樹洞の中で降る雨は

 HEROs本拠地の近くに木々が青々と生い茂る森がある。大型ポケモンがつけた爪痕が残る木が目立つ危ない獣道。その道を辿って奥へ進むと子供1人くらいなら簡単に潜り込める樹洞の目立つ大木がある。

「はあ。やっぱりここにいた」
「……何追いかけてきてるの。鬱陶しいんだけど」

 ごちゃごちゃとした道を歩かなければならない。そのためその大木へたどり着くのは難しい。だからほとんど人もポケモンも訪れることがなく、静かで何をしていても誰かに目撃されることはない。

「忠直、無駄に大きく育ったのによく入るね」
「煩いな。帰ってよ」
「嫌だよ」

 背を丸め、抱えた膝に顔を埋めて視線を向けることをしない忠直に困った顔して笑う。きっと隠している顔は今、目元も鼻先も赤くしているのだろう。普段の様子からでは想像できない情けない表情を浮かべて。
 久しく見ていないその顔を拝みたくも思うけれど、無理矢理顔をあげさせたら容赦のないメガホーンで殴られるしなあ。攻撃力がそこそこ高い彼から効果抜群な技を受けたらただじゃすまないし、それは遠慮したい。どうしようかなあ。勇言はあれこれ考えてかける言葉に困っていると、その思考を察した忠直が「どうこうしても顔あげてやんないから」と言いきる。

「ばれてた?」
「……アンタ、普段臆病なくせにこういうときだけは」
「可愛い弟を怖がるお兄ちゃんはいないよ」
「何それ、気持ち悪い」

 そんなこと微塵にも思ってないくせに。少しからかう口調で笑って、無遠慮に隣に座る。「ちょっと狭いから出てってよ」「うわあ。昔はあんなに広く感じた洞なのに、今になるとこんなに小さかったんだ」などと忠直の訴えも無視して、もっとつめてつめてと押す。普段みんなの一歩後ろをついている控えめな彼からではあまり想像できない態度だ。

「……本当、鬱陶しいよね」
「こうでもしないと話してくれないでしょ」
「……はあ」

 ため息1つ。それからしばらくの沈黙が続く。勇言は忠直が口を開くまで待とうと思いながら灰色がかった空に目をやる。昔ここから見た空はもう少し広く感じたのに、今見ると狭い。長らくきていなかったけれど、その間に身体の方は随分と成長したようだ。

「……清心と安澄は」
「先生と癒音がついてる。数日休めば回復するって」
「……そう」

 また沈黙。心配していた2人が無事回復することを知って安心したのか、少しだけ強張っていた肩の力が抜けた。どうやら今回のできごとは相当なショックを受けたらしい。鼻をすする音が聞こえてきた。

「2人とも、忠直のことを心配していたよ」
「人の心配する暇あったら自分の心配をすればいいのに」
「そういう忠直だってダメージ受けていたでしょ」
「……2人と比べたら大したことない、掠り傷だから」

 2人が俺より前にいたんだ。危ないって最初に気付いたのに、間に合わなかったんだ。膝を抱える手をぎゅっと握り、ぽつりぽつりと喋り始める。今日の任務中のできごとを、どうしても自分の中で消化しきれない悔しさを。

「……庇いきれなかった」
「うん」
「……2人に痛い思いさせないために、強くなろうとしてきたのに」
「うん」
「……勇言みたいに弟妹を上手く守れない」

 俺は散々守られてきたのに。アンタ本人に返すより、同じようなことを2人にして繋いだ方が俺なりに返せる気がしていたのに。全然できないんだ。アンタみたいに立派なお兄ちゃんできないし、逆に2人に助けられるし。
 せき止めていた思いが次から次へと口から溢れる。全て受け止めてあげようと、勇言は黙って耳を傾ける。声が段々涙ぐんできて「自分が嫌になる」と消え入りそうな声を最後に、言葉から泣き声に変わった。

「忠直が強くなるのに時間かかったからね。僕が立派にお兄ちゃんできてたんじゃなくて、ただ力の差にものを言わせていた感じだし」
「だけど……っ!」
「あの2人、忠直のこと大好きだからね。追い付こうと張り切り過ぎてあっという間に力つけちゃったし」
「何それ。それじゃあ時間がかかった俺はアンタに追い付こうと力んでなかったみたいだ」
「そうじゃなくて。忠直の場合は誰かに追い付こうとかいう目標より、この子たちを守りたいという思いでの方が強くなるタイプだから」

 お兄ちゃんに守られる弟だった間は難しかっただけだよ。
 へにゃりと笑って頭を撫でる。ちらりと視線だけ勇言に向けた忠直は「嬉しそうに言うことじゃないから」と舌打ちをする。しかし普段は瞬間的に叩き落すのに、大人しく撫でられていることからまだ立ち直れていないのだろう。大きくなってなかなか甘えてくれなかった忠直を可愛がるのならば今のうちだ。勇言は笑いながら「ちょっと嬉しいからね」と言った。

「2人が大怪我したっていうのに呑気だな」
「僕の可愛い弟妹3人は叩きのめされれば叩きのめされる程、負けず嫌いが存分に発揮されて強くなるからね。どんな怪我してきても癒音が治してくれるし、生きて戻ってきてくれるならそこまで悲しむことはないかなって」
「とか言いながら、自分がいるときは絶対に守ろうとするくせに」
「僕、長男だからね」

 何その便利な言葉、ずるい。不満を隠さずに呟かれる。きっと今唇尖らせて拗ねた表情なんだろうな。見られないのが本当に残念。そういう表情なかなか見せてくれないから機会があればすかさず見て可愛がりたいのに。そう思っていると肩に少し重みを感じた。目を向ければ、顔をあげてもたれかってきていたことが分かった。やっぱり目元が赤くなっている、そう告げればじろじろ見るなと舌打ちをされる。

「……帰ったら久しぶりに手合わせして」
「いいけど。負けても拗ねないでね?」
「いつの話してるのさ」
「2人でこの洞に入っても余裕があった頃の話かな」

 随分と昔の話だね。そうだね、もう結構経つね。
 空に目を向ければ灰色の隙間から青色が見える。どうやら雨は降らずに晴れるらしい。「忠直の涙が雨代わりになったね」と言ってみれば、舌打ちとともに頭を叩かれる。照れ隠しに殴る程の元気は出たらしい。それはよかったよかったと頭を撫でまわせば「もういいから」と叩き落とされ、そっぽを向かれる。

「……おにいちゃん、ありがとう」
「ん。どういたしまして」

prev next
TOP
ALICE+