「うわー、エマちゃんそんな白昼堂々!」
「そうだよ、周りに人もいるよ!?」
話題をふっかけたのは私なのにヒナちゃんと一緒になってあたふたしてしまっている私たちに、エマちゃんは笑っていた。やっぱりエマちゃんにもどこか大人に雰囲気があって、それってドラケンくんに振り向いてほしいエマちゃんの努力の結晶なんじゃないかな、と思う。
「ドラケンはそういうの無いよ。あとマイキーも無い、あれはまず恋愛とか分からないと思う」
「そうなんだ!なんかどっちも意外」
「名前、そろそろ傷付くよ」
「ごめんごめん」
「ちなみに東卍の幹部の中で経験ある人っているの?」
このヒナちゃんの一言から悲劇が始まるのである。
「うーん、どうだろうね?あんまり分かんない」
「でも三ツ谷くんとかは妹さんたちいるし、なんかまだお兄ちゃんでいてほしいな」
「どういうこと?」
「あ!じゃあ名前ちゃんが好きな場地くんは?」
ヒナちゃんからわざわざ恥ずかしい一言を添えられたので、思わず顔に熱が集まるのが分かってしまう。そしてその質問にもソワソワしていた時だった。
「あ、場地は経験ありそうだよね」
エマちゃんの容赦ない一言に、私はさっきまでの赤面が嘘かのように引いて真顔になってしまった。
「わー、名前ちゃん。大丈夫?ほら、カフェオレ飲も!美味しいよ」
「…今、いらない…」
「だって場地って意外と女慣れしてるところあるよね」
「…そうかな…ヒナちゃんもそう思う?」
「うーん、そんなことないんじゃないんじゃないかな?」
「ヒナちゃん!?」
まさか二人が場地くんのことをそんなふうに思っていたとは知らずに、私はテーブルにへばりつくように突っ伏してしまった。
「確かに色気はあるかもしれないけど、じゃあその色気って…」
「大人の階段登っちゃったから、垂れ流れてるのかもね…」
「…エマちゃん」
確かにエマちゃんが言うことも分かる。場地くんは留年しているからそもそも年齢が一つ上なのだ。そりゃ最初から体格差くらいは感じていた。私たちの年頃にとっての一年というのは大きな差なのだ。学校ではあんな見た目だけど確かに東卍の集会のときにエマちゃんに見向きもしないドラケンくんに代わって声をかけてあげていたり、そういえば私も集会が終わるのを待ってた時に手持ち無沙汰だったところを飲み物とか持ってきてくれたっけ。そうそう、場地くんはそういう気が利くってだけで、でも色っぽいかと言われると、まあ確かに色っぽいかもしれない。髪を結ぶ時のかき上げる仕草だったり、普段きちっと着こなされている制服が着崩された瞬間だったり、何故か場地くんからは色気を感じることがある、のかもしれない。
「でもそれってカッコイイってことなんじゃないかな?!」
私が散々頭で考えていたことなんて二人には分かるはずもないのに、何の脈絡もなく顔を上げてそう声を出した。しかし、私は目の前にいたはずのエマちゃんがいなくなっていたことで、この一瞬でどこかにテレポートしてしまったのか、と錯覚に落ちた。
その最大の理由は、エマちゃんの代わりにそこに居る人の所為でもある。
「誰が?」
「ぅえ!?場地くん?!なんで?!」
「オレの質問に答えろよ。誰がカッコイイんだよ?」
全く飲み込めていないこの状況に私は瞬きを繰り返すばかりだった。その度にここはさっきまでいた店内と変わらないから、私がテレポートしたのではなく、人だけが入れ替わっていたようだ。
何故か話の渦中の人間だった場地くんがさっきまでエマちゃんが座っていたところに座っていた。エマちゃんは愚か、隣にいたヒナちゃんも居なくなっている。どういうことだ?
