父が亡くなった。平均寿命が男女ともに90歳を超える現代日本ではとても早くに亡くなったと思われる。死因は病死。そしてその原因は貧乏暮らしを理由に成人男性にしては少ない食事量、少しでも多くの賃金をもらうために詰め込まれた仕事による過労、時には夜勤をこなしたことによる睡眠不足。つまり不摂生な生活習慣。もともと身体は弱い父であったから、そうならないようにと少ない料理で高カロリーなものだったり栄養バランスが整ったものだったりを摂ってもらうと最善を尽くしたつもりではあったけれど、それでも足らなかったのだろうか。父の亡骸が納められた棺を目にする度に、後悔ばかりが溢れてくる。
「僕からすれば、スズメちゃんの努力があったからこそあんな生活を繰り返していても、この年まで生きられたと思うんだけどな」
「……空純はいつのまにエスパータイプに転向したんですか」
「テレパシーなんて習得していなくてもずっと一緒にいたんだから分かるよ」
「それは大変。迂闊なことが考えられないね」
人差し指で2本たてて口の前でばってんを作る。こんなところで今私が本当に考えていることを口にしちゃ駄目よ、という意味を込めて。空純はさすがにそれは分かっているよ。と言うように苦笑をしていた。
「スズメちゃん、少しいいかしら?」
「……はい、大丈夫ですよ。どうかされましたか?」
大切な父が亡くなったのはとても悲しいけれど泣く間はなかった。初めての葬儀にてんやわんやして、という理由ならばまだ可愛げはあったのだろう。実際は父の死を聞きつけてやってきた親族の方々の相手に疲労が蓄積されてきたから。親戚をといってもこの葬儀で初めて会った人たちばかりで、どうも他人しか見れる気がしない。これならまだトラやエンたちの方が身内に思える。
「ほら、スズメちゃん。あの子が亡くなったから一人になっちゃうでしょう?」
「そうですね。母は私が産まれてすぐに亡くなりましたし」
「だから今後のことを話し合わないといけないと思ってね」
本日何度目かになるこの会話。初めて会う父の親戚たちに挨拶をする度に哀れみの言葉と一緒に「これからどうするかあてはあるのかしら?」もしくは「今後大変だろうけれど頑張ってね」の言葉を投げられた。両親はいわゆる駆け落ち夫婦というものだし、それが原因でそこそこの家柄を持つ父は勘当をされて苦労してきていることを知っている私からすると、そんな面倒な男の娘の世話をするなんて真っ平ごめんだからうちはあてにしないでね。なんて牽制を受けている気分になる。
「しばらくは父が残してくれた貯金もありますし、私も働ける年ですからこの子たちとなんとかやっていけると思いますよ」
「そうは言ってもまだ未成年じゃない? その、言いにくいのだけれどあんな古いお家に女の子一人残すというのも、ねえ?」
勘当された男の娘の面倒を見るのもごめんだが、未成年の女1人を放っておくのも世間体が悪いから避けたい、とでも言ったところだろうか。ああ、本当。
「……面倒くさい」
「え?」
「あ、いえ。ご心配ありがとうございます。でも正確には1人と4匹の暮らしになりますから」
今日1日思っていたことが思わず口に出て、空純にこっそり肘で小突かれる。僕に言うなと言っておいて自分で言っているじゃんという無言の訴えだ。それにハッと我に返り、慌てて慣れない笑顔を浮かべ「しまめぐりを共にした強い子たちなので安全面に関しては問題ないかと」と付け足す。
……ああ、不幸中の幸いというのはまさしくこのことだろうか。お父さんが元気な間にしまめぐりを完遂した姿を見せることができて本当によかった。父の家はポケモンに触れる機会に恵まれず、トレーナーになるなんて夢のまた夢のことだったらしいから。旅の最中に増えた家族をお披露目できたこと、しまめぐり達成お祝いを一緒にしたかったし。……もう何年も前の話になるけれど。
