死ねない彼が語るもの

「真昼!!」

 あ、死ねないってこういうことか。身をもって実感したのは美紅様の悲鳴と瞳孔を開いて叫びながら俺の胸を貫いた奴に飛びかかる夜子の姿をぼんやりと視界にいれながら、生温い地面に衝突したとき。痛いどころじゃない。激痛なんて可愛らしいものじゃない。でもそれ以上の表現の仕方を俺は知らないわけで。ただ貫かれた胸が熱い、喉がきゅっと締め付けられて痛みを叫ぶこともできない、呼吸が上手くできなくて苦しい。せめて意識が飛べばいいのに、それもできず。俺の身体はゆらりと起き上がる。

「ひ、ひっ……化け物!」

 確実に殺した相手が平然と立ち上がればそりゃ化け物と叫びたくなるのも当然のことで。全然平気じゃないけどな、文字通り死ぬほど痛い。でもほら美紅様がぼろ泣きして妹が鬼の形相で相手を殺そうとしていたらさ、寝込んでいられないだろ。

「汚れ仕事は俺がやるから」

 そこからの記憶はあまり覚えていない。

*****

「というのが初めて死んだときの出来事かなー」
「不死なのに痛覚があるんだな」
「完全な不死じゃないけどな、美紅様がお亡くなりになられたら俺も夜子もその場で息絶えるよ」
「ふうん……で、今の痛みはこれで言うとどれくらい?」
「そんなもので表せるわけないから」

 にこにこした顔から泣き顔まで、5段階の表情が書かれた紙を見せてきた紅羽に真顔で否定する。なんだっけふぇいすすけーる? そんな可愛らしいものじゃないんだって。

「腹ぶち抜かれて大穴開けられるとか阿鼻叫喚だから」
「しれっと雑談している奴に言われても説得力ないな」
「慣れているからな。ほら死なない奴の最大の利点って肉壁になれることじゃん。一番酷いときは首と胴体すぱーんとおさらばしたときかな」
「よく生きてるな」
「死なない身体だからな」

 興味深そうに傷口をつつく紅羽の足を蹴る。蹴ったときの振動でまた痛んで顔をしかめると、あろうことかこの男は新しい玩具を手に入れた無邪気な子どものように目を輝かせた。おいやめろと制止の声なんて聞こえないふり。「とりあえず応急処置が必要だろ」と消毒薬をもってきた。

「〜〜〜〜っ!!」
「痛覚は敏感な方なのか。少し垂らしただけでいい絶叫」
「おま、ちょ、しゃれになら……!」

 この男に優しさというものはないのだろうか。おっといけない薬がたれたとか傷口から伝ってきた液を拭うように脱脂綿を押し付けてくる。そう、傷口付近に。ぐりぐりと。手足の先の力が抜けて脂汗が滲む。悲鳴を漏らすことは耐えるまでもなく、喉が張り付いたような不快感に襲われてでてくることもない。

「意識飛ばさないんだな」
「っはあ、飛ばさないつーか飛ばないつーか……意外とはっきりしているんだよな。たまにぷつんと記憶が途切れてるときはあるけど気絶した様子はないらしいし」
「双子でも違うのか。妹の方はぶっ倒れたんだろ。腹に大穴開けながら連れてきたときは吃驚した」
「そういうのは少しでも驚いた顔したやつが言う台詞だな」

 しばらく遊んで飽きたのか脱脂綿を捨てていた。この飽き性め! 血がついたんだから分別しろよと言えば「ああ、これ志寿に渡すよ。不死の血とか調べがいあるとか喜びそう」と返された。お前それを本人の前で言うなよ、実験体になった気分だ。痛みにどっと疲れて机に突っ伏す。止血も終えてない傷口からごぷりと血があふれた気がするけど見たくない。俺ぐろいの好きじゃないんだよなあ。

「採取された血液だけで済む実験とか楽だろ」
「おー、研究所で生まれた子が言うと説得力あるなあ」
「どうせ死なないなら身体ばらすくらいの実験受ければいいのに」
「痛いから嫌でーす」

