甘えたくなる存在

 相月は図太いようで意外と過去の出来事を気にする男だった。
 例えば自分と流火の世話を焼いてくれたお姉さんが、豆雨の手により傷つけられ自分たちから離れていったこと。
 例えば復元してからずっと世話を焼いて外堀を埋めていたはずの暮古月が「うざい、鬱陶しい、重い」と言葉短ながらに怒りと鬱陶しさを込めて言い残した後、ポケメアを離脱してまで離れていったこと。
 相月は何年経ったか数えるのも飽くような出来事をいつまでも引きずっていた。だから本命を作ることは2度とないと決めていたし、もし見つけたとしても距離を詰めすぎず離れ気味でいようと思っていた。

「忍ちゃん、いい匂いする」
「手、そこから動かしたら抓るわよ」

 思っていたのだが、気付けばその決意は忘れ去られていた。思い出したかのようにその事実に気付いたのはお馴染みの顔ぶれ、玄英と純陽に指摘されてからで……ああ、そのときのことは思い出すだけで叫びたくなる。本当に叫ぶわけにはいかないので、忍の腰に腕を回し、肩に顔を埋めた相月は言葉にならない唸り声をあげた。

「……くすぐったい」
「身動ぎしたときにうっかり下乳に手があたるのは許されるよな?」
「…………」
「許すわけないよなあ、忍ちゃんピュアだし」

 まあ既に横乳は腕に当たってるんだけど。と、喉元まで出かけた言葉は飲み込む。うっかり口を滑らしたらマシュマロのような白い肌を鮮やかに染めて可愛らしい反応を見せてくれるのだろうけれど、その場合はせっかく足の間に座って大人しく抱かれることもしてくれなくなるので見たいところを我慢する。

「鼻の下伸びてるわよ」
「可愛い忍ちゃんを抱けて嬉しいからつい」
「誤解を招く言い方をしないの」
「2人きりなんだから誤解する相手もいないだろ」
「……それでも」

 ただ、ソファーに腰をかけた相月の足の間に座り、腰に腕を回されて引き寄せられているだけの状況。確かに抱かれているというのは間違った表現ではないのだが、相月が「抱く」などと口にした途端にいやらしいものに見えてくるのは何故なのか。考えるまでもない、もともと来るもの拒まずで女を抱いていることを隠していないからだ。
 豊満な胸をはじめとした性的なことに慣れている印象を抱くような煽情的な身体をした忍だが、その見た目通りに遊び慣れているわけではない。だからわざといやらしく聞こえるような表現を選んだ相月だか、思惑通り。態度や顔色に露骨な表れ方をするわけではないが初々しい反応を見せた。

「知ってたか、忍ちゃん。その見た目でそういう反応されるとかえって加虐心が煽られる」
「そろそろ本当に怒るわよ」
「じゃあお口にチャックしよう」

 肩口に押し付けた頭をすり寄せる。そんな密着した状態なので、相月が喋る度笑う度に漏れる吐息が忍の首筋に触れた。それを不快に思うわけではないが、いつもよりもスキンシップが多い相月に忍は問いかける。

「それで、今日はどうしたわけ?」
「忍ちゃんの作るおでんが恋しくて」
「それは事前に言ってもらわないと準備できないわよ。そうじゃなくて、いつもと様子が違うじゃない」
「えー、いつも通りだろ」
「初めて見たわよ、貴方がいつもつけている髪飾りがないのは」
「…………」

 相月がすり寄るたび、はらりと忍の肩にかかるオノノクスの身を覆う硬い鎧の色をした髪に触れる。ひと房指で掬えば、髪はよく手入れされていることが分かる。そしていつも髪を結っている4つの丸い髪飾りがついていないことに紫の瞳を細めてじっと見つめた。
 その視線に根負けした相月は言い辛そうに口をこもらせてから、少し唇を尖らせて呟く。

「……純陽と喧嘩をしまして」
「貴方たちも喧嘩するのね」
「ほとんどしない」
「何をしたのよ」
「…………それは」

 忍の肩から頭を離して目を伏せる。相月の性格上、信頼していないから教えたくないというよりも、ネガティブになるような身内との出来事を人に口にしたくないのだろう。忍は「別に言いたくなければ掘り下げなければいいわよ」と、つい甘えたくなるような柔らかな声で言う。

「ほんっと甘やかし上手だなあ」
「そうかしら?」
「そうそう。弟と妹がいるからかなあ」

 甘やかし上手だからか、それとも程よい距離感を保ちながら話しを聞いてくれるからか。どちらかと言えば後者だろう。いつもと違う様子を気にしつつも、核心部には触れず。そうして気にかけてくれる。そうやって心地よい場所を作ってくれたために、散々引きずっていた過去も薄れてまた、こうして甘えようとしてしまう。

「いやあ、忍ちゃんは凄いよなあ」」

 などと呟きながら、ソファーに寝転ぶ。当然、腰を抱かれたままの忍は相月に引っ張られて横になる。ソファーに大の大人が2匹で寝転ぶのは当然窮屈なもので、落ちないようにと座っていたときよりも密着することになる。

「ちょ、っと」
「大丈夫大丈夫。嫌がっているのにこれ以上手を出すってことはしないから」
「そうじゃなくて」
「だから少しの間だけ甘やかせて」


 などと耳元で囁かれれば断れるわけもなく。抵抗するのをやめるわけだが。こういう日に限って嫁と一緒に帰ってきた潔や、一緒にいるところを言咲に目撃されたがために先騎ごと帰ってきた閏に見られ、相月が次からアポなしで訪問するのは控えようと決めたのは言うまでもない。

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