冥界保健センター。通称冥保。死者の魂を清く正しく管理をし、次なる人生へ送り出すまで保護することを主な仕事としている組織。……の、隣にある年中無休の食事処で1匹で働いているのがこの私、操である。
「よし。朝の準備はこれくらいでいいかな」
早朝。昨晩に終えていた仕込みに合わせて朝の準備をする。このお店にくるお客様の人数はそう多くもないので、その分少しでも質の良いものを提供できるようにと準備から手を抜かないようにしている。
そうこうしているうちにお昼というには少しばかり早い時間。きっとこの後外でのお仕事があるのだろう。最初のお客様がいらっしゃる。
「なんでアンタと一緒の時間にお昼に行かなきゃなんないのよ」
「それはこっちの台詞だってーの。はっ、昼時までテメェの顔を見ていなきゃなんねーとかうんざりなんだよ」
顔を見合わせては言い争いの止まないとても賑やかなお客様。喧嘩するほど仲がいいと言った日には殺意の高いこの人たちに喧嘩腰でぶん殴られる予感しかないのでお口にチャック。
「冴咲さん、影光さん。本日は何にされますか?」
「焼肉定食」
「あ、てめっ、同じもの注文すンな!」
「私の方が先に頼んだのだから真似るなら後出しのそっちじゃなくて?」
「焼肉定食2つですね。今から用意しますので……くれぐれも店内で暴れないでください」
喧嘩するなら外へ行け、外へ。できたら呼んであげますから。などと、今にも暴れそうな様子を見て首根っこ掴んで放り出す。「ちょっと、さすがにその対応はどうなの」、「こんのクソババア!」と文句を言われもしたが、食べ物を扱う場所で埃をたてられるのは嫌なので無視としたい……が、攻撃の矛先を私に向けられるのは困るので釘を刺しておこう。
「店内で暴れられる非常識さが最近目立ちます、なんてクバクさんに報告してもよろしいなら」
「ごめんなさい」
「勘弁しろ」
過去に悪食と呼ばれて敵なし。当時から恐怖を覚える程の美しさを抱えた容姿は何年経っても衰えることはない。そんな美貌の塊である冴咲さんも。
手を染めた数を知る人なし。悪人という単語を聞いて真っ先に連想する、外道を極めたクズと呼ばれる影光さんも。
本当にトレーナーであるクバクさんに弱いみたいだ。
「……それにしても元気だなあ」
外から聞こえてくる騒音を聞きながら、お肉を焼く。この後の外掃除が大変そうだとため息を1つ吐いた。
* * * * *
正午手前。小さな食事処にのこのこと顔を出す重役のお客様がいらっしゃる。
「みっさちゃーん。ご機嫌いかがー?」
「数時間前まで殺意の塊みたいな2匹が来ていたので疲れ気味ですね」
「あの子たちは血の気が多いからねえ」
「まあ、似たようなのは身内に多くいますから扱いは分かるので困ることはないのですが。管理者様は苦労されているのではないですか?」
「……あの子たち、ぼくを上官だと一切思っていないからねえ」
冥界保健センターの管理者、つまり1番上の地位についているお方。本名は分からないけれど、皆さんに管理者様と呼ばれているので倣ってそう呼ばせてもらっている。
先ほどまで散々と暴れていった2匹を思い浮かべては遠い目をする管理者様に冷たい麦茶を出せば喉を鳴らして一気に飲み干されたので相当疲れているのだろう。
「ご注文はお決まりですか?」
「心にも身体にも優しいもの!」
「じゃあキャベツやソーセージをたっぷりいれたポトフにしましょうか。他のお客様が来るまでの間なら愚痴もちゃんと付き合いますよ」
万歳と両手をあげて大袈裟にまで喜ばれる管理者様。この後あったかいポトフをお腹にためながら可愛くて仕方がないのだけれど我が強くて言うことを聞きやしないという部下たちのお話を小一時間程聞くことになった。
