松は神様の存在を信じていなかった。もし、神を名乗る者が存在するのであれば右も左もまだ分からない幼い弟妹たちが惨い終わりを迎えるはずがないのだから。そのくせ、あの世の存在があることは願っていた。そうじゃなければ、大事な人たちに再会する術を失うことになるから。非常に我儘な考え方を抱くこと数十年。
今になってようやく、神様はいるかもしれないと思い始めた。
「なあ、おじさんの膝を枕にして寝心地いいか?」
「硬い」
「じゃあベッドで寝なさいな」
「それは違う」
人の膝を我が物顔で使う天威の頭を撫でる。喉を鳴らし目を細める姿は生前時からは想像のつかないくつろぎっぷり。以前ならその姿を見てからかっていたが、ここまで毒が抜かれていると素直に甘やかしたくなる。ごろごろとする天威に頬を緩め、松は思考に耽る。
恋や愛と似合わぬ男たちが心中というロマンチックな終わりを迎えてどれだけ経ったのか。二度と目覚めることがないと思っていた意識が再び浮上したとき、目の前には死んででも会いたかったかつての仲間がいた。残念ながら弟妹たちと会うことはできなかったが、きっと早々と来世を迎えることができたのだろう。願わくば今度こそ幸せに、そして長生きをしてほしい。
そんな都合の良い状況に松はまた死にぞこなった。その上、昏睡状態で夢でも見ているのかと疑った。だが、そうならないように天威が自身の心臓を突いたことを覚えている。そして、その張本人である天威もいるから念願のあの世で全部の願いが叶ったことを理解した。
「触りすぎ」
「人の膝使ってるんだからそれくらいいいだろ」
「くすぐってぇの」
「俺は足が痺れてるけど」
「我慢しろ」
「清々しいほど我儘だなあ」
が、やはりこれは夢ではないかと度々疑いたくなる。
膝から頭をどかすつもりのない天威を見て再度疑う。口では文句を言いつつも手を払いのけないところとか。無防備に眠気に誘われてうとうとし始めるところとか。あれだけ人肌を嫌っていたのに温もりを求めるように抱きついてくることが増えたとか。意地っ張りなのは変わらずだが、寂しがり屋で甘えたになってるようなところとか。どれもこれも松に都合がいいようにできすぎていた。
けれど、夢にしては感触が生々しいんだよな。人差し指で高い鼻筋をなぞり、唇を押す。何しやがるんだとでも言うように眉間に皺を寄せて視線を向けてくるので、降参と言うように両手を低く挙げる。
「ここに来てからよく寝るようになったな」
「やることなくて暇だ」
「だから友達を作れとあれほど」
「面倒くせェ」
「蓮華は28歳くらい。えーっと、朝顔と橘はいつ死んだっけな。20前半くらいだった気がするけど」
「あの3人は嫌だからな」
裏社会にどっぷりと浸かった組織で殺しだのなんだのといった仕事をこなす日々。それが突然なくなったとなれば手持ち無沙汰になるのは当然のこと。肉を貫く感触。骨を砕く音。浴びた血の温度。死の臭い。これらから離れてどれだけ経ったことか。暇を持て余すと同時にじわりじわりと毒気が抜けていったと言われたら納得もできる。毒気とともに警戒心も削ぎ落ちて無防備になるのもどうかと松は考えるが……。
「可愛げがあるのはいいことか」
「あ゛?」
「いや、何も。それよりおじさんも眠たくなってきたってなァ」
可愛いと言えば気を悪くして怒るか。もしくはにやにやとした顔でじゃれてくるか。なお、この場合のじゃれるのは自分が優位がとれると判断しての行動である。不意打ちに弱いとか、素直な言葉へのダメージが大きいとか、口腔内は敏感だとか。知られた弱みを攻められるようになってから知ったことである。結局、上機嫌で楽しそうな天威を見ていたらどうにでもなれと許してしまうのは……まあ、現在一番大きな弱みなのだろう。なんたらした方が負けという言葉もあることだし。
人のことを言えず、自分も大分変わったな。客観的に自分を見て判断した松は浅くため息を吐き、ごろりと寝転がる。
「膝枕より腕枕はどうかね」
「膝に比べて腕の方が細くて骨にあたるから寝心地が悪い」
「ついでに俺の抱き枕になってくれるとありがたいと思ったんだけどなあ」
「…………」
ぽんぽんと空いているスペースを叩き、催促をする。そんな松の行動をじとりと見ていた天威は「俺ちゃんは高いぞ」と。もぞもぞと身を捩り、松の指示するスペースに移動する。体格差的にすっぽりなんて可愛らしいものではない。松が抱き締めたとしても余るくらいだ。
戦闘要員と裏方ではここまで差がでるのか、それとも年のせいで老いてしまったのか。考えると切ない気持ちになるので思考を停止する。
「前から思ってたけど。この服、もこもこして肌触りいい」
「はは。菫を寝かしつけるときに活躍してたくらいだからな」
「じじいが着ぐるみパジャマなのもどうかと思うけどな」
「まあまあ、人目につかない仕事をしてたことだし。自分の好みを優先してもいいだろ。あと、なけなしの種族主張」
「今までの格好振り返って言ってるか?むしポケモンの主張激しかったぞ」
「はは、なんのことやら」
下手な誤魔化し方だと呆れる。そんな天威の視線が痛く、松は笑いながらそっと目を逸らす。まあ、俺ちゃんにとってはどうでもいいことだけど。そう呟き、肌触りが無駄に良いクリムガンを象った着ぐるみパジャマに身を埋める。その様子をしばらく見守と天威からすよすよと規則正しい寝息が聞こえてくる。
寝つきがよくなったなあとぼんやり考えながら、アレンジの加えられた髪をそっと撫でる。撫でられて心地が良いのか、ほんのりと頬が緩まる姿は何やらくすぐられるものがあった。つられて頬を緩めた松は最初の言葉通り、天威を抱き枕にするようにぎゅっと抱き締め肩に顔を埋める。生前、気に留めていなかったけどなんとなく落ち着く匂いだと感じながら、目を瞑り意識を沈めていく。
「こんなに幸せなら死ぬのも悪くないよなあ」
残される側はたまったものじゃないから菫と山茶花には怒られそうだけれど。まあ、それはそれで悪くないから今後の楽しみにとっておくとしよう。
唇を尖らせ、頬を膨らませ。拗ねたような顔をして怒る2匹を浮かべ、くつくつと喉を鳴らして笑う。すぐ近くで笑い声がするのはさすがに煩いようで、天威は眉間に皺を寄せていた。おっと、起こすのは忍びないと口を閉じた。
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