蜜に酔う

 甘い香りがした。常に身近にある香り、でもどこか人工的な。
 自然界に身を置いているために人工的なものがあまり好きではない白蜜は眉間に皺を寄せる。そして匂いのもとを辿る。

「……甘い匂いがする」
「え、どうしたのそんな怖い顔して」

 匂いはクウガの方からする。近寄ってすんすんと嗅げば服や髪から香るものではない、ということはシャンプーとか香水とかそういうものが原因ではないのだろうと。匂いの正体は分からないがこの不愉快な香り、そう、それは。

「人工的な蜂蜜の匂いがする」
「へ? ああ! 飴のことかな」
「飴」
「うん、のど飴。今舐めてるの」

 ほら。少し舌を出して、上に乗せた溶けかけの飴を見せる。濃度の高い蜂蜜をぎゅっと凝縮したような色をした飴。「蜂蜜味?」と白蜜が不機嫌そうに聞くと、何か怒らせることしたかなとびくっと肩を揺らしながら「うん、蜂蜜味」と頷いた。

「なんで」
「ちょっと喉が痛くて。ほら最近寒いし乾燥してるじゃん」
「で、そんな蜂蜜味がするように加工した砂糖の塊舐めてるの?」

 言い方が妙に刺々しい様子に白蜜がご立腹であることを確信する。しかし何故かが分からない。こういうときの白蜜は考えても何に怒っているのか分からないから直接聞こうと「白蜜?」と呼びかける。が、むっすりとしたまま返事もしない。と思えば「腹立つ」と一言呟いてから腕を引っ張り唇を合わせた。
 わっ。そんな驚きの声をあげる間もなく、合わせられた唇の隙間からぬるりと舌が侵入する。突然のできごとに困惑したクウガだが。

「……え」
「うわ、これ蜂蜜味とも言えないじゃん。薬臭い」
「…………」

 侵入してきた白蜜の舌はいつものようにクウガの口腔内を荒らすということはなく、溶けかけていた飴を奪って離れていった。拍子抜けしたクウガはきょとんとした表情を浮かべ、がりがりと飴を噛み砕いて眉間に皺を寄せている白蜜を見つめる。

「俺が飴一人で舐めてたことに怒ってたの?」
「そんなことで怒るほど心狭くないんだけど」
「でもとったじゃん!」

 俺ののど飴、しかも最後の一つだったのに!
 ぷんすかと怒るクウガをチラ見した白蜜は「ふうん、これ最後の一つだったんだ」と、やはり不愉快そうに呟いて粉々に砕かれた飴を飲み込む。欠片が喉に張り付いく感じも不快だ。ああ、今は些細なことにも腹を立てて舌打ちをしたくなる。そんな苛立ちを隠すこともせず「クウガ」と呼んでしゃがませる。そして何も言わず、再度唇を合わせた。

「……、……」
「っ、ん」

 先程のあっさりしたものとは異なり、強引に侵入してきた白蜜の舌がクウガの舌を絡めとりねっとりしたキスだった。何がどうしてこうなったのかは分からない、けれど貪るように長く深く行われるキスによって込み上げてくる快楽に身体の力が抜け、かくんっと崩れ落ちそうになる。それを予想していた白蜜は腰に腕を回して支え、もう片方の手で後頭部を固定して続ける。
 舌を絡め、食み、吸う。わざとらしくたてられた水音がいやに響く。そういったことを繰り返しているうちに身体は火照り、疼き始める。変化はその身体だけでなく、唾液にも起き始めていた。さらりとしていた唾液はねっとりとし始め、徐々に甘くなり始める。それにクウガが気付いた頃には甘味は濃いものとなっており、あ。蜂蜜の味がする。とぼんやりとしてきた頭で考えているうちに、唇が離れる。お互いに絡んだ唾液の糸がぷつりと切れるのを見て、こくんっと口腔内に残っている甘い唾液を飲み込んだ。

「しろ、みつ」
「どこの誰が作ったかも分からない上にあんな蜂蜜とは言えない蜂蜜味の飴を選んだとか腹立つ」

 白蜜が嫉妬深い性格であることは知っていた。否、嫉妬深いという表現には誤りかもしれない。彼は傲慢な態度をとっているようで実は自分を過小評価しては代替のきくものだと考えているし、未だにクウガとの関係も自分以外でもいいのではないか、黒蜜と大して変わらないし自分と似たようなものは種族柄山ほどいるしなどという不安を浮かべているときはある。だからこそ、女の子が好きな彼が他の女性と仲睦まじい様子を見てはすぐに不機嫌になる。言ってしまえば心が狭い、そういう性格をしているということはその身をもって知っていた。
 が、まさか蜂蜜味の飴までその対象であるというのは予想外であった。しかし、毎日早朝から花の蜜を集め、蜂蜜作りに勤しむミツハニーの白蜜の姿を思い出すと納得もできた。雄である故に進化できないミツハニーだからこそ、彼はやたらとその種族の習性にこだわり、その点においてはやたらとプライドが高いことを。

「僕から貰えばいいでしょ」
「や、でものど飴がほしくて」
「蜂蜜そのものに効果はあるから」
「んっ」

 気が付けば押し倒されていた。そして三度の口づけ。これはもう十分だからと言ったとしても、まだ足りないでしょと言われて行為を続けられるのだろうと察した。怒っていたのは嫉妬していたからだという理由も分かったのだから止めるつもりもないけどと、熱帯びた目に期待を孕ませて白蜜に言う。

「……だったら、たくさん白蜜の蜂蜜ちょうだい?」
「ん、そのつもり」

 甘い蜂蜜は優しい味なのに、まだ燻っている嫉妬のせいで強引で荒っぽい手つきなっているから今日のは一段と激しくなるというのは翌朝の倦怠感が語っていた。

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