我儘は信頼と安心から

 指通りの良い髪をブラシで梳く。長く量もそこそこあるのに重たく感じないのは髪質が細いからなのか、それとも純白色故なのか。
髪を触られてうとうとし始めた初陽を見つめながら臣は考える。

「梳いているに寝られると髪引っ張りそうなんだけどな」
「寝ていないわ」
「でも寝かけてる」
「……だって臣に触れられると安心しちゃって」

 警戒心の欠片もない様に従者冥利に尽きると言って良いのか、それとも異性を前にそこまで無防備でいることを叱れば良いのか悩ましいところだ。
 そんな臣の悩みを知ってか知らずか、初陽は「湯浴みのときだって誰かに洗われるくらいなら臣の方がいいのに」と口にする。これにはさすがに真顔となる。

「冗談だよ」
「度が過ぎてないか?」
「3割くらいは本音だもの」

 本音が混じっている時点で問題であった。全くこのお嬢様は何を考えてと呆れたようにため息を吐く。そんな臣の表情を鏡越しで見て、初陽は満足をする。従者としても個人としても自分のことをよく見ている臣なので、他の使用人ならば動揺する突拍子のない行動をしたところで「はつのことだからな」といとも簡単に対応してしまうのだ。
 初陽はそれが物足りなかった。否、この息苦しい屋敷の中で自分のことを常に見てくれる人がいるというのは言葉に表せれないくらい幸せなことだし、臣がいるから安心ができるといっても過言がないくらい。それでも物足りないと感じたのだ。

「うーん、欲張りになっちゃうなあ」
「そうか? はつはどちらかというと欲がないように見えるけど」
「他の事は多く望むつもりないの、恵まれていると思うし。でも臣に関しては全部ほしいと思っちゃう」
「そうやってまた……はあ」

 何をどうすれば恥ずかしげもなくそういうことが言えるようになるのか。ほんのりと頬を染め、あまりにも幸せそうな顔をして言う主人に上手い返しが見つからない。上手いも何も、「欲しいと思われる以前にはつのものなんだけどな」とありのままを伝えればいいのだが今の時刻は21時過ぎ。寝る直前に気持ちを高ぶらせることを言えば、嬉しさのあまりに寝付けなくなるであろうことは考えるまでもない。

「ほら、髪結えたぞ」
「ありがとう。でも話し逸らしたの気付いているからね?」

 緩い三つ編みで結われた毛先を人差し指に絡めながら頬を膨らませる。望んでいた反応がないことが悔しいので、華やかな装飾をした座り心地の良い椅子から立ち上がり「ねー、臣。たまには一緒に寝ようよ」と、両手を握って引っ張る。

「どこの家に主人と1つのベッドで寝る従者がいると」
「ここに!」
「寝るまで手を握っていてやるから」
「それじゃあ臣の寝顔は見られない」
「例え横に寝たとしても先に寝るのははつの方だろ」
「その場合は朝早くに起きるもの」
「今日、俺が起こすまで布団で丸まっていたのは誰だっけなあ」
「……あ、明日はちゃんと起きれるもの」

 でも朝一番に見れるのは臣の顔となると、起こしてもらえる状況の方が望ましい。だけれどもあまり見ない寝顔も見てみたい。全部欲しいと言っているだけあって欲張りな選択肢ばかりが増えていく。
 考えすぎて動かなくなった初陽の姿に臣は慣れたように繋がれた手を引っ張ってベッドまで誘導する。
 このまま考えることに集中したら日付を超えるまで寝なくなる。少し夜更かしするだけで体調を崩す初陽の身体のことを考えるとそれは避けたい事態である。

「明日出かけるんだろう?」
「! そう、そうね。明日はお忍びで町に行くもんね!」
「だったら早く寝ないとな。はつは身支度に時間がかかるし」
「……はあい」

 唇を尖らせて布団に入る。天蓋付きのベッドは高価そうなだけあって寝心地も良いらしい。身体を沈めればすぐに眠れそうだ。しかし初陽なそのまま夢の世界に落ちることはせず、ちらっと臣の顔を見て「……ちゃんと傍にいてくれないと嫌よ?」と心配そうに呟くの。今日はいやに心配性だなと首を傾げながら「俺がはつの傍離れたことあるか?」と柔らかな表情を浮かべて頭を撫でる。その感触が心地よく、再び微睡む。

「……ねえ、臣。もうちょっとお喋りしたい」
「駄目だ。喋り出すと寝ないだろ。ほら電気消すぞ」
「むー……分かった。おやすみなさい」
「おう、おやすみ」

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