お祝いを怪我で荒れている真っ最中だったエンをトラと一緒に引きずって参加させて騒いだのは楽しかったなあ。お父さんなんて立派になってと泣き出すし。なんて、この場で思い返すべきではないのかもしれないけれど、あの日のことを振り返って水島と甘宮が入ったボールを撫でる。
「そのことなんだけれどね? 家計もあまり裕福というわけではないし、この機会に手放すのも1つの手段なのではないかって話が浮かんでいて」
「……は?」
「さすがに1人と4匹を引き取るのは難しいけれど、スズメちゃん1人くらいならなんとかなると思うのよ。だから、」
だから、なんだ。だから皆を手放せとでもこの人は言っているのだろうか。少し待ってほしい。そもそも私は引き取られるつもりはなく、アローラで育ったあの家で空純たちと変わらず暮らす予定でいる。その際に赤の他人同然な親戚の手を借りることは一切するつもりはないというのに。
「……おっしゃっていることがよく分からないのですが」
「だからね。いくらポケモンがいるから大丈夫とスズメちゃんは思っていても、どんなことが起こるか分からないし、せめて成人するまでは」
「世間体守るために苦楽を共にしたこの子たちを手放して貴方たちに保護されろ、ということですか。たった1人の父を失った娘にさらに家族を失えなんて随分と酷なことを仰るのですね」
なるほど、ポケモンに触れる機会がない。トレーナーになる人がほとんどいない。そんな家庭で育った人たちは家計が苦しくなるから手放す、そんな考えを安易に抱くのか。カッと頭に昇った血に身を任せてついつい口走った言葉は明らかな失言だ。この場を穏やかにやりとりするためには控えめに笑って流すべきなのに。ああ、これでは言われてしまう。父が駆け落ちをしてまで選んだ母の悪口を。これだからあの女との結婚を反対したんだ、ろくな子どもも残せてやしない、みたいなことを。関わる機会なんて一切ないから直接言われたことないのだけれど、葬儀に来られた方々から向けられる目が品定めしているものだというのは最初から気付いていた。
だから父の死を悲しんで泣く間もなく、ご機嫌を損ねないようにと丁寧に同情や牽制の言葉にも丁寧ない対応をしていたというのに。空純が「スズメちゃん、」と私の名前を呼んで手を握ってくれていなければ殴っているところだった。
「べ、別にそんなつもりで言ったわけでは」
「いやいや、おばさん。その発言はちょーっといただけねえな」
「トレーナーにとって手持ちのポケモンというのは我が子同然であり、大切な家族なんだぜ」
次に投げられる言葉次第ではもう殴ろう。私が大変な目に遭わないようにと我が家の家計には似合わない立ち振る舞いだとかそういうのを教えてくれた父には申し訳ないけれど、もう殴って問題児扱いされてしまおう。そうしたら世間体のために引き取ろうなんて話そのものも流れると思うし。私のを止める空純の手を払って拳を握ったそのとき、、なんともまあこの場に似つかわしくない男代表たちが現れた。しかもちょっと散歩がてら寄ってみたなんて感じのラフな格好で。
「……さすがに私服はないと思うのですが」
「喪服とか持ってなかったし、何より俺らは葬儀のために来たわけじゃないしなあ。あ、でも一応アクセとか外したから」
「じゃあ何ですか。さすがに今日は相手にしていられるほど暇じゃないですよ」
「知ってる知ってる。おじさんが実は良家の出身だって話本当だったんだな。酔っ払いの見栄かと思ってた」
「それは私が1番思っていることですよ。というか本当に何の用ですか」
これでも父を亡くしてそれなりにダメージを負っているというのに、今は二人のバカみたいなノリにはついていけないし、イライラしてしまう。八つ当たりもしたくないし、怪訝な顔をしているこの親戚に説明するのも面倒臭いから早く帰ってほしい。そんな気持ちでいっぱいになってため息をついていると、2人はにんまりと顔を見合わせてから私の両手首をがっしり掴んだ。
