海の檻

 ふかい、ふかーい青色の小魚たちは大海原さんの髪から溶けるように散らばり、くるくると周囲に漂う。まるで海の中心にいるかのよう。
それはとても美しい光景であった。

「…………」

 その美しさを表現する言葉をわたしは知らないし、初めて見たくらいと言ってもいいくらい。目を瞑れば容易に思い返せるほど鮮烈に脳裏に焼き付くほどのもの。
 潮の香りはしないけれど、雄大なアローラの海が懐かしくなる。それは彼の種族がヨワシという同郷の種族だからなのか、それとも自分が思っていたよりもアローラに郷土愛を抱いていたのか。どちらもなのかな。

「……すごい、きれい」

 ようやく出せた言葉はありふれているであろう感想。でも心からの感想。感動と懐かしさが混ざって、目の奥がじんわりと熱くなってきた。
 もう一度「きれい」と呟くように口にして、大海原さんの顔を見上げると、見守るように微笑まれていてむず痒くなる。

「触っても大丈夫だよ」
「わたしまだ何も言ってない」
「目を輝かせてうずうずしてたから触りたいのかなって」
「うー……」

 そんなに顔に出ていただろうか。表情は明るいけど、考えていることは分かりにくいと言われる方なのに。思考を読み取ったかのように先に返事をされたことが納得できなくて自分の頬を触れていたら頭上からクスクスと笑い声が降ってきた。人が真剣に考えているのに失礼なという意を込めて睨めば、優しく「可愛くてつい」と返されたので「またそういうことを!」と背を向けてしまった。
 顔が可愛いというのは言われ慣れているし、何よりおねーちゃんが可愛いと言ってくれたこの姿が可愛くないわけがないので何を今更なことをと返せばいいものなのに。……大海原さんに言われると恥ずかしくなってくるのは何故なのだろうか。

「本当にずるい」
「あはは」
「笑いごとじゃないのに」

 頭を押し付けるようにもたれて抗議してみせれば、そのままお腹に腕を回される。そうするのが当然というように自然とホールドされてしまい、身動きはとれても離れることはできない状態に満更でもないと感じている自分がいるのは自覚しているのでこれ以上何かを言うのをやめた。

 お腹にまわった腕に意識が向くと緊張してくるため、気を紛らわせるために周囲を泳ぐ小魚に手を伸ばす。すると応じるように数匹の小魚たちが指先に近寄り、ちょんちょんと口先でつついてきた。

「なんだか不思議な感じ」
「そうかもね」
「でもとっても満たされるかも」

 潰さないように注意しながら指先で小魚たちに触れていると、他の子たちも集まり頬に触れてくる子たちもいた。それがとってもくすぐったくて身体の力が抜けて、体重をかけるように大海原さんにもたれる形となった。

「ふふっ」
「え、突然笑い始めて何?」
「恋石ちゃん、分かりやすいなあって」
「なんのこと……あ、うん、やっぱりいい、何も言わないで」

 大海原さんの視線がちらっと私の耳に向いたのが分かって、慌てて口止めをする。それから髪をおろして耳を隠す。その際耳に触れてみたが、熱帯びているのがよく分かった。

「そういえばむーちゃんは?!」
「んー? ほら、そこにいるよ」

 強引な話題の逸らし方をしたが、大海原さんは乗ってくれた。その優しさに甘えてひょっこり顔を出したむーちゃんを手招きして、抱きしめる。突然抱きしめられたむーちゃんはきょとりと首を傾げてから、ぽふっと埋まるように身を預けてくれた。うん、可愛い、癒される。

「そういえば思ったんだけどさ〜」
「うん?」
「こうして大海原さんとむーちゃんにサンドされた上に、小魚たちに周りを泳がれたら檻にいれられた気分になるよね」
「えっ、そんなつもりはないけどごめんね?」
「あ、ううん。嫌とか圧迫感あるという意味で言ったんじゃないの」

 檻という表現がよろしくなかった。ふわふわと穏やかに笑っていた大海原さんが目を丸めていたので、慌てて説明を加える。

「こうされてると自分の世界に大海原さんとむーちゃんしかいないみたいで落ち着くなって」

 一匹一匹は鮮やかで深い青だけれど、集まれば深すぎて黒にも染まっていきそうな魚群となる美しい小魚たちによって形成された美しい檻の中に入り、どんな姿をしたわたしでも受け入れてくれる人に包まれている世界というのは心安らぐ。幸せとすら感じているところがある。……というのを口走りかけたところで結構照れ臭いことを話していることに気付き、「ま、まあ! おねーちゃんがいないのは大問題だからずっと入ってはいないけどね!」と誤魔化す。

「僕としてはずっと入っててくれてもいいんだけどなあ」
「海辺育ちのみずタイプが溺れるとかシャレにならないので、まだしばらくは遠慮します」
「うん、分かった。しばらくは鍵開けとくね」

 閉めるのは左薬指に指輪くれるときにしてくれたらいいですとかいうのは考えていたけれど、とても爽やかないい笑顔を見てしまったら絶対言うのやめておこうと思ったわたしの判断は間違っていなかったと思う。心の余裕的に。

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