「や、やっぱりこんなことだめだよ……」
視線を彷徨わせ、目先の誘惑と同時に襲いくる不安で身を縮める。日頃からさすがいわタイプと感嘆の声をあげたくなるような頭の固い三蔵には、この背徳感に身を委ねる度胸はなかった。
「今更引き返せないでしょ。ほら、もうこんなんにしちゃって」
「ご覧。とろとろと垂れてきているだろう。こんなにも魅惑的な誘いを無碍にするという方が失礼さ」
「だけど、んっ」
その不安を和らげるように、史悠は三蔵の手を握る。指先まで冷えた手を温めるように指を絡め、逃がさないよ。と笑いかける。そして更に追い詰めるようにフラムは三蔵の頬に手を添え、熱帯びたそれを唇に押し付ける。逃げ場はない。そう悟った三蔵は恐る恐ると舌を伸ばしてそれに触れ、熱を確認するように撫でる。慎重な様子に焦れったくなってきたフラムは「もっと口を開いて」と囁き、口腔内へ押し込む。途端に広がるその味はとても甘く、三蔵の頭をくらくらと魅了した。
一度落ちてしまえばあとは簡単である。もっと、とねだるように口を開いた三蔵に「そんなに慌てないで。いくらでもあげるからさ」と、いっぱいに満たしていくだけだ。
「〜〜っ、おいしい 」
「でっしょー! 夜の海、程よく冷える冬の季節、そこで焚火を用意して蕩かすマシュマロ。本当に最高なんだよねえ! さらにチョコにつけてー」
「そんなの美味しいに決まってる……!」
「そろそろチーズもいい具合だ。中身をくり抜いた丸型のパンにたっぷり注ぐだろう」
「あ、あ、」
「ここにカリカリのベーコンと半熟の卵を乗せる」
「そ、そんなのもう暴力だよ!」
甘い甘いマシュマロに対して、更に甘いチョコレートが追加される。食べて食べてと史悠に差し出され、躊躇いもなく口にする。ここが天国かと、その美味しさに浸っているとフラムから食欲を刺激するためだに生まれたような一品を差し出される。この時点で三蔵の中にあった、こんな真夜中に食事をするということによる罪悪感は消え失せていた。
「史悠にいきなり連れてこられたときは何事かと思ったよ」
「夜風も気持ち良かったでしょ?」
「うーん。何の説明もなく夜中の水上バイクは怖いかなあ。しかも史悠、運転荒いし」
「だろうね。だから僕は一足先にこっちきて準備していたわけなんだけど」
「あ、それ私に押し付けたってこと?」
「そうとも言えるよねー」
「ちょっとちょっと、なんか2人して酷くない!?」
三蔵の罪悪感を拭い取ったところで、3人は談笑しながら食を進める。途中でマシュマロが尽きるので、クッキーやお芋やらと追加で焼いた。その香りがまた空きっ腹をくすぐり、いくら食べても足りないくらい。
「……ところで史悠。こんな時間にこういうもの食べていいの? 仮にもモデルでしょう?」
「仮にじゃなくてれっきとしたモデルですーっだ」
「史悠って驚くほど食事制限していないんだよね」
「ストイックすぎるくらい制限している子知ってるんだけれどさあ、あれは無理。ストレスにしかならない。やっぱりね、どれだけ健康的な生活をしようとストレスがあったらダメなのよ」
よってこれは問題ないのである。定期的にこうやって開放的に、何も気にせず暴食するのも身体によいのだよ! などと素晴らしい開き直りっぷりに三蔵の口は塞がらない。晒しっぱなしの間抜け面にフラムは愉快そうに笑って「隙あり」と焼き林檎を投げ込んだ。
「ふ、ふらむ」
「なんだい?」
「さっきからフラムが用意するものが暴力でしかない。こんな、バターと砂糖たっぷりな焼き林檎なんて、もう!」
「あまりにも美味しさに涙を浮かべる子、うち初めて見た」
そんな幸せそうな顔で頬張られたらもっと食べさせたくなるな、と。責任感の塊のような三蔵が気を抜けていく様を見て調子に乗った2人は他にもあるんだよと食材を用意しようとする。が、さすがにお腹いっぱいになってきたのもあり「次、次の機会に教えて。いっぺんに知るのももったいない!」と慌てて制止をした。次があることに気を良くした2人はそれなら仕方がないと、追加食材をビニール袋にしまい込む。
「ところで最近三蔵たちのところどう? あまり帰ってこないけど」
「んー。ミクモが写真撮影に夢中だからね。あ、この間雑誌で賞とってたよ。小さいやつだけれどこれからだって嬉しそうだったなあ」
「お、順調順調。うちも今度ミクモくんに撮ってもーらおう」
「あはは。それってモデル料撮られない?」
「そうだなー……1回につきマハロ食堂のランチかな」
一通り食べ終えたところでマグカップにたっぷり注いだ蜂蜜入りのホットミルクで胃を休める。自宅では電子レンジでミルクを温めるが、焚火と鍋で温めたミルクは格別だなあ、と。三蔵はパチパチと音をたてる焚火と楽しい談笑に耳を傾ける。
「……ふふっ」
「どうしたの、突然笑いだして」
「こういうこと久しぶりにしたけれど楽しいなって」
しまめぐりをしている間も野宿や焚火をした。ミクモたちといるのだから当然賑やかなものだった。あれは本当に楽しい時間だった。でもしまめぐりも終えて、ミクモが写真家として奔走するようになってからは回数も減ってきて、今じゃほとんどない。それが少し寂しかった。
ぽつりぽつりと呟くように語り始める三蔵。そのいじらしさにくすぐられたフラムと史悠は三蔵を挟むように座り、ぎゅーぎゅーと引っ付く。
「可愛い奴め!」
「僕たち、こういうことしょっちゅうしているんだ。いつでも巻き込んであげるよ」
冬の海は寒いものだが、こうして2人の温もりに挟まれると冷たい潮風も気にならなくなる。特にフラムはほのおタイプだし尚更。巻き込んでくれるということに、きっとこの2人のことだから普段ミクモたちのところじゃやらないことに引っ張ってくれるんだろうなと思うと、三蔵の胸は躍り、自然と頬が緩んだ。
「えへへ、お手柔らかにお願いしまーす」
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