まさかこういう形で見つけられるなんて誰が思っていただろうか、思うわけがない。そもそも俺は諦めていたのだから。あの日手放した子を見つけられる日なんて来るはずがないと。
「山音!?」
手から滑り落ちて割れたカップの音も、飛び散って足元にかかった珈琲の熱も、動揺している俺に驚いた林音の声も。全て意識の外側に寄せてテレビから流れてくる情報に釘付けになる。
「…………」
「山音? おーい、山音?」
「テレビがどうかしたのぉ?」
それはたまたま風音がつけた番組だった。HEROsという救助隊を取り上げた特集。少し前に起きた震災による被災者を救助しているときの映像。そこに彼女は映っていた。エンペルト特有の鋭い翼で大きな岩を翼で両断し、障害物を取り除いてから人の姿に戻った彼女が。
「……この子」
「え? ああ、安澄ちゃんだよぉ」
「あず、み」
「正規隊員になってから雑誌によく載るようになったよな。人気どころのタカネの手持ちってのに加えてこの容姿だし」
風音に渡された雑誌に目を通す。そこの載っているのは指通りの良さそうな青墨色の髪をセンター分けしている女性。きりっとした綺麗な薄花色の瞳に右側にある2つの泣き黒子が特徴的だ。端整なその顔立ちは初めて見るものだった。それでも確信を得た。根拠は何一つとしてない。群れを大切にするエンペルトの習性なのか。
「安澄ちゃんって山音と同じところに黒子あるんだねぇ。しかも2つってところも一緒だぁ。いいな、お揃いじゃん」
またはどことなく自分と似ている顔立ちや雰囲気のせいか……それとも、彼女を自分の手で守ることができなかったくせに未だにある兄としての直感からなのか。考えられる理由はいくらかあるか、やはりどれもこれも根拠とするには弱い。というか不確かすぎる。
「……お前ら、彼女に詳しいのか?」
「詳しいというか有名だしなあ。ほれ、ここ。HEROsって話題に上がりやすくてさ、こういう雑誌で毎月のようにいろんな部門で投票とかされてんの」
「女性部門で圧倒的人気なのは苺花ちゃんだけれど、安澄ちゃんもなんだかんだで上位にいるんだよねぇ」
「美人だしな。眉1つぴくりともさせない冷たさがありながら、救助時には子どもたちに合わせて幼く振る舞っているのとかいい」
「風音、安澄ちゃん推しなんだよぉ」
美人な女の子ランキング、仕事ができそうな女性ランキング、甘やかされたい女性ランキングその他諸々。そう言った部門にランクインしている安澄という名。その中に括弧書きであるのはエンペルトの文字。
「ちなみに僕の推しはこの苺花ちゃん。めっちゃ可愛いの、生苺花ちゃんすっごい可愛いの」
「火音は実物に会ったんだっけ?」
「そうそう。雑誌のインタビューでねぇ。今をときめくHEROsの女の子に聞いてみよう! みたいなコーナー担当したからぁ」
傍に寄ると甘くていい香りがしただの、写真と比べ物にならないくらい可愛かっただのと語り始める火音を無視して記事を読み始める。タカネというトレーナーのポケモンたちが集まってのコーナーであるため彼女単体の回答は少ないけれど、その中でも釘つけになる一文があった。
「……兄同然の存在」
「ああ、忠直くんと清心くん? それと勇言くんもだったかな。あそこの繋がりって家族っぽくてね。安澄ちゃんが末っ子」
「……そう、か」
逐一呟きに対して入る風音の解説に胸がぎゅっと締め付けられる。安心した。あの子が別のところで家族といえる存在に出会えて満たされた生活を送れていることを。それと同時に嫉妬した。兄と呼ばれて慕われる立場、そこは本来俺の場所のはずだったのに、と。
「くだらないことに現を抜かさないでくださいよ」
「くだらないってなんだ! HEROsの雑誌読んでると勉強になるんだぞ! 安澄ちゃん美人だし癒しだからな! あとインタビューのところでお気に入りに俺らの曲とかあげられたときの喜び半端ないから!」
「林音分かってない、分かってないよ! HEROsの女の子って魅力に溢れてるんだよ。可愛くて強い、女の子の理想像を体現した苺花ちゃんとか!」
「それでうっかり手を出して、とかやめてくださいよ。アイドルなんですからそこら辺は弁えて」
「弁えてるし。そもそも俺は遊ばない」
「分かってるから遊ぶ相手は男だけにしてるよぉ」
「そこも控えてくださると助かるのですが……まあ、それに関してはマスコミに捕まらないのであればご自由にどうぞ」
地雷を踏んだのか林音の一言に2人は騒々しい程噛み付いた。それを横目にしながら読み終えた雑誌をテーブルに放り、珈琲を飲もうとして思い出す。そういえばあの子の姿をテレビで確認したときに落としたのだ。あの子に意識がいっているうちにカップの破片も床の汚れもなくなっていたから忘れるところだった。……きっと林音が静かだったのは片付けていてくれたのだろう。
「…………」
そういえばカップが手から滑り落ちた感覚、あのときのものと似ていたな。両親から託されて初めてできた自分の守るべき存在、弟か妹かまだ分からない卵を失ったときの感覚と。失ってから数年経ってようやく知った、あの子は妹だったのだと。それを知れただけで胸の奥につっかえが楽になった気がする。
「あ、そういえば安澄ちゃんって戦隊もの好きって言ってた」
「ちょっと知ってるレベルじゃないよね、それ」
「正義の味方を目指してるものとして憧れの存在なんだって」
「風音、やっぱ安澄ちゃんのことマジな推しでしょぉ」
「そういう火音は苺花ちゃんを」
「サイン貰うくらいの推しだけどぉ?」
この会話を聞いた直後に相月が次の戦隊シリーズのブルー役の仕事を俺に持ち掛け、即決で請け負ったのは言うまでもない。
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