その姉妹は仲良しという程仲良しではなかった。妹は姉を尊敬し、慕っていた。しかし姉は妹に劣等感を抱き、よそよそしかった。不仲というわけでもなかったが、
温度差があった。噛み合っていなかった。微妙に開いていた距離は徐々に広がっていき、改善する余地がなかった。何故なら姉の方は妹を理解できず、怖いとすら思っていたからだ。妹はそれに気付きながらそれでも良しとし、理解してもらおうとしていなかったからだ。
そうこうしている間に姉はトレーナーに捕まり、妹はその場に残り、離れ離れとなった。もう、何年も前の話である。
「……終冬様。私、このような場は不得手だとお伝えしたはずですが。加えて、派手な格好も苦手だと」
「んー、でもほら。姫羽さん、俺の護衛として雇われているんだしさ。こういう場にこそ来てもらわないと」
「ならば護衛に相応しい格好をさせていただきたかったです」
「それは俺の趣味かな。せっかくの素材は活かさないと」
豪奢なシャンデリアを吊り下げ、見たこともない料理をテーブルに並べたパーティ会場。アローラの田舎に生まれ、泥臭く島巡りをしていた姫羽には無縁であった煌びやかな世界。場違いすぎると姫羽は陰鬱な表情を浮かべて溜め息を吐く。すると、事の原因である姫羽の雇い主終冬が「背を伸ばして顔を上げる。一応君も冬式の者として参列しているのだからね」と背中を叩く。
「……確かに私はなっちゃんに紹介され、終冬様の護衛として雇われていますけれど。でもこのような場では教育を受けている姫色さんに任せるべきだったのでは」
「確かに姫色は高級奴隷として仕上げるためにこういう場に対応できるように躾けたし、戦いもこなせるよ。でも今回は不穏な噂を聞いてね。念には念を」
「……不穏な噂?」
いつになく慎重な終冬の様子に首を傾げる。はて、そこまで警戒するような噂でもあっただろうかとここ最近の話題に思い出すが、該当するものは見当たらない。そう伝えると終冬は「だろうね。今はまだ表立った噂にはなっていないから」と笑う。
「黒衣の死神って聞いたことある?」
「中二病を患っているのですか」
「かもしれないね。最も、本人たちがそう名乗っているのではなく、姿と行為から周りがそう呼んでいるんだけど」
「周りからそう呼ばれるということは……考えたくもないですが、非道なことをしていそうですね」
「まあ、それに狙われる輩もろくでなしだけどね」
空になったワイングラスを傾ける。指差しをするのも失礼になるけれど、その示し方もいかがなものだろうかと思いつつ、その先に目をやる。そこにいるのは黒い噂の絶たない集まり。この社会に身を投じていれば当然のことだが、それに加え何やら奇妙な術のようなものを扱うというのもある。不気味な者たちだ。彼らが何か? と首を傾げれば、終冬を唇を三日月の形に歪める。
「今回、彼らがその黒衣の死神の標的らしいよ。とある筋によればね」
「楽しそうですね」
「そう呼ばれる者は見目麗しいみたいでね。その上、大きな刀で派手に立ち振る舞うと聞いたんだ。興味が湧かないわけないだろう」
「……私の予想が正しければ、その方がすることは」
「死神と呼ばれるくらいだからね。俺としてはあれが排除されるのはメリットの方が大きいから困らないよ」
むしろ手間が省けて感謝したいくらいだ。などと平然と言える神経を疑うが、職業柄仕方がない事なのだろうと目を瞑ることにした。そしてひっそりと後悔する。エンテンのもとに戻るとき、全部守れるように強くなりたくて、夏彦にいいやり方はないかと聞いたことを。まさかこんな危ないことに首を突っ込むことになるとは思わなかった。
しかし、それを聞いたうえで了承したのは自分なので、しっかりと務めを果たさねばと両頬を軽く叩き、ぐるりと周囲を見渡す。そして自分と同じく、否自分以上に場違いな少女に目を留めた。
「終冬様。それって、あの子みたいな」
「ああ、確かにそれらしい……えっ」
黒いスーツを身に纏い、庭でも散歩するように軽い足取りで場内を回る少女。そして身の丈ほどの刀を背負っていた。1度目にいれてしまえば違和感しかないというのに、どうして今まで気付かなかったのか。ぼんやり考えながら、終冬に少女の存在を伝え、終冬が少女を視認した。その一瞬の出来事の間にそれは起きた。
床一面に広がった血飛沫。ゴロリと転がる頭部。数拍置いてあがる悲鳴。理解できない状況に逃げ、混乱が生じた。
「あ、姫羽ちゃん。待って」
「終冬様、何呑気な事言ってるんですか!?」
「非常事態なのは分かってるんだけどね。なんか彼女、こっちに来ているよ」
「ならなおさら!」
人が死んだ、1人どころか何人も。先程まで談笑をしていた者たちが一瞬でその命を散らせた。非現実的な状況に涙を浮かべながら終冬を担ぐ。すると「そのポケモンは標的じゃないから手を出さないよ」と、背後からどこか懐かしさを覚える声で呼び止められた。
恐る恐る振り返れば、ふんわりとした長い黒髪を揺らして首を傾げ、長い睫毛で縁取った大きな目を瞬かせていた。
「もしかしてわたしたち、どこかでお会いしたことありませんか? 例えば夢の中。例えば妄想の中。例えば──」
