過去にいた恋人のことを思い出すのは好ましくないけれど、それを例えに出すと話が伝わりやすいから仕方がなくあげさせてもらおう。私はBLというジャンルに、一般的に受けの悪い性癖を拗らせている。それはもう盛大に。自覚はしている。腐バレをし、それを理由に振られるのは最早常套句だった。
最初どれだけ順調なお付き合いをしていても、最終的には腐女子を受け入れてもらえなくて振られるところまでがワンセット。これが私の恋愛経験。何度も繰り返すうちに相手に期待することもなくなったし、それでも趣味をやめられないので結婚なんて夢のまた夢だと思っていた。
というところで、話にも付き合ってくれる、なんならネタ出しすると実践までしてくれるという腐女子の私を受け止めてくれたのが潔。最初の出会いはどうであれ……うん、あの始まりからここまで愛し愛されをお互い自覚できるような付き合い方に落ち着いたことは振り返ると驚きでしかない。よくできたなあ。
つまるところ、今の生活はこれ以上にないくらい幸せなのである。それ以上を望むのは贅沢だと思うくらい。
「ところで一茶さんと言ノ咲さん。もうすぐ結婚して1年になろうとしていますが、お子様の予定はあるんですか?」
なので、私はこの手の質問がとても苦手である。芸能界で食べているからには結婚生活のことをいろいろな人に聞かれるのは仕方がないことだし、その点は別に嫌ではない。腐女子の部分と潔との馴れ初めは隠さなければならない所があるので大変といえば大変だけれども、それでも自分たちに興味をもってもらえているのは嬉しいことで。
ただ、子どもについての話は別問題で。種族とかタマゴグループとかが違うから授かれない可能性の方が高いし、何より潔と子どもの話をしたことないから。あまり考えていないとか、欲しくないとか言われたらへこむから……潔がそういうことを言うとは思えないんだけど。漫画でよく見かける結婚生活の中でのすれ違いあるあるだから。
「いずれ、欲しいなとは思ってます」
なのでこの発言には目を丸めた。少し恥ずかしそうにしている表情は人の好さが全面的にでた一茶の顔だけれど、言葉そのものには嘘がまぎれているわけではなく、ましては演技でもない。
「言ノ咲さん?」
「あ、は、はい。そうですね。いずれ、授かれたら嬉しいな、と」
思っています。
などと司会者から促された回答をなんとか笑顔で返しつつも、以降の収録では潔の言葉にばかり意識がいくのであった。
*****
「で、帰るなりクッションに埋もれてどうしたんだ」
「どうも、こうも」
クッションに顔を埋めて潔の顔を見ないようにする。昼間の収録を思い出して顔が熱くなってきたからだ。仕事しているときは途中から集中して忘れることができていたが、自宅に帰って2人きりになるなり思い出しちゃたから。あの発言が嫌だったわけではない、嬉しすぎたのが問題なのだ。
「……お昼のやつ」
「昼?」
「子どもの質問されたとき……あれ、嘘とか演技の発言じゃ、なかったでしょ」
ああいう風に考えているなんて一言も聞いてないんですけど。聞かれなかったら言ってないと言われたら、話題にしなかった身としては返す言葉もないんだけど。でも私のこと抱くとき、そんな素振り一切見せなかったじゃん。などと思うことは次々でるが、文句を言いたいわけではないのでお口にチャック。
「……ふっ」
潔からの返事を待っていると、頭上から小さな笑い声が聞こえた。人を煽るような魔王様なときの笑いじゃなくて、私が楽しそうにしているときとか単純なくらいに喜んでいるときとか。愛おし気に見るときに零す笑い声だ。……うん、自分で言っておいて恥ずかしくなってきた。
恥ずかしさを紛らわせるためにクッションを抱きしめる力を強めていると、肩に潔の温もりが触れた。
「お前は同じこと思ってくれねぇの?」
とても優しい声で言われる。本当にずるい、そういう風に言われたら私がどういう反応するか分かっているくせに。熱が耳にまで広がるのを感じながら、肩の力を抜くために深く息をする。それから、クッションに隠していた顔を潔の方に向ける。
「同じようこと思ってるに決まっているでしょうが」
紫色の目が細まり、柔らかい表情になる。ああ、この顔。潔の好きなところなんてあげたらきりがないのだけれど、2人でいるときに見せてくれるこの顔は飛びぬけて愛おしい。とくりとくりと早まる心臓に落ち着かない。
「……できたらいいよな」
「ん、そうだね。授かれたらいいなあ」
今以上に幸せになるのは贅沢のしすぎて怖いくらいだけれど。
そう笑いながら頭を撫でてくれる潔の肩にもたれかかる。髪から香るシャンプーの匂いが自分のものと同じで、それにもっと触れたくなった。だから遠慮も何もなく思いっきり抱き着いてみれば「積極的だな」と腰に腕を回された。
「授かるためには旦那に頑張ってもらわないといけないと思って」
「ほう。俺に頑張れと」
「あ、やっぱり今のなし」
「に、できると思うか?」
思わない。その言葉は外に吐き出されることなく、潔に飲み込まれるのであった。
prev next
TOP