……そういえば以前からの疑問だけれど、こんな特殊すぎる程の職場で管理者となられる彼の種族はなんなのだろうか。
* * * * *
お昼のピークを過ぎて一息つくことができそうな午後3時。最初の2匹と比べたら何をしても可愛らしく見えてくるお客様が2匹やってくる。
「みさちゃん、とにかく甘いもの!」
「チョコー!」
「ふふ。糖分補給といったところですか?」
年の差はそれなりにあって、傍から見ると仲睦まじい兄弟のように思える朝露さんと桃世くん。この時間帯にやってきてはおやつをがっつりと食べていく。
「今日は夜勤だからね」
「あれ、珍しいですね」
「午前中は現世の仕事だったんだ」
……ああ、そういえば言咲ちゃんから「腕の良いメイクさんがいてね。それがもう、オッドアイなうえに色違いなシャンデラという目の保養にしかならない子でさあ!」と語られた覚えがある。朝露さんは以前メイクの仕事をしていると言っていたし、おそらく言咲ちゃんの言ったそのメイクさんというのは彼のことだろう。特徴が一致している。……そうかあ。
「流されやすい受けに見えた攻め……」
「え、みさちゃん何か言った?」
「あ、いえ! ちょっと友人の言葉を思い出してしまって」
現世と冥界で違う仕事をするなんてそれはもう大変なことでしょう。ちょっとサービスしちゃいますね。と口早に言って誤魔化す。私はその類のものを詳しく知るつもりはなかったけれど、何せBLは必修科目だからね! なんて宣言するあの言咲ちゃんから会うたびに語られるものだから。朝露さんが噂の人かと気づいたらとんでもない情報まで思い出してしまった。
「みさおばちゃん。ぼくね、あのね」
「はい?」
「チョコもだけど、イチゴも食べたい」
「桃世くんは最近苺も好きですよね」
「うん、えっと、その、おねえちゃんの色だから……」
「え?」
「あはは。最近見つけた桃世くんのお姉ちゃんが苺と同じ赤色だからブームみたいなんだ」
初めて聞いた情報だった。ここに通うようになってきてくれたときからまだ幼子の桃世くんの手を引いたり、食べこぼしを片付けることをする朝露さんもいたし、てっきり種族は違えと兄弟みたいな関係と思っていたから。他に大事なお姉さんがいたなんて。
えへへ。なんて頬を緩めて「まだおねえちゃんって呼べないんだけどね、いつか呼べたらいいなって」とお話をしてくれる桃世くんはとても幸せそうで、見ているこっちの胸が温まる。
「それじゃあ今日はお祝いも兼ねてチョコケーキにしましょうか。クリームも苺もたっぷりのせた」
それを聞いた2匹はとっても嬉しそうに頷き、いつも座る日当たりのいい窓席で足をぱたぱたさせていた。
* * * * *
夕方。夕食でここを使うお客さんは少なく、お皿洗いとか全て済ませてしまっていたら眠気がどっと襲ってくる時間。うつらうつらと舟を漕いでいたら、控えめに戸を開ける音がした。慌てて顔をあげればとても珍しいお客様。
「いらっしゃいませ。お久しぶり」
「……ん、久しぶり」
「ここに顔を出すのは珍しいね。墓守の仕事は?」
「今日はシヨシに冴咲さんたちが戻ってきてるし、お土産があるから」
そういえば今日はいつも以上に気分が高揚している様子だった。冴咲さんたちの午後からの仕事は悪霊になってしまった子たちの回収ではなく、ジム戦だったのかと今更ながら気づく。そういえば焼肉なんてがっつり食べていたもんなあ。
「わざわざお土産だなんて色男がすることは違いますね」
「えーあー、それが?」
「うん?」
口元を手で覆って言い辛そうにする良絡くん。眉間に皺を寄せて気難しそうにしたと思えば、深いため息を吐いて耳を赤くするといった極端な表情の変化をしているけれど、そんな姿も絵になるのはさすが、異性受けの良い魔性の兄妹だと思う。
