キスをしないと出られない部屋

爆豪勝己 爆豪→夢主

 彼が目を開けると、そこは真っ白な四角い部屋で、眩しすぎる光に思わず目を瞑り手で光を遮った。

「おはよう、勝己」

 見覚えのない部屋だったが聞き覚えのある声にほんの少しだけ勝己の緊張は解れる。声をかけたのは幼馴染の名前であった。彼女がいつもと変わらない制服姿でいたので、自身も制服姿であることを自覚する。
 真っ白な箱のような空間に閉じ込められていた勝己たちは、何度かこの空間を見回す。しかしここが一体どこで、何なのかの答えが出ないまま名前がある方向に向かって歩き始めた。

「おい、勝手に…」

 そう言いかけた勝己は名前が何かを発見したような反応に、最後まで言い切らず彼女のもとまで歩く。真っ白な空間に同化するように存在していた心ばかりの小さなテーブルは勝己の腰辺りの高さであった。その上に貼り付けられたいた一枚の紙切れ。A4サイズにゴシック体で印字されていたその文字は、大きすぎて読み間違うことすら許されなかった。

「…キスをしないと、出られない、部屋…」

 それをわざわざ口に出した名前は改めて口にしてみてその言葉に恥じらいを覚えたのか「え?」と更に声を漏らした。
 勝己の方はというと、このくだらない紙切れを破り取り"個性"で燃え滓に変えてしまう。

「間に受けてンじゃねェよ。出るぞ」

 ほんの少しだけ、その単語に淡い期待を抱いてしまった自分自身の邪気を払うように爆破の構えをとる。
 おそらくここが扉だろうと思われる、これまた白に同化した場所を狙って爆破をしかける。何発かすれば壊れて勝手に開くだろう。そう思っていた。

「…っンだよ、これ!罅すら入んねェじゃねぇか!」
「何ここ、私たち監禁されてるの?」
「監禁だァ?!上等じゃねェか、だったらどっかで監視してる奴がいるってこったなァ?どこだ!?出てこいこのクソ野郎が!」

 勝己は適当な方向に向かって吠えているが、やはり部屋は開かれる気配はなかった名前は段々とこの奇妙な空間に少し気持ち悪さを覚えていたところであった。
 急に機械音がなったかと思えば、女性の電子音の声が部屋に響き渡った。

『今から番号によってこの空間を分けますので、二人で選んで同じ番号のスペースにお入りください』
「あァ?!どういうことだ!?」
「何なの、本当…」

 訳がわからないまま支配空間を三等分するように床に数字が現れる。1,2,3の数字をまじまじと見つめていると、今度は壁にカウントダウンのタイマーがでかでかと表示された。残りはわずか10秒ほど。

「ちょっと、これどうすんの?」
「知るか、とりあえずこっち来い」

 勝己は名前の手を引っ張り、自分がいた2番のスペースに来させる。ちょうど部屋の真ん中のスペースであった。カウントダウンが終わると部屋は三等分に鉄格子で分断されてしまう。先ほどまでいた1番や3番のスペースには容易に出入りができなくなってしまった。
 名前はとっさに勝己に身を寄せ、彼の後ろに隠れると、彼の制服をほんの少しだけ握りしめた。勝己はその仕草に少し鼓動が早まるのを悟られないように「ビビってんじゃねェよ」と鼻で笑った。
 するとまたあの女性の声が響き渡る。

『2番を選ばれたのですね。"キスをしないと出られない部屋"ですが、この番号はどこにするかを決めるためのものです。1番は頬、3番は額、そして2番は―――』
「…まだキスをしないと出られない部屋だったの?」
「…まあ出てねぇからな」

 名前はこのふざけた状況に少しだけ気が緩んだのか、勝己の制服から手を離す。おそらく身に危険が及ぶような場所ではないと分かったのだろう。

『2番は唇です』
「え!?」
「あ!?」
『それでは頑張ってください』

 女性の声はそのままブツッと途切れてしまい、こちらから何を問いかけても無反応であった。二人は女性の声を反芻すると、ほぼ同時に顔を見合わせてしまう。真っ赤に染まった頬の名前と平然を装って耳が赤い勝己。彼は思わず名前の手を離し、名前は勝己からほんの少しだけ距離を取った。

