ひざまくら

 淹れたてのコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。カフェインを摂ったから眠気が覚めるかというとその逆で、温かいものを飲むと眠たくなってくるエンテンは瞼を上下させる。その様子にナギサが「ひと眠りしたらどう?」と提案するなり、「そうする」などと即答しソファーでくつろぐナギサの膝に頭を乗せたのが数分前のこと。当たり前だというように膝枕を選択するあたり、さすが遊び慣れていると思わなくもない。だが、膝にかかる色素の薄い柔らかな髪を撫でられれば、きゅうっと目を瞑る仕草を見たらそんなところに突っ込むのも野暮だろうと口を閉ざす。

「エンテンさん、また夜更かししたでしょう」
「してませーん」
「分かりやすい嘘を吐かない。目元に隈ができてる」
「ええー」

 日に焼けた肌に浮かぶ隈を指の腹で撫でる。眉間に皺が寄り、短い睫毛を震える。睡眠不足を指摘されたエンテンは「えろい触り方すんなよー」などと言いながら、ナギサの腹部に顔を埋める。

「あ、こら」
「やっぱナギサって腰細いよなあ」
「んっ。だからくすぐったいってば」
「あ、柔軟剤の匂いがうちのになってる」
「本当、人の話聞かないなあ」

 ぐりぐりと頭を押し付けては、すんっと匂いを嗅ぐ。服越しだし、眠気と格闘している姿を見ればいやらしい気持ちがあるわけではないことが分かる。それでも抵抗をしないことをいいことに手つきが怪しくなっていることに気付いたナギサは遊び始めていると呆れて、こつっと軽い拳骨を落とす。

「寝ないなら膝枕やめるよ」
「ちぇ。じゃあ寝ようかなあ」
「ん、おやすみ」
「おやすみー」

といった数秒後、眠気に誘われる。寝ようとしたら寝付きの良いエンテンの姿を微笑ましく見守っていたナギサも規則的な寝息とリズミカルな秒針の音に欠伸を零し始める。
昼食の準備をしたいところだが、どうせしばらくはこのまま動けないのだし、それなら眠るのも手かもしれない。大の男の頭を膝に乗せ、座ったまま眠るのは起きたときに身体が痛くなりそうだが……それも仕方が無いだろ。
最近色の濃くなってきたエンテンの目元をもう一度だけ撫で、目を瞑る。後を追うように容易く夢の世界へ落ちた。


****


 どれだけ眠っていたのか、外から日差しがはいってきていることからそう長い時間ではないだろう。乾いた瞼を不愉快に思いながら瞼をあげる。そして目線をずらせば背を丸め、緩い癖のついた髪を垂らすナギサの寝顔が目に入る。恐らく自分が寝入った後に落ちたのだろう。いとも簡単に浮かぶ光景にエンテンは頬を緩める。

 薄く唇を開き、深い呼吸を繰り返している姿が愛おしくなってきた。起こさないようにそっと手を伸ばし、そっと頬を撫でればへにゃりと締りのない表情に変わった。良い夢を見ているのだろうか。寝ているにも関わらず表情豊かた姿にクスクスと笑いを漏らす。

「……ただ寝顔を見るだけというのも芸はないよなあ」

 愛らしい恋人の寝顔ならいつまでも見てられる……などというじっと時間を過ごすなんて持久力がエンテンにあるはずがなかった。さて、どうしようか。膝の上で寝返りを打って少しの間考える。

「そーだ」

 名案が浮かんだと言わんばかりに口角をあげる。もしもここに幼馴染たちがいたらろくでもないことを考えてると罵ったことだろう。その幼馴染たちは今この場にいないので罵られることもないのだが。
 そんなことを思いながら、エンテンはナギサの服をめくる。露わになった腹部をそっと撫で、そしてそのままかぷりと甘噛みをする。

「っ、」
「おお、寝てるときもいい反応」

 そこまで敏感だっただろうか? いや、敏感になったのか。などと気を良くしながらいつまで寝ているかと様子を窺いつつ甘噛みを繰り返し、たまに臍周辺を厚い舌で舐める。

「んぅ……エンテン、さん?」
「起きた起きた」
「え……な、何してるの!?」

 腹部に生温かなものが這いずる感覚にぞくっとしたナギサは身を震わせて覚醒する。先ほどまでそういう素振りを見せなかったエンテンが、寝込みを襲っているような状況を見て目を丸める。止めるために肩を押すも、びくともせず。普段は非力なくせにこういうときに限って! と叫びたくなる。

「ま、まだ昼間だから!」
「店は休みだし、たまにはいーじゃん」
「で、でも」
「睡眠不足を指摘されたけどさァ、俺的には余した性欲の方をどーにかしないとやばいかもな」

 気付けば押し倒される形になっていた。視界に広がるのは電気をつけなくても、窓から差し込む陽によってまだまだ明るい天井。そしてにぃんまりと笑みを浮かべて見下ろすエンテンの顔。

「お説教はあとから聞くから、な?」
「そういうときのエンテンさんって絶対聞かなんっ」

 言葉を遮られる。まだ話し途中だと訴えようにも、開いていた唇に舌をねじこまれて抵抗もできなくなる。絡み合う舌に応えようとする姿にエンテンは煽られ、目をぎらつかせる。そんな熱帯びた目を見れば止まりようがないことをナギサは知っている。

「……せめてベッドに行きたいな」
「つまりたっぷり可愛がっていいってことだな」
「あ、」

 この後、宣言通り昼食はおろか夕食の時間まで可愛がられたのは言うまでもない。

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