「火美〜。これ焼いて焼いて〜」
久方ぶりに帰省したフブキは早朝からキッチンでがさごそと何かを漁っていた。寝起きが悪くて寝坊常習犯のフブキが珍しい。そんな彼女がリビングのソファーでくつろいでいた僕を呼ぶものだから少し警戒した。こういうときの彼女は唐突に浮かんだとんでもないポフィンを作って試食させるときだから。マトマとゴスを混ぜたポフィンとかとんでもなかった。「甘辛系目指したけどだめだったか〜」なんて舌をぺろっと出していたずらっ子の笑みを浮かべていた彼女の頬を引っ張りたかったのは僕だけじゃないはず。実際に赤羽が抓っていたし。
そんな警戒は杞憂に終えた。呼ばれた理由は台にどっさりと山積みされた餅が理由だし。というか、うん、なんだこれ。
「うわ……何この餅の山」
「お正月にお母さんが買い占めたお餅が発掘されたの。お餅はカロリー高いし保存できるから旅のお供に持っていくつもりだけれど、それでもまだ余るから」
「……フブキ、これ少しもらっていい?」
「ん〜? いいけど〜」
「あと、ちょっと教えてほしいことがあるんだけど……」
この後僕のお願いを聞いてにまあと笑い、しばらくの間茶化してきたから頼む人を間違えたかもしれないと後悔はした。けれど料理教えてもらう相手はフブキ以上に適任者がいないから辛いよね。
*****
「……いた」
フブキに切り餅を使って作るお菓子を教えてもらって数日。小さく切ってもちもちとした食感を楽しむものもあったけれど、そういう食感よりもびよーんと伸ばすことを好いていたはずという記憶を頼りにチョコとバナナをお餅にサンドしたお菓子を作れるようにした。チョコとバナナはクレープで定番のトッピングだよね、うんうん、僕この組み合わせ好き。
そんなクレープの生地の代わりにお餅で包んだお菓子を苺花からもらった可愛い袋に包んでから彼を探すと簡単に見つかった。
「あ、ひーちゃん!」
僕の姿を目に入れるなりぱっと嬉しそうに顔を綻ばせてひっついてきた絢芽に「苦しいから離れて」と顔を押して剥がそうとするけれど、離れてくれる様子はいつも通り見られないのでため息を深く吐いて諦める。その際へにゃっと嬉しそうに頬を緩めた表情が少しムカついたからべしっと余っている袖で叩く。べしっというよりぺしんという音だったから大したダメージはないよね。
「んんー。あれ、ひーちゃんなんかいい匂いする」
「……離れてって、火傷するよ」
「ボク火傷しないよ!」
知ってる、もう何度もやっているやりとりだし。だけど条件反射みたいに拒否をする、しょうがないじゃん。はるたち以外に触るの許したことないから特性で火傷にならないと分かっても心配になるし。それも気にせずひっついてくる絢芽は図太いというかなんというか。
「物好き」
「へ?」
「……なんでもない。これあげる」
抓ればよく伸びるほっぺに自分なりに可愛くラッピングできた袋を押し付ける。こんなに可愛くしなくても、贈り物としてそれなりに形になればよかったんだけどね、包んでいるところを苺花に見つかって「大事な人に渡すのならば可愛くしましょう!」って煩かったから。ああいう口煩いところ誰に似て……あ、流生のお姉さんもあんな感じだったなあ。んむっ。なんて声をあげながら袋を受け取ってはきょとんとしている絢芽の様子を見ながら、そんなことを思い出す。
「これなあに?」
「……正月に買い込んだ切り餅が大量に余ってたから消費手伝ってもらおうとして」
「おもち! あれ、でもチョコの匂いもするよ?」
すんすんと匂いを嗅いで不思議そうに聞いてくる絢芽にうっと言葉を詰まらせる。これを言ったら確実に調子に乗る。調子に乗ってせっかく離れたのにまた抱き着いてくる。別に抱き着かれるのが嫌だとかそういうわけじゃないけど……うん、そう。直接伝えるのが恥ずかしいだけで。でもそうすると次は話を聞いた春光たちに「火美ってやっぱりツンデレの気質あるよな」とか言われそうで、それも嫌だ。
もごもごと口ごもらせている間に絢芽は「あ、チョコとバナナが挟まってるんだ!」と袋を開けてお菓子を取り出していた。そんな無邪気な様子を見たら躊躇っている場合でもないような気がして、袖口で口を隠しながらぼそぼそと話す。
「このまま残しておいて腐らせるのももったいないし、おもち好きだって言ってたから。……あと」
「あと?」
「……いつものお礼」
「へ、お礼?」
どういうこと? どういうこと? と詳しく聞きこうと腕を引っ張られる。けど、僕もこれ以上言う気はないから「なんでもいいでしょ。食べるなら早く食べて」とそっぽを向く。むすっと頬を膨らまし潤ませた目でじっと見られるから僕にその手は通用しないって言ってるでしょ、と言う代わりにおでこを小突いておいた。
「食べないなら僕が食べるよ」
「食べる!」
餅に挟まれたバナナを落とさないようにして口に入れ、びよーんと伸ばしては噛み切って咀嚼する。それを繰り返しているうちに口元がチョコまみれになっている様子がおかしくて笑えてきた。そうなると思ったからおしぼり持ってきておいたけど、実際見ると本当子供っぽい、というか子供なんだよね。
「ひーちゃん、これ美味しい!」
「それはよかった」
にこにこと頬張って美味しい美味しいと言う姿に胸のあたりがほんわかと温かくなる感じがした。お手伝いはたまにするけど一人でお菓子作ったりするのは初めてなだけあってそう言われるのは嬉しい。お母さんや食堂のおばちゃんたちが毎日三食作るのは全然苦じゃないと言っていたことが少し分かったかもしれない。
「でも何のお礼だったの?」
「それ食べているうちに忘れると思ったのに」
「忘れてない!」
「……じゃあそのうち言う」
「そのうちっていつー?」
「さあ? 絢芽が進化して大人になったら」
進化したら身体的精神的に成長して変わる子は少なくもない。そうしたら絢芽が僕に引っ付いて甘えてくるのもなくなるのかな、と考えると少し寂しくなる。友人の成長が喜べないほど素直じゃない性格はしてないと思ったんだけどな、自立はいいことなのに。
「大人になったら絶対?」
「絢芽が覚えてたらね」
そうなっても変わらず僕の傍にいて抱き着いてくるようなことがあれば、さすがに正直に感謝を伝えようとは思った。こんな僕にいつも笑って構ってくれてありがとうって。……あ、でも進化してますます可愛い女の子っぽくなったら接し方に困る気がするから進化しないでほしいかも。
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