「貴方は」
「そう、思い出の中でとか」
疑問形で問いかけているが、確信を得ているような口ぶりであった。そして姫羽もまた、そんな少女の態度を見て、声を聞いて、目を丸めた。なんで、そんな、もしかして。動揺していると、少女は両手をぱんと叩いて「ああ、やっぱり!」と驚喜に満ちた声をあげる。
「ああ、夢にまで見た邂逅に心が踊っちゃうなあ! ……まあ」
「っ!?」
「それに浮かれてお仕事を忘れるなんて間抜けはしないけどね」
大太刀が姫羽の顔を通り過ぎる。もしも飛んできた方が逆であったら終冬に当たっていた。というか、それは投げて使うものだっけ。などと顔を青くしながら「終冬様、大丈夫ですか」と雇い主の安否を確認する。声をかけられてはっとした終冬は「うん、俺は無事。でもひっそり逃げようとしていた男の頭頂部に刀が刺さる瞬間を見てぐろっきーかも」と震えた声で返事をする。
2匹のやりとりを見ながら恋石は軽快な足取りで死体に近寄り、「うん、ちゃんと死んだね」と絶命を確認して大太刀を引き抜く。べっとりと付着した血を床に散らしてから鞘に納める。そして、くるりと身体の向きを変え、姫羽と相対する。
「改めてご挨拶しておこうかな。わたしの名前は恋石。貴方の名前も教えてよ、おねーちゃん」
「ひ、はね」
おねーちゃん。そう呼ばれて姫羽はやはりそうなのだと少女の正体に気付く。そう、この少女こそがアローラ地方で離れ離れとなった妹だ。エンテンの手持ちに加わって以降顔を合わせていないし、当時は擬人化ができる状態ではないから初めて見る姿となるが、それでも確信していた。何故ならば、昔、姫羽が妹に対して抱いていた気持ちが身体中を駆け巡り、指先まで冷やしていくのだから。
「? あ、もしかして目の前でポケモンが死ぬのを初めて見たのかな。ごめんね、配慮が足りなかったね」
「貴方、何をしたか分かって」
「分かってるよ。殺しをした。命を奪った。取り返しのつかないことをした。もっとも、取り返したいとも思っていないのだけれどね」
一歩、また一歩と恋石が近寄る度に、姫羽は同じ歩数歩幅だけ後退する。会場にいた参加者のほとんどはもう逃げ終えて、この場に残るのは3匹のみ。なんとか隙をついて逃げなければ、妹の状況に聞きたい話もあるが最優先は終冬を守ること。ああ、大太刀回収時に出口側に恋石が立つ形になったのは痛手だ。などと、動揺が落ち着かない中で思考を回し、逃げ道を考えている間に恋石は大太刀を振るえば届くところまで距離を縮めていた。
「さてと、仕事は終えたし……ねえ、おねーちゃん。昔みたいに遊ぼうよ。」
「むかし、みたいに」
姫羽は昔から恋石のことが分からず、怖いと思っていた。姉を慕う素振りは見られるが、本心が見えないからだ。そして姫羽の記憶に残る姿から成長を遂げた恋石は、変わらず何を考えているのか読めなかった。殺しをした直後に笑みを浮かべ、そして無邪気に今のようなことを言うのだから。
「そう、昔みたいに。でも昔のようにすぐ終わるのはやだよ」
恋石は昔から姫羽を慕っていた。同時に憤りを覚えていた。姫羽が自分のことに否定的で背を丸めているからだ。恋石が世界一尊敬し、大好きな人を悪く言うのをどうして許せよう。それでも尊敬していた。何故なら姫羽は恋石にできないことを当たり前のようにやるからだ。例えば、恋石に対して恐怖心を抱いているにも関わらず、どうすれば良いのかと必死に考えて言葉を選ぶところとか。
「貴方を分かってあげられないのは、やっぱり私が不出来な姉だからなのかな」
「おねーちゃんは優しいよね。怖くてたまらないのに、それでも妹だからって理由だけで放っておけなくなってるでしょ」
「だって、放っておくと何をするか分からないから」
「もう既にした後だけどね。おねーちゃんも見たでしょう?」
鞘に納めた大太刀に目をやってからふわりと表情を和らげる。それはまるで純真な幼子のような微笑みであった。この場に不釣り合い、行為の後には不自然。姫羽は嘆く。道理を外れてしまった妹は罪悪感すら抱くことをしないのかと。そして思い出す。普段穏やかなラウレアが悪いことをした言咲に拳骨を落として叱っている光景を。
「……悪いことをしている下の子を叱るのは上の子の役目、なんでしょう?」
「! やったあ。おねーちゃんに叱ってもらえるんだ」
目を輝かせ、嬉しそうに破顔する様を見て姫羽の中に責任感が芽生える。もしかしたら恋石がこんな風になったのは自分が彼女から目を逸らし、そのまま1匹ぼっちにしてしまったからではないのか。ならば、誤った道に進む妹を止めるのは自分の役目だと。
「えへへ。おねーちゃん、大好き」
「姫羽ちゃん、話し通じていないように見えるんだけど」
「私、会話が成立しているようで実は全く成立させてくれないところも含めて妹のことが怖かったんだって今気付きました」
「そうなの? じゃあもっとおねーちゃんと会話できるように頑張るね!」
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