「え」
「空純。ちょっとばかしスズメが抜けたところで問題ないよな?」
「うん。することはほとんど終わって、残りは聞くに堪えない話しの相手くらいだけだし大丈夫だよ」
「よし、じゃあスズメ行くぞ」
「ちょっと、話がみえな……っ!」
こちらの都合なんてお構いなしに2人はこの場がら逃げるように走り始める。いくら力のある方の私とはいえ、男2人に引っ張られたら敵わない……あ、訂正。エンの方ならどうとでもなりそうだけれど、トラの力にはさすがに敵いそうにない。止めてほしいという意を込めて振り返ると、爽やかな笑顔を浮かべて見送る空純の姿。しかもその手にあるのはロンじぃたちの入ったモンスターボール。いつの間にとったの、というか何故とった。
「ただでさえ空純たちがいる前では泣きそうにないスズメだっていうのに、あんなによく分からん親戚どもに囲われていたらさらに無理だろう」
「どーっせもっと自分がしっかりしていたらとかいう後悔ばっかで葬式の間はしっかりしないととか、立派にやっていけるから問題ないという姿を見せなきゃとかで気を張ってたんだろ」
「そういうわけでは」
全力疾走で葬儀の場から離れて、足を止めたのはエンが「あ、ちょっと待って。体力限界もう無理」と声をあげてから。そこはあまりにも急な展開に足がもつれて私が転ぶとかじゃないんですかと言えば、「いやいや、なんで2人ともあれだけ走って息切らしてねえんだよ。あー、足いってえ」と笑っていた。ああ、なんというかもう。
「親を亡くした友人に対してすることじゃないですって」
「スズメを攫ってみようと言い出したのはエンテンだ」
「にっしっし。怪我をして旅もできなくなった俺にあんなことをした仕返しだ」
「根に持つ男はモテませんよ」
寝転がるエンの横にしゃがみこみ、膝に顔を埋める。非常識ともいえる2人の行動は私からするとあまりにもいつも通りで安心してしまったらしい。今の今まで緩む気配を一切見せなかった涙腺があっという間に緩んだ。
「お、珍しい。スズメが泣いた」
「泣かせたのは誰ですか」
「誰ってそりゃあ娘の結婚式も孫の顔も見る前に亡くなったおじさんだろ」
「そうですけどそうじゃなくて、もう」
そうだ。何も見せられなかった。成人式も結婚式も、孫の顔も。……結婚する予定も相手もいないし、できる気がしないから後者は無理でも、成人式の晴れ姿くらい見てもらいたかった。不幸中の幸いはしまめぐりを達成した姿を見せれたことだけれども、それでもやっぱり。
「まだ一緒にいたかったのに」
「だろうな」
「死んじゃったらもう会えないってお母さんのことで知っていたくせに」
「……ん」
「そのくせ私を置いて先にいなくなっちゃって……っ、ばかあ」
1度緩んでしまえば涙はとめどなく溢れてくる。2人が背中や頭を撫でてくるから尚更のこと。しばらくの間はまだ泣けないと思っていて、息苦しくてしょうがなかったのに今はさっきまで昇っていた頭の血も、胸に溜まっていたわだかまりも抜けていくようだ。
「お父さんに、死んでほしくなかったあ」
そんな言葉を繰り返してどれくらい泣き続けたのか。この後葬儀の間に溜まっていた疲れも一緒に襲ってきて、涙が収まってきたころに寝落ちした私には知ることはない。そして目元が腫れる程泣いたということだけでも思い出せば恥ずかしくなるのに、寝落ちした私を運ぶのも疲れるからこのまま寝ようというトラの提案のせいであのまま外で3人そろって眠り、翌朝風邪をひきかけたというこという情けない落ちに穴を掘って埋まりたくなった。
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