開いた窓から吹き込む風が薄水色のカーテンを揺らす。少し鬱陶しさを覚えて窓を閉めたくなるけれど、未だにじっとしていても痛みが引かない身体を1人で動かすのは一苦労するので諦めることにした。
外から聞こえてくる音は建物を修復するものや笑い声ばかり。平和だなあ。あれからまだ数日しか経っていないはずなのにここの人たちは本当に図太いなと思う。さすが、主様の愛している場所だ。……最も、その場所を壊すようなことをしたのは他でもない僕たちなのだけれど。
「主様、頑張って考えていたのに結局失敗だったなあ」
返事のない呟きって思っていたより虚しかった。主様がお見舞いにこないのは予想通りといえば予想通りだけれど、実際そうなると寂しいと思っている自分に驚いたのはこの部屋で絶対安静だと放り込まれて3日目あたり。主様の目的を果たすための捨て駒にすぎない僕にそんな時間を費やすわけがないと知っていたのにね。灯流と小春がお見舞いにきたことだって予想外なできことだったというのに。そういえば初めてきたときの小春、不細工な泣き顔だったな。泣かすのは面白いけど泣かれるのは面白くない。
「……それにしても暇」
灯流が暇潰しにと持ってきてくれた小説は3周くらい読んだからいい加減飽きてきた。春光が押し付けてきた絵本はすぐに読み終わるから時間潰しにもならない。というかなんで絵本を選んだんだ、子ども扱い……というわけでもないか。この作者って確かカケル様の幼馴染の手持ちなんだっけ。シグレさんの従弟でもあるからそういう経由かな。中身は子どもっぽいようで意外と深いところがあるから悪くはないけれど……正直騒動を起こした直後にこういう綺麗な話を読むのは苦痛でもある。後悔はしていないけれど、なんだろうね。
「早く早く! もう、おそーい!」
「だから走るなって、諒が寝てたらどうするんだよ!」
読む気になれない小説のページ端をつまんでめくっていると廊下が騒々しくなる。首謀者のポケモンという扱いだからこの階は封鎖されているんだけどな。面会者は階段に立つHEROsから手配された見張りに許可をもらって、ということを灯流たちが話していたから間違いない。だからあの2人だけは何が何でも絶対許可しないように頼んでおいたはずなんだけどなあ。
「やっほー、諒くん! 元気してるー!?」
「旭、お前ノックもなしに!」
「えー。あさちゃんと満月くんと諒くんの仲じゃん!」
「親しき中にも礼儀ありって言葉がだな」
「あさちゃんはおばかなのでそういうことわっかりませーん!」
ノックもなしに勢いよく扉が開く。そして飛び込むように部屋にはいっては明るい声で静まり返っていた部屋を賑やかにし始める。この騒々しさを微笑ましいの一言で片づけられるのは僕が旭に甘いからだっていうのは自覚済み。でも傷に響いて痛むのはやめてほしいので枕を顔面に向けて投げつける。当然息を切らして後から入ってきた満月に。
「ぶへっ!?」
「煩いなあ。怪我人の部屋では静かにするっていう常識すらないの?」
「騒がしくしていたのは旭だろ!」
「はあ?」
「スミマセンデシタ」
ひと睨みすれば目を逸らして謝る。本当にそういうところは腹立つほど変わらない。記憶の最後に残る満月も綺麗な金髪をしてかっこいい少年だったのに見た目を裏切るように中身はどへたれチキンで……それでも僕たちを守ろうとする背中だけはやたら広くて格好がつく。そんな満月相手だったから主様の悲願が実る寸前で破られても清々しい気持ちで入れたのかもしれない。
「なあ旭、あいつ口の悪さ酷くなってないか?」
「満月くんがいなくなっちゃった寂しさでぐれちゃったんだよー」
「ああ、寂しがり屋だもんな。昔は一人で寝れないって半べそかいて」
「黙って」
前言撤回。全くもって清々しくない。これでよかったと安心したのはツバサ様とシグレの2人に止められたときにどこかほっとしたような表情を浮かべられていたフウ様を見たからだ。断じて満月が相手だったからというわけではない。
「で、何の用?」
「見てみて! じゃっじゃじゃーん!」
「うん、見せびらかしたい気持ちは分かるけどちゃんと説明もつけて」
