心に刻む

※呪術×ヒロアカ 呪術師とヒーローが共存している世界の話です。夢主が"個性"持ち。ヒロアカからも友情出演あります。
※何でも許せる方向けです



「あ、俺?いるよ、彼女」

 それは悠仁らが野薔薇の買い物に付き合った後、三人で歩きながら人気のタピオカドリンクを飲んでいる最中の会話であった。その発言に野薔薇と恵はつい先日、悠仁の中学時代の同級生だという小沢優子のことを思い出す。あの時、二人は悠仁が呪術高専に来ることになった経緯から、そういった存在はいないと判断した。だとすると、彼らの知らないところで例の小沢優子とその後連絡を取り合って、仲が発展していたのだろうか。そう考えると野薔薇は当時のもやっとした感覚の正体である「自分より先に悠仁に彼女ができるのがなんかムカつく」の感情のままに眉を潜めた。そして恵は自分の考えが浅はかだったのが悔しかったのか、同じく眉を潜めていた。

「何だよ二人してそんな顔して」
「なんか先越された感あってムカつく」
「お前に彼女とかいう思考回路があったのことが驚きだ」
「二人なんかひどくねえか?」

 辛辣な言葉をかけられているにもかかわらず、悠仁はへらへらと笑っていた。そんな様子を見て彼らは更に「どうしてこんな奴に」という思考に至ってしまう。

「けどお前、こっち来るとき、アッサリ了承したじゃねえか」
「ん?うん。それとこれは関係なくね?」
「馬鹿ねえ、普通彼女がいるんだったら、急に学校変わるとかそういう話はするべきでしょ?」

 食い気味の野薔薇の発言にようやく悠仁は二人の言葉の意図を理解した。そして納得のいってない不貞腐れたような顔をしてる二人を見て言う。

「アイツとは高校別々だったんだよ。俺置いて県外行っちゃってんの。むしろ置いていかれたの俺なわけよ」

 あっけらかんと寂しいことを言われたので、野薔薇も恵も思わず目が点になってしまう。

「"個性"ってのを持っててさ。昔から強い奴だから、やっぱ必然的にヒーロー目指すって言って、俺のことなんか放ってったの」

 酷い奴だろ、と言葉では言っているものの悠仁は笑っていた。でもその笑顔に悲しみが滲んでいるのは二人には充分に分かった。
 最初はこんな奴と付き合うなんてどういう趣味してんだか、と思っていた二人は、そういう思考があまりにも陳腐であったことを思い知る。虎杖悠仁は彼らが見てきた通り、どうしようもなくお人好しで、底抜けに明るくて、いつも本気で生きている人間だった。だからこそ、目に見えない何かに縋っているようにも思えた今の彼に、何と言葉をかけていいのか分からなくなりかけていた。

「雄英って有名なヒーローがたくさん出てるだろ?アイツも今そこで頑張ってんだよ」

 彼はそう言っているが、きっとそう言い聞かせているのだ。
 本当は寂しくてたまらない。きっと会いたくてたまらないのだろう。それはついさっき彼が言った「置いていかれた」「放ってった」の言葉に顕著に現れている。
 だがその本音を言い出せないのは、きっと悠仁の彼女が彼の言葉通り「強い奴」だからなのであろう。

「だから俺も頑張らねえと」

 見えない彼らの絆は何重にもきつく結ばれているように思えた。何人たりともこの絆は解けない。難解な結び目は、きっと互いに分かっていても結び合ったのだ。

「呪術高専に来いって言われて、俺多分心のどっかで名前に会えるんじゃないかって、思ったんだよ」

 馬鹿だよなあ、と笑う悠仁に野薔薇は舌打ちをする。「全然笑えないのよ」と苦々しく言うと悠仁はほんの一瞬だけ切ない顔をしてみせて「わりぃ」と謝った。

 その時である。彼らがちょうど通り過ぎた店のガラスが割れる音と共に悲鳴が聞こえた。よく見ると悲鳴が聞こえた場所は銀行だった。通行人の多くが銀行から距離を取り、そしてスマホを構えて中の様子を録画している人がチラホラいる。

