「願掛け?」
「そ、願掛け」
そう言って春光と流生が分厚い古書を近くの図書館から借りて帰ってきたのは、おやつの時間が過ぎた頃。母親が作った美味しいガトーショコラをお腹いっぱい食べ、歯をよく磨いたあとにお昼寝をし始めた幼い主人を眺めていた青花は、面白いものみつけたぞ! と声をあげて部屋にはいってきた2人の鳩尾を華麗に殴って黙らせた。それから別室で聞いた古書の話に青花は首を傾げた。
「髪には神様が宿るという説があるらしくてね」
「どこの親父ギャグなの、それ」
「そういうこと言うなよ」
「というか、その本随分と古びて分厚いけれど……2人ともそんなに字読めたっけ」
自分より早くシグレの手持ちとしてこの家にきて人の姿をとって生活はしているけれど、文字の読み書きがどうも苦手で読書は好いていなかったはず。1つの言葉に複数の意味があったり、音は同じなのに別の漢字があてはまって全く違う意味になっていたりするからややこしいとかなんとかで。それなのにそんな本を読んで内容を理解できているとは思えない。素直にその疑問を口にすれば、2人は「失礼な!」「たまには読書くらいするから」と声をあげて抗議する。その瞬間「フブキが起きるから黙って」と鋭い平手打ちが顔面にはいる。
「シグレに辞書もらったんだよ。貴様らこれで少し勉強しろーって」
「それで適当に選んだ本がこれだったの」
「2人とも馬鹿なのだからもっと薄い本にすればよかったのに。児童向けの絵本とか」
「青花って結構俺らに厳しいよな」
兄さんたちには厳しくなっても許されるかなという甘え方だよ。見逃してよ。
むすっとした表情を浮かべる2人にすかさずへにゃりと可愛らしい笑顔を向ける。ドラゴンなどといういかついタイプなだけあってまだ1度も進化していないフカマルであるにも関わらず背が高めで美形寄りの彼女なのに、ここぞとばかりに可愛らしい顔で甘えてくるのだからずるいことこの上ない。笑顔に押し負けた2人は、好きなだけ甘えてください。と両手を挙げて降参するしかなかった。
「それで神様の宿る髪の毛を使った願掛けってなに?」
「昔、髪の毛は神聖なものとして扱われていたんだって。神様に捧げて奉納するくらいに」
「ああ、なんかテレビとかで使われているよね。呪いとかに」
「今回は願掛けだつってるだろ。怖いこと言うなよ」
春光兄さん、怖い話とか平気でしょうが。おう、フブキや青花と比べたら余裕で。フブキの前にいると平気な振りしてるのに、夜眠れないのどうにかならないの? それフブキに言ったら怒るからね。私、あの子の前で情けない姿見せたくないんだから。
そんな話の脱線をしつつ、流生は話題のページを探す。日焼けして劣化している本は、めくるたびにぺりぺりと音をたてていた。破ったら弁償になるよと青花が笑うと、怖いこと言わないでよと怒られる。
「そういう髪と神様といった類の話がいろいろあるんだけどね。人間はそういうことから、髪の毛に願い事を込めて伸ばすといったことをするみたいなんだ」
「おまじないみたいなやつ?」
「マジナイとノロイって漢字一緒なんだよな。さっき辞書引いて知った」
「一気に怖いものになったね。え、もしかして2人ともこれをしようって誘いにきたの?」
青花の反応に、春光はにっと笑う。流生は青花の髪なら綺麗に伸びそうだよね、と手入れの行き届いた短い髪を撫でる。察しのよい青花はすぐに理解する。2人だけ髪を伸ばすとシグレが、男が髪を伸ばすとちゃらついて見えるとかどうとか怒るのは目に見えているから、自分を巻き込んで説教を免れようとしていることに。
「巻き込まれてあげないこともないけど……2人とも、願掛けしたいほど叶えたいことがあるの?」
「姉さんに再び会えますように」
「あ、うん。流生兄さんの願い事はなんとなく予想できていたよ。春光兄さんは?」
「俺はシグレに友達ができますように、かなあ」
ほら。あいつ生真面目すぎて嫌われやすいタイプじゃん。他人思いの優しい奴なのに損をするというか。だから1人でもかけがえのない友人できたらいいなあって。融通の利かない主を思い浮かべて苦笑する。自分を後回しにした願いであるが、非常に彼らしい。そういうことを聞いたら断る理由もなくなる。もともと断るつもりもなかったけれども。青花はじゃあシグレには私から言うよ。と問題となるであろう彼の説得を買って出る。
「というか最初からそのつもりだったでしょ」
「だってシグレの説教長いからさー」
「最年少の青花が可愛らしくおねだりしてくれたら文句言えなくなるだろうと思ってさ」
厄介な説教を回避できることに2人は喜んでハイタッチをする。フブキが起きるから静かにしてほしいのだけれど、興奮しかけているときに何を言っても無駄であるからため息を1つ零して諦める。そして騒ぐ2人を放置し、願掛けについて記された文章を指でなぞる。
「私もあるしね、どうしても叶ってほしい願い事」
*****
「青花って髪、結構伸びたよね」
「さすがに伸ばしっぱなしだとみっともないから切りそろえたりはしているよ」
「でもほら。昔は短かったし……というか、青花だけじゃない? 髪切ってないの」
「俺はシグレとフウさんが仲良くなってるの見て一度切ってるし、流生も氷里ちゃんに会えたもんなー?」
「そう! まさかあんなところで再会できるなんて思ってなくてね! 今思い出すだけでも心震える再会だよ!」
そう思っているのは流生だけだろ。再会したときの氷里ちゃん、顔だいぶ引きつらせていたし。と言いかける春光。流生って普段は冷静で物静かなのに、氷里さんが絡んでくると非常に残念だよね。と言いかける青花。しかし2人とも言いかけた言葉を飲み込む。そこに触れると面倒臭いから。そこまでになるほど姉は素晴らしい存在なのだと語り聞かせてくる流生がとてつもなく面倒臭いから。
「流生って髪伸びるの早いよね。耳が出るくらいまで切ってたのに」
「えろいやつは髪が伸びるのが早いって聞いた」
「俺がえろいみたいじゃん」
俺よりかはそうだろう。 青花たち周辺のえげつない話聞いてたら俺とかましでしょう。 そこに私を混ぜないでほしいな。私のはまだ比較的優しいんだから。
たわいない雑談が弾む。春光と流生はシグレに連れられて仕事を忙しくしているし、青花も今はフブキの手持ちたちと行動を共にすることがほとんどだからこの3人だけでいるというのはとても久しぶりで。それぞれ髪を伸ばすことになったあの日のことを思い出しては懐かしむ。
「……で、青花は一度も切ってる様子ないけど。まだ叶ってないのか?」
「んー。私の願い事はちょっと複雑というか、叶うことが難しいからね」
「結局何お願いしてたの? 青花だけ教えてくれてないよね」
「知ってた? 願い事って人に言うと叶わないらしいよ」
しれっと言う青花に2人は顔を青くする。しかしその後すぐに叶ったから! なんとか叶ったから! と過去の自分たちに向けてメッセージを叫ぶ。2人って昔と比べたらとても賢くなったのに、たまに物凄い馬鹿になるなあと笑う。それから寂しげな表情を浮かべて誰にも聞きとられない、小さな呟きを零す。
「……言えるわけない」
私のフブキに対する恋情が誰にも気付かれることなく、それを上書きしてくれるような人に出会えますようにと願っているなんて。
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