降谷さんと連絡が取れません


「だめです。降谷さんの携帯、繋がりません。」

 きょう一日、我がスマートフォンと何度睨めっこをしたことか。上司からの指示で降谷さんに連絡を取るように命じられた。メールを送信してもうんともすんとも返ってこない。いつもならば『了解』と一言ぐらい届くのに。彼は潜入捜査中で連絡を取れないことは日常茶飯事であったが、返信が無いと流石に不安になる。

「このままでは自分の通常業務にも支障がでるのですが…。」
「俺からも掛けてるが出なくてな。悪いが連絡が取れるまで清川からも頼む。」

 ではこれから会議だから、と少し申し訳なさそうに参事官は片手に書類の束を持ち会議室へと去っていった。

「……。」

 自席のデスクをちらりと見ると山のように溜まっている書類。少し離れた上司と降谷さんのデスクは綺麗に整理されていて、わたしのデスクと比べると天と地ほどの差。潜入捜査をしている降谷さんはともかく、上司はとんでもない量の仕事をこなしているはずなのに驚くほど整理されている。そんな疑問を抱きつつ、通常の業務をこなすため黙々とキーボードを打ち続けた。


*


 それから数時間が経過した。合間を見て降谷さんに電話を掛けるも出る気配は無い。その上、依頼主の上司は各部署との会議、打ち合わせが立て続けに入っているのか戻ってきてもすぐにまた席を外す。そうこうしているうちにそろそろ定時を迎えるが本日も残業コースだから関係ない。

「はぁ…。」
「どうした、清川。」

 大きな溜息をついたところで、待ちに待った人物が私服で顔を出してきた。

「ああー!降谷さん!!」
「お疲れ。」
「『お疲れ』、じゃないですよ!返事も無いし、心配していたんですよ!」
「すまない。朝からスマホの調子が悪くてな。すぐに連絡を取れるとよかったが別件で少し立て込んでいた。」

 『別件』とは、潜入している例の組織とは違う、もう一つの顔『私立探偵・安室透』のことだろう。

「とりあえず、よかった…。」
「心配したか?」
「そりゃしますよ…。」

 連絡が取れないから心配するし自分の仕事は進まないし書類は山ほどあるし。

「そうか。で、それの原因は?」
「はい?」
「その書類の山だ。」
「うっ…。」
「何故こんなに溜まっているのだろうか?」

 ストレートに痛いところをついてくる。言い訳をさせてもらえるならば、事件が山のように多いせい。とは言えず。自分の力量不足でもあるだろうから。思っていても口を噤むしかなくて。口から零れた言葉は謝罪のもの。

「すみません…。」
「貸せ。」

 降谷さんはわたしのデスクにある書類の半分を奪い、それを自分のデスクに置くなり黙々と仕事を始めた。

「降谷さん!?」

 それわたしの仕事ですけど!と訴えるも降谷さんは『早く終わらせるぞ。』と一蹴。もう一人の上司である降谷さんにわたしの仕事をさせるわけには…。

「気にするな。それと、」
「…?」
「次からは困ったら連絡しろ。立場上、すぐに助けてやれないかもしれないが、清川の負担を軽減することぐらいできるさ。」




 ほんの一瞬だが、確かに彼は安室さん仕様の笑顔で『良い』と言ってくれた、はず。
わたしの胸の鼓動が速まったのはきっと気のせい。気のせいだ。そう、思いたい。



2014/09/28(修正2021/05/25)