「何?」
「強盗じゃねえか?」
「これ警察呼んだ方がいいのよね?」

 三人で被害にあった銀行を見つつ、今何をすべきかを考えている時だった。

「通してください」

 凛とした女性の声が、悠仁たちの耳元を掠める。言葉よりも先にパニックになりかけている人混みを逆らうように銀行に一直線に向かっているその後ろ姿を、悠仁は知っていた。彼女を含め数名の同じ制服を着た男子生徒が続く。

「あれ…」

 見間違えるはずなどない。
 虎杖悠仁と苗字名前は幼稚園の頃からの仲だった。ずっと自分の後ろをついてきていた名前が、いつの間にか自分の隣に立ち、自分の側から離れていった。その後ろ姿を何度も目に焼き付けた。

「名前だ」

 悠仁はその時思う。夢が叶った、と。
 被害に遭っている人がいるにも関わらず、とんでもなく自己中心的な感情を抱いてしまった。

 この銀行強盗たちは駆け付けた名前たち雄英生、この地域のプロヒーローたち、更に現着した警察の手によりあっという間に現行犯逮捕となった。そしてヒーローたちは銀行内の人たちの安否確認、雄英生たちは周辺にいた人たちに被害が出ていないかを聞いて回っていた。

「あの子がそうなの?」
「そう」
「体育祭の中継出てたな、今来た全員」
「そうなんだよ。俺あれ録画して何回も観た」

 なんとも健気な友人に恵は彼の目にずっと映し出されている苗字名前と言う人間を少し軽蔑した目で見てしまっていた。彼女はここにいる人間たちにとっては穢れなき善人だが、それは虎杖悠仁にとってはどうなのだろうか。彼がこんなふうに思っていることを、彼女は知っているのだろうか。知っているのであれば彼女は悠仁に対してだけは悪人だと思った。知っていなければ彼女はただ残酷な人間なのだ、と思ってしまった。

 やがて駆け付けたメディアが収束した強盗事件の生中継を始める。いくつもの番組のスタッフたちが集まり、アナウンサーが同じような言葉を連ねた後、彼らのマイクは駆け付けたプロヒーロー・エンデヴァーと先着していた雄英生の苗字名前、緑谷出久、轟焦凍たちに向けられていた。

「生エンデヴァー初めて見た。炎やば、ここまで熱いんだけど」
「すげえな、まだプロじゃねえんだろ、お前の彼女」
「なんか仮免とかいうのはもう取ってるらしいからこういうヒーロー活動はしていいんだってさ」

 インタビューを受ける彼女の姿を見て、悠仁は一体何を思ったろうか。

「どんどん追い越されるな」

 悠仁は全然笑っていなかった。もう泣き出してしまいそうな瞳になっていることに気づき、野薔薇と恵は彼を連れてその場から去ろうとする。その時「虎杖」と呼んだ声と同時に別のところから「悠仁」と自分たちは呼んだことのない呼び方をする凛とした声が聞こえた。

「やっぱ悠仁じゃん」

 彼女はインタビューを受けている最中にも関わらず、顔をこちらに向け悠仁に対して手をひらひらを振っていた。インタビュアーが「お知り合いですか」と尋ねると、彼女は何の躊躇いもなくあまりにも真っ直ぐに「彼氏ッス」と言った。これが全国ネットの夕方のニュース番組で生放送されていることだと分かっていての行動かは分からなかったが、きっと虎杖悠仁の今までの不安や寂しさを吹き飛ばすには充分すぎる威力だった。

 インタビューが終わると一言二言エンデヴァーらと会話をすると、彼女は単身で悠仁の元へやってくる。人はまばらになっていたとはいえ、あのインタビュー中に悠仁と名前の関係を知った一般人たちはその後の展開にほんの少し期待していたはずだ。
 それは悠仁をはじめ、野薔薇や恵にも当てはまっていることだった。