「ていうか、誰かに助けを呼べばいいんじゃない?」

 名前はそう言ってポケットからスマホを取り出す。そして画面を見つめることおそらく1秒。

「…圏外」
「だろうな」

 虚しく仕舞われたスマホは何の意味もなかった。名前はまだ何か出口があるんじゃないかとあたりを見渡すが、やはり出られそうなところなんて見つからなかった。そんな様子の名前を見ていた勝己は、この場に相応しくないことを考えていた。

 そもそも名前は事の重大さな気付いているだろうか。

「お前、意味わかってンのか?」
「…何?意味って」
「この場所がどういう場所で、何をしねえといけねえのか」
「分かってるよ」
「じゃあ言ってみろよ」

 少し意地悪な質問だったという自覚は勝己にはあった。しかし向こうは今まで自分のことをただの幼馴染としてしか見ていなかったであろう。それが強引に性の対象として見なくてはならなくなった、今の名前がどんな顔をするのかが、好奇心に満ちていた。

「…キス、しないと出られないんでしょ」

 ココに、と名前は恥じらいながらも自分の口元を指差していた。伏せがちの瞳は勝己を捉えることなく真っ白な床を見つめていた。その瞳の角度に「まつ毛長えな」とどうでもいいことを考えてしまった勝己は、おそらく自身の欲望を抑えるために必死だった。

「やっぱしないと出られないのかな」
「……さあな」
「なんで勝己はそんな他人事なの?」
「別に、他人事じゃねぇよ」

 自分の欲望を曝け出してしまわないように必死だった勝己は名前の質問にも上の空だった。しかしそんな問答を繰り返していたって悪戯に時間が過ぎ去るばかり。
 勝己としては初恋の、もう10年以上は片想いをしている相手とキスをすることなど嬉しいことこの上はない。強いて文句をつけるならばこんな環境ではなく、互いに想いが通じ合った状態が良かったということくらいだろう。自身は全く拒絶をする理由など無いが、名前は違う。これまで幼馴染としてしか見ていなかった相手と急にキスをしろと言われて、二つ返事でできるわけがない。だから、彼女は珍しく挙動が不審なのだ。

「そんなに嫌かよ」

 それは心のなかで思っていた本音だった。

「…いやじゃ、ないよ?」

 心のなかの声だと思っていたが、それに返事がなされて思わず名前を見る。今自分の問いかけに返答をするのは、名前しかいない。真っ赤に染まった頬、キラキラと輝く瞳で恥ずかしそうに勝己を捉えていた。

「あ?」
「だから、いやじゃないって」
「何でだよ」
「…なんでって、…勝己だから?」

 名前の言い方に変な期待をしてしまいそうになるが、名前はきっとそこまで深い意味で言っていないと言い聞かせ、呼吸を整える。

「そうかよ」

 そう言って勝己は名前の腕を引っ張って自身と向き合わせる。少し見下ろす名前の表情はやはり恥じらいに満ちていた。そんな彼女を満更でもない気持ちを隠して見下ろす勝己は、淡々と「目ェ瞑ってろ」と促す。

「…え、あの…」
「ンだよ」
「勝己は嫌じゃないの?」
「は?」

 すると名前は「だって勝己、はじめてじゃないの?」と上目遣いで尋ねてくるので、勝己は思わず「煽ってんのか?」と片手で名前の頬を鷲掴む。名前は反動で小さなうめき声を出した。名前はそのままの状態で更に続ける。

「初めては、好きな人とがよくない?」

 名前の質問に勝己は思わず手を緩める。解放された名前は頬を触りながら、勝己の様子を窺う。勝己はまさにそれは名前自身もそう思っているということだろうと勘繰り、若干ヤケになっていた。「ああ、そうだな」と自分がどれだけの間名前を好きでいるかなて全く知る由もない彼女に、だんだん苛立ちを覚えた勝己は少し投げやりに答える。それに対してまだ何か言おうとしていた名前の口を塞ぐように、胸ぐらを掴んで乱暴に唇を重ねた。

「んぅ…!?」

 少しむしゃくしゃしていた勝己は自分勝手な気持ちでキスをしてしまったことに、今更ながら後悔を覚えていた。しかし後には引けずにいたところ、名前が縋るように自分の制服を掴んできたので、思わず目を開けてしまった。
 するとそこには今まで何度も想像でしか見たことがなかった、名前の扇情的な顔があった。勝己は本能のままに名前の腰に手を回し自身に引き寄せる。