 夜子の治療まだ終わらないのかな、というかあいつ大丈夫かな。死なないのは肉体的には便利だけれど精神的に大分削られるんだよなあ。感覚としては死んで生き返る。死の体験を繰り返し何度も味わうようなもの。致命傷を受けても気絶することができない俺は夜子よりも死んだんだという意識が薄いのかもしれない。その代り死ねないんだという実感は強いけど。

「違うのか?」
「全然違うな。夜子の場合は死亡の域に達すると意識を手放し、癒えると目を覚ます。つまり死を体験しているんだよ。一生に一度しか経験することのない死を何度もな。起きたとき真っ先に感じるのは私死んだんだという恐怖らしい」
「ふうん」
「で、対して俺は記憶が飛ぶことはあるけど暴れた痕跡とかはあるから頭真っ白になっていたんだなって感じ。傷はひたすら痛いし苦しいし、でも意識ははっきりとしている。これ絶対に死んでいるだろうという怪我を負いながら生きている自分の姿を見ると絶対死なないんだなという毎度実感する。恐怖心より寂しさが増すんだよなあ」

 この身体になったことは後悔していない。美紅様に出会えた代償と思えば安い、さらにこの体質を活かして美紅様のお力になれると思うとこれ以上に素晴らしいものはない。もっとも俺は死ねない、夜子は蘇る。そんな姿を目にする度に美紅様はお辛そうな表情を浮かべられるから目の前ではそこまでの無理をしたくないのだけれど。

「この先美紅様や夜子以外に大事な奴できたら一緒に死ねないんだよなあと思うとな」
「作るつもりないくせに?」
「いやあ、人生は分からないぜ。こんな体質を得た今だともう何が起きても驚かない」
「隠せばいいだろう」
「異質な自分を受け入れてもらいたくなっちゃうっていう我儘ない?」
「鬱陶しい上に重い」

 ばっさりと切られた。紅羽だって研究所で生まれたっていう他者と比べると十分異質な過去を持っているくせにと嘆けば「そんなの全部受け入れさせるに決まっている」と、暴君っぷりを披露された。

「まあ、なんだ。不死に興味なんてもたない方がいいってことだ。俺らは死ぬ度死ねない度に思わざる得ないところはあるとしても、それでも美紅様のお傍にいることができるという喜びが勝っているからやっていけるだけ。普通なら発狂ものだからな」

 足をぶらつかせるとぬるりと嫌な滑り方をした。おうふ、いつの間にか床が赤色に染まってるじゃないか。どうりで頭がぼうっとしてきたわけだ。頭に血が回ってない。

「喋る度に血が溢れているからその口閉じてくれない? 黙らないなら縫うけど」
「お前が初めて死んだのいつとか聞いたから話してやったのに! どんな我儘だよ!」
「うわ、また出てる。というかその出血でもぴんぴんしてるとかなんなの」
「一連の話聞いてたか? 俺、首と胴体が別れても普通に動けるからな」
「気持ち悪い光景だな」

 話を振って根掘り葉掘り聞いてその態度、酷い、あまりにも酷すぎる。それでもなんか一言いい感じの言葉をくれたら締まるというものだろ! そう抗議すれば「はあ? なんでそんな一銭の得にもならないことしなきゃならないわけ?」と冷たい目で言われた。腹に大穴あけて出血多量な治療待ち患者にとる態度じゃない!

「そんな雑談に花咲かせてないでいい加減止血してよ! 血の臭いがこっちまで来て気持ち悪い!!」

 志寿さんについて夜子の治療を手伝っていた雨藍ちゃんが部屋から顔を出したと思えば止血するための道具を一式投げつけられる。そして慌ただしく部屋の中に引っ込んだので多分夜子の治療はもう少しかかるんだろうな。

「俺も重傷なんだけどなあ」
「どうせ死なないんでしょ」
「……うん、死なないけどなあ」

 実はその言葉を投げられるのが一番辛いというのは黙っておこう。

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