告白
「ねえベルトルト、教えて」
私たち104期の仲間たちは鎧の巨人の首元に集まっていた。その目的は鎧の巨人の手の内に潜むベルトルトが連れていると思われるエレン奪還のためだった。
彼はとても内気な性格で、あまり饒舌に話す方ではないし、大人しい人だった。そんな彼に好意を寄せることになったのは、自主訓練をしていたとき。
訓練中にあまり良い成績を残せなかった。その日、既に訓練で酷使していた体に鞭を打って自主訓練をしていたのが、よくなかったらしい。思うようにアンカーを操作できず、思い切り体勢を崩してしまった。木に激突すると思ったその時、ぐいっと誰かに引き寄せられ木との衝突は回避できた。
「大丈夫?」
「ベル、トルト…!?」
「びっくりさせてごめん。あまりにも危なかったから」
そう言いながら私を軽々と担いだベルトルトは、そのままゆっくりと降下し着地する。
「ありがとう」
「あまり無理しない方がいいよ。休息も大事だ」
「うん…でも、のんびりしてられない。もっと強くなって巨人を倒さなきゃ」
「…どうして?」
彼とこうしてじっくりと会話をするのは初めてだったと思う。まだ他にも自主訓練をしている人たちはいて頭上からは立体機動で動き回る音が聞こえていた。
「超大型巨人が蹴破った壁の破片の一つが私の母親を直撃した」
「…そう、だったんだ…」
「父親と逃げていたけど壁の穴から入ってきた巨人に喰われてしまった」
「それは大変だったね、本当に」
とても当たり障りない言葉だと思った。だけど、あの惨劇を目の当たりにしたものでなければ、気持ちの共有などできるわけない。だからこそ、人々は当時のことについて皆一様に同じような漠然とした返答をするのが当たり前になっていた。
「いつか君の目的が達成されるといいね」
そう言ってくれた時、ベルトルトが笑っているのを見て、私は初めてベルトルトって笑うんだ、と思った。そして、私たちがよく話すようになったのはおそらくこの時くらいからであろう。
言われてみるとベルトルトはあんなに大人しい性格をしていながら、成績優秀だった。だから、座学で分からないことを尋ねると、とても分かりやすく解説してくれたりしたものだった。実際の訓練においても何をどうすれば良いかを教えてくれた。おかげで私は自分では気づかなかった自分の長所に気付くことができたりしたものだった。
「君は甘えさせるのが上手だよね」
「え?どういうこと?」
「今日だってコニーの嫌いなもの代わりに食べてあげてたろ?」
「あれは…せっかく食べるんだったら、美味しく食べてもらえた方が生産者も嬉しいんじゃないかと思って…」
「フッ、フフッ…」
「ベルトルト、何がおかしいの…」
月の光がとても明るい夜だった。二人で並んで月を見上げて話すこの時間が、嫌いではなかった。
「君は真面目だよね」
「ベルトルトに言われたくないかも」
「…僕は、真面目じゃないさ」
さっきまでの柔らかい笑顔が急に消え失せてしまった。彼が何を思ってそう言ったのかは分からなかった。
だがそんな考えを吹き飛ばすように、彼の大きな手が私の手を控えめに握った。びっくりして手を引っ込めてしまうと、ベルトルトは少し驚いたように目を丸くして、すぐにいつもの顔に戻る。
「もうだいぶ冷えてきたね、戻ろう」
どうして手を握ってきたのか、分からなかった。でも反射的に引っ込めてしまったけれど、気持ち的には嫌じゃなかった。その後から心臓がうるさくて記憶が曖昧だった。その時ようやく気付いたんだ。
私はベルトルトのことが好きなんだって。
だからもしあの時、その笑顔が失われた意味を分かっていれば―――。
もし、あの手を握ったままであれば―――。
こんなことにはならなかったのだろうか。
「ねえ、ベルトルト」
