覚悟はいいか
だから私は最近の自分がよく分からない。
「おい傑、聞いてる?」
そう言われ随分と柄の悪い男の青い瞳がサングラスから私を覗き込んでいた。ずい、と下から私を覗くような仕草に思わずびっくりして「あ、ああ聞いてる」と動揺してしまった。すると今度は座っている私達のテーブルの傍らに立っていた七海が「続けますよ」と再び先日の任務の報告が行われた。要点のまとまった報告はこちらが質問をする余地もなく、聞いていてまさに自分がその場にいるような感覚だった。おかげで報告自体はスムーズに進みあっという間に事務連絡は済んだ。
このまま悟が七海を返すわけもなく、事務連絡が終わった後、今度は悟が任務とは全く無関係の話をし始めたので、七海は眉間にシワを寄せながらため息をついたのだ。
「あ、いたいた!建人ー!」
するとそこへ可愛らしい声が割って入る。本人は七海を見つけて反射的に声をかけたようだが、七海の背後に私達がいることに気付くと小さな悲鳴を漏らし「すみませんでした」と近寄ってきていた足を止める。おそらく彼女の言動と意図に気づいた七海は再びため息を漏らした。しかし彼が言葉を出すより前に、嬉々とした悟が「どしたの、名前ちゃん」と七海からひょっこりと顔を出して名前を見た。三人の眼で見られた名前は余計に固まってしまう。そして口を開いた七海は「どうせ大したことじゃありませんよ」と面倒臭そうに言った。
その時、私はそう言う七海が酷く羨ましかった。
「例の件なら行きません、他を当たってください」
「え、まだ何も言ってない」
「灰原から聞いてます。私は絶対に行かない」
「えー!雄余計なことを…」
「何の話?」
嬉々として話に参加しようとする悟とは違い、私は正直あまり聞いていたくないものだった。肝心なところが抜け落ちている会話にもかかわらず、二人の会話は成立している。これは私と悟のような間柄で成り立つようなもので、要するに彼らにもそれ、もしくはそれ以上が当てはまるということだった。
名前にとって私は多分ただの同じ学校の先輩、という肩書で認識されている。それにも関わらず私は名前に対しての気持ちが大きくなるばかりで、剰え独占欲のようなものまで感じてしまうほどだ。
「それじゃあ傑と行ってくれば?」
自分の名前が呼ばれたことで、この独占欲の塊の思考から解放された。そう言った男の方を見ると、サングラス越しにニタリと非常に愉快そうに口角を上げている。
おそらく悟は私の気持ちに気付いている。
「え、いいんですか、夏油先輩」
「あの、何の話…」
「今女の子たちの間で有名なタピオカのお店だって」
「タピオカ…」
聞いたことはあるがそれが一体どんなのものかまでは知らなかった。だが名前と一緒に出かけられるなら正直なんだっていい、という思いを巡らせていたところだった。
「あれ、傑乗り気じゃなくね?じゃあ俺が名前と行って来よっかな」
悟はそう言ったが、それが本音なのか悪ふざけなのか分からなかったが、私はしかと見た。悟がその言葉を私の様子を探るような目付きで言ってきたことを。
「え、いいんですか、五条せんぱ」
「いや私が行こう」
「でも夏油先輩、タピオカ苦手じゃないですか?」
私の発言に名前はそう言い戸惑っている様子だった。すると更に向かいの口角が上がる。
「てかそういうの、硝子と行けばいいじゃん、女同士で」
「それが硝子さんにも断られちゃって」
「ふうん、じゃあ仕方ないか」
そう言って頬杖をついた悟はこちらを見ていた。彼の言動の意図が読み取れず、見ていると再びその端正な口を開く。
「傑と行ってきたらいいよ。だって傑は、好きだもんな?」
ああ、この目。この言い方。この雰囲気。今までそういう話をしてきたことがなくても分かる。お前今私を揶揄っているな。私の想いに気付き、翻弄しているのだ。悪戯な笑みを浮かべた悟の言葉は、主語がなくとも私にはその意味が分かっている。
「ああ、大好きだよ」
揶揄われっぱなしも性に合わない。彼の言葉の意味をしっかりと理解した上で、私がそう答えると、悟は愉快そうに笑い「ヒューヒュー」と囃し立てた。そしておそらく勘の良い七海も私たちの会話の真意に気付いたであろう。ため息が聞こえた。
「なんだ、夏油先輩も好きなんですか?だったら最初から言ってくださいよ!気になってるお店何件かあるので、ハシゴしましょう!」
四人中三人がこのふわふわした会話の核心を突いていたにもかかわらず、当の本人だけがその核心に気付けていなかった。その様子に悟は吹き出す始末だ。
「名前って本当鈍感だね。ドンマイ、傑」
「これに関しては同情します」
「みなまで言うな」
まあ私は名前のこういう鈍感なところも含めて好きなんだから、これから少しずつ分からせてあげればいいさ。