怜司さん(レントラー♂):小枝さん宅
麗月(★マリル♂) 揚げたてのコロッケがほかほかと皿の上で整列する。しゃっきり新鮮な野菜たちがテーブルを彩る。炊きたてのふっくらとした白いご飯には湯気がたつ。食欲をそそる香りがたっぷりとして腹が鳴いた。
「もう食べていいぞ」
「! いただきます」
向かいの席に着いた怜司さんがくつくつと笑った。合掌をしてから一目散にコロッケへ箸を伸ばせばさくっと音が鳴る。揚げたてほやほやで熱いか少しふーっと息を吹きかけてからかぶりつけば、じゅわりと肉汁が広がる。中の熱に少し舌がびりっとして、はふはふとしながら食べているとぽたぽたっと肉汁が垂れて服を汚しそうになったから慌てる。
「……ふっ」
「何笑ってるんだよ」
「本当に美味しそうに食べるものだからついな」
「だって本当に美味しいし」
もう何度も繰り返された会話。あと何回話すことになるのだろうか。……怜司さんにご飯ご馳走してもらう度にしている気がするんだよなあ。付き合いたてのカップルとか新婚かよ。と、浮かんだ自分の考えにぞっとして頭を振る。
「どうかしたか?」
「いや、何も」
なんだ、今の発想。気持ち悪いぞ。いや、怜司さんが嫌いとかそういう問題じゃなくて、男同士だというのにそういう考えが浮かんだというのがありえない。俺はゲイじゃないし。ゲイそのものに偏見があるわけではないけれど、自分がそういう立場になるとか考えられない。本当に、怜司さんが嫌いというわけじゃないんだけどさ。
「……調子でも悪いのか?」
「え、なんで」
「さっきから箸が進んでいないようだから」
「あー、違う違う。ちょっと考え事をしてただけ」
「考え事?」
じいと黄色い目が俺に向く。うう、怜司さんって目力あるからその目で見られると何でも正直に言わないといけない気がしてくるんだよな。……今考えたことは口が裂けても言わないけど!
さて、どうしようかと目線をうろうろさせる。こんなことしたら何か隠しているというのはばればれだという自覚はある。風月たちに散々からかわれたしなあ。
「えっと、えーっと」
「別に言いにくいことなら無理強いするつもりはないが」
「いや、俺が変なこと考えてたみたいな言い方やめてくれる!?」
がたんと立ち上がって前のめりになる。突然声をあげた俺に、怜司さんは当然ぽかんとした。……くそう、そういう顔もかっこよく見えるというのだからイケメンというのはずるい。じゃなくて! そんなこと言われもしていないのに自分からそういう否定をするというのは変なことを考えてましたというアピールになるじゃないか。何か別の話題に変えなければ!
「あー、えー……あ、そう! いつもこんな美味しいご飯を御馳走してもらえるからやっぱり何かお礼したいなあって」
「好きで食べさせているだけだし、美味しそうに食べてくれるだけで十分なんだがな」
「毎度聞くたびにそう答えられるから困ってるんだよなあ」
咄嗟に浮かんだものは最近頭を悩ませているもの。これに関しても考えすぎてぼうっとするということが少なくはないので嘘を吐いたことにはならないだろう、うん!
「律儀だな」
「与えられたら何かで返す。そうすることで対等でいられるってものだろ?」
とはいえど、本人が求めていないものを押し付けたらただの自己満足だしなあ。万年金欠で明日食べるものだってあるかどうかな俺が金をかけることはできないし。……そもそも、警察という給料が安定した職業に就いている上に、物欲があまりない怜司さんが手を出せないものを俺がかえるわけもないしな! あとお金かけたもの渡したら「そんなものに使っている暇があったら飯を食え」と怒られそうだ。うん、断言できる。
「先輩や風月だったら掃除とかで家事代行するんだけどなあ」
「掃除?」
「うん。俺、料理はぜんっぜんできないけど掃除は得意だから。風月の家は綺麗だからすることほとんどないし、それもあってご飯を恵んでもらうのもたまーにって感じだけどな。先輩は掃除苦手ですぐ部屋汚くするから呼ばれたときに掃除して、ついでにご飯食べさせてもらうって感じで」
まあ、先輩は寝起きが最悪で朝が大変だからあまりお世話になりたくないんだけどな。起こさず出勤したら先輩にも姐さんにも叱られるし。部下の役目みたいなものだよなあ。なんて話がぽんぽん口から出てくる。先輩は豆雨さんの弟さんでうちの中心の人であるから私生活に触れるような話はしてはいけないと分かっているのだけど……なんだろうなあ。怜司さんだと大丈夫かなって話しちゃうのは。
「まるで家政婦だな」
「掃除専門のな。それで給料は金銭代わりにご飯みたいな……あ、」
「今度はどうした?」
そうか、その手があったかと閃く。我ながら名案ではないかと思わず頬が緩むほど。そしてコロッケをつつく箸も進む。口の中にものを入れたまま喋るのはお行儀が悪いと姉さんに言われてきたので、きちんと飲み込んでから提案をした。
「男の一人暮らしだし、どーせ部屋も適当に片付けてるとかだろ? だからお礼に部屋をぴっかぴかに掃除するとか」
自慢じゃないけど、あ、やっぱこれ自慢だ。自慢になるけど掃除に関しては若き主婦である風月も吃驚するほど得意なんだよな。床の溝にたまった埃から風呂のゴムにこびりつくしつこいカビを落とすところまでなんでもござれ。
どーんと胸を張って広告の謳い文句みたいなことを言ってみる。すると怜司さんはまばたきをするだけで何も言わない。しまった、外した。名案だと浮かれてた自分が恥ずかしい。それもそうだよな。
「あ、あー……でもやっぱ下手すりゃサツの厄介になりそうな職業に就いてる奴を部屋にあげてご飯食わせるだけでなく、掃除という名目であれこれ触られるのは嫌だよな。悪い、忘れて」
俺と怜司さんの立場というのは一歩間違えれば追われる側と追う側、犯罪的意味で。いや、俺自身はそういうことに手を染める仕事は受けないけれど、組織が組織だからなあ。今こうしてご飯を一緒に食べているだけでも奇跡みたいなもので。うわ、調子乗った。恥ずかしい。
熱くなった顔や目頭を冷ますために水滴が伝うコップに触れる。少し温くなっていているが、それも気にせずいっきに喉に流し込む。少し落ち着いてきた頃にちらりと怜司さんに視線を向けてみるとどうだろう。眉間に皺を寄せて嫌そうな顔の1つでもしているのかと思いきや、箸を置いてくくっと笑っていた。……ん、笑っていた?
「な、何笑ってるんだよ!」
「お前が自分のことをそんな風に話すのは珍しいなって」
「いつもこんな感じだろ」
「いや、どちらかというと低く評価している感じだな」
だからと言って笑うのは酷くないか。こっちは真面目に考えたというのに。頬を小さく膨らませて文句を言えば「それは悪かった」と頭を撫でられる。自分よりも大きな手は仕事をしている男という感じにごつっとしている。その手に撫でられるのは気持ち良くて目を細めるが、はっと我に返って「食事中にそれは行儀悪いぞ」と言う。なんだ今の胸が満たされた感じ。風月とか火音に言ったら恋する乙女みたいだとか言われそうなやつ。俺は男なんだから、自分がそうなるのは遠慮したい。
「で、提案への感想は」
「それはいいかもな」
「……ん」
あー、でもそうやって見せる柔らかい表情に時々胸がきゅっとつまったような感覚になるから、俺はどうかしたのかもしれない。
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