茶色い小袋からい3つのヘアピンが出てくる。3つとも色違いだ三角形をしている。あれ、この色どこかで……と何かを連想させそうな3色に首を傾げながらも旭に説明を求めると「えっちゃんに頼んだら作ってくれたの!!」と、豊かな胸をどんっと張って言われる。ごめん全然分からない。
「……満月」
「あー、エンテンさんだっけ? あの人に旭が頼んで作ってもらったらしい」
「それくらいは今ので分かるよ。誰が復唱してって言った? 僕が聞いたのはその目的とこれを見せてどういう意味ってことだよ。それくらい考えなよ。……あ、可哀相な鳥頭じゃ高度な要求だった?」
「その顔殴りたい」
「殴るどころか燃やされてこの大怪我なんだけど」
「俺もお前に殴られて怪我したけど」
「軽傷でしょ」
「貧弱などこぞのフシギバナとは違うからな」
喧嘩勃発、睨み合い。この怪我がなければ殴っていた。そして殴られていた。好き勝手言ってくれるけどもともとは満月が勝手にいなくなるのが悪いんだろと言えば、その程度で心折れるようなもやしだとは思わなかったんだよと返される。腹が立つ。ヒートアップしそうになったところで旭が「やーめー!」と割り込んできた。
「フウちゃんとツバサちゃん呼ぶよ!」
「やめて」
「勘弁して」
そんなくだらないことで主様を動かすとか許されない。間違いなく捨てられる……あ、でもそんなことしなくてもこの怪我治ったら捨てられるのかな。役に立てなかったし。そんな嫌な考えをよぎって表情を暗くしていると深いため息が頭上から落ちてきた。
「今度こそお前を守るっていう誓いの印らしい」
「……はあ?」
「ちがーう! 今度こそ、3人で支えて守り合う誓いなのー!」
「とのことだ」
「このヘアピンが?」
「だって諒くん、こはるんにお守りとしてあの髪飾りあげてたじゃん。だからあさちゃんもお守りであり誓いの印を髪飾りにしてあげようとね!」
あれは長い髪で顔隠していて鬱陶しかったからくくれという意味で渡したら小春が勝手にお守りにしてただけで、深い意味はないものなのに。変なことを言いふらすあの口をどう閉じてやろうか、とりあえず今度来たら頬抓ってやろう。
「3人組だから三角形でちょうどいいでしょ? それでね、あさちゃんたちの色にしてもらってねー」
「ああ、何かの色に似てると思えば」
青褐色と白藤色と若苗色。僕たちの髪の色か。言われて気づいて納得する。まじまじと見ていると「その無駄に伸びた前髪でもとめてさっさと怪我治せ」と青褐色のヘアピンを渡される。
「ただでさえ辛気臭い表情してるのにその髪でさらに暗く見えるんだよ。お前がそんな暗くいるとか不気味すぎ」
「ははっ……満月、完治した後覚えておいてよ」
「おう。正式なポケモンバトルでなら受けてやる。お前の主もツバサも不完全燃焼だからお互いの手持ちが完治したらやりあうって言ってたしな」
「……、……あっそ」
満月に白藤色の、旭に若苗色のヘアピンが渡る。ふと不思議に思って「この色、何か意味あって決めた?」と聞けば「タイプ相性」「間違った道に進んだときに確実に止めれるなと思って!」と、当たり前のような顔で返された。なんというか、単純で安易な考え方だなあ。
「お前が難しく考えすぎ。旭だけでも守ろうと考えたせいでその様だろ」
「あーはいはい。それについてはもう春光たちにもうんざりするほど言われたから」
「それだけ周囲に大切にされてるってことだろ。今回のお説教はありがたく聞いておけ」
有難迷惑という言葉を教えたいくらいだよ。そう文句を言おうとしたら、散らかしていた絵本に目を付けて勝手に読み漁り始めていた。満月ってさ、ツバサ様の手持ちといるときは大人しくて常識人みたいな顔しているけれど、結構フリーダムだよね。これは幼馴染の前だからと言われたら言葉を詰まらせてしまうのだけれど。呆れていると床に落ちた枕の埃を払った旭が嬉しそうな顔でこっそりと耳打ちをした。
「これでもう寂しくないでしょ?」
「……まあ、嫌というほど騒がしくなるだろうしね」
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