「かっ、つき、待って…」
「…悪い」

 言葉では謝りつつも正直自分の欲望がもう抑えられないところまできているのが分かっていた勝己は更々止める気がなかった。
 何度か角度を変えて名前の柔らかな唇を堪能すると、名前が本気で嫌がっていない様子を見て、舌を出して唇の割れ目に這わせる。

「ん!?」
「力抜け」
「…ぇ、?」

 にゅるんと口内に入ってきた勝己の舌に名前は自分が想像していたキスと違うと戸惑いつつも受け入れていた。緊張で思考は滞るし、いつもの勝己と違うしで、名前の頭は混乱しきっていた。
 制服を掴んでいた手はいつの間にか勝己にまとわりつくように回されていた。それに気を良くした勝己は、後頭部と腰をそれぞれ押さえて更に行為を進めようとする。

「あ、だめ、っ…ぅくるし…っ」

 そう言って勝己の背中をトントンと叩く名前に勝己も流石にここまでか、と名残惜しく離れた。
 名前は息を整えていたので、ゆっくりと後頭部と腰に回していた手を離す勝己。肩で息をする名前は少しずつ元に戻りつつある呼吸になってきたところで、勝己を睨みつける。

「話がちがう」
「…悪かった」
「………なんか、勝己いつもと違う」

 名前に見事に指摘されてしまい逃げ場を失った勝己は、いつの間にか開いていた部屋の扉を見つけた。

「ホラ、開いたぞ」
「…質問に答えて」
「質問された覚えはねえ」

 平然とそう返したが勝己の頭はいっぱいいっぱいだった。もしここがこんな監視されているかもしれないような部屋なんかでなければ、間違いなく自分は名前に跨っていたかもしれない。自分の欲望を抑えきれられなかったかもしれない、と恐怖すら覚えていた。それほどに想像と現実の違いを痛感させられた。あまりにも強烈すぎた刺激が、思考回路を惑わせたのだ。
 恥ずかしさのあまりちゃんと目を見ることができないのはお互いだった。

 開いた扉に向かう際、お互い一言も話せずにいたため、出ることができた喜びを分かち合うことすらなかった。

「勝己、ああいうの慣れてるの?」

 出て一歩踏み出したところで名前が尋ねる。その質問に勝己は先程の自分の失態を思い出して頭を触る。

「別に」
「すごい手慣れてたけど」
「…どうでもいいだろ」
「本当は私の知らないところで…」
「いいからもう忘れろや!別に良いモンでもなかっただろうが!」

 自分でそう言葉にして少し虚しさを覚えた勝己は、伸ばしてきた名前の手を振り払う。背後からデクや切島の声が聞こえてきて、ようやく現実世界に戻されたのだと分かった。しかし、その時だった。

「勝己にとっては良いことじゃないかった?」

 腕を掴まれて歩くことを阻まれたかと思えば、そう尋ねられた。何故そうなる、と歯がギリッと音を立てそうなほど重なり合っていた。

「んでそうなんだよ」
「目合わせてくれないし、忘れろとか言うし」

 何故そんなことを尋ねてくる癖に自分の好意には気付いてくれないのだろうか、と勝己は苛立ちを覚えていた。そして自分の腕を掴んでいた名前を壁に押しやり、顔の横に思い切り自身の手を突く。完全に逃げ場を失わせたこの状況で、勝己は名前を再び見下ろした。

「俺にとって良くなかっただと?」
「う、うん…あの離してくれる?」
「だったら続きしてやろうか?」
「…え?」

 勝己の質問に思わず何も言えずに彼を見上げた名前は、それが彼の本心なのだとしても恐怖など抱かなかった。それはそう言った彼自身が耳が焼けてしまうのではないかと思うくらいに真っ赤だったからだ。見つけてすぐに笑ってしまったが「なんだ、やっぱりいつもの勝己じゃん」と言うので、勝己も見栄を張っているのが馬鹿馬鹿しくなってしまった。

 なんだかんだで元の場所に戻って来れたし、特に危害も加えられてはいないし、良かった、と皆の元に戻っている最中二人は互いに同じことを思っていた。


 (初めてだったんだよな…?)
 (はじめてだったんだよね…?)
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