両手に感じるずっしりとした重み。皮膚に食い込むビニール紐の痛み。歩く度に膝にあたるでこぼこと形を変形させる袋。どれもこれも1つずつイライラを助長させる要因となる。
それもこれも全部、うっかり夜勤の休憩時間に仮眠なんてとって嫌な夢を見たせいで。お陰様で彗には顔色が悪いと頬を抓られるし、もうやめると決めていた食材の買い込みをしてしまうし。つい先日も夢見が悪いことを理由に夜中に起きては冷蔵庫がぎっちりと隙間なくタッパーで敷き詰めるまで料理を繰り返してしまったというのに。
「……はあ」
深いため息を吐き出す。夜勤明けの身体に頂点へ登ろうとする太陽の陽射しがしみるし、朝市で買いこんだ食材は一歩一歩進むごとに重みが増しているようで気分は晴れやかな空と反比例に下降していく。
さて、どうしよう。自宅の冷蔵庫には食材をいれるスペースもないし、一緒に夜勤をあがった彗の家にでも押し掛けてやろうか。帰ったら寝ると宣言していたが、どうせ起きて勉強でもしているだろうし。と、少し悩んだ後なかなか名案な気がすると頷き、方向転換しようとしたちょうどそのときだった。
「あれ、風ちゃん?」
聞き慣れてきた声に呼び止められたのは。昨日今日とコンビニで見かける様子はなくて顔を見れなかった相手に呼ばれたと気付くのには時間はかからず、間髪入れずに「丞!」と嬉しそうな表情をして振り返る。思っていた以上の勢いと反応に目を丸める丞だが、その弾んだ声にすぐ頬を緩める。
「お仕事終わったん?」
「うん。今日は比較的お客さんが少なかったから時間通りに」
「そっかあ。お疲れ様」
「ありがとう。丞はこれからお仕事?」
などというありふれた会話を続ける。もう何度か繰り返された内容であるが、当たり前の話しを好きな人とできるというのは疲れ切った心には1番の安らぎになる。と、柄でもないことを考えては顔が熱くなり、頭を振る。挙動不審な風月の態度に「どうしたの?」と問いかける丞であるが、そんな心配そうな顔を見ては甘酸っぱい気持ちになり、「な、なんでもない!」と恋は盲目とよく言ったものだと無性に叫びたくなる。
「けど、顔色も悪いような」
「気のせい!」
「バイトつめこみすぎてるんじゃなくて?」
「それはいつものことだし」
「……休んでる?」
顔色を観察するように見つめられ、咄嗟に目を逸らす。イエスノーで答えるならばノー寄り。けれども正直に答えればまた心配をかけてしまう。それに、どうしてそこまでお金を必要とするか聞かれたら答えられなくなる。あんな話、丞には知られたくない。と、どう返そうか言葉に悩む。
丞は、誤魔化そうと言葉を選ぼうとする風月の反応に「無理してないなら別にいいよ」と頭を撫でてから、重たそうにしている袋を1つ受け取り、外側の手に持ち直す。2つとも持つと言われたら嫌がりそうな風月に対し、あえて片方だけという気遣い方に「そういうところ! 本当にそういうところがもう!」と少女漫画のごとく胸が高鳴り叫んだ。数分前我慢していた叫びたい衝動は見事に行動に現れた。
その姿はいつも以上にテンションの高いもので、いくら夜勤明けとはいえ違和感を覚える。きっと仕事疲れ以外に何かあったのだろう。
「そうだ、風ちゃん」
「なに、んむっ」
思い出したかのようにポケットを漁り、取り出したのは一口サイズのキューブをくるんだ包装紙。それを剥いだものをむにっと唇に押し当てられる。
丞がこうするということはお菓子とかだろうか。日頃彼が作っているものを思い返して、ぱくりと口の中へ招き入れる。
口の中に広まる控えめな甘み。噛めばサクリと音がたつ。これは紅茶の風味が効いているのだろうか。好みの味のど真ん中をつくような甘みに風月の頬は今日一番の緩みを見せた。
「……おいしい」
「新しく作ってみたんだ。風ちゃん、甘いの好きだけどたくさん食べるとくどくなってくるでしょ?」
「ん、確かにこの甘さならいくつでも食べれそうなんだけど……なんか、包み紙にはいっているクッキーって珍しいね。こういうのチョコなイメージ」
チョコとクッキーならクッキーの方が好き。食べ損ねても溶けて食べられない形になってしまうということがないから。でもこの間食べたクッキーは美味しかったけれどしっとりとバターが効きすぎて途中でくどくなってきた。なんていう話は確かに以前した覚えはあった。その会話を覚えていて、好みの味付けをされたクッキーを作ってくれたのだとしたら、それはなんて幸せなことだろう。もうひとつと貰ったクッキーを今度は舌で転がし、甘味を堪能してからゆっくりと咀嚼する。水分を含んでしなびたクッキーはクシャッと小さな音が口腔内に響く。
本当に幸せそうに頬張る風月の姿に丞は微笑ましくなりながら「それに、」と続ける。
「こういうのなら持ち歩きやすいし、気分が沈んだときに食べやすいっしょ?」
口角がにっとあがり、開いた唇の間から並びの良い白い歯が露わになる。紫の瞳を隠した睫毛はぴょっこりと跳ねている。直されてない癖のついた髪は温い風に揺れ、それすらも風月の胸をくすぐった。
例え周囲の人はフツメンだと言う顔立ちだとしても、風月にとってはする予定どころか否定的でさえあった一目惚れをした顔である。その上、笑顔を浮かべ、自分のことを思うような言葉を口にされた日には怖いくらい満たされる。この気持ち、どうしてくれようか!
「……丞のことどんどん好きになっちゃうんだけどなあ」
「風ちゃん、そういうことよく口にするようになったなあ」
「好きになった顔が照れを見せてくれると言うのも気持ちがいいものだし」
「随分開き直った言い方やなあ」
結局、思ったことを素直に口にすることにした。そうすれば優しい笑顔がほんのり染まって照れくさそうにするので、調子に乗って指先を緩く絡めるように手を繋ぐ。付き合っているうちに風月の行動が意外と分かりやすいことを知っていた丞にとって予想できていた行動に穏やかに笑ってしっかりと手を握り返す。
「ところで、風ちゃん。食材こんなに買いこんで朝からパーティするつもりなん?」
「安さに惹かれてつい買いこんじゃったから、消費目的でこれから彗の家に押し掛けるつもり」
「風ちゃんって疲れてるとき程賑やかなことするなあ」
「え、そうなの?」
「え、気付いてなかった?」
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