5年前に壊された壁。その犯人である超大型巨人、そして鎧の巨人の正体がベルトルトとライナーだと知った時、私は足元が崩れていくような気持ちになった。だが、それは104期訓練兵の皆が思ったはずで、私だけではない。だから、強い気持ちでいなければいけない。
母親が死ぬ直接的な原因となったのは、
そして私は、その
だから皆がそれぞれの想いを告げている中で、まだ迷いがあった。鎧の巨人の首元で皆が悲痛な声を上げる中、ずっと迷っていた。ずっと分からなかった。
「教えてほしいの」
ジャンやコニーたちがこちらを見ていた。だってみんな薄々は分かっていたはずだ。私がベルトルトに好意を寄せていたことを。サシャやコニーはそういう話が好きだから、よくからかわれていたし。だから、こっちを見る彼らの顔が見ていられるものではなくて、ずっとこの鎧の巨人の手の向こうにいるベルトルトを見ようとしていた。
「初めて話した時、あなたは私の目的が達成されるといいね、って言った」
返事はなかった。彼はこのままだんまりを決め込むつもりらしい。だったら私も好きなだけ喋らせてもらおうか。後悔のないように。
「よく笑いながらそんなこと言えたよね。お母さんは、あんたの蹴った壁の破片の下敷きになったってのに」
鮮明に思い起こされた当時の記憶に蓋をするつもりで、私は言葉を連ねた。
「それから前にあんたのこと真面目だとか言っちゃってたりしたけど、嘘だから」
その時「お前…」とコニーが言ったから、顔を上げると皆がなんとも言えない表情でこちらを見ていた。するとすぐ隣にいたジャンが「馬鹿野郎泣いてんじゃねえよ、敵なんだぞ」と声を詰まらせながら言った。私は泣いていたらしい。その涙を拭って、もう一度ベルトルトに声をかける。
「色々思うことはあるけど、正直今まで言ったことはどうでも良くて。知りたいのは今から言うことなんだけど」
怪訝そうに私の名前を呼ぶアルミンは、何となく私の意思の異変に気付いたのかもしれない。
「あの時、どうして手を握ってくれたの」
堪えきれなくなった涙がポロポロとライナーの手に零れ落ちた。それが付着するたびシュウと蒸気が上がる。「お前そんなこと今…」とコニーが言ったが、彼は私の顔を見て言葉を途中で止めてしまった。こんなに泣いたのは両親を失ったあの日以来だ。
ベルトルトの所為で両親が死んだ時以来だったんだ。
「ベルトルト、教えてよ。ねえ」
拳を振り上げて何度も叩くが、ライナーの手は文字通り鎧のように硬くてどうにもならなかった。
あの時、あの手を握り返していれば、何か変わっていたのだろうか。
「私、ベルトルトのこと、好きだったんだよ」
ただ笑って過ごしていたあの日々が、とても遠く感じた。もう二度と戻れないのだと思うと、言葉よりも嗚咽の方が先に出た。
直後、エルヴィン団長がライナーたちが向かっている方向から巨人の大軍を連れてきた。よって私たち104期新兵はライナーから離れるよう指示される。私はジャンに引きずられるようにその場から去った。
『目的が達成されるといいね、と言ったのは早く正体がバレてしまえばいいと思ったからだった。
手を握ったのは、このまま君を連れ去って二人で逃げてしまおうかと思ったからだ』
それはライナーやベルトルトからエレンを奪還した後、再編成された新リヴァイ班の面々で食事をとっていた時、エレンから語られたものだった。
私たちが退却した時、ベルトルトは泣きながらそう言っていたらしい。そして何度も何度も謝っていたとのことだ。
「謝って済まされる話じゃねえだろ」
冷たく言い放ったコニーの言葉に頷いたのはミカサとアルミンだった。ジャンやサシャはこちらの様子を窺っていた。
「それで全てか?」
あの場にいなかったはずのリヴァイ兵長は紅茶を嗜みながらエレンに尋ねる。兵長の考えは鋭く、エレンは少し言いにくそうに口籠らせていたが、ようやく言ってくれた。
『僕も名前のこと、好きだったんだよ』
恋がこんなに苦しいものだとは知らなかった。