亡霊2匹は今日も彷徨う

 朝起きたとき、やわらかな太陽の光と鳥ポケモンのさえずりでさわやかな朝をむかえる。なんていうアンが持ち歩く絵本の1冊にあった最初の文を思い出す。そして思い出すたびに、わたしには縁遠いものなんだろうなと思う。1度でいいからそんな朝を迎えてみたい。

「……でも、あなたたちはわたしがおだやかな朝をむかえるのも許せないんだよね?」

 闇に包まれた空間という表現が正しいのだろう。前も後ろも分からない。けれどわたしはここにいる。そしてあの子たちもここにいる。それだけは分かる。

「……、……」
「ごめんね。わたしにはあなたたちの言葉は分からないの」
「……、…………」
「でもきっと、あなたたちも彼と同じことを言いたいんでしょう」

 あの子たちはゆらりと揺れる。わたしの言葉に同意をしているのかどうかも分からない。でも、きっとそう。忘れてたくても忘れられない。ちがう。悲鳴と怒声にまぎれた小さな音からきっとあの日は雨だったのだろう。そんな小さなことさえもはっきりとした彼と初めて出会った日のことを毎夜夢に出てくるのだから。忘れようとしても忘れさせてもらえないということの方が正しい。

「 俺はお前の存在を許さない 」

 わたしが最期に聞いた言葉をなぞるように呟きながらあの子たち……黒い靄のような塊に触れる。触れた感触はなにもない。手にはなにも感じないけれど、身体中に激痛が走り回る。

「だいじょうぶ。わたしは忘れるつもりないから」

 そして次にどろどろとした黒いものが胸に流れ込んでくる。それは喉をきゅっとしめつけるようで息苦しくなるし、胸は重たくなるようで吐きたくなる。目も熱くなるし、とても嫌な気持ちになる。

「わたしは殺された日のことを忘れないし、あなたたちのことを置いていかないから」

 忘れさせてもらえない、わたしが死んだ日のこと。それは弟にあたるらしい彼に殺された日。……あのとき、彼に殺された子はわたし以外にもたくさんいたようで、その子はいわゆる成仏というものができなかったらしい。


「──わたしはそれだけのためにいるから」


 暗闇の空間ではなく、見慣れつつあるぼろぼろで今にも崩れそうな天井を見上げながら呟く。やっぱり今日もさわやかな朝なんてむかえられなかった。ぎしりと痛み、日に日に重たくなる背中に「毎日のように言わなくてもいいのになあ」と、ため息を1つつく。

「……、……お庭の散歩しよう」

 頭の中にうずまく恨み言の数々に頭が少し痛くなる。外の空気を吸いたい。そんな思いでベッド替わりにしている壊れかけのソファーから起き上がる。地面に足をつけるとひんやりとした。でもこの身体は死体のせいでもともと体温が低いからかあまり気にならない。

「まだちょっと暗いなあ」
「そりゃあそうだ。日の出にはまだ早いからな」
「……けろ、起きてたの」
「起きるも何も俺らには休息なんて不要な身体だろう? というか寝ても嫌なものしか見ないだろ」
「……それは、否定しない」

 部屋から庭への移動中に遭遇した蛙葉の顔を見て気分はさらに落ちる。それは顔に出ていたようで「そこまで嫌そうにされると落ち込んじゃうぞ」と顔を覆ってめそめそ泣きだす。それを無視してお庭へ向かえば「雪月さんや、俺だけに塩対応しすぎやしませんかね」とすぐについてきた。やっぱり嘘泣きだったんだ、あれ。

「というか雪月の場合は尚更寝ないほうが楽だろ」
「そんなことない」
「あるだろ。お前はいろいろなものに引きずられているし」
「……」
「だから2週目に堕ちたんだろ?」

 自分の首をとんとんと指で叩く仕草をするけろに「うるさい、だまって」と舌打ちしながら、寝苦しさで緩めていた首元を隠す。本当、これだからこの人と喋るのは嫌になる。出生が同じなせいで全部知られているし。

「さっさと死んだくせにそこまで知っているのがうっとうしい」
「見聞きしていなくても想像は容易いってもんだ。俺だって兄弟を殺し、それでもって妹に殺されているんだしな」

 お庭に出ると真っ先に目に入ったのは、数日前まで蕾だったものが開いている花だった。よかった、ちゃんと咲いたんだ。しゃがんで花びらをちょんと触れて少しだけ頬をゆるめる。

「全然同じじゃないと思う」
「境遇は同じだろ?」
「けろがなんで2週目に堕ちたのかは分からないけど」

 今日も見た夢を思い出して花びらに触れる手を止めた。お花を育てるのは楽しいよ、いやされるよ。誰かに教えてもらった気がしたから、ききさまとイネスさまにお願いしてお庭の一角に花壇を作らせてもらった。そして順調に育つお花たちを見るのは確かに心が軽くなることがあるけれど、同時に頭が痛む。

「お前に幸せなんてない。死んでも楽になんてなれない。少しでも気が楽になることがあるたびに教えてやる」
「……」
「きょうだいにあたる子たちの恨みとかを背負うためにわたしはここにいるんだよ」
「まるで自分が生まれたことを罪として償おうとしているみたいだな」

 それを引きずられているつーんだよ。と呆れた顔で言われる。言葉にはされていないけれど、きっと死んだ後まで息苦しいことをするとかばからしいと言いたいのだろう。わたしからすると、自分を殺した妹の幸せを今でも願って見守っているけろの方が理解できないのだけれど。

「わたしは許されない存在みたいだからね。それくらいでちょうどいいんだと思う」
「幸せになれないやつだな」
「既に死んでいる亡霊が幸せになれるとも思っていないけど」
「それを言われたら何も返せねーや」

 会話に一息ついたところで薄暗かった空が少しずつ明るくなってきていることに気付いた。もうすぐききさまとイネスさまが起きてくるんだろうなあ。そうしたら咲き始めたお花のことを報告しよう。

「そうだ雪月。身体が痛むならちゃんと鬼々様に報告しとけよ。動く死体つーのはデリケートなんだからな」
「そっくりそのまま同じこと返しておくね」

 お花に触れることで意識しないようにしていたのに、けろが指摘したせいで起きたときから続く痛みを思い出してしまった。本当、気が利かないというのはこういうことを言うんだと思う。

「……恨み言の1つくらい減ってくれたら痛みも和らぐんだと思うんだけどなあ」

 そうぼやいてみるものの、肉片一つ残してたまるかと徹底的に殺されてしまうくらい存在を憎まれたのだから、直接手をくだしに来なかった子たちの恨みがそう簡単に晴れるわけもないのだろう。

「わたしだって、」
「なんか言ったか?」
「……言ってない」

 なにも知らずに終わってしまったのに。
そう言いかけた言葉を飲み込んで、亡霊は亡霊らしくなにも考えず感じないものなんだからと言い聞かせた。

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