散った花びらを拾い上げ

 殺す類の仕事はしなくていい。その代わり、別の仕事で散華に力を貸すこと。
 この約束を守るのならば椿姫としてでもリチアとしてでも好きに生きていいと言われた。住処も散華の拠点でも今住んでいる館でもどちらでもいいとも。思っていたよりも、ううん、思ってもいなかった終わり方。よくて散華永久追放、最悪でわたしが死ぬの2択だと考えていたから。3年間隠れて生きていた結末がこうもあっさりしていると拍子抜けする。悪いことなんて1つもないのだけれど、それが逆に怖い。主様は何を企んでいるのかなあ。

「……ありがとうございました」

 一礼をして部屋を出る。ああ、そういえばこの決定を下したのは二代目じゃなくて三代目だ。わたしの育成を完成させる際に彼女を目の前で殺して見せた二代目ではなく、そのとき泣きながら謝ってくれた三代目だ。10年前に当主が代わって以来決定権が三代目にあるし、当然と言えば当然だけれど……んー、相変わらず主様の考えていることはよく分かんないや。何も考えてないのかもしれないし、裏を読むだけ無駄なのかなあ。わたし、もともとそういうのは苦手だし。

「お疲れさん」

 壁にもられてわたしが出てくるのを待っていたらしい梅はひらって手を振ってわたしを呼びとめる。顔に貼られたガーゼや頭を巻く包帯が痛々しい。きっと服の下も手当ての後が多数残っているのだろう。……まあ、その怪我を負わせたのはほかでもないわたしなのだけれど。
 
「……ずっとそこにいたの?」
「いんや、今来たところ」
「そのわりにはずっと気配あったけれど」
「……知ってて聞いたのかよ」

 いつからというよりも、なんでいるのかの方が気になる。聞いたら教えてくれるだろうか。3年間でわたしも結構変わったから今更ながら関わり方に悩むなあ。昔はどうやって話していたんだっけ……あ、だめだ。椿姫だった頃ってご飯にしか興味がなくてほとんどわたしから関わることなかったんだ。そう考えると梅ってすごいなあ、うん。

「俺の顔凝視しちゃってどうした? あ、もしかして久しぶりに見たイケメンに惚れ直したかァ」
「もともと惚れてないから直すところもないよ」
「真顔で言うなよ、傷ついた」
「そんなことよりどうしてあそこで待ってたの?」
「俺の傷ついた心をそんなことの一言で片付けるのかよ」

 どうして大して傷ついてないでしょ。椿姫として見ている梅がわたしのことどう思っているのかなんて考えなくても想像がつく。小さいため息を吐いて用件を待っていれば梅は変な顔をして頬を掻き目を少し逸らした。

「……? らしくないね、言葉を濁すなんて」
「やーあーまあ、うん」
「言いたいことがあるなら早く。わたし、館に帰りたいの。どこぞの誰かさんたちが関係のないみんなに怪我をさせたせいで寝込んでいるから」
「それに怒ったどこぞの誰かさん俺と牡丹をぼろっかすにしたせいで絶対安静が続くんだけどな」

 動いてるじゃん。 俺はほら、痛み感じないし。 そういえばそうだったね。 牡丹は痛みに嘆いてるけどな。
 なんてとりとめのない会話をして長い廊下を歩く。途中ですれ違った赤い髪の男の子がわたしを凝視していたけれどなんだったんだろう。初めて見る子だから多分わたしがいなくなった後に来た子だと思うけれど……多分。正直自分の記憶力に自信がない。興味なかったからなあ。

「衰えてるかと思ってた」
「んー、衰弱はしていたよ。日常生活に支障出るくらい」
「それでも2人がかりでも勝てないんだよなあ」
「怒ってたからね」
「椿姫でも怒ることあるんだなァ」
「椿姫は怒りなんて知らないよ。そういうこと全部知ったのはリチアだよ」
「でもどっちもお前なんだろ」

 意外な言葉を梅から言われてちょっとびっくりした。足をとめて見上げるとわたしの記憶にある梅の中では珍しく真剣な表情。

「変わらず強かった。誰も寄せ付けない綺麗な戦い方」
「……梅?」
「しかもマントとかつけちゃってさァ。なびくものが追加されてたらそりゃかっこいいのなんの。髪が短くなってたのは減点だけど」
「それは牡丹に言って。まさか水手裏剣で切られるとは思ってなかった」
「……はあ。生温い平穏に浸かって雑魚になったお前に幻滅して殺すつもりだったんだけどなァ」
「わたし生きてるね、幻滅しなかったんだ」
「いやあ、それどころか惚れ直したっての」

 注意、わたしと梅の間に恋愛というものは存在しません。あ、惚れ直すの意味がそうだったらと思ったらぞっとした。念には念を入れてじとーっと目を見れば「勘違い起こすなよ、ぞっとする」と釘を刺された。うん、勘違いしたくもないから安心してほしい。

「惚れてなかったら直すところはないよ?」
「いやいや。べた惚れじゃなきゃ面倒くせェ椿姫の面倒とか見てられねェだろ」
「でもここにきたとき殺意と嫌悪もって八つ当たりされたよ」
「あ、そういうところは覚えてるんだな」

 忘れていることも、ぼんやりしているものも。記憶を辿ればなんとなく思い出せるよ。興味なかったけれどしつこいくらい殺意がたっぷりとこもった攻撃で襲われたから記憶にはちゃんと残っている。わたしがここでの生活の記憶に自信がないのはそもそも覚えようとすらしていなかったからで。……というのは当時一番近くにいた梅なら分かっているはずだから言わなくてもいいかな。

「あそこまで完膚なきまでに叩き潰されたら惚れるしかないだろ」
「被虐主義」
「なってもいいかもな。椿姫の戦い方を傍で見れるなら」
「……梅は優しいねぇ」

 梅の足音が止まる。数歩前に出て振り返れば顔を真っ赤にしていた。知ってた、彼が不意打ちで褒められることに弱いことを。「憎まれ役を自分から演じちゃう梅はやっぱり変わってないね」そう笑って見れば、癖毛のついた長い髪を乱雑に掻いて舌打ちをした。

「椿姫もリチアも変わらないからいつでも散華に戻ってこいって言われてるみたい」
「…………」
「少し悩んでいたから楽になったかも」
「だろうと思ったから言ってみた」
「だと思ったから褒めてみた」

 ありがとう。おかげで気は楽になった。そう笑って見れば歯切れの悪い返事だけが帰ってくる。あ、これ照れてる。顔の熱は早いうち冷めたみたいだけれど、きっと髪に隠れた耳は赤いままなんだと思う。

「みんなが回復したらたまに遊びに来るよ。ここ、実家みたいなものだし」
「みたいなものじゃなくて実家そのものだろ」

 やっぱり梅は優しいんだねえ。改めてもう一度そう言えば、本気で後頭部を叩かれた。

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