「名前、めちゃくちゃ久しぶ…」
「私、アンタが呪術高専行くとか聞いてないんですけど!?」
「ヘブッ…!」

 悠仁のもとにくるなり強烈なパンチを顔面に喰らわせた彼女に、野薔薇や恵、期待していた一般人、そしてエンデヴァーらも唖然としていた。

「痛っ…いきなり殴らなくたっていいだろ?」
「悠仁頑丈だから殴ったってどうにもなんないでしょ?」
「確かに!」
「いや納得してる場合かよ」

 恵の鋭いツッコミが入ったところで、名前は悠仁と似たような制服を着ている恵と野薔薇が同じ呪術高専生だと分かった。そう分かるとすぐに悠仁の首根っこを掴み思い切り頭を下げさせる。

「馬鹿がご迷惑おかけして大変申し訳ございません」
「何で俺が迷惑かけてることになってんだよ!?」
「ていうか何で呪術高専行ってんの?今まで幽霊見えたことあった?」
「なあ名前。話があっちこっち飛びすぎてる」

 悠仁の言う通りであった。野薔薇と恵はこの勢いに圧倒され何も言えないままであった。ただ、先程の悠仁の言葉と態度からはあまりにも想像のつかない彼女のその様子に、恵は自身の考えがまたしても浅はかであったと痛感する。

「また今度ゆっくり話そう。これからは少し時間も取れると思うから。たまには二人でどっか行こうよ」
「マジ!?俺東京もう慣れたから案内しようか」
「うん、よろしく」
「…なんか妙に素直だな、名前?なんか大人になっ…グフッ」

 名前の渾身の一撃が再び悠仁に喰らわされたわけだが、彼にとっての渾身の一撃はここからである。

「久々に会えたんだから嬉しいんだよ、そんなことも分かんないの大馬鹿悠仁」

 さっきまで凛とした姿で人々を救っていた名前が、一人の男の前で顔を真っ赤にしてそう言っていた。その男が自分であることに虎杖悠仁は優越感を得ていた。
 そしてそんな様子を見て野薔薇と恵は「あーなるほどね。コイツが好きそう」と納得していたのである。あとは二人きりで楽しませた方がいいだろうと判断した野薔薇たちは、気配を消すように立ち去ろうとしたが、それを止めたのは意外にも名前だった。

「あの、悠仁って馬鹿で本当に馬鹿で、頭イカレてる奴なんだけど」
「知ってる」
「右に同じ」

 自身の言葉をあっさりと共感した野薔薇と恵に、名前は思わず笑ってしまう。そして自分の隣で「みんなひどくねえか?」と一人納得のいっていない悠仁を一瞥した。

「でもめちゃくちゃ良い奴なの。お人好しで責任感も人一倍強いから、だから、」

 そこまで言い切って今度は彼女は深々と頭を下げた。

「悠仁のことよろしくお願いします」

 目に見えないものに縋っているのはもしかするとお互いなのかもしれない。

「任された」

 そう言ったのは野薔薇で、名前は顔を上げて野薔薇と目が合うと涙目ではにかんでいた。不覚にもこの時恵は一瞬だけ心を奪われかけた。

「ちゃんとご飯食べてね」
「食べてるよ」
「ちゃんと寝るんだよ」
「うん、寝る。めっちゃ寝る」
「みんなと仲良くしてね」
「もうすでにめちゃくちゃ仲良いって」

 な?と悠仁が野薔薇と恵の方を見ると、恵はため息をついたが、野薔薇は腕を組んで「まあ悪くはない」と言っていた。

「辛いこととか、悲しいこととか、ちゃんと話してね。溜め込まないでね」
「…それは、名前もだろ?」
「何かあったらちゃんと連絡して」
「うん、する」
「もう二ヶ月も音沙汰ないのとか、嫌だから」

 悠仁はここに来てようやく気付く。我慢していたのは自分だけじゃなかった。自分ばかりが寂しくて、会いたいと思っていたのではなかったのだ。我慢をさせていたのは、名前であり、悠仁だった。

「…名前、」
「急に呪術高専に行ったくらいだから事情があるのは分かってる。その理由を簡単に言えないことも分かってる。だからね、悠仁、これだけは約束してほしい」
「…何?」

 それは、あまりにも呪いのような懇願だった。

「どうか、死なないで」


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