「……割烹着が普段着になりつつあって色気を失いそうな操ちゃんに似合いそうなえっちな下着を見つけたからお兄ちゃんが持って行って、私行き方分からないし! ということを」
「……可愛い顔でおねだりした妹に負けたんだね」
「…………伝言までちゃんと言ってくれなきゃ嫌いになっちゃうかも。なんて言われました」
受け取った紙袋をくしゃあっと握り潰す。あんにゃろう、なんて好戦的な言葉が思わず口に出たのは仕方がないと思う。園香ちゃん、良絡さんがたまに会う妹のめったにないおねだりならなんでもやっちゃうのを知って遊びやがったな。
「…………二度目やったら燃やすぞとお伝えください」
「……妹が本当ごめんなさい」
穴があったら埋まってしまいたい。そんな顔をして蹲っているのを見て、怒れるだろうか。少なくとも私は怒れない。今頃愉快だと笑っていそうな諸悪の根源である園香ちゃんはしばき倒したいけれど。
とはいえ、8割は厚意、2割は兄をいじりたかったというのが彼女の考えだろうから怒っているだけ無駄でもある。ため息を1つ吐いて「で、何を食べていく?」とエプロンの紐を結び直した。
「へ」
「まさかここに来て夕飯食べないなんて失礼しないよね?」
「……眠そうなのに作ってもらうのも悪いかなと思って帰るつもりだったけど」
と、ちょいちょいと頭を指さす仕草につられて自分の頭を触れば、見事にウインディの耳が出てきた。しまった、お客様がいないからと気を緩めすぎた。慌ててひっこめつつ「さすがに妹にこんな案件で駆り出された苦労人をタダで返すのは嫌かな」と笑えば、オムライスをと注文されたので良絡さんは相変わらず子ども舌らしい。
* * * * *
そんな色濃いお客様にお料理を振る舞い、1日が終わろうとする。外に出した暖簾を片付け、閉店の立て看板を扉の前に立てる。こんなことをしていても回収のお仕事を終えてお腹空かせて戻ってきた人たちが真夜中に戸を叩くというのもよくあることなんだけれども。
「という1日でした」
『相変わらず愉快そうだな』
「うん。楽しいよ。そっちはどう? 墨ちゃんが私の代わりにご飯を作ってると思うけど」
『劉が味が薄い、操のご飯がいいとぼやいて怒られてたな』
「作り手としては怒りたくなる一言だなあ。私としてはちょっと嬉しいけれど」
お店を閉めたら自分の夕食。今日中に使い切りちゃいたい食材をたっぷりと使った1匹にしては多めの量。それを食べながら週に1度のトラくんとのテレビ電話をする。お行儀は悪いことだけれど、私1匹冥界なんて未だによく分からない世にきて食事処を切り盛りしているのだからこの週1の楽しみの間だけはそういうのを許してもらいたい。
「また近いうちに帰るから」
『それは良かった。墨の料理も美味しいけど、俺も操の方が好きだから』
「スズメちゃんと比べたら?」
『あれはおふくろの味だからなあ』
比較対象にならないらしい、残念。そう笑えばテレビ電話越しのトラくんもけたけたと笑う。お店の2階で1匹暮らししている私にとって、その笑い声は本当に安心する。慣れていたとはいえやはり寂しいからなあ。
「明日もジム戦でしょう? そろそろ寝たほうがいいよ」
『操はこれから仕込みを始めるんだろ? あまり夜更かしするなよ』
「うん。体調管理が第一なのはよく分かってるから」
じゃあまたね。なんて言葉で締めくくってテレビ電話を切る。ぷつんと画面が黒くなると同時に室内も静まり返り、どっと寂しさが襲ってきた。そんなしんみりとした気持ちを飛ばすためにパンッと両頬を叩く。
「よし、明日の仕込みしちゃおう」
明日は何を作ろうか。来てくれるであろうお客様の顔を浮かべたら自然と頬もゆるんできたのだった。
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