要さんと付き合っておよそ1年。お互いに忙しいときは顔を合わせられない時期もあれば、休日が合ってデートをするなんてこともできた。それなりに恋人らしいことができたのではないだろうかと思っている。
「……恋人らしいことが増えてくることで実感するんだけどさあ」
「雨藍の惚気とか興味ないんだけど」
「私のペースに合わせてくれているのは分かるんだけどね。でもそれで余裕があるんだろうなというのを実感させられるというか、他の人と付き合っていた経験があるから慣れているんだろうなとか思っちゃうというか」
「興味ないから聞かせるな」
「九割九分九厘聞いていないこと知っているから勝手に話して考えをまとめてるの」
いいから口出ししないで。と嫌そうな顔をしている紅羽に話せ「迷走する前に本人に話せば」と深いため息を吐いていた。
さすが。自分が抱えている思いが恋情や愛情になりかけているのに気付いて何も言わず悲惨な現場をユアくんに見せて目の前から去るようなことをした男の言葉は重みが違う。あれで随分と遠回りしていたもんね。そう返してみせれば「その無駄に胸にたまった肉を捌いて焼き蛙にするよ」と、睨まれた。それはセクハラ発言に該当すると訴えれば「下心も性欲もこれっぽちも雨藍に抱けないから気持ち悪いこと言わないでくれる」と酷く冷めた目を向けられる。二重三重と傷つけられた思いである。
「最初はさ、そういう余裕なところを見て他の人と経験してたんだろうなと思うと嫉妬しちゃってたんだよ」
「心狭いの鬱陶しがられるよ。重たい女、メンヘラかよ、酷いのはその顔面だけにしたら?」
「そこまで罵られるほど顔立ち酷くないから。でも最近はさ、私が慣れていないこととかすぐ緊張しちゃうところにいつまでも付き合わせてしまうのが申し訳なくなるというか」
「三十路すぎても処女というのがありえそうなくらい男と関係もってなかったからね」
「それなのによく1年も付き合ってくれるなあと思ってしまうことだってある今日この頃で」
「あいつの性欲が早いうちに枯れたか、不能なんじゃない?」
「そろそろ捌いて焼き鳥にしても許されるくらいの暴言吐いてるからね」
薬品を整理する手を止めて、手伝う様子が一切見られない紅羽に目を向ける。視線でポケモンを射殺せるものなら射殺したいとでもいうように視線を刺してみても気にする素振りがない。それどころか雑誌を読むこともやめない。そのページにユアくんが映り込んでいたらまだ可愛げあるというのに、そうでもないから憎たらしい。
「聞いてない俺にぐだぐだ話すくらいなら1年振り返りましょうという名目で話してみれば」
「あ、それ名案」
「本気にするとかやっぱりアホだ」
最後の暴言は聞かなかったことにしよう。
*****
「──という話をこの間紅羽としたの」
「ふうん」
お魚の型を使って型抜きをして作ったクッキーをひとつつまむ。プレーンの生地とココアを練った生地を合わせた焼き魚風。食感はしっとりとしたもので、甘すぎず程よい味わい。うん、我ながら良いできである。
付き合って1年というのは私的にはとても嬉しいものなのだけれど、世間的にそれは盛大にお祝いするものなのかイマイチ分からず、それでも伝えたい感謝の気持ちを込めて自信をもって振る舞えるのが料理しかなかったため悩んだ結果このクッキーである。いくら要さんが好きで私の得意分野が和食とはいえど、焼き魚をメインにしたまるでおばあちゃんのようだと言われる彩り地味なものを差し出すのもあれだからという妥協案。……そういう要さんの好きな品目で並べたお料理で埋めつくしたお祝いというのはもう少し年を重ねてからしたいなあ。
「じゃなくて」
「え、どうしたの?」
「あ、なんでもない!」
なんて数年先の将来を描き始めた頭を振る。突発的な私の動作に要さんは不思議そうにしていた。いけない、これでは変な女に見られてしまう。……要さんの前で百面相するのは今更すぎることもしれないけれど!
「紅羽は相談相手に不適切だし、他に話せる人もいないからいっそ直接要さんに聞こうかと思って」
「最初に紅羽くんに話したんだね」
「うん。あれは喋る木像とかだから」
「木像」
自分の考えをまとめるのにはちょうどいいの。そう答えたら要さんは苦笑する。それから「相変わらず仲がいいね」と言われたので、「仲良くはないかな」と即答した。付き合いは長くてそれなりに考えていることは分かるし、扱いもお互いに熟知しているところあるけれど仲良しではないと思う。
「仲良しな私たちとか考えたら鳥肌たってきた」
「え、そこまでなの?」
そんなどうでもよい紅羽の話題を数度かわす。なんで要さんと2人きりでお茶しているときに紅羽の話題で占領されなきゃならないんだとも思うけれど、笑ってくれるしクッキー美味しいと言ってくれたからなんかもう全部どうでもよくなる。ここ1年で自覚したと言えばいいのか、はまりこんだと言えばいいのか。とにかく私は要さんの気の抜けた柔らかいこの笑顔が好きみたい。みたいじゃなくて大好きだなあ、うん。
「それで本題ですが」
「うん?」
「いつも私のペースに合わせてくれているけれど要さんは大丈夫? 物足りないとか、飽きるとか、そういう……」
飽きたと言われてとはいそうですかと別れるつもりはないけどね! 改善しますって意味だから!
そう慌てて付け足せば、私の必死な顔が面白かったのか要さんはふはっ。と笑いを零した。標準装備のへらへら笑顔もいいけれど、ふとしたときのそういう気が緩んだような笑い方はなんかもう、もう!
「雨藍ちゃんも結構成長したと思うけどね」
「えー?」
くすくすと笑った要さんがクッキーを1つつまんで私の唇にちょんと触る。首を傾げつつも、これは食べていいことだろうかと思ってさくりと食む。要さんに食べてもらいたくてあれこれ考えて作っただけあって美味しく、思わず自画自賛しながら頬が緩んじゃう。
「ほら、それ」
「ん?」
「付き合う前とかは特にだけど、俺が食べさせようとしたときだけで心臓止まるからやめてほしいって真っ赤になって怒ってたし」
ふにっと唇を触られる。そこで気付いた。たまにスプーンに乗せられたものを食べさせられることあるし、その癖でつい。慌てて身を引いて言い訳めいたことを口にする。その勢いが強すぎて椅子から転倒しかける。咄嗟に伸びた要さんの手を掴んだことで転ばずに済んだ。
「まあ、俺としてはあまり慣れられちゃうと寂しいんだけどね」
「1つ慣れる度に意地悪が増えている気がするのは気のせい?」
にっこりと意地悪をしたときの笑顔を浮かべた。ああ、もう楽しそうな顔をして可愛い。が、ちょっとやられっぱなしなのも癪なので1年かけて成長らしい私の仕返しをしてみよう。
「要さん」
「ん?」
「……わ、私だって悪戯くらいできるんだからね!」
ぎゅっと要さんの手を握り、手の甲に軽く口づけをする。顔が熱い。恥ずかしくて目が合わせられないのでちらっとだけ見てみると、相変わらずにこにこ笑って微笑ましそうにしてくるので、仕返しは仕返しとして機能しなかったらしい。
「紅羽の言葉を真に受けて話を聞いてみようとしたらこうなるんだから、もー……」
「ははっ。雨藍ちゃん、耳が赤いよ」
たった1年じゃ余裕の差が埋まることはないことを実感するだけだったのが悔しかったので、「いつかその余裕なくしてやる、好きだばかー」と言って突っ伏すことになった。
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