「おい」
「っい!?」
そして更に場地くんが少し不機嫌なのは何故だ。眉間に皺を寄せいつもより渋い顔をして、私の頬を軽くつねった。待って、私汗かいてないかな。お出かけだと思って軽く化粧はしてきたけど、崩れてなかっただろうか。何が何だかよく分からなくて、もうどうすれば良いの。
「答えろ」
「いや…その…っぅ」
思わず潤んでしまった私の目を見て場地くんはぎょっと手を話し口を開ける。
「ばっか、お前…何で泣くんだよ!?」
「だって…なんかもう意味分かんないよ」
「あー、場地が女子泣かしたー」
「場地、お前いくら名前ちゃんが好「ドラケンそれ以上言ったらぶっ飛ばすぞ」
そこにマイキーくんとドラケンくんがやってきた。ドラケンくんの言葉を食い気味で遮った場地くんはちょっと目が血走っていた。怖い。
ちなみにその後ろにタケミチくんがいて、更に更にエマちゃんとヒナちゃんも一緒にいた。曰く私が嘆いている間にたまたま店の外を歩くドラケンくんたちを見つけて声をかけに行っていたと言う。だったら言ってくれれば良かったのに。
「…もう少し後から来いよ」
「え?」
ボソリと呟かれたその言葉に、声がした方を向く。その視線の先にいた場地くんはちょっと驚いた表情をして「何でもねえよ」とはぐらかしてしまった。
その後マイキーくんたちと合流してみんなでショッピングモール内を見て回った。ゲームセンターに行ってUFOキャッチャーをしたり、プリクラを撮ってみたり。人数が多いことに加えてこの中に意中の相手がいるということが、何よりも楽しい要因だったと思う。
名残惜しい帰り道、ヒナちゃんはタケミチくんと、エマちゃんはドラケンくんとマイキーくんと帰ることになった。
とすると、残るのは―――。
「送るから乗ってけ」
そう言ってゴツゴツしたバイクに跨る場地くんは自分の後ろを目で示した。もう何回か乗せてもらっているが、何度経験しても慣れない。それはあまりにも場地くんとの距離が縮まりすぎるからだ。
私よりも一回り大きな広い背中をマジマジと見る。するとバイクのエンジンを操作し始めた場地くんが、前を向いたまま私の手首を引っ張った。そのまま体勢が傾き、勢い余って場地くんの背中に抱きついてしまう。
「ちゃんと捕まっとけ」
「……はい」
口から心臓が飛び出そうな程恥ずかしいのとともに、頭がくらくらしそうな程カッコイイと思ってしまった。その想いが少しでも場地くんに伝わりますように、とほんの少しだけ距離を埋めるように彼にひっついてみた。
あっという間に帰り着いてしまった。バイクから降りて少しだけ話をしていると、場地くんはやはり先程の話が気になっていたようで、再び質問を繰り返された。
「絶対引かない?」
「お、おう」
「絶対に!?」
「おう」
「約束する?」
「わーった、約束するって」
少し笑いながら前髪をかき上げた場地くんに、そういうところなんだよなあ、と言いたくなってしまった。
私は深呼吸をして覚悟を決める。
「その、場地くんには色気があるけど、それは、お、大人の階段を、登ったからじゃないか、と…」
「………は?」
「で、色々と考えた結果、私は、その色気というのは、場地くんがカッコイイから溢れ出てるのではないか、と推測いたしまして…」
あまり反応を示さない場地くんにそーっと彼の方を見ると、珍しく顎に手を当てて真剣に考え事をしているようだった。なんかそこまで真剣に考えられるとすっごく恥ずかしいんだけども。
「…いや、待て。じゃあさっき店でカッコイイとか何とか言ってた相手っつーのは」
「…場地くんのこと、だね」
あ、でも深い意味はないからね、と慌てて一言付け足してしまったが、よくよく考えればこれは言わない方が良かったのでは無いだろうか。緊張と嫌われないかという心配から余計なことを口走ってしまった。
ちらり、と彼の方を見ると場地くんは少し不貞腐れたような顔で座った膝の上で頬杖を付いていた。夕焼けに照らされた場地くんの顔が赤く染まって見える。
「お前さ、本当そういうとこ…」
「…引かないって約束したよね!?」
「ばか、そうじゃねーよ」
何故か照れているようにも見える場地くんは、あまりこちらを見てくれなかった。何とも言えない空気が流れる。何か言わなければ、と口を開こうとするが、先に場地くんが声を出した。
「オレはそういうのは本当に好きなヤツとって決めたんだわ」
「え?」
するとサッと立ち上がった場地くんは、よく彼の言葉を理解できていない私を少し見下ろす形となる。そして少しずつ私に近づくと、にゅっと視界に現れた場地くんの手が再び私の頬をつねった。
その瞬間にしっかりと視線が彼と合う。澄んだ瞳に吸い込まれそうなほど、鋭く見つめられる。その眼差しがどうしたって大人びていて、私はその色気に当てられてこのまま溶けてしまいそうだった。
「覚えとけよ」
それだけ言うと場地くんはいつもの無邪気な笑顔に戻っていた。印象的な八重歯が見えると、なんだか少し安心してしまう。彼は「また学校でな」と言って颯爽と帰っていってしまった。
しかし私はこの時、場地くんの言葉の真意をちゃんと理解できていなかったのだと思う。
その真意が分かるのはまだ少し先のことなのである。